2012年6月26日(火)収録
出演者:
加藤青延(日本放送協会解説主幹)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第3部:領土問題と中国の軍事力増強をどう考えるか
東アジアの海洋で日中の軍事紛争が起きるとの見方は多い
工藤:最後のセッションになりました。軍事的な問題も今回の世論調査では聞いています。日本人と中国人に聞いているのですが、「どの国に最も軍事的な脅威を感じていますか」という設問に対する回答はいつも同じで、日本の方は、一番目が北朝鮮で、二番目が中国なのですね。ただ、今回は北朝鮮も中国も去年よりも、誤差かもしれませんが、少し増えています。中国の人は、アメリカと日本。いつもと同じです。ただ、日本に対するのが3ポイントぐらい増えています。一応、お互いの国は、他の国と比べて、相手国に対して軍事的な脅威を感じています。
この設問の次に、今年初めての設問なのですが、「今後、東アジアの海洋において日本と中国の間に軍事紛争が起こると思いますか」という、ちょっと深刻な質問を今回入れてみました。イエスはあまりないのかなと思っていたのですが、驚いたことに、日本の方は「数年以内に軍事紛争が起こる」、それから「将来的に起こる」とを合わせると、だいたい27%ぐらい、3割近い。そして、中国の人はそう考える割合が50%を超えているという状況です。中国人の半分が、軍事紛争があるんじゃないかという認識になっているわけです。この状況は心配するものなのか、なぜこのようになったのか。まず、加藤さんからお願いします。
加藤氏:私はやはり心配します。特に中国の方でこれだけ大勢の人がそういうことを感じている、起きるのではないかということを感じている、これは、ある程度中国国内の雰囲気を反映したものだと思うのですね。実際に、人民解放軍の関係者だとか、あるいはそれに関係する雑誌とかを読んでいますので、こういう領土問題は話し合いではもう解決できない、最後は軍事力でやるしかない、しかも短期決戦だと。短期決戦でやれば、解決できる、というような考えの論調が最近。結構出てきましたね。
工藤:でも昔からそういう世論が中国にはあるでしょう。変わっていますか。
加藤氏:中国政府の公式見解とは全く別に、やはり軍部の中でそういう考えが見えてくるわけですね。そういうものを、中国の一般の人たちも感じたり、見たり、聞いたりして、やはり「これはもしかすると話し合いで埒があかなければ、最後の最後は軍部でやるのかな」と。実際に、東シナ海ではないですけれども、南シナ海では、フィリピンとの間でにらみ合いがあったり、かなりきな臭い状況になったりしていますし、アメリカと組んだり、ベトナム・フィリピン・マレーシアが一緒になって、今度は対中牽制をしようとしているという、力での競り合いみたいなものが始まっていますので、ますます力で解決しなくてはいけないという気運が、中国側の方になんとなく出てきているのかなということをこの調査では感じますね。
工藤:高原さん、どうでしょう。
高原氏:この質問には少し微妙なところがあって、1つは、「東アジアの海洋での軍事紛争」の、東アジア海洋って一体どこを指しているのか、まあおっしゃったように、南シナ海も入ると考えている中国の人はきっと多いと思うんですね。日本の場合はどうだったのかという問題が1つと、それから日本・中国などの間で軍事紛争が起こるということなので、特にフィリピンと直接対峙する局面にその時たまたまなっていたこともあって、中国では高めの数字が出たという面もあったのかもしれません。
工藤:確かに日中だけの要素ではないのかもしれないですね。
中国に武力行使を肯定する人が多いのは非常に心配な事態だ
高原氏:しかしいずれにしても、どんな局面でも「実際に武力を使おう」、あるいは「使う可能性が高い」と考える人がこれだけ中国にいるということは非常に心配される事態だと思います。
