2012年10月3日(水)収録
出演者:
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
秋山昌廣氏(海洋政策研究財団会長、元防衛事務次官)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
尖閣諸島問題の解決をどう進めるか
工藤:私たちは今日の議論のために、日本の有識者500人を対象にアンケートをとりました。回答者は約200人ですが、尖閣諸島を日本政府が購入し、国有地にしたことを日本の有識者はどう評価したのか、という設問では、「評価できない」が36.8%と最も多かったです。一方で、「評価している」と言う人は22.6%ですが、「評価できないが、やむを得ない」も27.1%あり、「やむを得ない」という消極的な評価も加えると、有識者の約半数が今回の日本政府の措置を支持している、ことになります。
さて、議論を次に移します。つまり、この状況をどのように解決すべきか、ということです。有識者アンケートでもこの問題を聞いています。まず、日本と中国の2国間の協議でこの尖閣問題を解決できると思っているか、ということを聞いています。これに関して、「解決できる」と答えた人は34.2%と3分の1に過ぎなく、「解決できない」と答えた人が59.4%と6割に迫っています。
この領土紛争の最終解決はかなり難しいのではないか、というのが、日本の有識者の大方の考えです。この3分の1の「解決できる」と回答した人に、どうやって解決するのかを聞いたら、「棚上げする」が39.3%と4割近くとなり、様々な努力の末に最終的には「棚上げ」の状態に戻す、の声が最も多い、のも特徴です。
さて、今の尖閣問題の対立を日中間の政府間交渉でどう解決できるのか、について皆さんはどう考えていますか。
宮本:これは対話を通じて物事を処理するしかない。領有権問題に直接触れないことを含め、処理の形態はさまざまなものがあり得ると思うが、それをもって我々は「解決した」ということになる。
領有権の問題そのものの解決をはかるのではなく、今両国が対立状況にあること自体を緩和させる、あるいは2度とこうした対立は起こさない、そういう状況なり仕組みなりを作り出す。私は、それらを作り出すことが「解決」だと考えている。
「解決」には、様々なバリエーションがあり得るが、出発点は平和的に物事を解決することであり、すでに我々はこれを日中平和友好条約でさんざん約束し合っているので、その基本をまず確認してから、解決プロセスに入る。両国政府が早急にやるべきことは、これ以上、相手を刺激するような対応をしないことである。それを合意してから、対話に入る。お互いの国民感情が、今は少し沸騰しすぎているので静かな話し合いをする雰囲気ではなくなっている。これでは、十分な対話ができないと思うので、まず事態を鎮静化させることが急務である。
なお、その中でも優先すべきことは、危機管理である。本当はもうすでに両国間にこの危機管理の枠組みはできていなければならなかったが、まだそれがない状況なので現場で何が起こるか分からない。そこからまず話し合うべきである。
まず必要なのは紛争回避の危機管理
工藤:今、宮本さんのおっしゃったことには私も賛成です。つまり、今回の問題の解決は領土問題本体の解決よりもまず両国で合意すべきことがあります。
この対立がお互いの国民感情を刺激して、大きな武力衝突につながることを避ける、あるいは偶発的な衝突が最悪のケースにならないように現場レベルのホットラインを構築すること、危機管理でお互いが合意する。それをまず初めにやったらどうかという提案です。それは日中平和友好条約の第1条にもあるように平和的な解決をして、武力行使をしないということをもう一回きちんと合意することから始めたらどうか、ということです。
高原:私も全く賛成だが、その時の「武力」とは何なのかという問題も考える必要がある。もちろん自衛隊や海軍は間違いなく武力だ。こういうものは絶対使わないことを確認し合うことが大事である。では、例えば海上保安庁の巡視船のような船が今たくさん中国側から出てきているが、これもある種の力の行使だろうか。そう受け取れると私は思う。
「このような事を続けていつか事故が起きたらどうするのか、船をとにかく出すな」と強く中国側に要求したい。「そういう挑発をまずは止めないと話し合いができない」ということを中国側に厳しく訴えていくべきだと思う。
その点に関しては、少し日本人はおとなしすぎるのではないかと思う。
工藤:これまでも日中の政府間で現場レベルのホットラインの創設などいろいろ話し合いはありましたが、それが進んでいません。
秋山:日中間で海上事故防止、軍事部門同士で危機管理のためのホットラインを作るなど、そういう意味でのクライシスマネジメントについてはやるべき事がたくさんある。ただ、それはこの尖閣に限定された話ではない。
尖閣に限定するのであればお互い、考えなくてはならないことがある。
まず、軍事の問題に関する議論は避けるべきである。日本では軍事の問題を議論すること自体が非常に危険であるという主張が従来にはあった。私はこれまでそういう論調を批判してきたが、尖閣については今、軍事の問題を議論することは非常に危険だと考えている。なぜなら、中国の一部の勢力は軍と軍との衝突を期待しているからだ。これは非常に恐ろしい話でそこに引き込まれないように注意する必要がある。
