2012年10月18日(木)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
※この議論は2012年10月18日(衆議院解散前)に行われました。
第3部:【年金同様の構造的課題抱える医療】保険医療の財政はもつのか
工藤:わかりました、年金の問題は、先程一応の方向が見えました。では、医療の問題ですが、これもアンケートで聞きました。医療もいっぱい課題があるので困ったのですが、社会保障の問題は医療も同じですね、保険でやっていますから。こちらの方は積立がない中でやっていく状況なのですが、アンケートでは「社会保障と税の共通番号や行政インフラを整備する」ということと、「医療のサービス提供体制を見直す」ということが半数以上で、それから医療財政とか保険者の再編とか受益と負担が分かるような仕組みとか。保険料はサラリーマンの方もすごく引かれるでしょう、税金以上にどんどん増えている。でも税金と同じですよね。これはどうなっているのか。つまり、お年寄りをいっぱい支える構造で、みんなでやってきて、ここにギシギシと大変な問題が出ているわけですね。 今度の選挙で私たちはどのように医療問題を考えていけばいいかということを解説してほしいのですが、西沢さんどうでしょう。
西沢:医療には年間37兆円かかっていますけれど、一つは、少子高齢化が進む中で、医療費が高い高齢者の方を今、現役世代が支えているので、財政的に持続可能かどうかという、年金と同様の課題があります。もう一つは、医療資源の地域間や診療科間の偏在、不足をどう是正していくか、あと、高齢社会にふさわしい地域ごとの医療・介護提供体制をどう作っていくかといったような医療資源の整備、その2つの課題があると思います。
工藤:医療問題は非常に難しいのですが、保険医療の財政の仕組み、自分の健康保険もあるし、お年寄りの保険もある。それらがどう回っているのか、これから先、2人で1人を支える状況で持つのか、そこはどうなっているのでしょうか。
西沢:組合健保という、大企業が中心でやっている健保が、今日本に1500弱あります。トータルで年間6兆円の保険料を労使で集めている。どう使っているかというと、6兆円集めたうち3.4兆円は従業員と家族向けの保険給付、残り2.7兆円は高齢者向けに移転されています。後期高齢者医療制度に1.3兆円、前期高齢者は主に市町村がやっている国民健康保険に入っているので、そこにも1.1兆円、サラリーマンOBの方が国保に入っていて、そこにも3千億円。今、高齢化率は24%ですが、今後40%に向かっていく中で、今でも6兆円集めて2.7兆円はよその制度に行っているものがどんどん増えていったときに、今でも組合健保はものすごい勢いで解散しているのですが、大学生もなかなか就職できない状況の中で、果たして持つのですかという話がある。今、私が申し上げたので「あ、そうかな」と思っている方が多いかもしれませんけれど、この現状があるということですね。
工藤:つまり、普通に考えてみると、その仕組みは持たないんじゃないかという気がします。
西沢:持たないと思います。ですので、持たせるためには、高齢者は平均で年間医療費が70~80万円ですかね、苦しくても少しでも節約できないかと知恵を絞っていくのが、長持ちさせる秘訣だと思うのですよね。
工藤:自分たちの保険料が自分たちだけの仕組みではなくてお年寄りのために使われているということは、皆さん知っているのですかね。
西沢:分かっていないと思いますね。保険料が天引きされて。
工藤:ただ、そういう形で日本の医療保険の仕組みが成り立っている、そこに高齢化とかいろんなことがぶつかっているというわけですね。
鈴木:医療の世界は、財政的に見たら年金とほとんど同じなのですよね。少子高齢化すると苦しくなる。それに加えて、年金と違うのは、積立金というバッファー(緩衝物)を持っていませんから、もっと苦しくなるわけですね。しかも、給付の伸び方は、年金のようにお金だけではなくて技術革新とかいろんなものが入ってきますので、伸び率がもっと高いのですね。そういう意味で、もっと深刻に考えなければいけないのですが、年金の100年安心プランのように保険料をどう上げるということすら何もないという、ほとんど無法地帯のようなところなのですね。
