日本経済に成長の兆しは見えたか、アベノミクス定点観測①

2014年4月25日

2014年4月25日(金)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
小峰隆夫(法政大学大学院政策創造研究科教授)
鈴木準(大和総研調査提言室長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 日銀の異次元の金融緩和が始まってから1年が経った。昨年はアベノミクスの第1の矢と第2の矢によって、確かに「雰囲気」は変わった。しかし、今年はいよいよ第3の矢である成長戦略の真価が問われることになり、アベノミクスそのものも正念場を迎えることになる。さらに、国際公約である財政再建についてもいまだ実現への道筋が見えてきていない。  座談会では、アベノミクスの現在地を確認した上で、今後の成長戦略、そして財政再建において求められる視点とは何か、さらに「2020年」の日本の姿について議論が展開された。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、アベノミクスの第一の矢である、日銀の異次元の金融緩和が始まってから1年が過ぎました。そして、4月1日からは消費税が8%に引き上げられました。そこでこの節目の時期に、「アベノミクス」の定点観測を行いたいと思います。これは言論NPOが行っている政府の政策評価の一環でもあります。

 それでは、ゲストの紹介です。まず、法政大学大学院政策創造研究科教授の小峰隆夫さんです。次に、大和総研調査提言室長の鈴木準さんです。最後に、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さんです。

 さっそく議論に入ります。まず、現時点のアベノミクスの進展状況をどう捉えているのか、というところからお話しいただけますか。


正念場を迎えるアベノミクス

小峰隆夫氏小峰:アベノミクスが始まり、経済情勢が好転してうまく回転し始めた、と言われていますが、今のところその流れが続いていると思います。ある程度、賃金も上がるようですし、物価も徐々にデフレから脱却し始めており、現段階ではうまくいっていると思いますが、問題はこれからです。私は、今年はアベノミクスの真価が問われる年になると見ています。まず一つ目に、これまで円安が景気と物価の上昇を相当支えてきましたが、この効果が一巡するということ。そして二つ目に、景気に関して、消費税増税前の駆け込み需要に対する反動が出てきますが、どれぐらいの反動になるのかということ。三つ目に、いよいよ長期的な成長戦略をつくって実行していかなければならなくなったということが挙げられます。これからアベノミクスの真価が問われることになる、と考えています。

鈴木準氏鈴木:今、小峰さんが「真価が問われる」とおっしゃいましたが、まさにその通りです。「正念場を迎えている」と言ってもいいかもしれません。昨年の7‐9月期以降は前期比年率で1%を切るような成長にとどまっています。この1‐3月期は、消費増税前の駆け込み需要によってかなり高い成長になったと思いますが、代わりに4‐6月期はその反動減で大幅なマイナス成長になると思います。そういう中で例えば、景気動向指数のCIを見てみると、2月の指数はかなり悪い。具体的には、消費はそこそこの状況と言われていますが、消費マインドの悪化、中小企業の売り上げ見通しの悪化、住宅市場の落ち込みなど、少し心配な面があります。それから、円安の効果が当然あるわけですが、円安になった割には輸出が増えてきていません。米国のテーパリングが新興国経済に影響している、そもそも日本の輸出産業の競争力に陰りがあるなど、様々な議論がありますが、いずれにしても輸出が思ったほど増えてきていない。そういう状況の中で、今年度はどれくらい成長していくことができるのか。アベノミクスによって日本の雰囲気は非常に良くなってきていますが、今年は中長期的な成長に結びつけていけるかどうかの正念場になっていると思います。

工藤:消費マインドや住宅市場の落ち込みの原因は何ですか。

鈴木:やはり、消費税ですね。住宅に関しては明らかに駆け込みの反動減がすでに出ています。

工藤:内田さんはマーケットにお詳しいと思いますが、いかがですか。

内田和人氏内田:私の方からはこの1年の異次元緩和、「クロダノミクス」と呼ばれている金融政策の効果について申し上げます。この3本の矢の中で第1の矢である金融政策は、想定以上に効果を発揮したと見られています。そもそもこの異次元緩和というのは、ショックアンドゴー政策と呼ばれている「期待」に働きかける政策です。その期待という観点でいうと、実際には何も経済が動いていないのに、日経平均株価の年間上昇率が、昨年1年間で57%に達し、為替が20%円安になるなど、マーケットが期待によって動きました。それによって、資産効果が表れるなど、好循環が発揮され、この1年間の金融政策の効果は非常に大きかったと思います。

