2015年度予算を検証する

2015年3月06日

2015年3月6日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部准教授)
亀井善太郎(東京財団ディレクター(政策研究)・研究員)
矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所経済研究部 チーフエコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤:今の予算の編成という基本的な話をお聞きしたいのですが、昔は諮問会議が基本方針を決めて予算編成を行い、その後、財務省がシーリングをかけるなど、各省から様々な要求はあるものの、財務省がコントロールしている体制がありました。政府によっては、財政再建を意識して歳出の上限を決めるとか、「pay as you go(ペイアズユーゴー)」方式で、新規の支出や減税などを行う際に財源確保を義務づけ、収支のバランスを取るなどルールがありました。現政権ではそうした取り組みが機能しているのでしょうか。


財政再建を進めるための3つのポイント

小黒:民主党政権の時は特殊なやり方でしたが、現政権はかつての自民党のやり方に戻っていると言えます。通常の予算編成とは、まず予算のシーリングを行い、最初にどれくらいカットするかを決めた上で、成長戦略のために重視する予算の枠を作ることで、総額を作っていきます。その中で、主計局と他の官庁との間で予算編成をやっていくやり方です。つまり、平時モードの予算編成に戻ったということです。昔の諮問会議が決定した2006年の「骨太の方針」では、各予算にどれくらい切り込むかが予め決まっていました。最も分かりやすいのが社会保障分野でした。当時は自然増で毎年1兆円ずつ増えていた社会保障関係費を2200億円ずつ切るという枠組みをはめたことがあります。そうした歳出のフレームを作るやり方は、現状取っていません。また、骨太2006は非常に長いタームで考え、例えば公務員の人件費をどれくらい削減するかなど、様々な分野に切り込む目標や総額を決めましたが、現政権ではそういう形ではやっていないのが実情です。

工藤:内閣府が、仮にアベノミクスが成功したとしても、基礎的財政収支の赤字を埋めるためには、まだかなりのギャップがあると、シミュレーション出しています。本来であればその試算結果をベースにして、司令塔である諮問会議で政府の方針を決めていきます。財務省は財務省で、本来であれば財政の規律を守るために意地でも財政赤字を止めるという行動があってもおかしくはありませんが、そういった話を全く聞きません。何が上手くいっていないのでしょうか。

矢嶋:結局は、国民の後押しが全くないからだと思います。国民の後押しがあれば財務省も政治も動くと思いますが、それがないために、結局、若い人にツケを回しているだけです。今は世代会計の話がほとんどなく、たとえば若い世代がこの5年間でどれだけ自分の負担が増加したかはほとんどわかりません。すると不満の声も出ません。財務省も規律は大切だと言いますが、誰も不満の声を上げないので、そのままにして、先送りしてしまっている状況だと思います。

工藤:確かに現状はそうですが、前回の選挙の時に、自民党は「財政規律を守ります」、「今年の夏には財政規律のための計画を出します」と公約しました。財政規律が主要なアジェンダとして浮上したのだと思いますが、それに対しての取組みは進んでいるのでしょうか。

亀井:取り組んではいます。政府では経済財政諮問会議でどうするか議論がなされていて、その方針を受けて内閣府はプランを練っている段階だと思います。党でも、財政再建に関する特命委員会が設置されて、骨太の方針につながるような、成長主導で行うという議論がされていると思います。しかし、財政再建については、日本は全部「運用」の中でやりたがる傾向があります。制度対応をしたがりません。世界各国の1990年代以降の経験では、財政に関する法律を、国民主権のもとで、きちんとつくり、財政をガバナンスしてきたというのが1つ目の重要なポイントです。それから政府が自分でお手盛りで数字を作るのではなく客観的な数字をたたかわせる、独立財政機関や独立推計機関をしっかりと使うことが2つ目のポイントです。それからもう1つは、小黒さんが先程述べられたように、複数年度で計画し、運用していくことです。日本の場合は、憲法で予算の単年度主義が決まっているので、運用上の工夫が必要ですが。以上の3点を遵守した上で、定量的な話と定性的な話がセットになって財政再建をパッケージ化するべきなのですが、これが全くありません。
かつて1997年橋本内閣下での「財政構造改革法」でもありましたし、あるいは自民党が野党時代に、谷垣総裁や林政調会長代理たちが「財政責任法」を作ろうとしたことはありました。そのような枠組みが提示されるものの、与党になるとこれが軽視されてしまうことが極めて問題です。先程も話しましたが、どうしても国民の支持がないと政治が動くことができない。つまり、民主主義、デモクラシーの問題なのです。しかし政治が機能しない時でも動かせるという枠組みをきちんと作り上げることが各国の経験としてあるのですから、その点について日本は学ぶべきだと思います。


「財政再建」、「財政破たん」とはどういう状態を指すのか

工藤:今の3つのポイントは是非やって欲しいと思いました。ここで有識者のアンケートを紹介したいのですが、「財政再建」というが、「再建」がそもそも何を意味しているのか分からない、それから財政破たんの「破たん」の意味がはっきりしないという声がありました。小黒さんどうでしょうか。

小黒:財政再建は財政破たんとセットで考える必要があって、基本的に最も分かりやすい指標でいえば、「GDP比でみた債務残高が発散しない状態」で、安定したレベルにあることです。ただあまりにも高いレベルに落ち着くのも問題です。現状、日本は2倍ですが、例えばGDP比でみて債務が5倍、10倍の状態は大きな問題です。あまりに大きいと金利上昇にともなって利払い費が増加することになり、税収が全く足りなくなり限界がきてしまう。例えば今1000兆円の債務があって、金利が1%なので約10兆円の利払いで済んでいます。ただ、平時の国債の利払いは4~5%くらいなので、仮にそうなると仮定すると税収のほぼ全ての50兆円が利払いになってしまう。ですから、ボリューム感も考える必要があります。それが適当な位置で落ち着いていれば財政再建できていると言えます。通常で考えれば、150%とか100%ぐらいが適正で、200%は多いと思います。それから財政破たんは、単刀直入にいえば「国債が売れなくなる」ことです。財務省が国債の入札をかけても誰も買ってくれなくなることが、最も危険と言えます。