それに加えてひどいのは、制度が細かくなっていますから、制度論に話を移すといくらでも煙に巻けるような要素があって、財政的な問題よりもそちらに目が行ってしまいます。ですので、なかなかにっちもさっちもいかなくて、後期高齢者医療制度を廃止するとかしないとかいう、ほとんど財政的には何も変わらないようなところに論点が行ってしまっているわけです。やはり一番重要なことは財政なので、財政的に将来持つのかどうかというところに話を戻していかなければいけないと思うのですね。
ブラックボックスの中の保険料
工藤:これは、西沢さんどうなのですか。制度の改革を含めて、どうやったら財政が持つのですか。
西沢:難しいですね。高齢化が進んでいく中で医療費がかかることは間違いないですから。工藤さんがおっしゃったように、今はブラックボックスですよね。保険料を払ってもどう使われているか分からないというところから、払った保険料の使い道を我々が分かるように、制度そのものをシンプルに、我々が判断しやすいように変えていくことによって、ブラックボックスが明るくなって、我々もより安心感を持てるようになると思います。ですから、その意味で、払った保険料が他の制度に移転されるという制度ではなくて、保険料を払ったらそれが自分に返ってくる、所得移転は税に依存していく、といった形に改めていくべきだと思います。
工藤:保険料が、基本的に税金と同じような役割になっていますよね。
西沢:保険料は負担と受益がリンクしているという我々の幻想がありますから、その幻想を利用してお金を集めて税のように舞台裏で移転している、というのが今の制度です。
工藤:医療保険の制度でこういうことを直そうという動きはまったくないのですか。
鈴木:ないですね。ですから、沈みゆくタイタニック号の上で椅子の取り合いをしているような、誰が負担するかとかいう喧嘩ばかりなのですね。
工藤:このアンケートの中で、これをやれば何か一つの流れが変わる、というようなものはありますか。
西沢:疑問に思ったのは「高齢者医療制度の再構築」です。制度の再構築といっても若い世代から高齢者に移転することは残さないといけません。これはここ数年の、民主党政権の高齢者医療制度をやめるという主張の弊害だと思います。結局やめられない。移転するとしてもいかに公平・効率的に移転するかという仕組み作りでしかないのに、やめる、やめないということの弊害だと思いましたね。
工藤:西沢さん、「医療サービス提供体系の見直し」というのは何を言っていることになるのでしょうか。
西沢:これから高齢社会で亡くなっていく方がものすごく増えていく中で、今、病院で亡くなる方が8割なのですね、そういう人たちがなるべく自宅で亡くなれるようにするためには、24時間駆けつけてくれるお医者さんとか、病院・診療所・介護事業者の連携を整備していくといったものや、地域間で過剰なベッド数があったりしてコントロールがなかなか効いていないですから、そういったものを直して医療資源を効率的に使っていくということではないでしょうか。
工藤:医療資源を効率的に使うということでは、昔、診療報酬の使われ方をどうするとか、民主党政権で初めは結構話題になっていましたよね。中医協を見直すとかいろんなことをやっていたのですが、あれは結局どうなったのですか。
鈴木:元の木阿弥に戻ってしまっている。
西沢:テクニカルすぎて分からないですよね。
工藤:なるほど。ただ、診療報酬というのが医療の一つの価格なのですよね。
西沢:ほぼ診療報酬という、価格でしかコントロールする手段が国にないというのは問題で、量的にこっちの人をこっちに移すとかしないと偏在も直らないですよね。
工藤:そうすると、医療を抜本的に変えるというのはどういうことなのですか。受益と負担、つまり保険としてきちんと機能するような仕組みにしないといけないということですか。
西沢:1つは、我々が意思決定できるように、払っている保険料に価格機能を持たせるということと、もう1つ今、政府は医療資源の量とか地域間の配分というのを診療報酬、価格でしかコントロールできていないですけれど、もう少し強制力を持たせて、お医者さんとかに転勤してくれと言うくらいにしないと、いつまで経っても、任せておけば偏在するに決まっていますよね。ですから、日本は民間の病院とかお医者さんが多いですけれども、それを克服して移ってもらうということでしょうか。
工藤:鈴木さん、一言で言えば、医療問題というのは何を変えれば流れが変わりますか。