 ところが今、鈴木さんから「正念場」というお話がありましたが、株価の最近の動きを見ますと、不安定というか、なかなか上がりにくい状況になっている。投資家、特に海外の投資家は、かなり期待を織り込んだ上で、日本の株を購入していますが、その期待を維持し続けるのは非常に難しい、というのが正直なところです。

 それから、第1の矢の金融政策と第2の矢の財政政策、つまり、需要刺激政策は非常にうまくいっている反面、第3の矢のサプライサイドの政策がうまくいっていない。結果的に物価は上がっていますが、潜在成長率が上がらない中で、需要刺激だけで物価が上がってきており、インフレ的な兆候が見られ始めている点が心配です。

工藤:物価はどのようにして上がるのですか。一般の視聴者にも分かりやすいように解説をお願いします。

内田:今の消費者物価は前年比で1.3%くらい上がっていますが、為替は20%円安になり、輸入物価が10%上昇するなど、要するにコストプッシュによって上がってきていたというのが実情です。ところが、消費税増税の後、2、3か月は様子を見ないとわかりませんが、失業率が3%台後半になってきて、ほぼ完全雇用になっています。要するに、実際の経済成長率が潜在成長率を上回ってきている。あるいは、内閣府は高めに見ていますが、日本の経済の潜在成長率が非常に低すぎて、潜在成長率をかなり超える形で需要の方が成長しているので、物価が上がりやすくなっている。特に、雇用が非製造業を中心にタイト化しており、少しずつ賃金インフレ、あるいはインフレ的な兆候が足元では広がってきている。日銀としては、物価のインフレ率2%で、デフレ脱却を目的としています。それ自体はその通りになってきましたが、物価だけが上がってしまうと、経済のバランスに問題が出てくる。サプライサイドで潜在成長を引き上げていかないと、今度は逆に物価上昇の経済に対するマイナスの効果が出てくることから、これからが一つの正念場、非常に大きなポイントになると思います。

 また、4月25日に公表される4月の都区部の物価は、消費税の増税分の1.7%が加わって2.8%から3.0%になります。すなわち、1.7%の消費税分を除くと1.1%から1.3%くらいの物価上昇となります。今年度の夏か秋くらいには1%台半ばから1%台後半まで上がる可能性が出てきています。これまではエコノミストのほとんどが消費税を引き上げたら、消費税の引き上げを除いた分のコア物価というものが1.3%から1%くらいに落ちるのではないか、という見方をしていたのですが、最近、その見方が修正されてきています。

小峰:私は物価の先行きに関して、上昇懸念というよりはむしろ2%にしばらく行かないのではないかとみています。というのは、内田さんもおっしゃったように、今までは円安によって、輸入物価が上がり、全体の物価が上がるというメカニズムが働いていましたが、これ以上さらに円安になっていかない限り、同じメカニズムは働かないわけです。しかし、円ドルレートが大体100円前後で落ち着いてきて時間が経ちますので、1年前と比べると円安効果がほとんどなくなってきている。ということで、これまでの見方はむしろ消費者物価上昇率は少し下がってくるだろう、というものだったのですが、内田さんがおっしゃるように、景気回復のスピードや期間に比べて、雇用情勢の改善が早いために雇用の逼迫もすごく早くなっています。同時に賃金も上がっている。そういう意味で需給ギャップがなくなって、需給が引き締まって物価が上がっていく、というタイプに変わっていくかもしれない、ということは考えられると思います。様々なことがこれから徐々に分かってくると思います。

工藤:小峰さんは「賃金が上がるかどうかが非常に重要だ」と以前おっしゃっていましたが、今回の春闘も含めて、想定以上の上昇なのでしょうか。

小峰:総理をはじめとして政府が企業に賃上げ要請をしていました。経済学者はそんなことをやっても上がるときは上がるし、上がらないときは上がらない、という見方だったのですが、現状を見るとやはり賃上げムードみたいなものを盛り上げた効果はあったのではないか、と思います。

 もちろん実態としては、需給が引き締まって、賃金が上がる環境にあったことは間違いないのですが、政府の要請もあり少し高めに賃金が上がったかもしれない。そして、賃上げはサービス価格の上昇につながり、徐々に物価上昇につながってくるかもしれない。しかし、現状が悪いインフレを懸念するような状態なのかというと、そこまで心配しなくてもいいのではないかと思います。

 とにかくデフレ状態から脱却するためには、何らかの形で物価を上げて、多くの人がプラスのインフレ率に徐々に慣れていく必要があります。そういった意味から、多少コストプッシュでも、実質賃金が下がっても、物価そのものがマイナス状態から抜け出していく状態をある程度続けることそのものに意味があるのではないかと思います。

