第2回日韓共同世論調査をどう読み解くか

2014年7月17日

2014年7月17日(木)
出演者:
出石直(日本放送協会解説主幹)
小倉和夫(国際交流基金顧問、元駐韓大使)
西野純也(慶應義塾大学法学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 日韓首脳会談実現の見通しが立たず、日韓の政府間関係は依然として停滞を続けている。しかし、日韓両国の中には、過熱した国民感情だけではなく、政府間関係とは距離を置いた冷静な見方も確かに存在しており、日韓関係改善に向けた一つの手がかりとなっている。座談会では、第2回日韓共同世論調査結果を読み解き、背景にある課題を浮き彫りにしながら、日韓関係改善のために求められる視座を示していく。


工藤泰志工藤:言論NPOの工藤泰志です。言論NPOは昨年、韓国のシンクタンクである東アジア研究院(EAI)と共同で、「日韓未来対話」という市民型の対話を創設しました。今年はその2回目として、7月18日からソウルで対話を行います。この対話は、これまで行われてきた日韓の様々な対話とは少し異なります。まず、対話自体がオープンです。そして、日韓両国の共同世論調査を通じて、お互いの国民の相互理解や知識、認識のギャップをきちんと浮き彫りにした上で、対話に臨むというスタイルが特長です。

 7月10日にソウルで共同記者会見を行い、日韓共同世論調査結果について発表しました。この内容に関しては、日本のメディアだけでなく、世界でも大きく取り上げられました。今回の言論スタジオでは、この世論調査結果をどう読み解けばいいのか。この認識の背景にどのような問題があるのか。この結果の中に日韓関係改善に向けた何らかの手がかりはないのか、ということについて議論していきたいと思います。

 それではゲストの紹介です。まず、国際交流基金顧問で駐韓大使も務められた小倉和夫さん。小倉さんは日韓未来対話の日本側の座長でもあります。次に、日本放送協会解説主幹で、ソウル支局長も務められた出石直氏さん。最後に、慶應義塾大学東アジア研究所現代韓国研究センター副センター長の西野純也さんです。

 さて、今回の世論調査結果について、皆さんはどのようにご覧になりましたか。


世論調査結果をどう見るか

小倉氏小倉:今回の世論調査の結果を見て、私が一番深刻だと感じていることは、日本の対韓感情の悪化です。これはものすごい割合で悪化していますね。韓国の対日感情というのは悪いまま平行線をたどっており、逆に言えばそう急激に悪くなるものではない。ですから、ここで深刻に考えるべきことは、日本における対韓感情の悪化だと思います。幸いこの状況を政治的に悪用しようという人はあまりいないと思いますが、問題は商業的にはすでにかなり利用されてしまっているということです。つまり、この状況に乗じて、反韓的なことを書けば雑誌や書籍が売れる、という意味で商業的に利用されているわけです。これがさらに進むとより深刻な事態になります。果たしてこの状況を放置していいのか、ということは日本人も韓国人も真剣に考える必要があります。

出石氏出石:2013年の共同世論調査では日本人で韓国に良い印象を持っている(「どちらかといえば」を含む)人は31.1%。しかし、今年2014年は20.5%と10ポイントも落ちています。1年で10ポイントも落ちたというのは非常に深刻な事態だと思います。2000年代の前半から2010年くらいにかけていわゆる韓流ブームというものがありました。これで日本人の対韓感情は非常に良くなった。そのトレンドが変わってきて、韓流から嫌韓に変わってきている、ということをこの調査結果は示しているのではないかと思います。重要なのは、そういったトレンドの変化は果たして一時的な変化に過ぎないのか、それとも、もっと構造的で不可逆的な変化なのか、ということで、そこを見極める必要があると思います。日韓関係というのは良い時もあれば悪い時もあって、景気と同じように循環しているわけですが、私は韓流ブームというのは、単なる一過性のブームに過ぎず、上辺だけの韓国理解によって一時的に日本人の韓国に対する印象が良くなっていたけれど、ブームが過ぎ去ってしまったので、また本質的な問題が噴出してきている、しかも、より深刻な状況になってきているのではないか、と懸念をしています。