鈴木:難しい問題ですけれども、年金と同じでこの先の絵というのを見せるべきだと思います。日本の医療制度というのは、何から何まで公的な保険で見ます、それに対してこれだけ費用がかかっています。それがこの先どうなっていきます、そして、それほど負担を上げないのであれば何を削らないといけないですね、というのがセットで、いくつかの選択肢があれば、例えば「風邪くらいは自己負担が高くてもいいけれど、そんなに税金を上げないでくれ」という選択肢を我々が選ぶことができるじゃないですか。だから、さっき(の年金)と同じ結論ですけれど、この先も含めて、ちゃんと「何にどれくらいかかっていて、この先はどれくらいの負担になるのか」を給付とセットで見せるということが重要なのではないかと思いますけれどね。
工藤:少なくとも、この医療の課題をきちんと整理した上で、「こう変えたい」と言う議論がテーブルに出てこないと。さっきの年金では少しありましたよね。今の仕組みは難しい、新しい形での制度設計はこういう形に変えた方がいいのではないか、と。今あるのは、保険の仕組みとしてちゃんと整えて、きちんと再配分するということは税としてやった方がいいのではないかということですよね。保険として機能するための制度設計を、保険組合の統合も含めてやる、ということでしょう。
西沢:社会保険ですから、ある程度所得再分配があってもいいと思うんですけれど、やはり限度もあると思うのですね。そこを税と組み合わせて議論していった方がいいと思います。
少子高齢化の社会に政治はどう向き合うのか
工藤:わかりました。アンケートで最後の質問になるのですが、「今度の選挙で、政治家や政党は、社会保障の問題で何を明らかにしなければならないのか」と。鈴木さんはさっき近いことを言っていたのですが、今の社会保障制度が持たないということを正直に認めたうえで、それに取り組むという意思をきちんと持っている人、ただ、この前の選挙も口ばっかりだったので、その後、態度が変わってしまったら責任をとってもらわないといけないのですが、そういう「社会保障制度の今の認識をきちんと説明すべきだ」というのが一番多いと思ったら、アンケートでは5%しかいなくて、半数を超えたのは、「現状の社会保障制度の抜本改革をするのか、現状の仕組みを変えるのか、どうやってそれをやるのかをきちんと説明してほしい」というものだったのですね。確かにこれが有識者の声なのですが、そういうことになってしまうと、今私たちが選挙で政治家に迫らないといけないのは課題解決の方策なのですね。というところまで来ているという認識なのですが、どうでしょう。
鈴木:これをどう見るかですけれど、社会保障が持続可能かどうかを聞いてもしょうがないというのが一つだと思いますね。いくらでも言い逃れできますから。そんなものを求めているよりも、現実的な認識として、「ダメなら何をするか」というところにもう話が行ってしまっているのだと思いますね。今の制度の手直しでいいか、これはずっと官僚たちが言っていることですが、その通り政治家がしゃべるのか、それとも抜本改革が必要だとしゃべるのか、細かな財政の可能性がどうかとかいうところでは、もう官僚に太刀打ちできないので、その覚悟があるかどうかを問いたい、という叫びなのではないかと私は思いますけれどね。
工藤:そうですよね。ただ、前回の選挙もそうでしたけれど、プランだけ選挙の時だけショーみたいに言ってその後まったくやらないというのも話にならないので、そういうことはもう勘弁してほしいですよね。西沢さんは、このアンケート結果を見てどうですか。
西沢:結局、少子高齢化が進む中では、負担を増やして給付を減らすという、いかにも選挙に落ちそうなマニフェストしか出ようがありません。それを私たちは求めているし、やらなくてはいけないのですが、そういった政治家の負担を減らすように、社会保険の会計とか、政治家をサポートしてくれる党のスタッフとか、そういうものを作っていかないといけないと思いますね。ただ単に、紐のないバンジージャンプのように「飛び込め」と要求するのではなく、インフラ作りをしてその上で彼らに求めていくという責任も我々の方にあるのかなという気もしますね。