鈴木:これまでの物価上昇というのは基本的にはコストプッシュによるものですが、内田さんがおっしゃったように、コストで上がってしまうのはあまり良い話ではありません。一方で、小峰さんがおっしゃったように、安定的に物価が2%上昇することはまだまだ難しい状況だと思います。つまり、賃金が上がることは確かに重要ですが、名目賃金なのか実質賃金なのか。名目賃金が3%、4%上がっているような状況でないと、2%の安定的な物価上昇というのは難しいと思います。今はそこまで名目賃金が上がっているような状況ではないし、労働需給が逼迫してきていますが、そこまでの実感もない。むしろ消費税が上がったことを考えると、今回のベアのレベルというのは、実質賃金ベースで見れば下がっています。つまり、実質賃金が上がる中で名目賃金も上がっていかないと、本当の意味での経済成長にはならず、そういう状況にはまだほど遠いのではないかと思います。


追加の金融緩和は必要なのか

工藤:第1の矢である日銀の異次元緩和の効果については、どう総括すればいいのでしょうか。まだ足りないのが、それとも、現状でいいという判断でしょうか。

鈴木:元々、金融政策だけですべてうまくいく、という問題ではありません。もちろん、資産価格を押し上げて資産効果をもたらした、あるいは期待に働きかけて円安になった、という効果は出ているわけです。ただ、それによって実体経済面で、企業が設備投資をするようになったのか、ということで見ると、資本財の出荷が落ち込んでいるというわけではないものの、本当の意味で企業が設備投資を増やし始める段階にはまだ至っていない。では、もっと金融を緩和すればうまくいくのかというと、そうではなく、おそらく成長戦略というものが必要になってくる。追加緩和というのはむしろ、資産価格を支えるために必要だ、ということになってきているように思います。

工藤:先ほど、期待を維持するのはかなり難しい、というお話がありました。内田さんは以前、アメリカを含めた海外からの資金が、すさまじい勢いで株式市場に入ってきた結果が昨年までの株価の上昇で、何かが起こると反動が出てきてしまう、ということでした。その点から見ると、追加緩和を期待していたマーケットは現状をどう見ているのでしょうか。

内田:冒頭で申し上げたように、昨年1年間で日経平均株価が57%も上がりましたが、10年、20年に一回という異例の状況です。この状況をつくり出したのは海外の投資家です。海外の投資家は日本への期待があるから買っているわけですが、彼らの期待は、アベノミクスの3本の矢がすべて揃うことです。すなわち、第1、第2の矢で需要サイドを持ち上げ、第3の矢でサプライサイドを引き上げる。そうして、日本経済の潜在成長率を引き上げて、全体として持続的な経済成長の好循環が生まれる、ということです。ところが今、パラドクスに陥っている。第1、第2の矢は、短期的にかもしれませんが何とか需要を持ち上げました。ただ、潜在成長率が上がってこない状況で、インフレというかボトルネックのようなことも起き始めている。そして、悪いインフレ的な兆候が起きると、経済が逆に失速するリスクが出てきます。そういう観点からすると海外の投資家の期待感はメディア報道でも言われていますが、実際にも冷えこんでいると思います。ただ、ポイントになるのは「日本はまたデフレに戻る」という所まで、期待は落ちていないということです。安倍首相が相当強くリーダーシップを発揮していますので、成長戦略には期待をしています。
そして、やや正攻法のやり方ではありませんが、短期的に期待を維持していくために、日銀が追加緩和を行うことによってある程度時間を稼ぐ、ということも海外の投資家は根強く期待していると思います。

工藤:追加緩和に向けて日銀は動こうとしているのでしょうか。

小峰:今は物価の動き、景気の動きを見極めていると思いますが、多分、物価を2年以内に2%上げる、という目標に届きそうにない場合には、追加緩和をするのだと思います。ただ、その緩和に効果があるのか、将来に禍根を残さないかというのはまた別問題です。

鈴木:デフレ脱却は絶対に必要です。黒田総裁は非常に順調にいっている、という話し方をされていますので、それにもかかわらず追加緩和をするというのは少し矛盾するところがあります。ただ、2年で2%の物価上昇が目標ですから、今年の後半くらいに実現できるかどうかの目途が見えてくると思います。その時点で、もっと緩和するのか、あるいは目標の時期を先延ばしにするのか、など何らかの動きが出てくる可能性はあると思います。


