2012年10月3日(水)収録
出演者:
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
秋山昌廣氏(海洋政策研究財団会長、元防衛事務次官)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
領土問題の最終解決をどう進めるか
工藤:2国間の交渉で領土問題は最終的に解決できるか、という問題に話を進めたいのですが、2国間で解決が出来ないのであれば、多国間協議や国際司法裁判所への提訴という問題も残っています。この問題を皆さんはどう考えていますか。
宮本:領有権の問題を正面から取り上げて、これを「自分のものだ、自分のものだ」と議論してもこれは絶対に解決しないと思う。しかし、それではないかたちでこの問題を一旦脇に置く、すなわち、日中の大きな関係に影響を及ぼさないようなメカニズムを作って、この領有権の問題を冷凍保存することは可能である。そういうことに私達はこれから大いに知恵を出さなければならない。
両国政府ともにこれまで維持してきた基本的な立場があるから、これを一挙に変えて、別のやり方を、ということは現実問題として非常に難しいだろう。しかし、そういう風にそれぞれの立場を堅持した形を取りながら、逃げ道や出口を考え出していく。これが実は外交交渉そのものなのだと思う。そういうことをきちんと行う、ということに関して、両国のそれぞれの指導部での了解が取れて、折に触れて政治的な決断をしなければならない局面が来るので、それはその政治指導者が決断を下しながらやっていって最後の折り代を合わせる。ただ、それを今言うのは全く時期尚早である。すなわち、材料がまだ全部テーブルの上に出てない。全部出た後でそれらを混ぜ合わせながら、できあがったものがお互いに国内的にも整合性の取れたものかどうかを仕上げていく作業だから、材料がどれくらいあるかをきちんと知らない中で最後の仕上がりを言うのは非常に難しい。しかし、外交交渉というのはそういうものを経て何らかの合意に達するというものである。
高原:今、中国は国際的に猛烈にアピールしている。いろいろな議論を「あぁでもない、こうでもない」と。我々から見ればさっきも言ったように少し噴飯もののものもあるが、それだけ焦って、一生懸命やってきている。中国には中央宣伝部というそのためのお役所があるから、彼らは「いまこそ自分たちの力を発揮すべき」と言って頑張ってやるわけである。日本としてはもちろん反論を出していくべきであるが、中国は、それほど自らの主張の正しさに自信があるのであれば、国際司法裁判所に訴えればよいのではないか。
工藤:中国は提案できますか。
高原:中国はできるのであればやればいいと思う。日本は竹島についてはこちら側から一方的に訴えたわけだが、本当に自分が正しいと思うのならば「やってみなさい。我々は逃げません」と、日本の政府はそこまではなかなかはっきりと言えないかもしれないけれども、それも一つの道だと思う。
工藤:先日、野田総理が国連総会演説で領土や領海の紛争は「国際法を踏まえて平和的な解決をする」と言っていました。あれは何のことを言っているのですか。
宮本:それは一般論をおっしゃったのだと思う。国際司法裁判所の問題は、領有権問題が存在すると認めない限り、国際司法裁判所に付託されない。日本政府は領土問題の存在を認めていない以上、国際司法裁判所に関してはそれ以上の検討がなされていないという状況だと思う。したがって、そこを念頭において野田総理が発言したとは思わない。
高原:そこまでは考えていないというのが常識的な解釈である。おそらくあの演説で述べていた3番目の叡智、それを彼は法による紛争の解決と言っていたが、それは「ルールに則って平和的な手段により紛争を解決すべきだ」という一般論であろう。
秋山:あの発言は国際司法裁判所の話ではない。要するに尖閣を含む領有権の議論は、「国際法の考え方に基づいて決定すべきだ」、「国際法の考え方に基づけばとても中国の言っていることは通用しない」ということである。
「2国間で解決できるかどうか」という問題もさることながら、中国が統治の正当性の中に愛国主義や反日、領土問題を取り入れるのであれば、この問題は絶対解決しないと思う。ただし、そうでなく、国際司法裁判所を使おうという叡智が中国の政権党の中に出ればこれは可能性があると思う。
高原:中国側も領有権問題があると言えない。外交部発言をよく読むと、「尖閣諸島は争いなく、我々のものだ」と書いてある。しかし、次の段落で「日本は争いがあることを認めないのはけしからん」と言っており、矛盾している。どの国も領有権問題があるとは言わない。
工藤:中国国民は日本が尖閣諸島を実効支配しているという現実を知らないということですか。
秋山:日本が実効支配をしているという事実を知らない国民は多い。
高原:また、不法に日本側が支配していると思っている国民も多い。つまり、「領有権は争いなきことであり、我々の固有のものである」という主張に基づく考えだ。
工藤:国民に対する説明がこうもねじれていて、どういう風にこれを整理すればよいのですか。
宮本:そのねじれのままでは未来永劫解決がないわけで、そこはある段階でお互いに踏み込まなければならない。面白いことに、南沙群島は違うが、西沙群島に関して言えば、中国は「領有権問題は存在しない、しかし、外交上の問題は存在する。したがって、外交上の問題は平和的な話し合いで解決する」、と言っている。最近日本政府もそれに近づいてきている。玄葉光一郎外務大臣も「領有権の問題は存在しない。しかし、外交上の問題はある」と言っている。