西野氏西野:小倉さんと同様の危機感を私も抱いています。やはり、日本の対韓感情の悪化というのは、この世論調査の結果に表れているように、極めて急激に進んでいる。しかも、改善の兆しが見えるまでには相当時間がかかると思います。

 一方、この2年間の調査にも表れている通り、韓国側の日本に対する印象はコンスタントに厳しいわけです。しかしながら、昨年の秋以降、とりわけ韓国のメディアでは、やはり日本との関係は大切だから、何とか関係改善しなければいけない、という声がかなり出てきている。それは昨年の12月末の安倍首相の靖国神社参拝以降も引き続き出ている。そういった状況の中では、やはり、日本側としては、日本人の対韓感情をどういうふうに改善していくのか、ということが大きな課題になると思います。

 私は、この国民感情悪化の原因として、両国の政治指導者、すなわち韓国の朴大統領と日本の安倍首相の存在が大きいと思います。それぞれ両国の国民から見れば、首脳がその国を代表していると見るのは自然なことですので、この2人の指導者の言動というものが、両国民の感情形成に非常に大きな影響を与えている。私の感覚で申し上げますと、韓国の側から見た安倍首相というのは2012年12月の総選挙の時に、自民党の公約を勇ましく叫んでいた安倍首相なのですね。そして、政権獲得後はむしろ抑制的になっていたものの、韓国のメディアはそれを報じていない。したがって、自民党総裁選、あるいは総選挙の時につくられた安倍首相のイメージというものがいまだに非常に強い。今般の集団的自衛権の行使容認もそういった文脈で捉えられている。したがって、これも世論調査の結果に表れているように、日本は軍国主義である、というように見えるわけですね。

 一方、日本から見た韓国というのは、日本のメディアで散々報じられたように、朴大統領のいわゆる「告げ口外交」、つまり、アメリカに行ってもヨーロッパに行っても日本の歴史認識を厳しく批判する、ということが報じられ、日本の国民ももううんざりだ、と受け止めている。したがって、政治指導者の言動とそれを伝えるメディアがセットになって、両国民の相手国に対するネガティブな感情を、この1、2年の間に増幅してきていると私は見ています。

工藤:今回の調査を分析すると、一方で国民は冷静にお互いを見ている傾向があることも分かります。日本人は確かに対韓感情が昨年と比べて悪化していますが、しかしそれがどのくらい悪化したか、その水準を考えて見ると、相手を攻撃するほど加熱したものではないわけです。だから、韓国の印象を悪いという回答した人も、韓国のことで一番に思い出すものを聞くと「韓国料理」が最も多くなるわけです。

小倉:この世論調査でも、韓国人は日本人の国民性について、「勤勉」や「親切」など結構ポジティブに見ているところがある。ところが、日本人は「どちらともいえない」という回答が圧倒的に多い。つまり、韓国人の方が、なんだかんだ言っても日本人のことをわかっている。それに比べて日本人は、韓流ブームはあったものの、それでも韓国の歴史や社会、韓国人に関する知識が少ないと思います。
 
 ただ、問題は知識が増えれば好感度が増えるのか、というと、この相関関係は非常に難しい。私が国際交流基金で文化交流事業をやっているときに、調査をしたことがありました。知識の増加が相手国に対する好感度に結びつくか、ということを色々な国で調べましたが、韓国と日本の場合には面白い結果が出ました。あるところまでは知識が増大しても特に変化はない。しかし、中間からさらに知識が増えてくると好感度が増すのですね。つまり、ある程度の知識では大して好感度には結びつかないわけです。ですから、日本人はもっと韓国と韓国人のことを理解する必要がある。韓流だけではなく、歴史や現代小説を知る必要がある。キムチだけ食べていても駄目なのです。より深い知識が一つのポイントだと思っています。