それから高原氏も、また私も先程述べたように「現状変更を企てているのはどちらか」、ということをもっと日本側ははっきり言うべきである。漁政にしても海監にしてもこれはある意味で国家の力であり、フォースである。それらの船が日本の領海に入ってきて、居座ることは強く非難しなければならない。
宮本:先程、「事態を鎮静化させなければならない」と申し上げたのは、そういう風なことを含めて話し合いをする雰囲気をなかなか現場で感じられないからだ。
これは中国の体質でもあるが、国が大きな方向を打ち出した時にその中であえて流れと違う事をやる、つまり日本側と積極的に話し合いをして、この状況を良い方向に持っていこうという考え方に中国の現場が果たしてなっているのだろうか。これは先程、高原氏がおっしゃった「中国が公船を日本の尖閣の領海の中にどんどん送り込んでくる」ということと併せて、そういうことを中国側に考えてもらう必要がある。日本の国情を理解して中国側も抑制的な対応を取るべきだ。日本側もできる限り中国の世論を刺激しないように配慮することが必要である。
工藤:政府間協議では、そういう問題を話し合う機会もないという状況ですが。
宮本:「なぜ冷却させなければいけないか」という理由を申し上げると、冷却させないと中国外交部が表だって動けないからである。だから、冷却がまず先に来なければならない。
高原:「どうすれば中国のナショナリスティックな感情、情緒を抑えることができるのか」というのは難しい問題である。
だが、冷却のためにはやってはいけないことがあるのは明らかで、日本側で誰かが軽率な発言をしたり行動に出たりして相手をまた刺激してしまうような事は回避しなければならない。これだけは非常にはっきりしている。
政府対話と民間レベルの対話の役割
秋山:危機管理のためのホットラインを作る、あるいは、海上事故防止協定を作るということはまだ完成していない。そういう意味では日中関係は成熟していない。それを早くやらなければならない。中国も最近意識し始めているが、非常に遅い。
その問題とは少し異なるが、日中間で尖閣問題解決に向けた2国間の政府交渉をこれから始められるかといったら現実的に難しい。最終的には2国間で話さなければならないが、日本は「日中間に領土問題はない」と言っているわけだから、とりあえずそれはそういう前提として置いておく。それはそれとして、トラック1.5という形で民間レベルで関係改善に向けた取り組み、話し合いをすることは可能である。
工藤:宮本さん、政府間レベルで協議は難しいとなると、確かに1.5とか民間レベルでの対話を組み合わせながら、対話を進めないと取り返しのつかない状況にならないですか。
宮本:このような状況にも関わらず、日本と中国のチャネルが完全につまっているわけではない。ただ、我々が思うほど開かれていないという状況だから、政府レベルでの対話については引き続き努力していくことが必要であるし、民間の対話も進めていく必要がある。
これは、私も参加している日本のNPO法人、言論NPOの存在意義とも関係するが、私はかねがね「成熟民主主義」の意義について申し上げている。すなわち、これだけ国民の政府の行動に対する監視が強まっているということは、逆に言うと国民社会が政府の決定に責任を持たなければならない、ということでもある。監視の力を持った以上、相応の責任を持たなければいけないという国民社会になった時に大人の外交、広い視野に立った外交ができることになる。そうした国民社会から発信していけば冷却につながり、国際社会から見たときにも日本の方に正義があると映る。だから、細部でいろいろやって国際社会に見せるよりは、国民社会が一歩引いたある意味で大人の対応をしていくことで日本の社会の持っている実力を国際社会に分かってもらう。これは言論NPOの重要な仕事だと思う。
工藤:私も参加する言論NPOの使命に強い示唆をいただき、ありがとうございます。今後も必要なのは単なるナショナリスティックな発言ではなく、冷静に、しかも未来を見据えた議論を始め、それを世界に発信していく、ということですね。
宮本:そういう議論を日本から発信していくということで事態の鎮静化に役立つ。
工藤:アンケートに話を戻させていただくと、「2国間交渉で解決できない」というのが6割ぐらいで最も多かったのですが、その人たちに、では、何をすればよいのかと尋ねると、「国際社会で日本の立場を説明して、国際社会の支持を取り付ける」が45%で最も多く、「より多くの中国との共通利益を重視し、日中両国の関係改善を図る努力をする」が32%、さらに、「軍事衝突を避け平和的解決を目指すための合意を取り付ける」が30%で続いています。
これまで出た皆さんの議論は、有識者のこうした認識と符合しているように思えます。
2国間で領土問題を解決するということは難しいけど、その前にこういうことをまず日中間でやったらどうかという、強い提案なのだと思います。高原先生はどう思いますか。
高原:先程ちょっと言いそびれたが、ナショナリズムの温度を下げるためにもやはり、政治レベルの話と、共同研究あるいは話し合いを切り離すことが必要だと思う。今中国の中には、一つには無茶苦茶な論理というか、自分たちの立場を正当化しようと焦るあまり、大変間違った議論が出てきている。例えば、「日本はポツダム宣言で本州と北海道と四国と九州しか持たなくなったはずではないか。だから、沖縄だって尖閣だって全部自分たちのものだ」という話まで出てきている。あるいは、「日本が戦後秩序を破壊している」など、国際的に通用するはずがない議論をし始めている。
だから、アカデミックな世界でお互いの言っている議論を整理するべきである。日本と中国だけではなく、他に海外の研究者も入った対話の場を設ける。これは有効だと思う。