2012年2月13日(月)収録
出演者:
小倉和夫氏(国際交流基金顧問)
山岡義典氏(日本NPOセンター代表理事)
田中弥生氏(大学評価学位授与機構准教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第1部:市民社会で起こっている新しい変化とは
工藤: 今日のテーマは、「市民社会に必要な変化とは」です。今年になって、私たちは野田政権の100日アンケート以降、今の日本の混迷をどう変えていくのか、ということで議論を行ってきました。その中で最も大きな期待を集めたのが有権者、そして市民社会でした。今日は、この市民社会に関して、議論したいと思います。
まず、ゲストの紹介です。私のお隣が、国際交流基金顧問の小倉和夫さんです。そしてそのお隣が、日本NPOセンター代表理事の山岡義典さん、そして大学評価・学位授与機構准教授で、言論NPOの理事でもいらっしゃる、田中弥生さんです。
さて、私たちは、この国が非常に大きな局面に来ていると思っています。民主主義というものが問われているし、またその市民が、時代に対して当事者として何ができるかということを問われている。世界でも、様々な国で、統治に対する不信から、市民がいろんな動きを始めています。日本も、ちょうど震災からもう少しで1年ということになるんですが、やはりいろんな形で市民が、またボランティアが、被災地の問題に取り組んできました。
まず、今、市民社会にどんな変化が始まっているのか。小倉さんからどうでしょうか。
日本ではなぜ、政治不信が抗議運動につながらないのか
小倉:そうですね、いま工藤さんがおっしゃったんですが、世界中がいろいろな抗議活動、市民活動を行っているんですが、世界に共通するのは、現在の政治制度なり、政党に対する不信だと思うんですね。それは政治不信といってもいいし、政党不信といってもいいのですが、これは世界中にある。そして、不信がある一方で、同時に市民がある程度政治に参加もしている。
ところが日本の場合は、政党への不信はある、制度への不信はあるけれども、市民が参加している抗議運動は、もちろん多少はありますが、そういう運動が、米国のウォールストリートやフランスのパリ、中近東、中国などの世界のいろんな国と比べるとあまりない、ないとは言わないけども比較的低調である、必ずしも目立っていない。
それはなぜなのかというと、やはり市民が参加する受け皿みたいなものが、今までは、農業団体であり労働組合であり、存在していたと思うんですよ。つまり、党と、市民なり国民をつなぐものとして、ある種の様々な利益団体や政治団体があって、それを通じて、市民が政治のプロセスに参加していた。
ところが、その中間的なもの、市民と政党なりをつなぐものが、全部崩壊したとまでは言いませんが、崩壊はしていなくても役割が大きく変化している。
政党は変化しているし、中間的なものも変化しているが、市民まで変化しているとは私は言えないと思うんですよ。しかし、市民がそれに対してどう動いたらいいかというのは、今まで中間的なものを通じて、政党なり制度と一緒になっていたから、なかなか戸惑いもあるし、そこが上手くいっていない。こういう状況じゃないでしょうか。
工藤:そうは言ってもこの前小倉さんは、原発のデモに参加したっておっしゃっていましたが。
小倉:いや、参加したって言っても、一緒に歩いただけなのだけれども。たとえば一つの、原発とか、今回の大震災に関連することは、いろいろと動きが出てきている。そういう意味では、今回の大震災は一つの契機になりうるかもしれませんね。
工藤:山岡さんはどうでしょうか、日本の市民社会に何か大きな変化が始まる兆しがあるのでしょうか。
市民セクターは第二ステージに入っている
山岡:国民全体の内発的な変化が急に起こっているかどうかはわからないけども、NPOというか市民セクターでいうと、僕は第2ステージに入ったところだという言い方をしています。第1ステージは、阪神淡路大震災、あるいはその直前くらいから、NPOの立法運動ができて、阪神淡路大震災をきっかけにNPO的なものの重要性が認められて、NPO法を作っていった。そしてそのNPO法を、税制優遇の仕組みだとかいろいろ作りながら、辛うじて十数年運用してきた。
だけど、あるところまでは行ったけど、なかなか次のステップにいかないな、という状況のところで、民主党政権になって、新しい公共とか、民法そのものが変わり、110年続いた公益法人制度が変わった。
そして、次のステップに入りかかったな、と思った瞬間にこの3.11が起こりました。この動きはかなり17年前の阪神淡路とは違う動きがあって、海外協力のNPOや日本国内の各地のNPOとか、現地のNPOとか、その他様々な住民団体、市民団体が動き始めて、この経験の中から新しい市民社会が生まれつつある、という実感は持っているんです。ですから私は、この2011年を契機に市民社会、市民セクターは第二ステージに入ってきていると言っているのですね。
この第2ステージで、前の十数年の間にできなかったことをどこまでやれるかということが課題だろうと考えています。税制優遇の新しい市民公益税制とか、そういうものも抜本的に変わるし、この4月1日からNPO法も変わっている。このときに、この第2ステージをしっかりと我々が作ることができるのだろうか、ということが、僕ら日本NPOセンターの課題であり、言論NPOとか、エクセレントNPOの課題でもあると思います。
ただ、これはNPO法の問題もあるのですけども、NPOという枠組は、新しいサービスプロバイダとしての役割もあるのですが、アドボカシー的な、政治に本格的に取り組むNPOはまだ弱いなと感じています。ここに少し問題がある。これはNPO法自体の政治規制の問題もあって、NPOは政治に関わらないものだ、という非常に社会的な雰囲気があるからです。そこを突破しないといけない。やはりNPOはもっと政治性を持っていいんだと。そういう状況をつくり出していかないと、社会のダイナミズムを作り出していくことができるのか、というのが課題としてあると思いますね。
工藤:今の話は非常に興味深いですね。実を言うと言論NPOができたときに、加藤紘一さんが、言論NPOのような組織が出てくるなんてNPO法では想定していなかったと言っていました。あのときは17基準...