出石:メディアの観点から見ると、韓国のメディアほど、日本で身近に接することができる外国メディアはないのですよ。例えば、韓国の主要3紙はインターネットで日本語版をすべて無料で読めます。アメリカのニューヨークタイムスもワシントンポストも英語でしか読めませんが、韓国紙の場合、大量かつ無料の情報を日本人は誰でも日本語で読める。ですから、情報量という点ではものすごい量が日本に入ってきている。でも、それは結果的には良い方向ではなく、むしろ悪い方に作用している。つまり、韓国のメディアの報道の仕方というものが、非常に過激な言葉を使うし、どちらかといえば、恣意的なものが多いので、それに接することによってさらに韓国に対する反発が高まってしまうという悪循環があります。ですから、情報が少ないから相互理解が進まない、ということではなくて、むしろ情報過多であるがゆえに、嫌韓的な感情が出てきてしまっている。ここが非常に難しいところだと思います。


現状の政治指導者間の関係では、この難局打開は難しい

工藤:国民感情の状況だけでなく、政府間を含めた日韓関係の評価についても、今回の世論調査では「非常に悪い」という回答が多く、日本では7割、韓国では8割近くにも上っています。私が非常に気になったのが、「日韓関係は重要か」という質問に対しては、「重要である」という回答が6割から7割あるのですが、「日韓関係は今後どうなっていくと思うか」という今後の先行きについては、両国の国民はあまり改善の見込みがないと見ている。特に、韓国人では4割くらいがさらに「悪くなっていく」と見ている。一方で、先ほど西野さんからもお話がありましたが、政治指導者に対する評価も両国でマイナスのものが多い状況です。そのために政府間外交があまり機能していないのですが、「首脳会談は必要か」という質問では、日本で7割、韓国で8割の人が「必要だ」と言っているものの、韓国ではその内の7割、日本では4割が「必要だが、急ぐ必要はない」と回答しているのですね。つまり、日韓関係は非常に重要なのに、先行きも含めて悪い。それから政治指導者に対する印象も悪い。そうであれば、首脳会談をして、この状況を打開することも考えられるのですが、それに対しても「急ぐべきではない」という認識が国民間に多いわけです。この状況はどう見ればよいのでしょうか。

西野:先ほども申し上げた通り、韓国の方々は、日本との関係を改善すべきと強く考えていると思うのですが、そうであるからこそ、首脳会談でそのためのきっかけをつくりたいという認識を強く持っていると思います。一方で、やはり現状では首脳会談をやってもなかなか関係改善はできないであろう、ということも非常に良くわかっているのだと思います。とりわけ、朴大統領の慰安婦問題におけるスタンスには非常に強固なものがあり、それは大統領就任以降一貫していますから、安倍首相と朴大統領の組み合わせでは、なかなか突破口は開きにくいであろう、という認識の結果、首脳会談を「急ぐ必要はない」と思っているのだと思います。

工藤:そうすると、当面は首脳会談が開催されなくても仕方ない、という状況ですか。

西野:ただ、韓国のメディアを見ていますと、政府の外交に対する批判がかなり強く出てきているのですね。したがって、メディアも含めたいわゆる世論というものの中には、日韓関係をそろそろ何とかしなければならない、という声が非常に強いと思うのです。ただ、残念ながら、その声は青瓦台、大統領府の政策にはつながっていない。そこが、率直に申し上げて、今の良くない日韓関係における韓国側の原因を探したときに、非常に大きな部分になっていると私は見ています。

