2013年10月21日(月)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
三上貴教氏(広島修道大学法学部教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPOは10月25日から、北京で「第9回東京-北京フォーラム」を開催します。このフォーラムは日本と中国の間にどのような困難な問題が起こっても、民間の「対話の力」でそれを乗り越えることを目指して、8年前に立ち上げました。特に今年は日中関係が非常に厳しい状況の中、政府間ではその打開の糸口すら見いだしていません。この民間の対話によって私たちは何ができるのか、それが私たちの最大の問題意識です。このフォーラムを単なる対話ではなく、皆さんにも日中関係や、日本の外交自体のあり方について考えていただくきっかけとなるように、先日から議論を行っています。今回はその第3回目の議論として、「民間外交の可能性」について議論をしてみたいと思っています。
さて、ゲストの紹介です。まず、東京大学大学院総合文化研究科准教授の川島真さん。次に、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さん。最後に、広島修道大学法学部教授の三上貴教さんです。
まず、現在の東アジアの外交において、なかなか政府間外交が機能していません。この現状について、どのように考えていますか。
動けない政府間の外交
川島:現在、東アジアでは、領土の問題など主権を争う問題が出ています。国家というものはその性質上、主権問題で相手国に対して譲歩をすることは極めて難しい。より大きな共通の国益が出てくれば乗り越えられますが、そのようなものはなかなか出てこない。ですから、主権が絡む領域の問題においては、政府間外交が動くことができなくても、(政府と立場が異なる)民間外交には問題解決の突破口を開くことができる、という可能性が出てくると思います。
神保:現在、北東アジア、特に日韓、日中の間で首脳外交のインターアクションがなかなか起きてきません。今年の秋はAPECや、東アジア首脳会談もあり、この多国間外交の場で、お互いの首脳が会うチャンスもあったのですが、それもうまく生かすことができなかった。その背景にはお互いの国が抱えている国内世論があります。その世論は主権をめぐる問題については極めて非妥協的であり、この非妥協的な世論を見ると、政府もなかなか相手国に対して妥協をするような外交姿勢は取れません。今後数か月間、数年間を見据えて、日本の政府と「今握手しても大丈夫だ」、という状態を作れるかどうか、ということに関して、まだ、中韓はゴーサインを出せるような段階にはない、と思います。
三上:私の専門分野であるパブリック・ディプロマシー論の視点から申し上げたいと思います。現在、中国が新しい大国として、国際社会の中で台頭していく中で、果たしてこれまでのやり方で日中間の外交が機能するのか、というと、やはり、中国がこれだけ力をつけ、その一方で日本は相対的に国際的な影響力を減じているとなると、日中間の外交も難しくなってきます。そうなってくると、政府間外交だけではなくて、言論NPOが取り組んでいるような民間のパイプなどを活用した多層で、複眼的な観点からアプローチをしていく必要があると思います。そうしなければ今の困難な情勢はとても打開できないと思います。
世論によって制約を受ける政治
工藤:現在の日中関係は、東シナ海における緊張状態の緩和をはじめとして、政府間外交の役割が非常に問われている局面だと思います。しかし、日本と中国の動きを観察すると、政府間が積極的にこの状況を改善するために動こうとしていない。それどころか今は特に関係改善のための動き出さなくてもよいのではないか、というような見方すら一部に存在しているような印象を受けます。政治指導者がこの問題を解決しようと積極的に乗り出すと、劇的に日中関係は改善に向けて動き出すのですが、現実の事態はそういう流れではない。逆に、互いに日中両国の反発を煽るような出来事が散見されます。政府間外交が今、きちんと日中間の課題に応えていく、という状況になっていないことについて、どう考えますか。
川島:日中関係に限っていえば、中国にとっての対日外交というのは、内政の大きな焦点になっています。同時に、日本の国政にとっても対中外交は大きな焦点です。ですから、中国とどう付き合うか、ということについては、日本の中には「経済関係も含めて中国と関係を再構築すべきだ」、という人もいるし、「中国には毅然とした姿勢で臨むべきだ」、という人もいる。中国の方では保守派は日本に対して強硬ですが、発展派の方は改善してほしいと思っている。両国ともに世論はそのように割れています。そのような中では政府はリスクが取れない。すなわち、どちらが世論の中間点なのか分からないので、どちらにも寄れない。その結果、何もできないという不作為状態になるわけです。そのような状況の中で、できることは何か、と考えていくと、日中の民間の中で、対話をしていき、ある種の共通のコンセンサスを作っていく。そして、それを双方の政治に反映させていく、ということではないかと思います。難しいかもしれませんが、現状では政府同士で何かをやるよりは可能性があると思っています。
神保:例えば、日中国交正常化前は、当然、両国の経済交流はごく限られたものだったわけですが、今日、お互いに深く経済的に相互依存をしていて、政府間のコンタクトが薄くなっても、基本的には対中投資、あるいは中国におけるビジネスの活動というのは日々営まれています。それだけ経済界では草の根レベルの強靭な関係が日中間にはある、ということだと思います。
