2014年9月23日(火)
出演者:
明石康(同フォーラム実行委員長、国際文化会館理事長)
武藤敏郎(同副実行委員長、大和総研理事長)
宮本雄二(同副実行委員長、宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
厳しい状況が続いているが、現状打破の機運は高まりつつある日中関係
工藤:今月末に「第10回 東京-北京フォーラム」が行われますが、現在の日中関係をどのようにご覧になっていますか。
明石:ここ数週間だけ見ると日中関係はやや改善している節がありますが、全体的にいえば、なお過去10年間で最悪の状況にあると思います。残念ながら首脳レベルの対話は、もう何年もありません。しかし、日中両国ともに今のこの状況を何とかしたい、という気持ちは持っているので、その切り口をどのようにして見出すことができるか、ということが課題になっていると思います。
我々に与えられた役割としては、11月に北京でAPECの総会がありますから、そこで安倍総理と習近平さんが首脳会談をできるような雰囲気づくりをしていくことではないかと思います。
宮本:日中関係は2012年以降、尖閣諸島をめぐる問題によって日中国交正常化以降で、最も緊張している状況を迎えました。中国が実力で日本の実効支配に挑戦してきたことにより、両国の軍事力が直接対峙する状態になってしまっていますが、これはまさに戦後の歴史において初めてのことです。さらに、このような非常に緊迫した状態に伴って、両国の国民感情も急速に悪化してきました。ですから、特にこの2年間は、いかにしてその危険な状態を脱して日中関係を改善させるのか、悪戦苦闘の連続だったと思います。
武藤:この2年余り、日中関係は非常に厳しい状況にありました。現状においても膠着状態にあると思います。ただ、今回の世論調査の結果にも出ているように、日中ともに、多くの人が「現状のままでよい」とは思わなくなってきていることは新しい兆しです。近い将来、日中関係の改善に向かって、力強い第1歩を踏み出すことができるかどうかはまだ分かりませんが、明らかに雰囲気は「このままではいけない」というものになってきています。
民間外交は、政府間外交が動き出すための環境づくり
工藤:政府間関係がどんなに大変な状況の中でも、この対話だけは10年間続きました。この民間外交とは、政府間外交にとってどういう意味があることなのでしょうか。
明石:日中関係には色々な側面があります。政治的な側面だけでなく、経済やメディア、安全保障の側面などです。こうした様々な側面について、毎年1回、日中の色々な分野の有識者が一堂に会して忌憚のない議論をする。また、その間には食事をしたり、お茶を飲みながら、お互いの腹を探る。両国政府の間に大きな困難がある中で、このフォーラムが続いてきたことで、日中両国間で信頼醸成がかなりできたと感じています。信頼醸成というものは、活字になったものを、お互いに読み合っているだけではできません。現在、日中両国で単純化されたメディアの報道が氾濫していますが、その報道だけに基づくと相手国を一面的にしか見られなくなってしまいます。それを防ぐ意味でも、実際に顔を突き合わせて本音ベースの議論をするこのフォーラムが、波風の中でともかく続いてきたことは、それ自体が大変意義のあることです。
ただ、このフォーラムは「民間外交」と外交の名がついていますが、外交というのはプロ同士がきちんと合意を固めていく作業ですから、政府間外交に取って代わることはできないと思います。しかし、その政府間外交のための環境をつくることは民間外交にも可能です。むしろ、両国がお互いに腹蔵なく話し合えるような関係をつくっていくことについては、民間の方ができることは多いと思います。政府と政府が喧嘩することは困りますが、民間であれば割と気楽に本音ベースで付き合うこともできます。そういう意味では民間外交の幅広い交流をベースにした上で、政府同士がきちんと話をまとめるというのがあるべき順序です。日米関係も幅広く、無数の民間交流があるからこそ、政府間関係が危機に陥るということがほとんどないわけですが、日中関係でも同じことができないということはないはずです。また、今年に入ってから、日中の観光客の交流が昨年に比べて40%増えているそうです。まだまだ足りませんが、こうした交流をどんどん進めていくことが、究極的には政府間関係を改善する、よすがになるのだと思います。
宮本:この10年間の対話は素晴らしい試みだったと思います。やはり、10年も経てば、お互いに相手のことが分かってきて、友人同士のようなざっくばらんな話し合いができるようになりました。これが一番大きな財産なのではないでしょうか。同じような考え方、すなわち「日本と中国は仲良くして、協力し合わなければならない。そうすることが自分たちの国にとって一番大事なことなのだ」ということを理解し、信念を持っている人たちが集まって話し合うという場が構築され、そこで良い意思疎通ができる。そうすると相手に対する誤解も溶けていくわけです。