工藤:それでは、政治指導者が交代すれば日韓関係は変わるのでしょうか。

西野:私は韓国によく行きますが、最近の韓国の方々がおっしゃるのは、安倍首相に対する期待というのはもうないと。しかし、では、安倍さんが退任すれば関係改善するのか、と聞いたところ、必ずしもそうではないと。残念ながら、今の日本の方向性というのは、首相が代わったところでおそらくは大きく変わらないだろう、今進んでいる方向はこのままいくだろうと。やはり韓国としてはそういう日本と向き合っていくための準備がまだできていないし、日本が何を考えているのか、ということももう少しきちんと知る必要がある、というふうにおっしゃる方が多かったです。本来であれば、まずはお互い顔を突き合わせて、相手のことを理解する。その上で共通の目標というものを見つけて、同じ方向に向って進んでいく、というようなプロセスが必要なのですが、残念ながら日韓の政治指導者同士の関係は、1998年、小渕・金大中政権の日韓共同宣言から比べるとかなり後退しています。もう一度お互いを理解することから始めなければいけない状況だと思います。

出石:政治指導者同士の信頼関係というのは今、ほとんどないですよね。外交的にもチャンネルがない。例えば、日本の大使が韓国の外務大臣に会えない。これは異常なことです。そんな状況で、関係が前の方向に進むわけがない。では、指導者が交代すれば変わるのか、という点では、西野さんと同じように私も疑問視しています。やはり、日韓で最大の問題は歴史認識の問題ですよね。その問題について、お互いの主張は平行線でまったく交わっていない。本来は日韓共同でこの問題を解決していこうというムーブメントが起きなければいけないのに、双方がそれぞれ全く別の方向に向って走っているという感じがします。

市民の中に確かに存在している冷静な見方が、 関係改善に向けた一つの手がかりとなる

工藤:今回の調査では、相手国の印象が悪くなったという人たちなどに、「このような国民感情が悪化している状況をどう思いますか」と質問したところ、「望ましくない状況であり、心配している」、それから「問題であり、改善する必要がある」という回答が、韓国では7割、日本でも6割ありました。しかし、一方では政府間外交の現状や今後の見通しに関してはかなり厳しい見方が国民間にあるという状況です。北東アジアのナショナリズムの展開では、政府と国民が同じ方向で対立を深める、という傾向があるのですが、国民サイドは少し冷静で、政府間での関係悪化を相対的に見ていて、少し距離を置いているのではないか、という見方もできます。この状態をどのように考えるか、ということが次の質問です。

 実は、世論調査公表の後にこの質問の結果について日本の有識者に聞いたのですが、「現状を疑問視する声が両国民にあることは分かったが、改善の展望まで持っているわけではなく楽観できない」という回答が一番多くありました。2番目に多かった回答が、「国民レベルでは状況を冷静に判断し、改善を希望する声が出始めており、評価できる」です。3番目に多かったのが、私が今問題提起した点ですが、「政府間の対立に距離を置く見方が国民レベルにあることは興味深い」という回答で、これが30%ありました。皆さんはどうお考えでしょうか。

出石:今の日韓の関係悪化、あるいは感情の悪化というのは、私は日本でも韓国でも「官主導」の要素が非常に強いと思います。普通、国民感情というものは色々あり、お互いに摩擦もあったりするのだけれど、政府など外交当局同士では歴史問題や領土問題が顕在化しないようにうまくコントロールする、というのが正常な姿だと思います。しかし、今の日韓関係というのは、むしろ逆に政府あるいは国の指導者が火種を撒いて、それに国民の感情が影響されている、という官主導の要素が強いような気がするのですね。その結果として、むしろ「民」の側から、「このままではいけない」とバランスを取ろうとする動きが出てきているのかもしれないですね。

