2012年10月25日(木)収録
出演者:
土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部教授)
鈴木準氏(大和総研調査提言企画室長)
田中秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
※この議論は2012年10月25日(衆議院解散前)に行われました。
工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOは9月に行った有識者アンケートで今度、選挙があったら、何を争点にすべきかをやってみました。その結果、社会保障と財政再建、エネルギー、民主主義、安全保障と外交問題、経済成長、この6つの問題を多くの人が今度の選挙の争点にすべきだ、ということになりました。私たちはこの6つを徹底的に議論して、今度の選挙前に政治や政党に質問を出そうという動きを始めようとしています。この前、社会保障をやりましたので2回目の今日は、財政問題について議論します。ゲストを紹介します。まず、言論NPOがやっているマニフェストの評価、特に財政問題の分野をやっていただいている慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗さん、同じく財政経済問題を手伝っていただいている大和総研調査提言企画室長の鈴木準さん、そして、最後に明治大学公共政策大学院教授の田中秀明さんです。昔、僕がお会いした時は財務省の方だったのですが、最近、財務省をお辞めになったばかりです。
第1部:【社会保障と税の一体改革】
増税はしたが、財政再建への道筋は?
工藤:早速、議論を始めていきたいのですが、私たちは有識者に今日のテーマをアンケートでやっていますので、その結果も交えながら議論をしていきたいと思います。この前、社会保障と税の一体改革ということで消費税を上げるということが決まりました。基本的には、社会保障の改革もやらなければいけないのですが、あまりよく見えないという話がこの前、ありました。さて、これによって財政再建の道筋が描かれたのかどうなのか、今回の社会保障と税の一体改革で消費税が上がったということを、どのように評価するのかから議論を始めましょう、土居先生からどうでしょうか。
土居:私は評価できると思っています。というのは、今までの戦後の税制改革、中曽根、竹下税制改革とか、橋本内閣にかけての税制改革とかありましたけど、今回はネットで増税する。つまり、これまで減税を伴った形の増税は行われましたけど、減税をしない形で増税をするという税制改革は今回が初めてです。もちろんこれは非常に国民に対してつらい選択を突きつけることになるのですが、正直に財政再建が必要であると、さらに、社会保障の税源が必要であると、そのためにはさすがに他の支出を削っただけでは賄えないということで、消費増税をお願いするということが貫徹出来た。
それから、もう一つは超党派の合意が伴っていたということです。今の与党だけが賛成して、野党が反対するということだと、もし政権交代があるとこの政策が覆る恐れがあるのですが、それが一応は防げているのではないかと思います。勿論、まだ予断を許しませんが、その点では大きな成果だと思います。
工藤:鈴木さんどうですか? 評価していますか?
鈴木:私も過去の消費税に対するアレルギーを考えますと、今回、衆参両院とも約8割の賛成票で成立した、この意味は非常に大きく、大きな一歩として高く評価できると思います。一方で、消費税をなぜ増税しなければいけないのかというと、やはり社会保障との関連ですが、一部の現役の人と企業の負担、これ保険料とか一部の人が負担する税、これだけでは社会保障は維持できない。そこで、オールジャパンで、消費税でやっていきましょうという考え方だと思うのですか、一方で、消費税は低所得者対策が必要だということで今回、年金生活者支援給付金制度を作ったり、これから簡素な給付措置だとか、給付付き税額控除とか、総合合算制度とか検討すると言っていて、三党合意では軽減税率の検討まで盛り込まれてしまったわけですね。従って、負担構造がいったいどのようになるのか、よく分からないという面があります。消費税を増税した事によって、今までと違う形で財政の維持可能性が確保出来たのかどうかは、もう少しよく見ていかないといけないでしょう。
工藤:田中さんどうですか?
