2012年10月18日(木)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
※この議論は2012年10月18日(衆議院解散前)に行われました。
第2部:【社会保障の構造変化】騎馬戦から肩車へ
工藤:西沢さんはだいぶ前から、既存の仕組みに本質的な問題が多いと言っていました。民主党はその抜本改革をやるというようなポーズを取っていましたよね。
西沢:これまで議論になったように、年金には、財政の問題と構造改革の問題の2つがあります。民主党は構造改革の方に焦点を当て、家族の形や就労の形態が変わっているので制度を変えよう、と言っていました。財政の方にはあまり関心がなかった。民主党は、2009年に自公政権下で出された、100年安心プランはまだ生きていますという財政検証(いわば年金の健康診断)を批判していたのです。でも政権交代して与党になると、気づいてみればそれを肯定している。構造改革にも手を付けないし、100年安心プランも批判していたのに無批判に受容してしまうというのが、鈴木さんや私から見るとものすごく不信感が高いのです。
工藤:社会保障の改革について議論したいのですが、これから高齢化のスピードがすさまじく速くなっていく。お年寄りを若者が担うという構造が非常に難しい。つまり、構造的に、今の超高齢社会を維持できる仕組みが非常に難しい状況の中で、さまざまな制度にいろんな矛盾が広がっている。そこで、現在の制度、年金も医療もそうなのですが、それに関しては、いろんな人たちが支え合う構造だったのだけれど、それがうまくいかない。たぶんそれが、100年安心という段階ではなくなっているのではないか、壊れてしまっているのではないか、なのに政治はそれに対して取り組んでいないのではないかと私も思っているのですが、鈴木さん、ちょっと解説してもらえますか。日本の社会保障は、どこまで壊れているというか、展望がないのですか。
鈴木:かなり大きな話になりますが、今回の選挙で問われるべき課題というのは、細々とした今までの話ではなくて、全体として今どういう状況になっているのかちゃんと見せてくれ、この先もこのままいくとどうなるか見せてくれというのが、一つの大きな論点だと思いますね。そういう意味でいうと、高齢化がどんなスピードで進んでいるのかというのが非常に重要なのですが、ちょうど3人の現役世代で1人の高齢者を支えるという状況が今の日本の立ち位置ですね。
ところが、団塊の世代が大量に退職している状況ですから、2023年つまり11年後には2人で1人を支えるという時代が来ます。3人で1人と、2人で1人とではえらい違いなのですね。だいたい2060年、70年くらいになりますと、これが1対1で支える状況になる。重要なことは、1対1で支えるという状況が、また人口が増えて元の通り肩車から騎馬戦になって、というふうに戻っていくのかというと、今の予測では戻らない。つまり、ずっと1対1のまま先まで行ってしまうという状況なので、1人の高齢者が使っている医療費や年金や介護を3人で割り勘している時代が、1人で割り勘することになりますから、単純にいって負担は3倍になるのですね。もし、今また社会保障のバラマキなどということがあって、例えば(社会保障支出が)2倍になったとすると、2×3で将来は6倍の負担がやってくる、というのが単純なモデルですけれど、それくらいのインパクトの中に我々がいるということです。
だから、ここで安易にばらまきますとか言っているのが、その先で消費税はどれだけ上がるのかとか、保険料などはどれだけ上がるのかというものを一緒に見せてくれないと、選択のしようがないわけですね。今は一番フルのバラマキのままでいきましょう、ところが消費税を5%上げれば何とかなります、とかいうのは全然計算が合っていないのですね。フルでバラマキをやって、この先(現役世代の負担が)3倍になる社会を生きようと思ったら、消費税でいうと下手すると30%とか、30%どころではないと私は思っていますけれど、そういうことになりますがこれでよろしいでしょうか、とセットで議論してもらわないと困る、それが一番大きな論点になります。
工藤:正直な議論としてはそういう段階なのですよね。ただ、1対1で背負う社会とはどういう社会なのですか。イメージが見えないのですね。お年寄りを1人で支えるというのは無理ではないですか、自分も生きないといけないし。
鈴木:だから、そういう意味では、1人で支えなければいけない負担を減らしていくとか、もちろん税も上げなければいけないと思いますけれど、あるいは高齢者自体にも高齢者になる備えをしてもらう、若いころに自分の老後を養えるくらいのものを少しは蓄えておいてくれとか、いろいろ手はありますけれど、それも「先がこうなります」というものがあって初めて議論ができるので、今のように「先のことはよく分かりません、高齢者にはバラマキましょう、負担は上げませんよ」という、今だけを見ているようなことばかり言っている限りは、先に備えられませんから。
いまの病状の正しい診断を その処方箋は?