小倉:私は出石さんがおっしゃったことは半分正しいと思うけれど、半分正しくないと思います。それは、関係悪化の少なくとも半分は官主導ではない、と思っているからです。というのは、昔は国民世論が反韓、反日などの雰囲気になると、政府が「いやいや待ってくれ、国益のためにはそうなっては困る」と言って相手国の政府と連携して、お互いに自国の過激な国民感情を抑えていく、ということが可能だったわけです。ところが、今はそういうことが色々な理由から上手くいかない。多くの問題について、政府同士が「国益に沿うようにお互いに国民感情をやわらげながらやっていきましょう」と言って裏で手を握ることはもうできないと思うし、そもそもやるべきではないと思います。そこが一つの大きな問題です。そういう意味では、お互いの政府間や首脳同士の信頼関係がない、ということも一つの理由になっているから確かに「官主導」というのも全て間違いとはいえないのですが、私は、今の政府は権力を持っていてもできることが昔と比較して少なくなっていると思います。そこではやはり、市民の力というものが重要になっていると思います。市民自身が、一人ひとりとまでいかなくても、色々なかたちでかつ冷静に外交を含めて色々な課題解決に参画していかないと、政府も困ってしまうわけです。

出石:冒頭で、韓流ブームの話をしましたが、私は韓流については、韓国に対する非常に浅薄で表面的な理解でしかなかったのではないか、という冷めた目で見ています。ただ、韓流ブームにも、韓国に対する差別観や偏見はこれで無くなったというポジティブな面もあったと思うのです。例えば、ある日本の大学生と話したときに、韓国語を勉強していると言っていたので、なぜ勉強しているのか聞いたところ、「ハングルが可愛いから」と言っていました。そういう感情というのは、私たちの世代の日本人にはなかなかなかった。そのようにある種の精神的な「バリア」が取り払われたというポジティブな面もあったと思うのですね。

 ただ、問題なのは、今、日本人がなぜ、韓国との関係が大事なのか、なぜ、韓国を大切にしなければならないのかということを、はっきりとイメージできていないことだと思うのです。それは人によって違っていいとは思うのですが、ペ・ヨンジュンが好きだから、とかKARAが可愛いから、というだけでは、市民の力にはなりませんよね。やはり、日本人の中に明確なイメージがないために、嫌韓本のようなものが跋扈してしまう隙が出てくるのだと思いますね。

西野:例えば、政府レベルでは安倍政権発足初期の頃には、日本から額賀福志郎特使を送るなど様々なメッセージを投げかけている。韓国側でも朴大統領は「日韓関係など大事ではない」と言っているわけではなく、むしろ大切だと言っていた。しかしながら、歴史認識問題が壁になっている、と言っているわけです。お互いに政府レベルではそれなりに大切だと思っているわけですが、いかんせん乗り越えなければいけないハードルがある。それは今はとりわけ慰安婦問題ということになりますが、そのハードルが高いだけになかなかそこから前に進むことができない、というのが現状です。

 ただ、市民レベルの中には関係改善に向けた一つの手がかりがあると思います。今回の世論調査を見て非常に興味深かったのが、韓国世論の中で、歴史の問題に関する解決すべき課題として、もちろん日本側の歴史認識も問題視しているのですが、一方で「韓国の反日教育や教科書の内容」が問題だという見方が昨年の7.5%から27.5%へと増加、「韓国の政治家の日本に対する発言」が問題だという見方が昨年の4.0%から16.4%、「日本との歴史問題に対する韓国の過剰な反日行動」が問題だという見方が昨年の3.6%から16.0%にそれぞれ増加しているように、自国側にも問題があるのだ、という認識がかなり増えてきている。これは世論調査結果の中でも非常に希望が持てることですし、我々日本側もそういう冷静な認識をきちんと受け止めて対応していかなければならないと思います。

工藤:確かに、そのように自分たちの側の問題を冷静に見ている傾向が出てきています。そうなると、民間レベルでは話し合いのベースは出来てきているのではないか、と思いますがいかがでしょうか。

小倉:そういう機運はあります。ただ、「交流のための交流」も大事なのですが、一緒に何かをやっていこう、というムードをつくっていかなければなりません。日韓経済協会が力を入れている日本と韓国の高校生交流のように、一緒に何かプロジェクトをしよう、というところに来た時に初めて実のある真の交流になるのです。ですから、市民交流は大事なのですが、せっかく良い土壌ができているのですから、「この交流は何のためにするのか」ということをしっかり突き詰めていかなければならない時期に差しかかってきているのではないでしょうか。