工藤:宮本さんは、これはどう思いますか。
宮本氏:ひとつ我々が理解しておきたいことは、中国は、常に強国からこういうのを仕掛ける、しばらく前はソ連だったし、ソ連が崩壊したあとはアメリカが一人舞台で、アメリカを中心に。中国もそういう国を作ろうとして、ずっと求めてきた。もうこれは一種の固定観念になっているんですね。したがって、中国が言う日本の軍事的脅威なるものは全部アメリカとの連動だと思いますよ。日本の単独というよりも、日米が組んで、中国にどうするかという問題ですね。それから、これからの世界をリードしていく国や地域は、中国はアメリカと共に当然中国になると思っていますし、2050年の経済を見たらアメリカと大体同じぐらいだと。強気ですし、中国は経済成長を続けて米国と並ぶ大国になって影響力を競い合うと。こういうことですね。
加藤氏:中国の人は経済だけだとは考えていません。大国は必ず軍事力を持つというのが彼らの前提ですから。したがってそうした大国にふさわしい軍事力をその時の中国は持っているだろうという想定ですから。将来アメリカとの間で経済面だけでなく軍事面でも、緊張が高まるであろうと思っている訳ですね。そこで日本というのが登場して、先程のような、世論調査の結果になったのだと思いますが、皆さんご指摘のように、これから毎年、調査の傾向をもう少し眺めてみる必要があると思います。
東アジアの安全保障に関する多国間の枠組み
工藤:今の加藤さんのお話ですが、ただ、軍事的な脅威を感じていて紛争の危険性があるなという意識が、「だからやらなければいけない」という意識なのか、「心配だな」という意識なのか、この2つは違いますよね。その調査の結果を見ますと、それが心配しているような雰囲気であるように私は感じます。もう1つ、この設問が非常に難しい設問なので、中国の人が本当に答えられたのかというのもありますが、やはり東アジアの安全保障を恒常的に議論する多国間の枠組みが今ありません。北朝鮮の問題に関する枠組みはあるのですが。東アジアに関してはないので、何かあった場合にどうするのかということが懸念されています。そこで、そういう仕組みが必要でしょうかという設問を用意し、今回、日本と中国の国民に聞いてみました。
僕はこれが非常に難しい設問だと思っているのですが、日本は半数の52%が必要だと思っていて、また42%がわからないと答えています。当然わからないというのがあるのですが、半数の人が必要であると思っている。日本の有識者に聞いた別のアンケートでも8割ぐらいの人がそうした枠組みが必要だと考えている。つまりそういうことが懸念されるから何かをしなければならない。中国の人は47.1%が必要だと。これも半数ぐらいの人が必要だと考えている。必要でないというのも38%ある。この38%がどういうものかというのはあるのですが、ここはわからないというのが素直なところだと思います。半数以上の人が、日本も中国も必要だと考えている。
宮本氏:私はもういつも言っているのですけれど、中国は経済成長を続けなかったら、本当にあらゆる問題が発生して、極端なことを言えば、共産党の統治自体が危なくなると思っています。経済成長は何が何でも続けなければいけない。ですが、グローバル化した今の国際経済で、国際協調なしに経済成長は続けられない。だから、中国のものすごく大きな必要性は国際協調にあるわけです。だから、それを損なってまでという、1つの大きな壁があるというのが1つと、2つ目に、今、進軍ラッパを流しても、アメリカ相手に有利な戦争を行えるなんて思っている中国人は1人もいないと思いますね。やっぱり圧倒的にアメリカが強い状況ですから。したがって、軍事的に物事を解決するという動きにすぐ行くという気はしませんね。ちなみに、フィリピンでも、フィリピンは海軍を出しましたけど、中国はまだ海軍出さずに我慢していますよね。
工藤:高原先生はどう思われます?