「戦略」の体をなしていない成長戦略

工藤:次に、アベノミクスが順調に動き、成功する方向に向かっているのか。それとも、難しい局面にあり、成功軌道から離れてしまっているのか。また、その理由は何か、ということについて議論していきたいと思います。

小峰:アベノミクスはこれから第2フェーズに入っていく段階だと思います。第1フェーズは、インフレ目標を決め、思い切った金融緩和をやって、公共投資もやるというものですが、これに対してはマーケットも反応したし、企業の雰囲気も明るくなるなど、基本的に大変うまくいったと評価ができると思います。ただ、第1フェーズというのはいわば緊急対策みたいなもので、異例の措置を繰り出し、将来持続的に成長するための環境をつくっていくための時間稼ぎ、というのが基本的な位置づけだと思います。その時間を1年間稼ぎ、これから成長戦略など本当の意味での持続的な成長をもたらすことができるのか、という第2フェーズに移ってきています。さらにその先に第3フェーズがあります。それは、現在行われている異様な金融緩和を徐々に卒業し、財政問題に考えを移していくという段階です。そう位置付けだとすると、これから第2フェーズに入るという意味で、大変重要な局面だと思います。

工藤:確かに緊急対策で時間稼ぎをしながら、雰囲気や気分を変えてきた。ただ、成長戦略というのは即効的な効果があるわけではなく、構造を変えていくものですから中長期的な展開になりますよね。そうすると、企業行動はどの段階に変わっているのでしょうか。

小峰:長期的な経済の仕組みを徐々に変えていくものですから、第2フェーズに当たります。ただ、まだ実行しておらず、これから評価が定まってくることになると思いますが、結構厳しいのではないか、と見ています。というのは、第1フェーズでは、マーケットの反応を気にしながら、マーケットに受けるようなことをやっていればよかったのですが、第2フェーズというのは長期的な制度設計の話になってくるために、短期的なマーケットの動きに反応して一喜一憂したり、単にマーケットが喜ぶようなことをやっていればいいというわけにはいきません。もう少し長期的な視野をもって、マーケットに左右されないで、しっかりとした対応をしていく、ということが必要だと思います。

 そういう意味では、今、考えられている成長戦略が、本当に「戦略」と呼べるようなものなのか、私はかなり厳しい見方をしています。戦略というのは要するに、経済社会の基本的な方向に関する選択肢が複数あったときに「日本はこちらの選択肢を取る」と示すものが戦略だと思います。しかし、日本では「成長戦略」というものが常に出てくる。民主党政権の時代から成長戦略というものが毎年のように出てきますが、基本的な方向性を示すものが毎年出てくることはむしろ困るわけです。本来、10年、20年に一回くらい基本的な方針を出す、ということであるべきだと思います。それに中身を見てみると、実施期間があまりにも長く、何でも書いてあるような状態で、戦略というよりは政策集みたいになっている。戦略として、本当に基本的な選択を示しているのではなく、多くの人に受け入れられやすいような政策を並べているだけなので、私は「戦略」の名に値しないのではないかと思っています。

工藤:戦略が描かれていないということで、長期的に見ると心配になってくるのですが、鈴木さん、先ほど「正念場」だとおっしゃっていました。この正念場というのは、かなり失敗する可能性がある、という意味での正念場ですか。

鈴木:安倍政権は、それ以前の政権と比べて、非常に成長志向の強い政権だと思いますし、政権基盤も安定しているので、長期的な政権になる可能性が高いと思います。これまでも成長戦略を打ち出した政権はありましたが、どの政権も非常に短命で、よく分からないうちに終わってしまう、ということを繰り返してきました。そういう意味では基本的に安倍政権の経済政策には期待をしています。
小峰さんから「第2フェーズ」に関するお話がありましたが、安倍政権は昨年の臨時国会で成長戦略に関しては9本の法律を通しています。例えば、産業競争力強化法や国家戦略特区法などです。加えて、この通常国会でもいくつか成長戦略に関連する法律が色々と出てきています。また、日豪EPAの合意、法人実効税率引き下げの前倒しについての議論も行っている。

 そういった中で、6月にどのような成長戦略が出てくるのか。現時点では内容は分かりませんが、非常に面白いもの、あるいは実効性の高いものが出てくるのか。それとも、あまり変わり映えのしないものがまた出てくるのか、どちらになるかで大きな違いが出てくる。先ほど「選択肢」というお話がありましたが、日本が中長期的にどういう姿、どういう経済を目指していくのか。例えば、もっと市場の役割を重視して、市場の機能を活かしていくのか、それとももう少し民主主義のメカニズムで決めていくようなやり方なのか、といった国のかたち、国の方向性を決めていかないと、どういう政策がそこにフィットするのか、ということも決まってこない。そういう意味で正念場と申し上げました。