認識のギャップを埋めるためにも対話が必要

工藤:さて、今回の世論調査では、日韓関係と中韓関係を比較した場合、日本よりも中国の方が重要だという声が韓国世論から出てきています。この背景には、貿易額の増加など経済的に中国との関係が非常に強くなっているということあります。

 この韓国と中国との問題が、今回の世論調査では様々な傾向になってもう一つの論点を形成しています。例えば、自国にとって軍事的な脅威と考える国はどこかと質問したところ、韓国世論では1位が「北朝鮮」なのは昨年の世論調査と同じですが、2位は昨年の「中国」から、今年は「日本」になり、「中国」を上回りました。逆に、日本世論では1位が「北朝鮮」ですが、大きく伸びた「中国」がそれに並ぶように今年は迫ってきています。このように、この1年間で日韓両国では軍事的な脅威に関する認識が大きく変わり始めてきていることがわかります。その中で、私たち日本人から見ると非常に信じられないことなのですが、韓国の国民の中から「日韓間で軍事紛争が数年以内、または将来的に起こるのではないか」という声が世論調査上4割も出てきている。この結果は私も非常に気になりましたし、世論調査発表後、世界でもこの点が議論になりました。この問題について、どのように考えればいいのでしょうか。

西野:韓国側で日韓間での軍事紛争について「起こると思う」という回答が多いのは、明らかに安倍政権の集団的自衛権に関する方針とシンクロしていると思います。当の日本ですらそうなのに、韓国の中では当然、集団的自衛権の行使容認というものがどのようなものなのか、という正確な理解はないわけです。そういう中で、メディアが「安倍政権の右傾化」という文脈の中で、集団的自衛権行使の問題を大々的に報じる。そして、日本が軍事大国化して、やがて地域の不安定要因として浮上してくる、という認識が韓国人の中で形成されてきているのだと思います。

 中国に関しては、日中間では尖閣問題を巡って軍事的な緊張が高まっていますから、日本にとっては中国が軍事的脅威と映ってしまう。一方で、韓国は経済面だけでなく北朝鮮問題での協力という観点から、中国は非常に重要であるという認識が非常に強いために、対中認識についての乖離はますます大きくなっていく。そういう結果が世論調査上でも、きれいに出てきているのではないかと思います。

出石:韓国の友人や研究者と話をすると、彼らにとって「中国」という要素が非常に大きい、ということがよくわかります。日本から見れば、韓国は中国にすり寄りすぎだということになりますが、韓国から見れば日本は中国を敵視しすぎだということになる。こういった中国に対する認識の違いは非常に大きいと思います。李明博大統領の時代の外交方針はアメリカ一辺倒でしたから、中国との関係はうまくいかなかった、という反省から、現在の韓国は中国を重要視しているのだと思います。特に、朴大統領になってからの基本的な外交方針は明らかに大陸志向になりました。ですから、日本やアメリカを重視する海洋国家ではなく、ユーラシア大陸国家として国をつくっていこうという大きな外交方針がある。だから、日韓では互いに目指す方向が違ってきてしまった、ということが、この調査結果にも表れていると思います。

小倉:日韓関係の悪化、日中関係の悪化というのは、北東アジアにおいてパワーシフトが起こっているということの1つの反映であるということは間違いないと思います。そのパワーシフトには、いくつかの側面があります。一つには日本、そしてアメリカの経済力が相対的に落ちてきたことがあります。その一方で、中国の力が非常に強くなってきたし、韓国も世界の経済的な位置づけの中では、大きな国になってきた。他方で、北朝鮮やロシアの問題もある。そうした中で、北東アジアで微妙なパワーシフトが起こっているのだと思います。