工藤:先程のアンケートでも、「今回の税・社会保障一体改革は改革の道筋を示していますか」と聞いたら、「道筋どころか目指す姿が見えない」、「姿が見えないのにどうやって道筋が出せるのか」という意見があります。西沢さんに聞きたいのですが、基本的な構造は鈴木さんが言われた通りだと思うのですね、ただ今ある制度というものが現実の中で非常に大きな混乱、矛盾を抱えている、ただ政策としては、年金であれば100年安心と言う仕組みが今あって、医療であればみんなで支え合っていく構造があるわけですね。これは今どこまで厳しい段階になっているのでしょうか。
西沢:実態は、今、鈴木さんがお話になられたように、1人が1人を支えるという社会が現実に訪れてきます。でも政府は、医療で例えると病状の診断を正しくしていないと思うのです。本当は深刻な病状なのに、「大丈夫ですよ、安心してください」という偽りの説明をなぜか繰り返している。「100年安心です、若い人も払った保険料の2.3倍もらえます、年金未納だって年金財政には関係ないですから放っておいていいのですよ」という偽りの説明が繰り返されることに、我々はむしろ疑心暗鬼になっているし、「安心です、病気ではありません」と言っているので、その処方箋を描く段階に我々は至っていないのです。
ですから、「少なくとも正しい診断をしてください、ひどかったとしても頑張ってそれを治していくように努力しようではありませんか」という訴えなのです。ソリューション、処方箋の段階まで全く至っていないというのが現状だと思いますね。
工藤:ただ最初の話で結局、自民党も民主党も結果論としては、基本的には100年安心プランに収斂したわけですね。その100年安心プランは今どんな状況なのか、本当に安心なのか、ということではどうでしょうか。
鈴木:全然違うのですよ。収斂した結果が事実であるとは限らない。まず100年安心プランのことから言うと、積立金はものすごい取り崩し方をしていますし運用増も発生している状況ですので、私の予測だと、経済状況がわりと良くなることを前提としても、2030年代には年金の積立金は枯渇する。もともとは100年安心のものが、20年くらいかなと。これもうまくいってですよ。下手するともっと早くなくなる可能性があると思いますけれど。
工藤:そこに先程の、1.5人や2人(の現役世代で1人の高齢者を支えるという状況)が重なってくるわけですね。
鈴木:そうですね。完全な賦課方式に、見事に高齢者の分を全部支えなければいけないということになりますので、大変な状況になるのですが、それを、先程の西沢さんの話ではないですが、我々は告知してもらっていないのですよ。インフォームド・コンセントではなくて、あなたの病状がそうなっていますよ、ということを分からないで、「安心だ、安心だ」と言われて、もうひどい話なのですね。どうしてそんなことになるかということですけれど、事実を伝えない談合になってしまっているのですね。もともと自公政権が100年安心プランと言っていたのですから、その発言を変える必要はないわけですね。民主党の方もどういうわけか分かりませんけれど、正直に言うよりもそのまま官僚たちの言っていることに乗っかっていった方が楽だと分かったのですね。そして、今度は自公政権と仲良くならなければいけませんから、3党合意ということで、事実は見ないことにしよう、お互い「安心」と言っていればいいじゃないか、と。厚労省の方は財政の状況を一番よく分かっているのですけれど、政治が全然イニシアティブを取ってくれないから指示待ちですよね。「向こうが言ってこないのだから我々だって計算する必要はない」ということで、3者がいい感じで「安心、安心」と仲良くなってしまっているのですね。これが最大の問題だと思いますね。
工藤:政治家ってそんなに嘘をついていいのですかね。例えば、普通の企業であれば、詐欺のようになってしまいますよね。できないと分かっていて嘘を言っているのであれば。非常に深刻だと思うのですが。さっきの、積立金があと20年くらいでなくなってしまうということで、本来は100年分あったものがかなり大きく減ってしまっている。この原因は何なのですか。特に西沢さんは昔、給付抑制のことで、マクロ経済スライドがデフレ下で発動しなかったということを、ここ(言論NPO)の会議でも何回も(議題に)出していたのですが、議論があっても全然取り組まないですよね、今の状況は。だから、非常に過剰給付があって、それが将来世代に回されていく構造は変わっていないわけで、どのようにして100年安心プランはこうなってしまったのですかね。
西沢:結局、政党の中にも、中には世代間格差是正というきれいなことを言う政党がありますよね。それは正しい。ただ、世代間格差を是正するということは、高齢者の年金をカットする、早めに負担を引き上げる、このいずれか、あるいは両方しかない。ということは、とてもつらい作業が待っているわけです。
今回、消費税を上げますと言ったときに、「消費税も上げて年金もカットするのか」という国民の意見に、政治的にとても耐えられないという判断で、消費税(の増税)の方をとって、年金の財政健全化は、「100年安心だから」ということで目をつぶっているのではないでしょうか。