工藤:内田さん、日本経済の将来に向けての体質改善や、競争力を高めていくという展開に政策が向かっていないと感じています。色々なメニューがそれなりに動いているというように受け止められていますか。

内田:歩みは進んでいると思います。例えば、総理主導の規制緩和をやるということで国家戦略特区が初めて打ち出されました。これまでの特区としては、構造改革特区がありましたが、地域の既得権益になりますし、総合特区というものもありましたが、ある意味で補助金の目的化というかたちに終わっていますので、なかなか規制緩和に踏み切っていく、という局面がありませんでした。それから、産業競争力強化法についても、これが機能すれば、ベンチャー育成や事業再編が進んでいきますので、これまで踏み込めなかったところに踏み込むための一種の箱物はできつつある。ただ、問題なのは本来的に岩盤規制であるところに切り込めていないということです。例えば、これまで産業競争力会議や、規制改革会議などで議論されているテーマは医療や労働、年金ですが、実際に出てくる成長戦略のメニューの中には入ってきていない。こういったところに切り込めないということは非常に大きな問題だと思います。

 この問題点の背景に何があるのかというと、今回のアベノミクスの司令塔になる会議体があまりにも多すぎることが挙げられます。産業競争力会議が入っていた日本経済再生本部や、社会保障制度改革国民会議などをはじめとして様々な会議体があり、それぞれに関係省庁が絡んでいる。そして、それぞれ同じようなテーマを扱っているので、議論が拡散してしまう状況です。ちなみに小泉政権では、経済財政諮問会議にほとんど一本化していましたが、当時の「トップダウンでやりすぎた」という反省の下、今回は色々と分散化することにしているのだと思います。しかしその結果、本来進めるべきである政策がなかなか進まない、という問題を生み出していると思います。

工藤:確かに、正しいかどうかは別にして、小泉政権の頃は経済財政諮問会議を見ていれば何が動いているのか、何がアジェンダとして設定されているのか、ということは外からでもよく分かりました。今は色々と分散化されているということもありますが、そもそも戦略的にそれがどう実現の方向に向かっているのか、というPDCAが見えません。その結果、最終的にアウトカムにどうつながっていくのか、ということも見えない。
一方で、先ほど小峰さんが「戦略になっていない」とおっしゃっていましたが、戦略がないのであればどういう戦略が必要なのでしょうか。

小峰:2つの問題があります。私が言う「戦略」というのはまさに小泉内閣のときの、「官から民へ」や「国から地方へ」などのようなものです。これは基本的な方向付けであり、非常に分かりやすい。現にそれに従って色々なことをやってきました。私は今まさに、同じことをやる必要があると思っています。基本的には小泉内閣のときと同じ方向性に進む必要があると思いますが、「格差が拡大した」などの批判もまだ根強く残っており、なかなか「市場原理に基づいて経済成長していく」という明確な方向性が打ち出せていない点が第一の問題です。

 もう一つは、供給面からの政策を着実にやっていく必要があるということです。例えば、農業を元気にしましょうとか、中小企業対策をきちんとする、教育水準を上げるなど、こういうものは以前からずっと言われていることですから、この方針自体は大きく変えずに、これまで決めたことを着実にやっていく。これは行政レベル、政党レベルでやっていく必要があります。その2つをうまく組み合わせていく必要があると思います。

工藤:例えば、TPPは、構造改革や成長戦略における非常に大きな政策課題として提起されています。このTPPを一つの入り口として、農業も含めて色々なことが変わっていくのではないか、という期待もありました。しかし、アメリカとの交渉段階で揉めて、何がどうなっていくのか分からない状況になっています。この状況はどうご覧になっていますか。

鈴木:TPPに関しては、限られた政策担当者以外には交渉内容が開示されていないのでよく分からない、というのが正直なところです。日本は2000年代に入ってから、2国間、あるいは地域で自由貿易をやっていこう、という世界的な流れにかなり乗り遅れています。ただ、グローバル化はこれからますます進んでいきますので、グローバルな戦略を何も持たずに「TPPに反対」とだけ声高に言っても、絶対にうまくいかない。TPPには非常にたくさんの国が関与していますので、TPPの性格自体が変わっていく、という可能性もあり、国際的なルールづくりでどれくらい主導権を握れるのか、という点について注目しています。ただ、情報がないので何とも言えないのが現状です。今は米国が一番重要な相手ですが、その米国自体もウクライナなどの問題でプレゼンスが落ちてきているところがあり、また、大統領も自由貿易交渉に関して議会から十分な権限を与えられていないという問題もある。それでも、TPPの交渉は粘り強くやっていくしかないと思います。