 問題なのは、そのパワーシフトの方向が、どちらに向かっているのか、またどうあるべきなのか、という明確なビジョンをいずれの国も持っていないことだと思います。それで各国で認識なり見方が食い違ってくる。したがって、このパワーシフトを踏まえながら、自国の将来のあるべき姿、さらには北東アジアのあるべき姿は何か、ということについて、日本、中国、韓国のそれぞれの国民がよく考える必要がある。そのようにして各国の国民が、それぞれのビジョンを持ち寄って対話をしていくことが極めて重要になってきている時期に来ているのではないかと思います。

 軍事的脅威の問題、特に集団的自衛権については、そもそも軍事力とその行使をどう考えるかということについて、日中韓の間にはそれぞれ大きな違いがあります。日本は原則として、海外に自衛隊を派遣して、その軍事力を行使するということをしないという立場をとってきたわけで、それは今も基本的には崩していないわけです。それは、中国の軍事力行使についての考え方とは違うと思います。ですから、もっとお互いの真意、考え方について、機会を見つけて色々な層で話し合うということが重要な時期が、ここでも来ているのではないかと思います。

工藤:私も、お互いが協力し合うビジョンや理念に向けた議論が必要になっている、という気がしています。ただ、このパワーシフトを踏まえた上でどうすべきか、という議論は、日本では政治も含めてほとんどないのが現状だと思います。

 さて、世論調査の中で、面白い傾向が見られました。「これからの世界政治をリードする国はどこなのか」という質問で、韓国世論は「米国(81.2%)」と「中国(81.9%)」の2カ国が突出している、つまり、世界は米国と中国がリードするいわゆる「G2」になるという結果になりました。ですから、韓国の国内の一部に見られる「米中間のバランス論」が世論調査結果からも裏付けられているわけです。それに対して日本世論では、「米国(47.7%)」、「G8、G7(38.3%)」が上位を占め、「中国」との回答は14.8%しかありません。日本では有識者調査でも「中国」との回答は38.1%と、そんなに大きくありません。こうした認識の違いがくっきりと出ていることについては、いかがでしょうか。

西野:確かに、日本の中では、「韓国はアメリカと中国との間でバランスを取ろうとしている」という認識がしばしば見られます。しかし、あくまでも今ある米韓同盟をしっかり維持しつつ、その上でいかに中国と良い関係をつくっていくか、というのが韓国の基本的な課題認識であって、日本はその点を誤解してはいけないと思います。ただ一方で、韓国の中にも色々な迷いがある。中国との関係を維持し、さらに発展させていくことと、米韓同盟をうまくやっていくことの両立が難しい、ということは、今回の中韓首脳会談の結果から感じるようになっていると思います。その迷いを日本がしっかりと読み取り、韓国の考えを把握した上で、日本の対韓戦略の中にどう活かしていくか。そのためにはまさに対話が必要になってくると思います。韓国はいずれ中国の側に行ってしまうのだ、という突き放した見方をするのか。それとも、韓国の悩みを日本としてもしっかりと理解し、その中から日韓で共にできる部分を模索していくのか。果たして現在の日本にそれだけの余裕というか、度量があるのかどうかわかりませんが、私は、そういうことを示していかなければいけないと思っています。

工藤:私も韓国を訪問し、色々な話をしていると、確かに迷いがあり、行き過ぎた印象をつくる政権に対する批判の声も聞きました。一方で、日本に対しても、同じタイミングで日朝協議を行ったことに関する批判がありました。ただ、北東アジアの秩序維持において、今後もアメリカをベースにしていくことが安全保障上必要だとすれば、日韓が対立し、政府間外交が停止している今の状況は望ましくないのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

出石:もちろん、そうだと思います。例えば、北朝鮮や中国への対応にあたっては、「日米韓」という枠組みは非常に重要であり、それをもっと強化しないといけないという点では、日本だけではなく、韓国も同じ認識でいるわけです。