誤った政府のメッセージを読みとる
工藤:アンケートでそのことを聞いてみたのですね。「年金制度を持続的にするためには何をしたらいいのだろう」と。一番多かったのが、「高所得者の年金給付の見直し」で55.6%。次が、鈴木先生が言っているような「賦課方式から積立方式への転換など、制度そのものを抜本的に改革すべきだ」というのが50.6%、その後、「国民年金の保険料を払ってくれないことの改善」と「マクロ経済スライドをきちんと早く対応するような形にして、過剰給付の構造を直すべきだ」と。以外に少なかったのが、それでも多いのですが34%で「年金の支給開始年齢を引き上げる」というものなのですね。この構造は、給付をかなり抑制していくという仕組みですよね。あと制度設計を変えていくという話です。そのほか、今あるものでやっていないものをなぜ放置しているのか、それをちゃんとやりなさい、と。たぶんこのあたりになっているのですが、どうですか。
西沢:全部同じだと思うのですよ。高所得者の年金給付を見直すということは削るということ、保険料の納付率を改善するということはたくさん収入を得るということ。収入をたくさん得て給付を抑えるということで、方向性としては積立方式なんですよね。賦課方式の年金を縮小して積立方式に持っていくということでは全く一緒で、すべて財政健全化につながっていきますので、答えはすべてリーズナブルだと思いますね。
鈴木:リーズナブルですし、覚悟があるということですよね。「安心、安心」と言われているのに「身を削る改革をやれ」と言っているわけですから、やっぱり国民は馬鹿ではないのですよね。ちゃんと見透かしているということだと思いますよ。
工藤:つまり、問題の複雑さとか大きさは知っているのですね。
西沢:ただ、(アンケートの回答者は)おそらく知識層ですよね。
工藤:そこは輿論と世論(せろん)という大きな問題があるのですが、ただやっぱり、そういう病巣がある程度分かっている人たちが結構いて、しかし政治がそれにまったく取り組まない。逆に嘘をついてしまうという状況にみんながびっくりしているわけですよね。
鈴木:もともとそういう愚民思想的な、特に霞ヶ関の官僚たちは、基本的に「寝た子は起こすな、事実はそのまま知らせないでいた方が幸せだ」という発想で、「俺たちが意思決定するから」ということですから。
工藤:そうですね。ただ、これは何とかしないといけない、というのが現実的にある話なのですが、今の安心プランというものが壊れている現象は、発病という形が、病巣が見える仕組みはどういう形で出てくるのでしょうか。
西沢:例えば、鈴木先生も言われているバランスシート、年金会計でもいいのですが、それが重要です。社会保険方式というのは、保険料を制度が受け入れると給付を支払わなければならない義務が発生する。その義務を全部積み上げていくと何百兆円という現在価値になるわけですよね。
まずそれを目に見える形にする、そしてこれを減らすにはどうしたらいいか、年金債務と定義づけておきますと、減らすためには今の給付を削る、あるいは早めに負担を増やすということによって500兆円の年金債務を減らすことができる、それで長持ちするのですよ、というような、会計の力を借りて数字で国民に分かりやすく伝えるという手があると思うのですね。
それであれば、年金債務を減らすために、給付カット・負担増に我慢しようかという判断にいくと思うのですけれど、今政府がやっているのは「100年安心です、2、3倍ももらえます」というメッセージですから、誤ったメッセージを伝えていると思うのですよね。
工藤:鈴木さんは去年の12月にこの議論をした時、私は今54歳なのですが、支払いとサービスが(トントンになる)ギリギリだと言ったのですね。1960年生まれからマイナスになるという話だったのですが、それ以降生まれた人がマイナスになるということは、これから生まれる子どもは生まれた段階で、年金でいうと二千数百万円の借金、医療とか介護とかを全部入れると四千万円くらいになってしまう。鈴木さんはいろんな本の中で、それはあまりにも不公平だという話と、さっき言った、積立がもうなくなりますよということを明らかにしているのですが、それがやっぱり大変だという話だと。
鈴木:そうですね。だからそういうものを、公的な債務でも損得計算でもいいのですけれど、きちんと会計が公開されて国民の目に触れているということが、西沢さんのおっしゃるように重要なことだと思いますね。それからもう一つ重要なことがあって、私はガバナンスに非常に大きな問題があると思うのです。つまり、そういう事実を語る人が、年金政策の失策の責任を取る人たちだ、厚労省とか政治家がそうなのですけれど、つまり、会計的なチェックをする人と年金政策をやっている人間が同じなのですね。これはやはりお手盛りにならざるを得ないわけで、会計検査院とかアメリカでいうGAOのような別の部局がちゃんと厳しい目で見る。これはエネルギー政策と同じですね。原子力の推進をやっているところと規制庁が同じだということとまったく同じだと思いますけれど、そういうガバナンスを確保するということももう一つの大きな解決策だと思います。