「名目成長3%・実質成長2%」、「2年で2%の物価上昇」を実現する目途はついたか

2014年11月01日

2014年10月31日(金)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
鈴木準(大和総研主席研究員)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤:「第一・第二の矢」は、初めに発射させるために思い切った措置をやったのですが、それが実際の経済の動きにつながっていかないといけない。さらに、持続的な成長率を上げていくような展開にならなければいけない。「アベノミクスが今後期待できるか」ということに関して「今の段階では判断できない」と、私は受け止めているのですが、これは皆さんも同じ考えなのか。これがアベノミクスの経済政策の評価の前提になるような気がするのですが、鈴木さん、どうですか。


アベノミクスでの社会保障改革の位置付けは

鈴木:「良い流れが続いているかどうか」という意味では、私は続いていると思います。1-3月期は駆け込み需要で強かったわけですが、意外に指摘されていないのは、実質GDPのレベルがリーマンショック前のピークを抜いたということです。もちろん名目GDPはまだまだですが、名目GDPでも東日本大震災前のピークを抜いたのです。安倍政権が発足した2012年末くらいからの成長率をならして、今回の反動減も含めて全体を見ると、実質で1%台前半くらい、名目で2%台ちょっとくらいの成長をしていると私は評価しています。重要なことは、それが消費税増税をアナウンスし、実際に増税をし、実質賃金がなかなか上がらないと心配をされている中で実現しているということです。私は、日本経済が拡大していくという期待はそれほど大きく低下していないと基本的に思っています。2013年は期待だけで良すぎたということがあるので、2014年がちょっと停滞するというのは必然だったと思います。

 ただし、「本物の景気回復」という意味では、先程来申し上げていますように、設備投資が本格回復するかということが重要です。日本の資本ストックは陳腐化していますので。それから、より長期的には、社会保障改革がアベノミクスにどう位置づけられているかがよく分からない。投資というものは日本の将来を展望して行われるわけですから、社会保障改革を、きちんとアベノミクスに位置づける必要があるということだと思います。

工藤:しかし、選挙公約では、そういう社会保障の構造的な転換とか打開ということは、自民党の政策にはまったくない。

鈴木:議論を進めてはいると思いますが、何がどれくらい進んでいるのかが、なかなか見えてこない。


経済の流れは動きだそうとしているのか

工藤:湯元さんは、流れは途切れていない、経済が動き出す芽は出たけれど本当の芽かどうかは分からない、と。

湯元:経済成長率については、鈴木さんより多少低めで見ていますが、実質1%台の経済成長をする実力は、アベノミクスによってだんだんついてきた。ただ、消費税の影響というものを、アベノミクスを評価する時にどこまで含めるべきなのだろうかと。足元の現実の経済でいえば、それで大きく下押しされている。しかも、駆け込み需要の反動、いずれは元に戻るという部分が相当効いている。もちろん、物価上昇の影響というのも効いていますので、実力的には1%台でも、それよりも下がるということは当然止むを得ないことです。

 しかし、今、アベノミクスにとっては、胸突き八丁の局面です。急に険しい上り坂がやって来て、そこを超えていかないとアベノミクスは最終的には成功しない。つまり、消費税引き上げを先送りするような選択は、当然、財政健全化という目標から遠のく、あるいは実現不可能になることですから、市場からの賛同は得られないし、国民からの賛同も得られないということです。ここはどんなに苦しくても上っていかなければいけない。そのプロセスで経済指標が悪化しているのであって、それを見て「アベノミクスが失敗しかかっている」とか「期待はほとんど持てなくなっている」というような評価をするのは、私はややミスリードになるのではないかと思います。

工藤:内田さん、いかがですか。

内田:経済が動き始める芽はある、萌芽はしたということです。次のステップに向けて、ベースは「第三の矢」、成長戦略と構造改革に尽きるのですが、一つ重要なことは、デフレの世界というのは、企業や消費者のマインドが内向き志向になる。あるいは、自分のことだけしか考えない。今回、萌芽した芽をさらに持続的に進めるためには、どうしても、企業も我々家計も、それぞれが外向き、すなわちある程度リスクを取ったり、持続的に賃金が上昇できるような企業の収益体質に持っていくとか、政策だけではなくて民間部門の役割をしっかり果たさないといけないというところだと思います。


名目GDP成長率3%、消費者物価上昇率2年で2% の数値目標実現は可能?