私は民間外交の一番良いところは、色々なことを試すことができる点だと思います。政府の場合は確実性が問われますから、試しながら実行していく、というわけにはいかないために話し合いもなかなか進みません。その点、民間は、色々なものをテーブルの上に載せてお互いに議論し、「これはできそうじゃないか」というものを試すことができる。そうして出てきたものを政府に実行してもらう。そうしたことができることこそ、民間外交の大きな役割ですし、実際、「東京-北京フォーラム」はそういうことを担ってきたのではないかと思います。
武藤:「東京-北京フォーラム」には、10年間継続してきたという大きな実績があります。途中、「本当に続けられるのか」と挫折しそうな局面もありました。ですから、10年目を迎えられ、非常に感慨深いものがあります。このフォーラムがどの程度現実に影響力を及ぼしているかどうかは色々な見方があると思いますが、まさに「継続は力なり」だと思っています。今、日中関係は非常に重要な時期で、政府間の交渉に何らかの動きがあるのではないか、という期待感があります。ですから、それを後押ししていくためにも、このタイミングで、民間対話というものを強く打ち出していくことは大変意味のあることだと思います。
なぜ、中国との民間対話が実現できたのか
工藤:多くの日本人は、あの中国となぜ民間の対話を行うことが可能になったのか、と驚いているようです。なぜ、こういう対話ができたのだと思いますか。
明石:色々な先人の努力があってここまで来られていると思うし、普通だったら「内政干渉になるからこういうことは言えない」と思うようなことも平気で言い合えるような関係を築けたことが「東京-北京フォーラム」の成功の根底にあると思います。裃を着た付き合いではなく、色々な形で、色々な人が参加して、パイプを広げていくことが、平和と相互理解の基盤になります。ですから、こういう関係を強くすればするほど、日中関係全体にもっと弾みがつくことになると思います。そして、問題はこれからも続くけれど、お互いに血相を変えて叫び合うような関係だけはもうこれで終わりだ、と発想を切り替えていくべきです。例えば、アメリカとイギリスや、アメリカとカナダの関係には、そういう成熟度があると思います。是非とも日本と中国もそこまで行きたいと思っています。
工藤:以前、安全保障対話で、「我々は対立するためにこの対話に来たのではない、解決するために来たのだ」ということを宮本さんも中国の軍人も口を揃えて言っていたのが強く印象に残っています。日中の安全保障や軍事関係者同士で、なぜそういう共通認識をつくれたのか、多くの日本人が驚いていたのですが、これはどういうことだったのでしょうか。
宮本:外交、とりわけ安全保障は、何かが起こったら全面衝突など大変なことになってしまう、ということを容易に想像できるわけです。したがって、何か威勢のいい、強いことを言って世論の拍手喝采を得ようなどという発想が出てこない。とにかく、今の状況をどうにかしないと、大変なことになってしまう、という現実をしっかりと見据えた上での切迫感というものが、冷静な議論ができた背景にあると思います。
今回のフォーラムに何を期待するか
工藤:昨年は「不戦の誓い」を中国側と合意しました。今回の「東京-北京フォーラム」にはどのような期待をお持ちですか。
明石:日中間の「不戦の誓い」をもう一度再確認するということも必要でしょう。戦争は思わぬ時に起きます。起きないと思っている時が実は一番危険なのです。ですから、そういう意味では誓いを新たにするというわけです。しかし、それだけでは不十分です。
日中関係は間欠的にガタガタしていますので、もっと強固な基盤の上に日中関係を構築しないと、いずれ破たんしてしまいます。ですから、それを防ぐためにも真剣な対話を行う。そして、冷静な友人関係を構築し、日中関係を一歩一歩でも前に進んでいけるようにする。そのためにも政治、経済、メディア、外交・安全保障それぞれの分科会で成果を出すことが必要ですが、それは決して不可能なことではないと思います。
武藤:民間対話の意義というのは、やはり、相互理解を国民レベルで深めていく、ということだと思います。今は尖閣問題がクローズアップされていますが、もっと国民感情やナショナリズムの高揚など、国民意識の非常に深いところでの問題が顕在化してきていると感じています。ですから、今回の対話は、そういう国民の本音レベルの感情についての理解を深め、どうすればいいかをお互いが考える良いチャンスになるのではないかと思います。
工藤:東アジアの将来をどう考えるか、という問題もあります。今回の世論調査では、日中両国で7割くらいの人が「日中関係が重要」だと答えています。しかし、「なぜ重要なのか」ということに関して、両国民には確かな実感がないのではないかと感じています。その背景には、将来、両国がどのような関係を形づくっていくのか、ということに確信を持てない、ということがあると思います。また、「今後、日中両国は対立を続けていくのか、それとも平和的に共存・共栄していくのか」ということを質問したところ、「共存・共栄を期待しているけれど、それを実現できるかどうかは分からない」と答えた人が日中両国共に5割いました。この結果を見て、将来についての議論をこれからかなりやっていかないといけないのではないか、と思ったのですが、いかがでしょうか。
