2015年2月13日(金)
出演者:
小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
山田久(日本総合研究所調査部長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
2015年度予算案からみる財政再建に対する本気度
鈴木:2015年度の予算案を見た第一印象は、私たちは麻痺しているということです。どういうことかというと、例えば小泉政権では一般会計の規模は80~90兆くらいでしたが、近年は補正予算も大きくなり、90~100兆超という世界になってしまっています。つまりリーマンショック後に緊急対応として歳出を増やしたまま平時に戻っていません。今回の予算案では、税収が4.5兆円増えていますが、国債発行は4.4兆円しか減っていません。つまり税収が増えた分だけしか国債は減っていないということです。国債の発行は30兆円台後半ですので、「国債発行30兆円枠」などと言っていた時代からすると感覚が相当麻痺している。
そして、子育て支援は確かに重要ですが、増税を先送りにしたにもかかわらず、増税とセットで行うとされていたはずの子育て支援や高齢者支援への予算配分を増やしています。これは負担と受益のバランスを取っていくという考え方を損ねています。
中身を見てみると、大きな問題としては社会保障財政に加えて、今年は地方創生が掲げられている関係で地方向けの歳出が大きくなっています。地方財政計画を見ると地方創生で1兆円、一般財源で1.2兆円増えています。地方税収が2.4兆円増えているにもかかわらず、地方交付税はほとんど減っておらず、ほぼ横ばいです。社会保障と並んで地方財政の拡大が目立つ予算だと思います。
工藤:確かに、リーマンショック以後、経済情勢がかなり厳しくなったので大型の予算に変わりました。しかし危機は過ぎ、世界的な問題も過ぎ去ったにも関わらず、支出だけが全く変わっていない。税収が増えたとしても、同時に30兆円以上もの借金をし続けています。ということは財政再建をすることは難しいのではないでしょうか。
鈴木:もちろん高齢化による社会保障費の自然増はありますが、それを増やし続けていけば増収措置がない限り赤字がどんどん増えていきます。また、歳出を一度増やしてしまうと、それを前提に地域経済や家計の所得が回ることになり、減らすのは本当に大変なことになります。ですから今年の予算案は状況が悪くなってはいませんが、積極的に財政再建に取り組んだとまでは言えないでしょう。
工藤:小幡さん、今回の予算を見て、財政再建に積極的に取り組んでいる感じがしますか。
小幡:全くしません。ただ思ったほど無駄遣いはしていないと思いました。消費税の増税は見送り、地方にアベノミクスが行き届いていないので、地方にも補正予算を流した。一方で、デフレ脱却を完璧にするという名目で増収分も使ってしまうと思っていたら、マスの部分では国債をきちんと減らしています。
ただ財政再建に向けて進んでいるかというと一歩も進んでいませんが、悪くもなっていない。つまり、景気が良くなった分、良かったという一時しのぎにすぎません。長期的な問題は何も解決していませんが、短期的には問題が急に悪化するという状態ではありません。ただ目標に掲げた2015年度の基礎的財政収支の赤字の半減に成功したと政府は言っていますが、危機的な状況だったリーマンショック直後の状態からの半減ですから、それは当たり前です。その先の目標である2020年の基礎的財政収支の黒字化達成は、普通に考えれば無理だと思います。この先も無理なところはどうしても進まないわけだから、長期的には何のいいこともないでしょう。
山田:日本の財政は、毎年、単年度で考えていますが、財政再建というのは中期的に再建の道筋を立てられているか、実質的に進んでいるのかを見なければ意味がありません。財政再建するには、増え続ける社会保障に受益と負担のリンケージを付けながら対応していくしかありません。負担を受益に合わせて増やすか、あるいは受益の部分をカットするかのどちらかしかない。ただ、今の日本国民は受益と負担の関係を正確に実感できなくなっている。なぜなら、国債でずっと付け回しているからです。
消費増税の先送りについては、考えようによっては上手く使えたと思います。当初は、消費増税を5%増税して、その内の1%を社会保障の充実に充て、残りの4%を安定化に充てる予定にしていた。まさに受益と負担の関係を一応はつけていたわけです。しかし、2%の引き上げを先送りにしたので、社会保障を充実してはいけないことになります。そこからさらに切り込んでいくことで、国民は受益と負担の関係に気づき、関係性を取り戻すチャンスだったと思います。そうしたことを、北欧のスウェーデンやデンマーク、またドイツはやっているわけです。だからこそ、受益と負担のリンケージの改革を今年度からやるべきだけれど、現状ではできていない。そうした点がなければ、中長期の視点は欠いていると言わざるを得ないと思います。
安倍政権が約束した「財政健全化目標」の策定は進むのか