田中:同じ意見になってしまいます。消費税そのものの増税については、このねじれ国会の中で達成したことは間違いなく評価すべきだと思います。他方、社会保障の制度の問題は基本的には手をつけられなかった。増税するのに手一杯だったということではないでしょうか。
工藤:今の点も有識者の方に聞いてみました。そうしたら、皆さんと同じで「評価出来る」、「どちらかと言えば評価出来る」という項目が、合わせて7割になりました。今まで政府のやっていることは、ほとんど全部マイナス評価なのですが、ここだけは評価できている状況です。逆に言えば、今まで、どうしてこういう決断をしなかったかということですが、一方で「全く評価できない」、「どちらかといえば評価出来ない」という方も3割近くいるということです。
その中で注目しなければいけないと思っているのですが、消費税の増税によって財政再建の道筋が描かれたと判断しているか、というのも聞いてみました。今度は逆の反応になりまして、「道筋が描かれた」というのはほとんど誰もいなくて、「半分くらい道筋が描かれた」、これはだいたい20.7%。「半分の道筋も描かれていない」は46%、「道筋が全く見えない」というのが33%ですから、8割がさっきの消費税の増税を決断したと、超党派でやったということに関しては評価したけれども、財政再建という課題から見ると、「全く評価できない」というのが8割いるというのが現実ですが、ここをどのように見るかということです。土居先生からお願いします。
土居:先ほど田中先生もお触れになりましたけど、基本的に増税はいいけれども、歳出削減、あるいは社会保障の効率化、重点化が伴ってなかったということが、今の結果に出ていると思います。そうすると、当然ながら、消費税増税だけだとまだ財政再建のためには不十分で、やはり社会保障給付も効率化、重点化しないと財政健全化の道筋が見えない。そうすると、ああいう結果になってくると思います。
辻褄合わせの増税で、行きつく先は・・・
工藤:ここは議論になってくるので土居先生にもう一つ聞きたいのですが、この消費税を織り込んだ形での内閣府の試算、つまり、政府が国民に約束しているのは、2015年にプライマリー赤字を半減にする。2020年にはその赤字をゼロにすると、これは昔のG20でも言ってましたし、かなり重い約束だと思いますが、2015年の赤字半減は、実は微妙なのですが、成長がそこにビルトインされていますし、そこはかろうじてどうにかするかという話ですが、その先の話、つまり2020年のプライマリー赤字のゼロは全く見えないわけですよ。財政再建がこの5%によって、消費税で見えないというのは当たり前のことのような気がしますけど、どうですか?
土居:その通りだと思います。私の印象で言うと、消費税を解決の一つの重要な切り札に使うとすれば、少なくても消費税率は15%ぐらいにまであげないと財政健全化の道筋はつけられない。ただ、問題は消費税5%だけでもいろいろと議論があった上に、これからさらにもう5%上乗せして増税するということについては、全然国民のコンセンサスが得られていないわけで、かつ消費税増税だけで全てを解決する必要もない。そうすると歳出削減、さらに新たな取組みをどうやって示すのかということをはっきり示されないと、財政再建の道はまだまだ見えてこない。やはり2020年までを目指すならば、極論を言えば消費税増税だけで何とかしようとすると、消費税率は15%ぐらいまでもっていかないと、と思いますし、歳出削減だけでやろうと思うと、社会保障給付とて例外、聖域でないという形でやらないといけないし、おそらく両方のミックスというところが落とし所になると思うのです。そこを見せないと2020年までにプライマリーバランスを黒字化するということは中々、難しい。経済成長だけ促したところで、日本の税制の構造はそんなにどしどし自然増収が入るような構造になっていませんから、経済成長だけでも難しい、こういうあたりだと思います。
工藤:鈴木さん、今の話に続けるのですが、僕はさっきのアンケートで「半分くらいの道筋は描かれたと思うか」という質問は、実をいうとプライマリーバランスの半分を意識していました。ただそれですら、20%しかなくて、それ以上つまり8割が「道筋が不透明」、この有識者はどういう判断なのでしょうか?
鈴木:おっしゃったように2015年頃に税率10%で、その先が全然、見えていないという気持ち悪さが残ってしまっている。加えて申し上げると、2020年度までに遅くとも、プライマリーバランスを黒字化させるという目標ですけど、2020年度にピンポイントで黒字化させればいいということではなくて、その先も高齢化は進むわけですから、システム自体をプライマリーバランスの黒字を維持できるようなシステムにしていかないといけない。つまり、辻褄合わせでどれだけ足りないので何%増税という話ではなくて、社会保障制度、財政制度全体を超高齢化の中でも2020年代、30年代に維持出来るような改革の中身が今回、見えていない。例えば後期高齢者医療制度を廃止してどうするのかについて、結論が得られなかったわけです。それが典型ですけど、そういうことがこのアンケートの結果に出ているのではないでしょうか。
工藤:財政が深刻なのは、高齢化社会に伴って社会保障費が急増している構造があると。それについては社会保障のシステムに関して今回、何か変わったわけではない。逆に、ばらまいたりする状況になっている。とにかく5%上げるということはこれほど大変なのかということだけれども、結果として上がっても、財政再建という別の目標設定のメガネから見ると、全然、その目標にもなっていないということですよね。構造と数値的にもという理解で......