高原:真面目に考えると、戦争なんてありえないというのが常識的な考えですよね。ただ、中国の人たちが、さっき話したような、ある種のフラストレーションがたまってきている面があるので、やや深く考えないで答えている面もあるのかなという気もしないでもないですね。色々な意見が国内にあって、例えば、皆さんご存知のように、中国では国防費が増えているわけですね。治安対策費もそれ以上に増えているのですけれども。国防費がどんどん増えてくると、「軍は一体何をやっているんだ」と、「俺たちの税金無駄遣いか」と、そういう声が出てきたりします。そういう非常に複雑な心理状況が中国社会の中で起こっており、そういったことがこういった数値として浮かび上がっている気がします。
中国は軍事的情報の透明化を進めるべきだとの強い声
工藤:この軍事的な問題というのは、今度の僕たちの「東京‐北京フォーラム」で中国の人と本気で議論しなければならないなという風に思っていますが、実を言うと、両国の軍事的な脅威を何故感じているのか、と。ここがやっぱりむしろ誤解があるのであれば、きちんと言わねばならないことは言わなければいけないという問題があると思います。日本はなぜ中国に軍事的な脅威を感じているかということなんですが、近年どんどん増えて今回もすごく増えた回答は、中国の軍事力が大きいからとか増強しているからではなくて、中国の軍事力についての情報が少ないからと、つまり中国の軍事的な情報の不透明さを指摘する声が日本国民の中ですごく増えているのですね。今年は51.8%で、去年が27.5%ですかね、2倍くらいになっているわけですね。ということは、こうした点を中国がきちんと説明していかないと、日本人は中国に対して脅威感を強めてしまうわけですね。
中国人の方は、昔の侵略戦争の認識が欠けているというのもあるんですけど、増えているのは、日本の軍事力が既に強大だからとか、尖閣問題です。さっき宮本さんがおっしゃっていましたけど、日本はアメリカの援助を期待しているとか、どうしてこういう話になっているのかわからないけど、こういう認識になっていると。あとは日本自体が軍事大国になろうとしているからとか、なんか、こういう感じなんですね。だから、こういう問題というのが、お互いの国民の中にあるとすれば、それについて何かを議論しなければならないと思うのですが、宮本さんはどうでしょうか。
宮本:前に、工藤さんが問題提起された安全保障を語り合う場が、話し合い以前に必要だと言う人が中国でもやはり結構高い割合であった、と。それは、これまで中国は国際社会に協力することにものすごく消極的でしたからね。最近でこそ一生懸命やっていますけれども。やはりアメリカが関与したものの中に入っていったときに、どういう結果になるかについて自信が持てなかった、と。これだけの人が、多国間の枠組みを作ったほうがいいということになったのは朗報だと思いますね。
しかし、同時に中国が我々に脅威を与えている最大の理由は、先程の世論調査のように、軍事的な透明性が足りない。何の為に何をしているのかということを説明できていないんですよね。中国としては一般論で、「我々は平和発展を中心として中国の軍事戦略は作られている。軍は党に従う。したがって何の心配もいりません」なんて説明されるんですよね。僕らが心配しているのは具体的な軍事的構造が、その大きな平和な発展というものとどういうふうに結びつくのか、それの詳細な説明が足りない。
工藤:だから中国はきちんと説明すればいいと思うんですけど、高原先生どうでしょうか。みんな不安になっているわけですよね。
高原氏:そうですよね。まあ、昔と比べれば少しずつですけれども透明度は上がっているではないかという中国の人もいて、それはそれで事実で、たとえば、日本の防衛白書のようなものが、ちょっとずつ分厚くなっていっている。もちろん我々のものと比べるとまだまだ薄っぺらなわけですけれども。今や、影響力の大きな大国になったわけですから、その責任の一環として、国防力についての透明度を高めるということをもっと速い速度でやってもらいたい。それは中国以外の世界中の国の願いだと思うんですね。
日中間の領土問題の有無とその解決を考える
工藤:ちょっともう時間がなくなったのですが、最後に、今回僕たちの世論調査で初めて、領土問題を聞いてみました。この問題は2つあってですね、やはり先程の日中関係の障害でも領土問題が圧倒的に多いわけですね。日中首脳会談でも、領土問題を議論すべきだというのが多いんですね。では、日中関係で領土問題はあるのか。日本政府は、領土問題はないとしています。尖閣は法的にも位置的にも日本の領土ですから、「ない」と言っていいのですが、ただ現実的にはここまで大騒ぎになっているという状況を国民はどう思っているのかということを聞いてみました。