工藤:鈴木さん、安倍政権は今年の夏に財政健全化に向けた計画を作れるのでしょうか。
鈴木:政府の資料や議論を見ると、まず2015年度のプライマリーバランス赤字半減についてはガラス細工のようにも見える計算をして達成できると言っています。半減目標や2020年度のプライマリーバランスの黒字化が本当に達成できたかどうかについては、それぞれ目標年次の数年後にならないとわかりません。黒字化目標について議論されている内容を見ると、財政健全化を3つのパートに分けて考えています。「成長による増収」、「歳出の削減」、そして「歳入改革」、つまり増税です。財政健全化計画を作る時に成長の部分をあまりに大きく見積もれば、それは循環的な改善なのか、構造的な改善なのかという議論が当然必要になります。景気循環的な改善が実現したとしても、景気が悪くなれば状況は再び悪化しますから、その点をどのように見るかが大きなポイントです。歳出に関しては、やはり社会保障費と地方財政をどう改革するかが重要です。
今回の財政健全化計画では、社会保障などの制度改革の内容が数字で具体的に説明されなければいけないと思います。実際にどのような改革を、どのような工程で実施していくのか、そして具体的にどの改革を行えば、どれくらい収支の改善に寄与するのかといった試算が示される必要もあるでしょう。それから歳入改革については、公平公正中立な税制改革を行う必要があります。2020年度に黒字化したあとも構造的な赤字化に陥ることを防ぐためには、今から消費税率10%の後のことについてもある程度議論を深めておかなければ、信頼性あるプランにはならないと思います。
小幡:内閣府の試算では、アベノミクスが成功して経済成長が順調に進んだシナリオでも達成が難しいという結果でした。さらに10%への消費税引き上げも遅れているので、普通に考えれば難しいでしょう。そして経済財政諮問会議で、ストックのことも考えなければならないとの意見が民間議員から出されました。つまり赤字というのはフローで、それに対してストックというのは債務対GDP比ということですが、ストックが順調に縮小しているかという両方の指標を見る必要があるという議論です。つまり、フローで達成できなくなってきているから、ストックが順調に減っている方向性であればいいというアピールのために出始めた意見ではないかという批判もあります。
もう1つ難しいのは、短期的な話ですが、「2017年問題」が挙げられます。つまり消費税の増税はこのままいけば2017年になります。その時、日銀がどう出るかによりますが、さすがに17年ごろには金融緩和もある程度の出口を迎えるはずです。そうすると17年に財政と金融がダブルで引き締められるという懸念があります。その山場を回避するためには、金融緩和が難しいとなれば財政が先送りになるだろうと予想されます。するとますますプライマリーバランス達成は絶望的でしょう。壮絶なる絶望になるでしょうね。
加えて、先程、2016年が危機になると発言しましたが、もう一度、消費税引き上げを先送りするのではないかということを危惧しています。10%への決定を昨年のような経済状況でも先送りしたので、2016年に今の経済状況よりも悪ければ、夏に参議院選挙もありますから、もう一度先送りの可能性は十分にあります。すると市場が円安から日本売りとなる展開もあり得ますし、金融政策のしわ寄せも来年顕在化してきて、八方ふさがりで国際市場のリスクが高まる可能性があります。それが16年ではないかと思っています。
受益と負担の関係の認識さえできれば、消費増税の雰囲気は醸成できるか
工藤:テロなどがあったとはいえ、国会の予算委員会を見ていても、財政再建について真剣な議論がありません。
山田:そうですね。金利がほとんどゼロなので、財政再建のプレッシャーがない。私は、景気が良くなくても消費増税を受け入れる国民の合意を作り出す以外の道はないと思っています。日本では消費増税をやると景気がすごく悪くなると言われます。もちろん引き上げた時は悪くなりますが、例えば北欧やドイツなどの国は、全体的に見るとそんなことはありません。
そもそも海外の場合は付加価値税といわれる消費税は、一旦、国民から政府が預かって、その多くを社会保障という形で国民に再分配しているだけなのです。だから単純に所得移転をやっているだけで、景気に対しては中長期で見れば中立です。むしろ消費性向が低い富裕者層から消費性向が高い低所得者に所得の再分配しているのです。ここまで言えば言い過ぎかもしれませんが、見方を変えれば、景気に対してある程度の刺激になるとも言えます。国民が社会保障と税の負担と受益の関係をしっかりと認識すれば、景気はそんなに良くなくても消費増税を受け入れる雰囲気を作ることは可能だと思っています。実際北欧もそうです。だからその状況を政府が作っていかない限り、財政というのはずっと発散し続けるのではないでしょうか。端的に言うと、2%のインフレ目標は、よほど原油価格が上がるなどの原因がない限りは、難しいと思います。成長率に関しても、実質成長率は1%がいいところではないでしょうか。だから名目成長率が2%ぐらいでも財政再建ができるという状況を作る必要があって、そのためには消費税は15%、場合によっては20%近く必要になります。繰り返しになりますが、社会保障と消費税の関係を国民がもっとしっかり認識するような状況を政治の責任で作っていくのが最大のポイントだと思います。
