不安定化する東アジアの「解決」で政府と民間に何が問われているか

2013年9月20日


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2013年9月24日(火)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤:今お二方から、かなり本質的な今後の答えを出すための非常に大きなヒントが出てきていると、思います。私たちがこの10月に北京で予定している、民間レベルの中国との対話で検討しているのも、このエスカレーションを抑える枠組みづくりだからです。

 ただ、これは民間レベルでは可能でも、政府の外交でそうした折り合いをつけることは可能か、という疑問があります。また、両国が政府間で折り合いをつけて、それで国民間も何となく納得できるということが可能なのかという問題があります。

 いままでは国民が知らなくても、お互い政府の動きを何となく見守っていて、それなりにお互いのストーリーで納得をしていたけども、ここまで情報が発達している社会の中で、色んなことが見え始めてしまった。そうした環境下で、この言葉の探し合い、折り合いをつけるという旧来型の外交はこれからも可能なのでしょうか。


尖閣問題の位置付けを変えられるか

神保:現在のところ、日中の首脳会談の開催をめぐる問題が、まさに尖閣を中心的な論点とするような問題の立て方だと難しい状況が続くと思います。

 もっとも望ましいのは、この尖閣問題自体が実は日中関係の大局的な見地から考えると、優先順位がそんなに高くないものであると政治指導者同士がみなせるかどうかですが、なかなかこれは難しいと思います。

 だとすれば、問題の立て方を少し変える必要があります。現在中国側が求めていると言われている条件が、日本政府にとってはとても受け入れられないということであれば、それ自体をそのまま追求するのはおそらく両国にとって有益ではない。だとすると、先ほど川島先生も言われた通りなのですが、おそらく、現在の現状維持の状況がより悪い方向にエスカレートしないようにする、このエスカレートしないというマイナスをいかにゼロに持っていくかということについては、日中双方の共通の利益が存在するではないかという形で問題を設定して、そこで合意をして、次の議題に進めましょう、ということが、できるかどうかということが大きなポイントではないかと思います。

川島:おっしゃるように、外交、あるいは政治においては言葉が重要です。中国が行っている外交の中でも、いくつかそういう言葉をめぐる決着というものがあって、例えば台湾との間では、ある言葉を巡って、お互いそれぞれ解釈をしていい。言葉は共有するけども、解釈はそれぞれで良いという表現があるんですね。実は日本と中国には日中平和友好条約があって、問題の解決には武力を使わないということをお互い納得しているはずなんですね。それを確認し合うなど、いくつかベーシックなことをやることはできるだろうと思っています。

 ただ、先ほど解決という言葉の定義を申し上げましたが、神保さんがおっしゃったような、「この尖閣問題は日中関係全体の中で、どういう位置づけにあるのか」ということもすごく大事で、中国側にも、「これは尖閣をめぐる問題は日中関係全体の一部にすぎない」というよく使われる言い方があります。つまり、いろいろな問題を横にフラットに並べて見せて、これは一部にすぎないと見るか、この問題を解決しなければ、何も進まないと言っているのかというと、どうも最近の動きというのは、首脳会談という点に絞ると、尖閣の件が済まないと無理だということになっていますが、日中関係全体では、動かすべきところは動かすとなっている気がしています。

 それは2つあって、一つは神保さんの言われた六者協議、いま一つは日中韓のFTAですね。これは中国では商務部が取り組んでいますが、外交部とはまったく違うスタンスで非常に積極的に進めようとしているんですね。このほか、経済関係の交流なども最近特に積極的になりました。環境問題もそうです。つまり、日中関係は今できるところから進み始めつつあるということも言えるわけですので、この尖閣問題は解決できるかどうかと探る中で、できることをどんどん先に進めていって、問題自身を包囲していくこともあり得るだろうと思っています。

工藤:この解決というのは、定義の問題もあるのですが、先のアンケートでは政府外交はどう対応する必要があるかと、「対応」という言葉に敢えて変えてそれをさらに質問してみたのです。その結果、尖閣問題に政府が対応するべきものとして最も多いのは、「日中間のホットラインの構築など、偶発的事故の回避に向けた取り組みを行うこと」が、36.7%で最も多い。二つ目が21.6%あった「紛争の平和的解決に向けた合意をすること」で、これが日中平和友好条約の第1条に近いものです。領土問題をどうするかという、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」はわずか4.2%しかない。ここでは日本の有識者の意識に明らかにアジェンダの変更が起きている。この意味はかなり大きいと思います。


政府外交と民間のアジェンダの違い

神保:アジア太平洋における協力を語る時に大変重要な概念として、我々の業界の言葉で、「機能的協力」というものがあります。functional cooperationです。これはどういうことかというと、領域別に、例えば、経済で言えばFTA、貿易投資の問題であったり、金融の協力、環境とか、観光とか、非伝統的安全保障など、そういった領域を例にとると、各国の政府における専門省庁同士の連携が生まれ、そのステークホルダー同士が密接にコミュニティを形成して、そこでできた合意が実は全体の政府間合意に非常に大きな影響を与えるという、これまでの経験的な蓄積に基づく仮説があります。