工藤:資本主義社会では「政府に言われたから賃金上げをする」というのでは話にならない、という気持ちもあります。

 このマニフェストなり政府が言っている目標そのものが、実現可能なのだろうかという点で、二つの数値目標があります。

 一つは、「今後10年間の平均の名目GDP成長率が3%程度、実質GDP成長率が2%程度の成長を実現する」ということが、自民党の公約でもあるし政府が言っていることですが、この目標は達成できますか、ということです。アンケートでは、なんと52%が「達成できない」という回答です。「達成できる」と思うのは10%しかない。

 次に、自民党のマニフェストでは2%の物価上昇率を目標にしていて、2年とは言っていなかったのですが、黒田日銀総裁はそれを2年でやるということをマーケットに言った。黒田総裁が言った2年、つまり来年(2015年)に2%の消費者物価上昇率があると。これはどうなのかということなのですが、このアンケートでは「達成できないと思う」が35.8%で、39.2%は「来年には達成できない」。つまり、「『2年で2%』はもう無理だ」というのがほとんどです。「目標通り達成できる」は10%しかない。ただ、「時間を延長すれば達成できると思う」は39.2%なのです。

 この二つの目標は、さっきの評価基準から見ると実現の方向に向かっているのか。内田さん、どうでしょうか。

内田:二つとも、非常に厳しい実現目標です。成長率については、今、潜在成長率0.5%くらいから発射しているわけで、実質ベースで2%というのは、相当程度の設備投資、資本ストックの積み上げであるとか、生産性の向上などが必要である。なので、3%の名目成長率と2%の実質成長率というのは、極めて難しいと思います。ただ、一言だけ申し上げたいのは、日本の労働者一人当たりの生産性、これはアメリカよりも高いという調査報告があります。必ずしも一人一人の生産性が低いというわけではないのです。ここはやはり、今後は一人当たりで見ていく必要がある。名目GDP、すなわちデフレを脱却しなければいけないというのはあるのですが、経済の評価については、日本は高齢化で人口が減少していますから、一人当たりのGDPというかたちで評価していくのだろうと思います。

 それから、日銀の2%の消費者物価上昇率は、長期的にもなかなか難しい。今、先進国で2%に達するのは、需給ギャップが好転したとしても非常に難しい状況です。悪いインフレはあるがそれは一時的で、すぐデフレになるので、持続的に2%というのはかなり難しいです。ですが、1%のインフレ率がかなり持続できそうなので、私は、これで既に所期の目標は達成されたのではないかと思います。

工藤:政策目標そのものは、今のところ難しいと。これは私たちの点数では2点になるという話なのですが、鈴木さんはどうでしょうか。

鈴木:先ほど、安倍政権発足以降、実質1%台前半くらい、名目2%ちょっとの成長をしていると申し上げました。これをさらに実質2%、名目3%に引き上げるというのは、相当高い生産性上昇率の向上を実現しないといけない数字だと思います。そのためには、投資がまず必要ということ。成長戦略が6月に改訂されて、今までの内閣ができなかったような岩盤規制に一定程度切り込んだということについて、今後きちんと見ていく必要があると思います。他方で、人口が減っていきますが、人をもっとうまく使うという意味では、農業や医療の分野で規制に切り込んだのとは対照的に、労働分野の規制への切り込みが不足しているのではないかと思います。それから、FTA政策などちょっとスピードが遅いなというところもあるので、そういったことをきちんとやっていかないと、生産性を高めることはできないと思います。