小幡:1点だけ違うと思うのは、日本の場合は北欧と異なって、社会保障を充実させすぎていて財源の手当てもないまま空約束でやっている点です。増税した分、更に所得再分配が増えるのではなく、約束していた所得再分配もできない可能性があります。国債を発行することで財源を賄っていて、それでも足りないからこそ仕方なく増税しています。だとすれば、その実感や認識は絶対に得られないと思いますよ。
山田:この点は議論があると思いますが、私は社会保障の体系が上手くいっているのは北欧だと思います。北欧では、社会保障給付は子育てや労働政策など、現役世代向けのものが多くなっていますが、日本は少ない。そして高齢世帯への給付に関しては日本はまだ効率化できると思っています。おっしゃるように、高齢世代のところの充実はかなり難しいので、増税がなければそこはむしろ不安定化するという表現になりますが、一方で現役世代向けで充実させる方は別途充実させることができると思います。
夏の財政再建計画が、どれだけ実効性の高いものになるかが問われている
工藤:山田さんや小幡さんが指摘されたような議論が政治の世界にないので、恐らく実現は難しいのではないかと感じました。今日の国会を見ていましたが、どうして解散したのかといったように全く去年と同じ議論をしていました。頭を切り替えて今年の夏の計画の策定はどうすれば可能なのか、といった点を誠実に政治の世界で議論していかなければ、もう間に合わないのではないか、と感じることがあります。安倍総理は選挙の時に財政再建の計画を出すと約束したわけですから、出さなければ完全な公約違反になります。
鈴木:もちろん、計画を出すと思います。但し、中身が、本当に実効性があるか、財政再建の実現性についてこれまでとは違う点があるかということが問題です。今のところの議論では、政府の歳出領域を見直すとか、公的分野の産業化を促すという言い方をしています。政府の資金不足幅を縮小させるためには、民間の資金余剰幅を縮小する必要があり、民間の動きとセットで考えなければ絶対に財政再建ができないのは確かです。そういう視点がどれくらい盛り込まれるかが重要で、例えばかつての「骨太方針2006」や「財政構造改革法」など、財政の世界だけで閉じた計画と異なるものになる可能性はあると思います。
工藤:歳出が96兆円で税収が54兆円なので40兆円ほど足りません。これが結局どうなってつじつまが合うのでしょうか。96兆円が60兆円に近づくのか、それとも税収が96兆円に近付くのでしょうか。
小幡:普通に考えればつじつまが合わず、どこかで破たんします。経済は破綻せずとも政府だけ何らかの調整を迫られるということはあるかもしれません。マイルドに言えば、間に縮小していくということです。歳出を10減らし、増税を10行い、景気が良くなって増収分が10というように、つじつまが合うとすれば3つ同時に少しずつやらざるを得ないでしょう。それが難しければつじつまが合わず、無理矢理に調整して、歳出が大幅に削減というように着地するという形になると思います。
工藤:結局、今の政治の論議では、消費増税を2017年に実施するとの議論に終始して、今みたいな話はなかなかありません。しかしここでの議論は、歳出カットや歳入改革も含めて行う必要があるという議論で、そうした議論が国民の見ている前で行われていません。現在の状況は心配ではないでしょうか。
山田:非常に心配です。ただ夏までにプライマリーバランスの黒字化の具体策を出すと言っているわけですから、何らかのものは出すのだと思います。そして、その計画を基点に議論を始めるしかないかなと思います。政治的には、4月に地方選もあるので、なかなか厳しいことも言いにくいでしょう。しかし、夏の段階では出すと宣言したわけですから、そこから本格的に、議論していくということかと思います。
工藤:わかりました。今日は今年起こり得る経済についての課題に焦点を当てて議論しました。予算を審議するための国会をベースにして、こういう議論が日本の政治の舞台で行われることを期待したいと思っています。
今日も議論にありましたが、結局、日本の構造をどのように変えて、どんな社会を目指すのか、そして政府はそのためにどういう役割を果たすのかが見えてきません。政府はある目的のために何を実現するのか、そしてどうやって進めるのか、という課題解決型の論争を進める段階にならないといけないと思います。今年、言論NPOはまさにそのための議論をやっていきたいと思っています。ということで2015年の議論は開始ですから、どんどん進めていきますので、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
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