 そう考えると、実は非伝統的安全保障とか、FTAとか、環境、様々なビジネスコミュニティの活動、そういったものが首脳会談とは別に非常に活発に進んでいくという状況を作ることができれば、気づいてみれば、両国が「あれ、関係が悪いのは首脳同士のトップレベルであって、実はその他の領域というのはかなり密接にお互いが絡み合った形で協力が進んでいるのではないか」という認識が醸成されるかどうかというところが、大きなポイントではないかと思います。

川島:今の神保さんのおっしゃった話から考えると、結局、商務部や、環境関係の部局は、中国の内政で弱い部局なんですね。ですから、そこをいくら進めて、ラップしても、ひとたび中に火がつけば、燃えて消えてしまうのではないかという話は十分にある。でもやらないよりはやったほうが良いというところでもあると思います。

 同時に、火がつくかどうかですが、そこは火がつかないようにしておいて、包むということが大事なわけですね。日本のこういうアンケート調査で示されているのは、要するに、紛争の平和的解決をしなさい、あとは、偶発的事故を回避しろという話です。軍事衝突や、ナショナリズムがエスカレートして対立を構造化させるのは、やめましょうと言っているわけですね。ですから、これを踏まえて考えれば、人々が求めている解決というのは、実は領土問題や主権の話ではないのではないか。短期的にはそうではないかと気づかされます。

 加えて、先ほど私が冒頭で申し上げたように、いま日本は世界から注目されています。安倍総理の政治手腕も問われています。少なくとも、オリンピックをやる際に戦争は困りますので、それだけは起きないような枠組みを作ってみせることこそが、日本の国力なり、ナショナルプライドを高めるうえで非常に大きな効果がある。そこで、国益に適うと判断をして、政治決断をするということも視野に入っていいのだろうと思っています。

工藤:私は、政府の外交そのものが今言われているような課題を大きく変えていくことが苦手なのではないかと思います。今のように紛争の平和的解決と言った場合、「紛争」を認めなくてはならない。しかし、政府は「紛争はない」「領土問題はない」という立場です。これは主権を考えた言葉遣いです。一方で課題としてこれを解決していくときには、それを事実として認めなければならない。言葉の次元が異なっているのですが、しかし言葉は同じ言葉なので、政府と違うことを言ってしまっているのではないかと、民間側でも遠慮してしまったり、けしからんという話になってしまうことが多くあります。こういった場合、外交の機能において、政府的な展開と、民間の色々なステークホルダーの展開とは違うということを考えるべきなのでしょう。それとも、両者を統合するような仕組みが可能なのでしょうか。


政府外交で事態を解決できるのか

川島:ゼロサムゲームはいけないですし、正しいことは複数存在するということを前提にし、外交はそこを調整するわけです。先ほど、工藤さんから「紛争」という言葉が受け入れられない、アジェンダセッティングを変えられないという話がありましたが、最近の日本外交は意外と変えているのではないかと思います。政府レベルでは、日中平和友好条約の遵守、武力を用いないという働きかけは中国にしていると思います。ただ、中国がなかなかそれを受け入れられないのではないでしょうか。とはいえ、政府外交には確かに限界があります。正しいことが複数あるとなかなか言いにくい。相手の「正しいこと」を認めると、それは弱腰外交といわれてしまう。非常に難しいわけです。

 しかし先ほど申し上げたように、例えば日本と台湾は日台漁業協定を結んだわけですが、台湾のトップである馬英九氏は尖閣に関する台湾、中華民国の主権に関しては何の意見も変えていません。主権を主張すると言い続けているのですが、それでも日本政府は折り合ったわけです。なぜそれができたのかというと、ポイントは、政治決断を促したのは何かということです。それは東日本大震災の被害に対する台湾からの200億円を超える日本への支援と同時に、台湾に感謝しなければならないという日本の世論、国民の雰囲気です。民間レベルの交流でできた世の中の雰囲気が、政治家の決断を促す面があるのです。色々な決断の中で、民間の活力が政治家を押し上げることがある。そうした意味で、政治決断がなければできないことでも、民間がどう促していくのか、どうすればできるのかを考えることが大事だと思っています。

   

 尖閣問題を巡る日本と中国の対立では政府外交が機能しない中で民間の役割が問われ始めている。主権問題を背負う政府外交に対して、民間側は紛争の平和解決と事態のエスカレートをどう抑え込むか、に関心が移っており、両国間で動きが始まろうとしている。
 膠着化する尖閣問題の「解決」で何が問われているのか。日本の若手識者が話し合った。

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