山岡:一番最初のときは12基準で、それが17基準になるんですね。
工藤:そこに当てはまらない、っておっしゃっていました。それで私たちのカテゴリーは「社会教育」になった、という経緯もあります。
次に田中さん、今の市民社会の大きな動きについてどう考えていますか。
旧来型の仕組みのニッチを探すように市民運動が起こっている
田中:私は市民社会の動きというのは、いわゆるボトムアップにはなると思います。しかし、どうも日本の場合というのは、そういう兆しが出ると、役所が最初にすくいあげて、何でも提供してしまうために、かえって萎えてしまう、という傾向があります。どうしてそういう兆しがあるかというと、2つ理由があると思います。
1つは、もうすでに小倉さんがおしゃってくださったように、世界で統治の仕組み、ガバナンスの仕組みが崩れ始めていて、今までの旧来型の仕組みでは、上手く今の世の中の変化に対応しきれなくなっている。ですから、政府に対する不信感というのが世界中で起こっているのは、政府に能力がないだけではなくて、それが旧来型の仕組みになりつつあるというところに、大きな原因があるように思います。そういうときには、必ずと言っていいほど、あまり既存の仕組みに捉われないような主体が出てきて、大抵の場合それが非営利組織のことが多い。もし市民活動とか、住民運動が出てきているとすれば、その割れ目と言うか、新しいものと古いものの中からニッチを探すようにして出てきているのだと思います。
若い世代が、これからの市民社会をつくっていく大きな原動力になる
もう1つは、私は若い世代の人の動きを見ていると、働き方そのものに対する考え方が、まったく変わってきているなと感じます。以前のように、お金を儲けて働くということや、自らが所属する組織に対してそれほどロイヤリティを感じてない。知識基盤というか、ナレッジを基盤にして働く若者がとても増えている。あるいは仕事は仕事で割り切りながら、社会の課題解決のために、自分がお給料をもらうのと別の場所を持っていたいと。だから、アフター5や、土日には社会貢献活動、NPOやNGOの活動に参加したいと思っている。ですから、働くことと、社会に貢献することが自分の生活感の中で同じくらいのウェイトを占めている若者というのが、明らかに増えていると思います。それが私は、これから市民社会を作っていく大きな原動力になるのでは、と思います。
工藤:今のお三方のお話である程度変化の特徴が見えてきたのでは、と思います。特に今の若い層が、何か社会の問題に自分も参加したいと思っているのは、僕も感じます。
一方で別の変化もある。今回の震災とか原発問題含めて、今まで政治が非常に遠い存在だったのが、ちょっと自分たちも考えないといけないと思い始めた。今まで当たり前に存在していた、それは民主主義の仕組みもそうなのですが、自分と関係なく機能していたと思っていたものが、誰かに任せていても答えが無いのではないか、自分も考えないといけないのではないか、と。それが、多分、山岡さんが言っているような状況につながっている。つまり、かなり政治性を持つ問題がみんなの生活の周りに出始めている。
ただそれが、アクションとして動き始めようとした時に、何となく昔的に、何か左翼運動、右翼運動みたいな、運動論としてしか見えてこない。もっと自然に動こうと思ったときに、その参加の仕方とか、受け皿が見えない。そこに戸惑いがあるような気がします。
市民一人ひとりがもっと身近な行政のプロセスに参加すべきだ
小倉:僕はその場合、広い意味で政治と言ったとき、NPOという立場からみると、行政と、いわゆる狭い意味での政治を区別したほうがいいと思っています。つまり、NPOが政治に参加すると言ったときに、いわゆる行政のプロセスに参加するというのは、比較的易しいと言ったら変だけども、大いにもっとやるべきだし、やり方はいろいろあると思っています。
例えば、生活委員会とか教育委員会とかいろいろありますね、交通安全とか。そういう行政に参加する問題と、それからいわゆる狭い意味での政治プロセスに参加するというのと少し意味が違うと思います。私はまずその行政のプロセスにもっと参加していく。たとえば民間の裁判員制度とかもそうですが、広い意味での司法行政。そういうものに入っていくプロセスにまず、もっとNPOや市民一人ひとりが入っていく。そのプロセスが狭い意味での政治のプロセスに結びついていくと思うのです。
それをいきなり、「あなたね、民主主義はこうだ、さて何かしろ」と言っても、これはちょっと、一人ひとりの市民の立場から言うと、「そうかもしれないけど何したらいいかわからないな」ということになる。だから、行政のプロセスにもう少し入り込んでいく。それが入り口として、もう少しあっていいのではないかと思います。