工藤:この前の民主党政権の時は、まさに選挙で抜本改革を言って、自公との間で優劣を競っているような局面であったので、今回また同じように、選挙になると人が変わったように言ってくる可能性があるわけですよね。でもそれは政党そのもののガバナンスですよね。自分たちが約束したことをきちんと実現するということは、まさに政党そのものが国民に説明しなければいけないですよ、どういうふうに実現するかと。有権者側では議論はたくさんあるけれど、何か一つでいいから、その政治家なり政党がやれば、何となく流れが始まるかな、というものはないのでしょうかね。
西沢:一つは、少子高齢化モードに頭を切り替えることですね。配るという政治ではなくて、負担を合理的に公平に国民に説得するというように切り替えないと、延々とこの状態は続くと思うのですけれどね。
政治家にごまかされないよう、有権者自身の問題として考えよう
工藤:確かにそうですよね。また戻ってきていますよね。どうですか、選挙で、一つでいいので、何をした人を信じますか。
鈴木:踏み絵を踏ませるということですけれどね。前回、民主党がなぜ失敗したかということを振り返りますと、彼らに全然、戦術とか戦略がなかったのですよ。この政策をやるのに、まず、こうやってここから始めて、というのはまったくなかったですよね。だから、抜本改革をやるというのであれば、そのディテールを聞きたいですね。そのために厚労省の組織はどうするのか、ガバナンスも含めて、どうするのかということを聞くとだいぶ現実性が分かってくるだろうな、と思いますね。
もう一つ、民主党の大きな失敗だったのは、一部の人でマニフェストを共有していましたけれど、全体では全然共有していなかった。全然一枚岩ではなくて、どうやって最低保障年金をやるんですかと聞いても、答える人によって全然違うことを答えたりしていたわけですよね。だから、どれくらい共有されているのかということが一つの踏み絵にはなるのではないかと思います。
それから、やはり財政的な辻褄ですよね。バラマキをやります、でも消費税は上げません、と言っているのでは財政的に合わないでしょう、ということを、言論NPOのようなところが「この党が言っていることをやると、これくらいGDP比の赤字が増えます」ということを見せることが必要なのではないかと思いますね。
工藤:今いろいろとヒントがあって、確かにやりたいことはいいのだけれど、具体的にどうするかとか、党のガバナンスとか、政策を決定、実行するプロセスもきちんと出してほしいとか、あとは財源の経済的な辻褄をちゃんと合わせる、それを説明する責任があるとか、そういう形で迫っていかないとダメですよね。西沢さんどうですか。
西沢:今、鈴木さんが言われた通り、例えば言論NPOで政治家を呼んで話を聞くとしても、「あなたの言っていることは党の公式見解ですか、あなたの個人見解ですか」ときちんと峻別した方がいいと思います。その場では個人の意見でかっこいいことを言いますけれども、党に戻ったら誰もそんなことは認識していない、というのでは困りますから、きちんと峻別する。政策に関しては、民間サイド、あるいは政府の公式機関を使って財政検証をしていくというのが重要だと思いますね。
工藤:今回の選挙、もう失敗は許されないでしょう。ただ少なくとも、鈴木さん、西沢さんがおっしゃったように、もう(財政が)もたない、しかも私たちが覚悟しないといけないのは超高齢化社会を目の前にしているわけで、それに対してまったく目をつぶっているということはあり得ないですよね。ということは、今回、社会保障の問題を大きな争点にしていかないといけない、ということでよろしいでしょうか。
西沢・鈴木:まったくその通りですね。
工藤:これ(6つの争点に関する議論)はまだまだやっていきます。私は今日の話を踏まえて、政治家に何を聞けばいいのかをもう一度整理しますので、また参加していただいて、(別の)いろんな人たちにも参加していただいて、今度はきちんと、"許さない"という感じで。ただ批判するだけではないのですよね。ちゃんとそれを課題解決できるような仕組みに持っていかないといけないので、そういう形でやっていきたいと思っています。今日は第1回目で社会保障の議論をやりました。残り5つの問題も次々とやっていきますが、これはやはり、有権者が自分たちの問題として考えようという動きがない限り、政治家に途中でごまかされてしまう。こういう状況はもう絶対に勘弁したいと思っていますので、ぜひ私たちの動きに関心を持って見ていただきたいと思っております。今日はどうもありがとうございました。
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