そうしたら、領土問題は日中間にあるのかという設問に対し、中国の人の59.3%は存在している、と。領土問題はある、と。これに対し、日本国民はもっと多い62.7%が領土問題はあると答えている。つまり、外交上、政治上、大きな問題になっているのではないかという認識を持っているということですね。それから、もうひとつ、この問題をどう解決すればいいのかということを聞いていまして。そうしたら、これは実現性が遠いかは抜きにして、国民が一番願っているのは日本の4割が、両国間で速やかに交渉して解決して欲しい、と。中国は52.7%、半数を超える人が両国間で速やかに交渉して解決すべきだ、と。それで、中国は3割近くが解決は急がずに対立の激化を防ぐべきだとする声があって、日本は同じくらいの比率で29%、3割ぐらいは国際司法裁判所に提訴する、と。こういうふうになっているわけです。このことについて一言、この続きは本番の東京-北京フォーラムでやらなければならないのですが、一言ずつお聞きしたいのですが、どうですか。
加藤:私は、尖閣は公的には日本の領土ですから、全く中国と話し合う余地はないというのは、これは建前上どうしようもないと思うのですが、たとえば現実に日中間で軍事的な脅威を感じる理由として中国の船がしばしば領海を侵犯する、ないしは領海を侵犯しないまでも、その尖閣のすぐ近くまで漁船がくるわけです。これに対して日本側はけしからんと怒るのですけれども、実は日中漁業協定だと、あそこの海域というのは尖閣から12海里よりも内側は別としてそこから外は、中国の警備船が来て中国の漁船を取り締まるのは、あるいはパトロールすることは双方が認めていることなのですね。
ところが、それはものすごくおかしな漁業協定です。本来ならば変えなくちゃいけないのに変えられない。そういう問題がもはや話し合う余地なしということになっているからです。そうすると、中国の船はいつまでたってもそこにやってくるわけです。日本側がそれに対してピリピリしなければならない、そういう状況が続くというのはあまり好ましいことではない。現実的に、お互いが傷つかないようにどうやってするかという、話し合いの糸口というか、決して法律上の問題ではなくて、お互いにどうやってお互いを刺激しない、あるいは本当にその問題で友好関係を傷つけないようにするためにはどうしたらいいかということをもう少し考える必要があると思います。
工藤:そういう段階に来ているということですね。高原先生はどうでしょう。
話し合いで解決できないなら、パンドラの箱に戻すのがいい
高原氏:話し合いで解決するというのはほとんど期待できないのですけれども、agree to disagree ということにして、両方が、この問題をパンドラの箱にもう一度戻すことで合意する。蓋を開けない。そういう話し合いならいいと思います。
工藤:宮本さんはどう思いますか。
宮本氏:世界の領土問題の解決といっても、極端なものは軍事力で解決する、もう一つは政治力で解決する。中国とロシアはおたがいの主張の真ん中をとってやりましたよね。尖閣問題に関して言えば、そういうのはとれないだろうという気は強くします。至極はっきりした問題で、国民世論がこれだけはっきりしている訳ですから、なかなか動けない。そうすると、高原先生の表現のようにパンドラの箱に戻す、その中身は何かっていうと、色々な具体的な方法が考えられると思うのですが、基本的にもう一回しまい込んでしまうという発想で、この問題に対応できれば、そういう意味での解決、外交上の問題としての尖閣問題は解決することは可能であると思います。
工藤:やっぱり、この尖閣領土問題に関して、領土問題そのものだけでなくて、国民感情に火がついてしまっている状況ですが、それとそれをどういうふうにして克服するのかということをそろそろ考えないと大変な世論になってしまうかもしれないということを非常に感じます。この議論は7月の2日・3日、実際に、日中関係はいま非常に雰囲気が良くないですが、議論していこうと思っています。中国の人たちも50人ほど、東京にくることが決まっています。その2日・3日の議論の内容は言論NPOのホームページでもオープンにしますので、ぜひ皆さんにも見ていただければと思います。今日のお三方ですが、高原先生は実際の会議には出られませんが、最終日は出られるということです。皆さん対話に参加されますので、そこできちっと本気の議論をしていきたいと思っています。それでは今日は皆さんありがとうございました。
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