だからといって、政府がこのままの状況を放置していい、ということにはならないのですが、ただ、中国も韓国も日本に対する要求の水準がちょっと高すぎます。現状では日本側が妥協できないようなラインにまで行かないと、向こうが対話のドアを開けない、ということになっている。日本にとっては中韓に近づくことがすなわち、日本国内世論が納得できない妥協外交に陥ってしまうということになってしまう。これでは互いが睨み合ったまま、一歩も近づけない、という構造になってしまいます。
妥協可能な政治的意思というものが出てこないとなかなかお互いに歩み寄ることができない。そして、歩み寄るためには同時並行的に妥協を示さないと、上手くいかない。そのための政治環境をいかにして作るか、ということが課題として出てきている段階だと思います。
三上:政府レベルの外交に関して私は悲観的に捉えています。リアリスト的な発想ですが、安全保障に関連する問題の場合、相手国の動きに対して常に備えておく必要がある。備えておくことによって脅威を感じなくなる。相手国に脅威を感じたら、突飛な行動に出てしまう、という可能性は双方にありますから、やはり、相手の行動に対して、十分に備えて置くことは政府レベルでは必要なことだと思います。しかし、現状では政府レベルでは動きが取れない。このままの手詰まりの状態でいいか、といったら経済界はもちろん、そんなことは望んでいない。民間の草の根レベルにおいても、例えば、日本には現在、中国人留学生など在日中国人も多く滞在していますが、彼らもこのような日中の険悪な関係を望んでいません。誰も日中の対立を望んでいない、しかし、政府は動けないという状況の中でどうこの局面を打破していくのか。
そこでエピステミック・コミュニティーが非常に重要な役割を果たしていくと思います。知識人同士がトラック1.5のような形で、何らかのフォーラムなどの対話の場を作っていく。例えば、言論NPOも参加している米国の外交問題評議会(CFR)が主催する「カウンシル・オブ・カウンシルズ(COC)」などは非常に注目すべき動きです。世界中のシンクタンクが集まり、場として機能している。そういうものを機能させることによって、局地的な二国間の問題を何とか落ち着かせることができるのではないだろうか、と思っています。
工藤:政治指導者のメッセージや行動など政治のリーダーシップで何か局面を変えるということはあり得ますが、そういう動きがなかなか日中間では出てこない。やはり現代の政治はどんなにリーダーシップがあっても世論というものを無視できない、ということでしょうか。
川島:日本の場合、小選挙区制になり、政権交代が容易に起こり得るある種不安定な政治システムとなりました。中国も従来に比べれば社会から政府に対するフィードバック、さらに言えば圧力が高まっています。また、社会も多様化し、政治家自身のパワーも落ちています。ほとんど連合体で政治を動かしていますので、もはやトップが何か言えば過熱した国民感情が治まるというような状況ではなく、お互いの政権基盤が非常に緩い。逆に言うと世論の影響力が増大し、政権が世論の動向に敏感にならざるを得なくなっています。政府がちょっとした世論のざわつきというものに左右されない、という姿勢を堅持することも大事ですが、民間同士で議論をまとめながら、世論のレベルで、ある方向付けをしていく、というやり方もあると思います。
日中両国政府が課題に向き合うきっかけはある
工藤:今の政治は確かに世論に影響されやすいのですが、何かの課題解決をしていく上で、政治という機能を、全く否定していいのでしょうか。尖閣周辺では、危険な状況がいまだに続いています。国益を考えるのであれば、紛争になれば日中のみならず世界にとっても、大変な事態になるわけですよね。それを防ぐために政治という機能が課題に向き合っていくということは当然ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
神保:政治が向き合うアジェンダを、どのように設定するかが大事だと思います。例えば、尖閣問題について、もし、これを原理原則論で争うとしたら、日中両国は互いに一歩も引けなくなります。しかし、尖閣問題のアジェンダを周辺海域における危険の回避、お互いの武力衝突の回避ということにしていくと、そこには共通の利益が見出せます。もし、日中のリーダーシップがそれを最優先課題としてアジェンダ作りができれば、お互いに話をする余地が生まれます。そしてそこには「では、どういうふうに危険を回避するのか」、というまさにプロフェッショナリズムからの判断が介在する余地があるわけです。プロフェッショナリズムの世界というのはまさに三上さんがおっしゃられたエピステミック・コミュニティーなので、お互いが合意できる領域というものが増えてきます。そこまで政治がどのようにナビゲートするのか、ということが大変重要です。
また、日本と中国に互いに交流がない間に、両国の首脳が世界中を歴訪しました。おそらく、日中両国の首脳は「日中はしっかりと関係を改善してくれ」というメッセージを、アメリカをはじめとして至るところでメッセージとして受け取っていると思います。日中が互いに相手国を無視したくても、外部環境として、色々な外交を進展させるためには、実は日中の軸がしっかりしているという環境が必要である、という課題をお互いに把握し始めたと思います。