宮本:それは、9月末の「東京-北京フォーラム」の大きな課題だと思います。中国も毎年確実に豊かになってきていますし、習近平さんは「中国の夢」というものを打ち出しています。もちろん、それは「中華民族の偉大なる復興」という意味もあると思いますが、私がもっと大事だと感じるのは、それぞれの個人の幸せです。それは、平和で安心できる環境の中で、自分の人生を充実したものにすることができる、ということだと思います。日本では圧倒的多数の人がそう考えていますが、中国でもますます多くの人がそう考えるようになってきています。日本も中国も、やはり国民の夢は同じだと思うのです。そうすると、戦争が起こって、平和が破壊されてしまうと、経済がめちゃくちゃになってしまいますが、経済の支えのない幸福追求はなかなか難しく、夢の実現は不可能になります。そういうことを考えていくと、結局、日本と中国は平和で協力的な二国間関係をつくり、さらに平和で安定した東アジアの枠組みをつくり、その中で安心した生活を続けていく、ということにならざるを得ないのではないでしょうか。ですから、国民の視点から見れば、日中の共通項というのは意外と多いのではないかと思います。
次の10年に向けた新しい日中関係の構築と、課題解決を見出していく
工藤:この対話を次の10年に向けて、らに発展させようという動きも出てきています。この対話が今後、両国でより大きな役割を果たすために、どのようなことを期待されていますか。
武藤:私はこれまで、経済対話にかかわってきましたので、経済の視点から次の10年についてお話ししたいと思います。これまでの10年の日中経済関係というのは、中国が新興国からだんだん発展してきて、G2と呼ばれるような状態になってきました。その間、日本は中国に対して技術移転を始めとする様々な支援を行い、中国は大きく発展し、その発展する中国市場を、日本が自らの発展のために取り込んでいくというのが日中の経済関係でした。経済対話でもそういう視点からの議論が多かったように思います。
では、次の10年は一体どうなっていくのか。私はこれまでの10年とは違った局面になっていくのではないかと考えています。中国が高度成長を卒業して、ある程度成長がスローダウンしていく。しかし、それこそが正常な経済発展の基礎となり、高度成長だけを望まないようになっていくと思います。それは、日本が高度成長から安定成長へと移行し、成熟化を遂げた経済発展の軌跡とよく似ています。そのため、これまでの10年とは違った新しい日中経済関係をどのようにつくっていくかが課題となってきます。
次の10年の私たちのフォーラムでは、民間対話によって相互理解を深めると同時に、新時代の日中関係をどのように樹立していくのか、まさにそれこそ議論していくべきだと思います。そして、こうした議論が政府の外交に対しても良い影響を与えていく、という展開になれば素晴らしいことだと思います。この「東京-北京フォーラム」は、そうした未来志向で両国のこれからに取り組むことができる、数少ない対話だと私は思っています。
政府間外交を後ろに背負わずに、本音で話をすると、場合によっては不快なこともお互いにあるかもしれません。しかし、民間外交はそのくらいの方がいいし、必要なことなのではないかと思います。いかに本音で率直に語るか、ということが大事です。その点については、中国側も理解していると思いますし、そうした信頼関係はこの10年間でできたと思います。
宮本:先ほども言いましたように、10年間の経験というか、ここで培われた参加者たちの一種の連帯感は非常に大きいと思います。これをつくるだけで10年かかりましたが、基礎はできたわけですから、ここから次の10年を展望できるというのは大変有利なことで、成果をあげやすい環境がすでに整っているということです。それを踏まえて、いかにして、日中両国が直面している課題を抽出して、それに対する解決方法を見つけ出していくのか。両国のオピニオン・リーダーに集まってもらい、深く掘り下げた議論をし、答えを出しながら両国社会に発信していく。民間対話だからこそできること、取り組まなくてはならないことは色々あります。私たちは、さらに努力を重ねていかなくては、と思っています。
現代は、様々な分野が非常に複雑に関連し合っていますので、それを網羅した上で深みのある議論をする。そういう場が日中間にはこの「東京-北京フォーラム」以外にはないのです。しかも、その議論を両国の国民社会にオープンにして、より多くの方々に参加してもらう。また、政治や外交の分野でも国民中心にしていかない限り、決して上手くいかないという時代でもあります。その時代の中で、国民世論の形成において、この「東京-北京フォーラム」は大きな役割を果たしています。中国国内でも、日本人が思っているよりもはるかに国民の声が政府の行動に影響を及ぼしていますが、この「東京-北京フォーラム」は中国国内でも映像で流れています。やはり、そういう国民との対話を次の10年も続けていくことが非常に重要だと思います。
工藤:最後に、実行委員長の明石さんにこの今回の対話に臨むにあたっての抱負をお伺いしたいと思います。
明石:そうそうたる顔触れの有識者が2日間、顔を突き合わせて、本音で語り合うということはとても喜ばしいことだと思います。共通の結論に達することができればいいのですが、そもそも会うこと自体に意味があるので、まずはとにかく語り合ってみることです。お互いの懸念や批判を突き合わせることが大事ですが、中国側にも協力してくれている人たちがたくさんいるので、心から感謝しながら対話に臨みたいと思います。