鈴木:ただ、ひょっとすると、消費税は非常に国民的関心が強い点が重要かもしれません。社会保険料があがるのは、皆なんとなく受け入れますが、消費税には非常に厳しい。今回、社会保障と消費税とをひもつけましたので、両者を比較考量して、社会保障を減らすのか、消費税を上げるのかという国民的議論が出来るプラットフォームができたということが、今回の成果と言えるかもしれない。
工藤:田中さんどうですか?
増税5%はとりあえずの止血剤
田中:このアンケートの回答者は冷静に今回の消費税の増税を見ていると思います。病人に例えて申し上げまると、日本の財政は今はまさに血が出ていて、赤字と言う意味での血がどんどん出ている状況です。それを少し一時的に止めて、針で縫って血が出ないのを少し止めている。しかし、血は出ています。ただ、一時的に止まっても病気そのものが直っていないので、数年で消費税5%の増税の効果ははげ落ちてしまい、さらに血がどんどん出ていくと予想される。それは鈴木さんもおっしゃったような高齢化の問題であり、さらに消費税の増税に際して、自民党あるいは公明党も公共事業をもっと増やそうとしたように他の歳出も増えます。今度、財源が出来たので、整備新幹線をつくろうと、こういう別の声も聞こえているわけです。いずれにせよ、病気そのものは直っていません。一時的に出血が少なくなっているだけです。この止めた所がいずれほころびてしまって、また血がどんどん出てくる。仮に5%増税しても2020年代のプライマリーバランスの達成という意味では、まだ努力が足りないのが現実です。
工藤:今の話は重要な論点があって、消費税の5%の増税は何のためにやるのかと、つまり上げることが大変だから、上げたということでよくやったという話だけれども、しかし、上げても財源が何に使われるかと、例えば基礎年金の2分の1とかいろいろあったから、いろんなことになってしまったら、財政再建にあまり寄与しないこともあり得るわけですよね。
土居:特に民主党政権になって消費税増税の議論をしているプロセスの中でときおり聞こえてきたことは、財政再建のために消費税を増税すると言えば、多くの国民は反発するだろうから、社会保障給付のために消費税増税をお願いすると。そっちの方に軸足をもっと移していくべきである、ないしはそうすれば国民も少しは理解してくれるという立論が、かなり顕著にあったと思います。そうすると端から財政再建のために増税するわけではない、と言っているのも同然のような状態。つまり社会保障と税の一体改革の取り組みに対して、別の角度から批判する人は、結局は社会保障のために消費税があたっているのではなくて、財政再建のためにあたっているのだという見方をする方もいるかもしれませんが、私の目から見るとかなり社会保障給付にひきずられた形で消費税増税の財源が充てられている。そこにはもちろん拡充部分も入っている。そうすると、やっぱり消費税増税が純粋に財政赤字削減に結びついている部分は、相当限定的になっている。
工藤:だからと言って高齢化の社会保障の持続性が、これによって何かが変わったわけでも全然ないですよね......この前、震災の復興財源を流用しているという話があったじゃないですか。同じようにせっかく税金を上げてもちゃんとした目標がなく、そもそもなんの目標かもあいまいになっていますけど、ちょっと一言ずつ。
鈴木:これで財政再建になるのかという意味では、我々もっと一体改革を数字で評価しなければいけないと思っています。例えば機能強化といった時に、税をいれて保険料を低所得者で軽減するということを機能強化と呼んでいたり、それから効率化といった時に公費を減らすこと、つまり給付を減らすのではなく、公費を減らすことを効率化と呼んでいたりします。ですから、本当にこの一体改革と消費税増税で財政がどれくらい改善するかということは、一方で保険料を減らして、税を取っているだけかもしれませんし、効率化といってもそれは公費を減らしているだけで、給付は全然減っていないかもしれない。中身を本当によく見ないと、どれほど効果があるのかは、実はよく分からない。
工藤:田中さんも一言。
田中:消費税増税は確かに評価出来るけれども、冷静に考えると、今回の一体改革は社会保障関係費が増えているので何とか少しでも財政赤字を食い止めたいと、そのための財源調達であって、社会保障と税、例えば保険料と税はどう分担するとか、そういう意味での一体改革ではありません。足らない所を埋め合わせる。それも一つの進歩ではありますが、結局、歳出削減より増税の方がやさしいのです。厳しい改革は民主党政権では難しかったということだと思います。