工藤:これまではマーケットが政府に厳しく改革を迫り、時間を稼いでいるうちに、結局本質的な構造改革が進まないということが何度もありました。今も政権は経済に集中する、と言っておきながら外交など別の分野に追われているので、経済は何となく動かしている、というような状態になっている。それにもかかわらず海外のマーケットがまだ期待している、という点に依存している状態になっていますが、この期待はいつまで続くのでしょうか。マーケットはずいぶんと辛抱強いというか、忍耐強い印象を受けます。

内田:この1年間のマーケットの期待感というのは、はっきり言って、安倍首相と黒田総裁の個人芸で維持していたものだったと思います。25兆円の対内証券投資のうち、15兆円が株式に投資されるというかつてないことが起きている状況がこの1年間続いたのは、安倍首相と黒田総裁のタイミングの良いプレゼンテーションなどのパフォーマンスによるものだと思います。例えば、ダボス会議では安倍首相の評価は非常に高い。そういう高い評価を背に海外から異常な期待、すなわち、投資資金が流入している状況です。では、これが今後も続くかというと、第1の矢と第2の矢でデフレ脱却はほぼ成功しつつあるので、後は、第3の矢であるサプライサイドの政策を引き上げれば維持できると思います。ただ逆に言えば、第3の矢が成功しないと安倍首相と黒田総裁の個人芸というのもほぼ限界を迎えていますので、かなり大きな困難に直面することになります。


消費税10%でも財政再建は厳しい

工藤:一般の人にとって分かりにくいのは、アベノミクスが最終的に何を実現するのか、ということがまだ見えないことだと思います。2020年には名目成長率を3%、実質成長率を2%に持っていく。それから、財政的には2020年にプライマリー赤字を黒字にする、という国際公約も掲げています。それがアベノミクスの集大成だと見た場合に、それらの目標は、実現の方向に向かっているのでしょうか。

小峰:非常に大きな問題なのはやはり財政だと思います。よくアベノミクスとは第1の矢、第2の矢、第3の矢だと言われることが多いのですが、その3本の矢を評価するという視点と同時に「入っていないものは何か」というのも評価対象の一つだと思います。そういう意味では、財政が入っていないというのは大きな問題だと思います。本来、財政問題はフェーズ3や4のところに入っていなければならない問題だと思います。国際公約で、2020年度にプライマリーバランスを黒字にすると言っていますが、内閣府の長期試算を見ると、消費税を10%に上げて、名目成長率が3%になった状況でも、2020年度はGDP比で1.9%というかなり大きな赤字が残る。国際公約と言いながら、もう一方では同じ政府内では目標達成はできない、と言っているわけで、こういったことが本当に許されるのか。これはいったいどうなっているのか、と本当は大問題になるはずですが、なぜか皆さん何も言いません。おそらく、私の率直な印象としては、財政問題については関心もやる気もないのではないかと思います。つまり、2020年というのは相当先の話なので、そこまで本気でコミットしていくつもりはないのではないでしょうか。本気で目標の実現を目指すのであれば、例えば、消費税を20%にして、さらに社会保障費を削減するなど、様々なことをやらなければなりませんが、そういう話が出てこない。その時点で、本気で目標の達成を目指していないのではないか、という疑いを抱いてしまいます。

鈴木:経済や財政は、日銀と政府だけが頑張ればうまくいくという問題ではありません。投資でも消費でも、民間が支出をする状況をつくっていかないと、マクロ的なバランスがとれません。今、政府が抱えているものすごく大きな赤字は、民間の投資や消費が非常に停滞しているということと表裏一体だと思います。

 今後、政府の財政赤字を縮小させていく必要がありますから、消費税の10%への引き上げは当然必要ですし、社会保障給付の削減も絶対に必要だと思います。一方で、増税や給付削減によって経済が悪くならないようにする必要があります。つまり、民間がきちんと経済活動を活発化させている状況でなければなりません。そのときの政府の役割というのは、例えば今、医療が成長産業といわれていますが、社会保障給付の中で医療給付費は削っていく必要があるので、それを補うように民間の保険をうまく活用したり、そもそも病気にならないように新しい健康産業を起こしたりしていくことだと思います。そうしないと民間が活発にお金を使い、政府の赤字を減らしていくというバランスにはなりません。単に、増税と歳出削減だけで財政再建をしていくと景気が悪くなり、ますます民間は委縮し、財政赤字は縮小しません。結局、そういう状況をつくれるかどうか、という経済の全体像としてで考えないとうまくいかない問題だと思います。