しかし、今みたいにお互いの社会が沸騰している中でこの話し合いは難しいという状況にある。
日中関係の関係改善と尖閣諸島問題
工藤:最後の質問は、日中関係についてです。日中関係は尖閣問題の障害だけが目に付いていますが、経済的な結びつきが強く、共通的な利益も大きく、お互いが無視できない存在になっています。日中関係の進展でアジアの展開がどうなっていくのかが決まるくらい、日中関係の役割は大きいような気がしています。こうした日中関係の未来を考えたときに、尖閣問題が解決しなければ日中関係は前に進めないのですか。
高原:日中関係は何も尖閣問題だけでできているわけではない。戦略的互恵関係とは、これは宮本氏がよくおっしゃることだが、戦略的な共通利益、大きな共通利益に基づく互恵関係である。尖閣問題は、40年前から一貫して存在し続けている問題である。いまさら大きくその問題を取りあげ、膨らませて相争う事によって、その他の大事な部分を台無しにしてしまうことはないだろうと、当然ながら日本側はそう思っている。ただ、今のナショナリズムの高揚の下、中国社会で多くの人が感情的になっている状況の中で、そういった理性的な声がなかなか浸透しない。中国政府も非理性的な声に対応せざるをえないという難しい状況にある。ただし、中国の中にもクールで理性的な人たちはいる。ただ、今は声を出せない、彼らもじっと我慢している状況である。この人たちに向けて、我々が理性的な、冷静な態度でアピールし続けていく、心を通わせていくことが非常に重要だと思う。
宮本:間違いなくそういう人たちが中国にも多いが、高原氏が言うようにそれを口に出しにくい状況になっている。私もいろいろなところで申し上げているが、中国はある意味で空気社会である。だから、社会の空気がそういう風になると、それに反することを口に出せない。にもかかわらず、私も時々ネットでの議論を眺めるが、そんなに「日本けしからん、やれやれ」という論調ばかりでない。ネットの世界でも「本当にそんなことをやっていいのか、他にやることがあるのでは」という話も出ている。しばらく前よりも中国社会は確実にそういう方向に進んでいる。大きな利益に着目する努力を怠ってはいけない。
工藤:日本も日中関係で勇ましい発言をする人ばかりでなく、理性的な国民は多いです。私たちが行う有識者のアンケートの結果もかなり理性的な反応です。
実はアンケートで「今回の尖閣問題を契機に日中間で軍事紛争が起こると思いますか」、という事を聞いています。そうしたら57.4%が「起こらないと思う」と答えています。我々は5月頃にも世論調査をしましたが、あの時よりも「起こらない」という人が増えています。
今ここまで紛争が激しくなってきている状況の中でも日中間で「軍事紛争が起こらない」という人が多いのです。
3割は「軍事紛争が起こる」と見ていますが、その人たちにどうやって軍事紛争を避ければよいか、と追加で質問すると、一番目が「両国政府による協議」の26.4%で、「多国間の協議」が18.9%で続いています。先程の「民間のトラック2の対話」も15.1%ありました。また、「多国間政府による協議」もあります。あと「現場レベルでのホットラインをきちんとすべき」も13.2%あった。こうした傾向をどう見ているのですか。
秋山:このアンケートの結果は私の感覚とも合うし、割と常識的だと思う。むしろ中国でこうしたアンケートを行ったら、「日中間の軍事衝突はある」というのがかなり多いと思う。それは日中の違いである。「多国間政府による協議」がわりと多いのは面白い。これは例えば南シナ海の問題を意識して考えているかもしれないが、尖閣も、日本も、米国も、台湾も関係する。もちろん2国間の協議も必要だが、現実的にはやはり多国間協議、それをトラック2などの民間で行うことの常識的な一つの示唆を与えているように感じている。
宮本:今回のケースは、今後の中国の対外姿勢を計る一つのテストケース(試金石)になっていると思う。この問題をどういうかたちで中国側が終結させるのか。それが今後の中国の南シナ海も含めていろいろなところに対する姿勢の流れを作るだろう。自分が強くなったから、その力に頼んで対外政策をやっていくというものになるのか。もっと理性的により大きな利益を念頭に置いてやっていく対外姿勢なのか。その2つの流れの分岐点にあると思う。今回のケースはそれを見極める非常に良い例になると思う。
高原:私もそう思う。だからここで日本が折れてはならない。それは世界のためにもそうだし、中国のためにもそうだ。「それ見ろ、やっぱり力で相手を圧倒すればいいのだ」という風潮、考え方が中国ではびこったとしたら、非常に危険だと思う。日中平和友好条約で合意した反覇権主義、武力ではなく平和的に問題を解決するなどの様々な原則を、今中国に対しても、世界に対しても、日本はしっかり守るとアピールすべきである。
工藤:今回の私たちの議論では、軍事的な衝突にならないような様々な合意が両国間で必要であり、民間側の対話の役割も再確認されました。日本側の説明不足やコミュニケーションのチャネルの不足も指摘されました。こうした議論の方向は、同時に私たちが行った有識者アンケート(約200人回答)と同じであり、今回も平和解決に向けた知恵が問われているように私は感じました。
こうした議論には、理性的で冷静な姿勢が不可欠ですが、中国にも多くのそうした識者が存在していることも私たちは知っています。この政府レベルの閉塞感を壊して、平和解決を進めるためにはそうした理性的な対話が日中間の民間レベルで始まることも、必要な局面だと考えています。
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