 ただ、私が、もっと大事だと思うことは、より長期的な課題にも目を向けることです。例えば、東アジア全体をこれからどうしていくのか、というビジョンについて考えていくこともそうです。また、2050年ぐらいになれば、中国も韓国も少子高齢化によって、日本と同じように老いていくわけですが、そういう共通の課題をどのように克服していくのか、ということもそうです。こういう長期的な課題について、各国が考え、協力できるところでは一緒に協力していく、というもっと先を見据えた協力の仕方について本気で考えていく必要があるのではないかと思います。ただ単に「北朝鮮が脅威だから一緒にやりましょう」と言っても、お題目に終わってしまうおそれがあると思います。


今、日本は何をすべきか

工藤:最後に、日韓問題を考えていく上で、今、日本に何が問われているのでしょうか。

小倉:まず、「人権、民主、自由」という価値は、国内のみならず国際社会でも貫くべき価値であるということを、日本はもっと前面に出すべきだと思います。もちろん、日本が人権を無視したという過去もあるわけですから、そこは重大な反省をすると同時に、現在、そして将来においても日本はこれらの価値を守っていくのだ、という姿勢をきちんと中国、韓国に示すべきだと思います。

 また、多様化された社会こそが良い社会であるという考え方も、同様にもっと前面に出して中国や韓国に対して示すべきだと思います。社会の寛容度を広げていくためには、社会が多様化しなければいけないわけです。中韓における対日感情の悪化などを見ると、結局のところ、社会の寛容度、それから社会の多様性というものが十分にないからこそ、過熱した感情が蔓延しやすい、というところもあると思います。だからこそ、社会の寛容度、そして社会の多様化を日本自身もやっていく。同時に、他国に対しても、そうなってほしいという方針で呼びかけることが大事なのではないでしょうか。

 加えて、政府間の議論とは別に、市民間でも対話を深めていけばいいのではないかと思います。

西野:今、「日韓関係は本当に重要なのか」という疑念が両国の中で非常に高まってきていると思います。ただ、逆に言えば両国民は本当に重要なのかを考え始めているわけですから、さらに深く考えながら対話をしていくようにする。私は、「やはり日韓関係は重要だ」という結論に至ると信じていますが、今はそこに至るまでの過程だと思います。そうしたプロセスがいかに重要か、という点を日本側はもっと示していく必要があると思います。ただ、日韓関係というのは、基本的にすでに十分に深まっています。ですから、私たちは日韓関係がどれほど重要かということは、実はあまり体感できていないのです。つまり、既に十分に享受してきているからこそ、その有難味も薄れ、なかなか体感しにくいわけです。ですから、そこをいかにうまく説明し、お互いに感じることができるようにしていくのか、というところが重要だと思います。

 そういう意味で、対話を深めていくということは、私はまだまだ意味のあることだと考えています。

出石:先程、小倉さんがおっしゃった「社会の寛容度」というのは、すごく大事なことだと思います。私は、日韓関係というのは、一種のリトマス試験紙だと思っています。日本というのは、民主的で自由で、経済的にも豊かな国です。にもかかわらず、ここ最近、他者に対する寛容度というものが、明らかに失われてきていると思います。例えば、人種差別的な言動がネットレベルにとどまらず、堂々と社会の中で公言するような人が増えてきました。ですから、そういった日本人の他者に対する寛容度が無くなってきたということをもっと深刻に受け止める。そして、今の日韓関係の悪化は、韓国が悪い、あるいは政治指導者が悪い、というのではなくて、日本人自身の問題なのだ、というふうに受け止める必要があるのではないかと思いますし、そういう寛容度の低下に対してもっと危機感を持つべきではないかと思います。

工藤:私も、なぜ日韓関係が重要なのか、そして将来どうしていくべきなのか、という議論が、まだまだ日本の社会で不足していると思いました。そして、政治側がきちんと解決に向けて競い合うようにプレッシャーをかけていく有権者の力も必要だという気がします。
私たちは、7月18日にソウルで、日韓それぞれ13人のパネリストに参加してもらって議論します。今日の議論の中で、非常に重要な論点がたくさん出てきましたので、これをそのまま日韓未来対話でぶつけてみようと思っています。皆さん、ありがとうございました。

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