 物価ですが、今、消費税分を除いて前年比1%ちょっとくらいのCPI上昇率です。これを安定的に2%にするというのは難しい。エネルギー価格の上昇分の寄与が減っていますし、円安による効果が一巡して、おそらく1%を切るような局面も、当面は出てくると思います。安定的な2%を展望できるかというと、非常に難しい状況にあると思います。

 本当に物価が上がるためには何が必要かというと、私は、名目賃金がきちんと上がる必要があると思います。もし物価で2%を目指すのであれば、名目賃金は3%、4%で伸びていかないと、そういう経済は長期的には実現しないと思います。かといって、政労使会議での「賃金を上げてください」で上げたら、それはおそらく雇用を減らすことになりますし、企業の利益を減らすことになるので、株主は迷惑を被るわけです。そういう合理性に欠ける上げ方ではなくて、名目賃金を上げるためには何が必要かというと、私は実質賃金を上げる必要があると思います。実質賃金を上げるためには何が必要かというと、最終的には生産性を上げるしかないのです。そうすると、結局、課題は成長戦略に帰ってくる。ということで、デフレ脱却にとっても「第三の矢」、成長戦略が重要になってくるということだと思います。

工藤:湯元さんの評価をお願いします。

湯元:実質2%成長というのは、潜在成長率が足元0.5%まで落ちているものを、少なくとも2%以上に引き上げる必要がある。そのためには、基本的には資本、労働、それから全要素生産性というイノベーションによる生産性向上が、それぞれどのくらいにならないといけないのかと考えると、例えば設備投資は1990年代並みの伸びを回復して、長期的にかなりの伸びをしていくという状況にならないといけない。今は、回復の萌芽が見え始めたという程度なので、これが例えば5年、10年続くというような状況が続いていかないといけない。

 二つ目の労働の方は、マイナス0.5%というかたちで労働力人口減少が寄与しているので、これを少なくともゼロくらい、マイナスにならない程度まで持っていかないといけません。女性の活躍支援などいろいろなことが成長戦略に入っているが、少なくとも、欧米とは違った、日本の女性就業率のM字型カーブを完全に解消するというようなことが実現しないと難しい。

 全要素生産性は、先ほど内田さんからもお話があったように、生産性は比較的高い伸びをまだ維持しているので、これをもう少し引き上げる努力をしていく。

 この三つが同時に合わさって初めて実質2%も達成できるので、今の段階では相当厳しい、高い目標だと思います。ただ、やってやれないことはないので、期待を捨てる必要はないと思います。

 物価上昇目標は、私は「2年以内に2%にできるか」とか「もっと時間をかければできるか、できないか」ということよりも、デフレ期待というものを払拭するのが、このインフレ目標設定、あるいは異次元緩和の大きな目的です。1%でも1.5%でも、安定的に物価が上昇するような経済、しかもそれは円安によって上がるということではなく、国内の需要が供給を超過することによってコストアップ部分を製品価格に転嫁し、それでも消費者がその製品を買う。そのような経済に持っていくことが大事なので、必ずしも2%にこだわる必要はないのですが、おそらく中央銀行の目標として、2%という他の先進国と比べても同じような目標を設定することによって、ようやく1%以上くらいが定着していく可能性がある。実はそう思っているのではないかなと。2%以上の目標をつくると、ハイパーインフレに近づきかねないということがあるので、目標としてはそれなりに妥当性を持っていますが、結果的にデフレを脱却できれば、私は2%に過度にこだわる必要はないのではないかと思います。

 アンケート結果を見ても、成長率の目標は「達成が難しい」とする人が多いのに対して、物価の目標は「何とか時間さえかければ達成できる」という回答になっているが、それが、例えばもし円安がこれから加速していって、その結果として物価上昇目標だけが達成されるということになると、成長にはかなりマイナス要因になるので、いわゆるスタグフレーションに陥りかねない。いずれにしても、デフレマインドを払拭させるということが一番重要だと思います。