内田:1年くらいであれば去年のような好循環があるかもしれませんが、実質2%、名目3%の成長率の目標というのは、今の日本の構造から考えると至難の業だと思います。例えば、民間資本ストックの残高は潜在成長率にかなり影響を与えますが、2000年の前後では大体2~3%だったものの、今は1.1%です。要するに、経済が成長しなければいけないリソースが1.1%まで落ちており、これを引き上げていかない限りは成長できないということになります。成長というのは需要サイドだけではなく、先ほどから議論しているように、サプライサイドの方も上がっていかなければいけない。ではどうすればいいのか。例えば、設備投資の引き上げがありますが、今の日本の企業が日本で設備投資をするでしょうか。エネルギーコストがきわめて高く、需要が見えません。では、どういうかたちで投資を引き込むかというと、海外から対内直接投資を増やしていくことが大きなポイントになります。ただ、日本全国津々浦々に対内直接投資を増やしていくことは不可能なので、国家戦略特区で直接投資を引き込む。そのためには法人税の引き下げも必要だし、労働改革も必要だし、海外のグローバル企業の負担を減らすようなことが、社会保障制度改革とともに当然に必要になる。これができれば、現時点では夢物語の2%、3%という数字も実現できるかもしれない。シンガポールやオランダなど、対内直接投資を引き込んだ国はその分だけ成長していますので、それ以外の選択肢は今のところ見当たらないと思います


2020年以降の日本の姿が見えない

工藤:財政では先ほど小峰さんがおっしゃったように、そもそも財政再建に取り組もうとしているのか分からないという問題がある。経済成長では、大きな戦略の方向、目標を実現するためのメニューというはあるのでしょうが、それに向かって動いているのかは疑わしい状況になっている。この前、2030年の人口構造の問題が報道されていましたが、現在、高齢化の進行のスピードがどんどん上がっている。地方の衰退も進んでおり、その立て直しは非常に難しい状況にある。

 そうした中で、2020年に東京でオリンピックが開催されますが、オリンピック後の日本の姿が、非常に見えにくくなっています。それだけではなく、日本が抱えている構造的な問題が表面化する中で、政府がきちんとした対応策が示せないままに、2020年を迎えてしまうという危機感を覚えるのですが、いかがでしょうか。

小峰:日本の長期的な問題は人口と財政だと思っています。これから間違いなく働き手が徐々に減り、高齢者が増えていくので、成長力が落ちるし、社会保障制度も行き詰るというのは分かっている。財政も今のままでいけばGDP比で赤字が増えていくので、どこかで持たなくなる。では、どうすればいいのかというと、人口問題では労働力の確保として、女性や高齢者の参入、さらに外国人を活用していく必要があるし、財政については、社会保障の負担を上げるか給付を削るか、その両方をやるということになります。要するに、問題と解決方法も分かっているわけです。しかし、今のところ目立った対応は進んでおらず、解決に向かっていない。つまり、問題は分かっているけれど、解決に向かっていない、ことこそが本当の危機だと私は思っています。やはりオリンピックが終わったあたりから、本当の日本の危機がじわじわと表れてくるのではないでしょうか。

鈴木:人口構造の問題は本当に長期的な問題です。団塊世代の方々が高齢者になり、その先には第2次ベビーブーム世代がいます。ですから、2030年代、2040年代まで見ると、日本の高齢化はかなりの速度で進んでいきます。それに対して、政府あるいは、民間もできることは4つしかないと思います。一つ目は徹底的な少子化対策、二つ目は女性や高年齢者を含むみんなで働いていける仕組みをつくること、三つ目は生産性の向上、最後に超高齢社会を維持するコストを削減していくことです。これらに関しては、ピンチをチャンスに変えるという発想で対処しなければ乗り越えられないと思っています。高齢化することは分かっているわけですから、それに適合した構造をつくっていかなければならない。社会保障給付を減らさないといけないといっても、単に減らすだけであれば、生活水準が下がることになるわけですからうまくいかない。そのときに、民間がその下がった分をきちんと補完するような仕組みを考えていかなければいけない。他にも例えば、日本は電力の問題を抱えてしまったわけですから、エネルギーであれば、再生可能エネルギー導入などの多様化を進めたり、あるいは、コージェネレーションシステムや熱効率のいい火力発電所を導入したりするなど、優れた技術をどんどん研究・開発し、成長産業に育てていくといった、ピンチをチャンスに変える発想が重要です。民間がもっと生き生きとした状況にならないと、財政収支も改善しないと思います。