デフレは脱却したのか

工藤:デフレ脱却というものの目処は、今、ある程度見通しがあるという理解でいいのですか。

内田:デフレは、既に昨年1年間でほぼ脱却が見えたと思います。

工藤:すると、その中であれば、湯元さんが言ったように、2%でなくても脱却すればいいのではないかという評価もあり得るということですか。

湯元:「デフレ脱却」の表面的な定義は、物価が安定的にプラスで上昇して、それがマイナスに逆戻りしないという判断ができる場合。例えば、円安になってコストが上がって物価が上がっても、それは実体経済にマイナスの圧力を与えるので、いずれはデフレに逆戻りするリスクがある。ですから、まだ「完全に脱却した」とまでは言いきれない状況だと思います。

内田:日本は、高齢化社会に入っていきます。その時に、2%以上のインフレの経済構造で本当に耐えられるのか。年金もこれからかなりの改革等々で抑制され、社会保障費も抑制される中で、本当に2%以上のインフレが国家の持続的な国家の経済構造たりうるのか。私は、それにはかなり否定的です。すなわち、デフレから脱却しているというのは、1%程度の非常にマイルドな物価上昇率が最もいいのではないか。ただ、物価上昇率がマイナスになると、企業収益が出てこなかったり賃金が上がらなくなったりするので、1%程度のインフレ率上昇は必要ですが、2%以上は、たぶんこれから日本経済、高齢化経済国家にとっては難しい局面に入るだろうと思います。

鈴木:私も、1%で安定化するなら、デフレ脱却についての評価という点で十分だと思います。ただ、「2%」と言ってしまっている事実があるので、それを簡単に放棄するようなことがあると、金融政策そのものが信用されなくなりますから、簡単には捨てられないわけです。今、ちょっとインフレっぽくなってきているというのは、円安の影響を受けている品目が圧倒的なウェイトを占めていると私は思っていますので、なかなか安定的に1%というのもまだ実現できない。2%は、さらに遠いという状況だと思います。

工藤:三本の矢による、政策的な目標なり考え方については、まだ失望する必要はない。ただ、数値目標に関しては、マーケットに対して、「これを実現します」とコミットメントしてアナウンスした。そういうかたちの今までの経済運営の姿勢から見れば、これは非常にいかがなものかという段階になった、という評価になりませんか。


アベノミクスの次のステージに向け 持続的経済成長を、今後の高齢化社会を前に構築できるか

内田:そうはならないと思います。例えば、今、アメリカのFRBは、当初「失業率が6.5%に低下すれば、今の量的緩和政策を転換する」とちょうど2年前に言っているわけです。ですから、経済状況と政策のプロセス、パフォーマンスによって軌道修正すればいいということであり、今、日本で重要なことは、やはりデフレをしっかり脱却したのかどうか、そして、持続的な経済成長を、これからの高齢国家に向けて構築できるかどうか。この二つにかかっていると思っていますので、むしろ、アベノミクスは次のステージに来ていると思います。

工藤:ただ、次のステージに対する国民への政策的な説明はまだされていない。人口減をベースにした、社会保障の全体的な体系の転換などはまだですよね。そうなってくると、安倍政権は今まで触れていないものについて次のステージへ動かないと、中長期的な信頼を得られないという局面に来た。そのような理解でいいということでしょうか。

湯元:消費税の引き上げというのが、まさに、社会保障の財源を安定的に確保したり財政の健全化を実現したりする中長期的な構造改革に資する政策であるために、短期的な景気回復をある程度犠牲にしてもそれを追求してきた。そのように理解するべきだと思います。消費税引き上げの最終判断で、「先送り」となると、中長期的なスタンスにはやや疑問符がつくという話になります。

工藤:かなり厳しいというか、本質的な評価になりました。これをベースに、12分野の評価をし、有権者側にきちんと問題提起していきます。

   


言論NPOの無料会員「メイト」にご登録いただくと、こうした様々情報をいち早くご希望のメールアドレスにお届けいたします。ぜひ、この機会に「メイト」へのご登録をお願いいたします。

▼「メイト」へのご登録はこちらから

議論で使用した世論調査はこちらからご覧下さい
安倍政権2年評価 評価基準

1 2 3