工藤:やはり、2020年の姿は見えませんね。小泉政権の頃の骨太の方針についての評価は別にして、ある年次をベースにして、何かを変えていくという姿勢は見えました。つまり、課題が見えていて、その解決の方向に向かっていくという感じはあったのですが、今は何かバラバラな印象を受けます。

鈴木:見え始めている良い兆しとしては、例えば、経済財政諮問会議に「選択する未来委員会」をつくり、50年先まで見据えた上で、今後10年間で何をやるのか、徹底的に議論しようということになっています。

 財政の問題については、内閣府の試算では、名目3%、実質2%成長でも結局、プライマリーバランスは黒字化しないということになっていますが、どうすれば黒字化できるのか、中期財政計画を見ても分からない。きちんとしたルールを定めることが必要で、経済財政諮問会議などではこの点についての議論が始まっています。そうした動きが本格化してくるのか、ということがポイントになってきます。

内田:例えば、日本の経済財政政策を立案したりするフレームワークとして経済財政諮問会議があります。しかし、日本にはそれを評価するためのフレームワークはありませんが、海外にはそうしたフレームワークがあります。特に、財政の評価機関というものが多い。どこの国も独立的な財政評価機関、independent fiscal institutionsが存在し、議会の予算局や、財政政策員会、審議会などが担っています。どのようなオペレーションになるのかというと、例えば、ヨーロッパであれば、60%債務ルールや、財政赤字では3%ルールがあって、それを逸脱したら、強制的に20分の1ずつ債務を落とさなければいけないなどのルールを確立しているわけです。日本にも財政制度審議会がありますが、政治から独立しているようなかたちの組織ではない。日本では、努力目標はあっても、財政について検証したり、法制化したりするということがほとんどない。その結果、政策を出しっぱなしで、評価されない状態で政権が変わっていってしまう。独立的な政策の評価機関や、財政の評価機関があれば、もう少しきめ細かな、あるいはかなり踏み込んだ展開が出てくるのではないかと思います。


10%への消費税引き上げは粛々と実施する必要がある

工藤:最後に、消費税10%への引き上げの問題をお聞きしたいと思います。年内には上げるかどうかの判断をしないといけないわけですが、経済の見通しから見るといかがでしょうか。

小峰:私は消費税の10%への増税については粛々と、予定通りにやらないと話にならないと思います。10%に上げても公約を守れそうにないわけですから、今回、上げなかった場合にはむしろネガティブな反応が出てくので、リーマン・ショックのようなことがあれば別ですが、上げるしかないと思います。そもそも、経済情勢を勘案して上げるか上げないか決める、という姿勢そのものが間違っていると思います。

鈴木:私も当然に上げるべきだと思います。よく税制抜本改革法の附則の第18条のことが話題になりますが、これは経済財政状況の激変があった場合の措置です。租税法律主義に基づき、国会で通している法律ですから、仮に上げないとすれば別の法律が必要になる。その場合、消費税をどうするのか、はじめから国会で議論することになってしまいます。加えて、10%に上げることを前提にした政策が既に存在していますから、それらの手当てをどう考えていくのか、ということをセットで提示しないといけない。また、上げないということに対してとてもネガティブな評価が出てきますので、やはり粛々と上げていくしかないと思います。

内田:上げることは必要なのですが、ただ、経済情勢が悪い中で、無理矢理上げると経済成長にとってはブレーキとなりますので、経済情勢は前提条件として重要になります。

 もう一つ重要なことは、現状、消費税は社会保障の目的税化しています。ですから、もっと消費税の使い道、例えば、後期高齢者の支援金をどうするのか、介護の納付金をどうするのか、ということとセットで考えていく必要があります。そうしないと国民も納得しませんし、社会保障も安定化しません。消費税の増税は既定路線であるとしても、その使い道を早く明示することで、痛みのある政策を全国民が負担する、という方向に持っていくべきだと考えています。

工藤:今日は「アベノミクスの定点観測」として議論をしてきましたが、さらに2020年についての議論ができたことは非常に良かったと思います。日本の中長期的な課題についても、今の政府がその解決に向かって動いているのか、有権者側もきちんと考えないといけないでしょうし、その中で民間は自分たちができるチャレンジをしていかないといけないと思いました。こうした定点観測は継続的に行い、私たちが考えなければいけない課題について皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。ありがとうございました。