工藤:財政再建というのは発散しない状況ということですね。これについては、昔、財政制度等審議会でシミュレーションやりましたよね。

矢嶋:財政審でやりました。1990年代の初めから様々なシミュレーションを行っていて、100%、150%、200%の場合でシミュレーションしましたが、どこを通過しても「発散しない」結果になりました。麻生さんは、これをオオカミ少年だと言っています。

工藤:結果としては「発散しない」ということでしたか。


矢嶋:対GDP比でどの水準までいくと危ないという議論がありましたが、結局その水準を超えても金利が上っていない、だから財政破たんのルートに乗らないということになりました。

 今、日銀の緩和がすごい状況まで来ているのに、市場のアレルギーを示す金利上昇が出てきていません。そこが財政破たんの危機意識を遠くに押しやっている。その結果、今、破たんの定義がすごく曖昧になってきているという印象は受けますね。

 日銀がこのペースで国債の購入を続けると、2019年頃には買う国債がなくなる状況まできていると言われています。本来であれば出口をみつけなければいけませんが、何とかしなければならないという危機意識がなくなってしまっている状況だと思います。

工藤:かなり異常な状態で財政ファイナンスを続けている状況下で、マーケットコントロールで金利を下げて発散をおさえていますが、本当はかなり厳しい状況が続いているということですよね。亀井さんどうでしょうか。

亀井:基本的には財政再建や財政健全化ができているというのは、借金がコントロールされている状態にあるということ、コントロールされながらだんだんと債務が収束していく状態だということです。そして対GDP比の話以外にも、もう1つ考慮するポイントは、債務の絶対量がどれくらいかということです。これは支払利息の実額そのものにも影響してきます。アメリカでは債務が対GDP比で100%を超えて大騒ぎになっているし、他の国々でも同じです。それを超えて200%の規模になっているのは日本くらいです。これをどこまで小さくしていくかが先々の目標です。それは定量的、定性的の両方の側面から見ることが重要ですが、具体的な歳出削減の項目や税収増というアプローチと仕組みづくりの両面からコントロールできているという状態が極めて大事です。それから、「破たん」が何を意味するかというと、実はこれは難しい。いわゆる格付け会社が格付けを大きく下げたときに起こるのではないのではないかというのが以前の話でした。現在の、実質、日銀による財政ファイナンスがされている状態では、通貨の価値が非常に安くなり、例えば土地を海外勢に買われるとか、大事な資産を買われる。すると結果的に次世代の人が頑張って稼いでもそれを海外に持っていかれることになります。これについても問題を先送りしていることに気が付く必要があります。

工藤:昔は国債を民間がたくさん買い入れていました。現状も、民間が買ってはいますが、その後、全部日銀が買い上げてくれるからという状況です。そうなってくると、マーケットが日銀も考慮し始めているという状況ですよね。


日銀・黒田総裁の任期が終わる2018年が日本経済のターニングポイント

小黒:一番重要なのは、日銀との関係、特に財政との関係があるのですが、2017年-19年頃がターニングポイントになると思います。ただ、市場では異次元緩和の限界がくるのが「2017年-2019年」という噂もあり、日本銀行が購入する国債がなくなるという年がいつなのか、という視点も重要だと思います。その前年の2018年には黒田日銀総裁の任期が切れます。現在、日銀が最終的に国債を買うという安心の下に成り立っていますが、総裁の交代によって入札で国債を買い続けるという循環メカニズムが壊れると怖い状況になります。

工藤:伸びるかもしれませんが、その頃に、安倍首相の任期も終わりになりますよね。そうすると、次のことも考えなければ政策が不連続になってしまう可能性もありますよね。

小黒:安倍首相の任期と黒田総裁の任期が一緒にやってきますが、どちらが怖いかといえば、黒田さんが変わるのが怖いと思っています。

亀井:同感です。12月27日や2月12日の経済財政諮問会議での、黒田総裁の発言を見ていると良くわかります。黒田総裁は、安倍首相が消費税増税の梯子を外さないと思って、黒田バズーカを発射しました。ところが消費税を先送りする形でその梯子を外しました。日銀からすると、買った国債の償還が保障されるという財政の仕組みが機能していなければ、自分たちが保有する国債等の資産価値を損ない、バランスシートが毀損する恐れがあります。これは、日銀単体として、また金融政策をつかさどる総裁として、公共政策に関わる1人の人間として、かなり責任あるご発言をされていると感じています。経済財政諮問会議の議論はふわふわしたところに行きがちなのですが、黒田総裁や麻生大臣の発言は、かなりピン止めされていました。それが現政権の重石として機能しているので、それすら無くなってしまえば、かなり危険な状況になると思います。また民間議員がかなりふわふわした方向にいってしまっているので、率直に言ってかなり危ないと思います。

工藤:先程の小黒さんの話に、比率ではなく総額のボリューム感の話がありましたが、限界がくる水準というのはどのあたりでしょうか。

小黒:限界については、金利との兼ね合いもあるので一概には言えません。例えば、金利が平常時の4~5%に戻ってしまえば、8年間くらいかけて利払い費が50兆ぐらいになります。現在は年間で言うと10兆円の利払いですから、3、4兆ずつ増えていくことになり、かなり厳しいと思います。

工藤:今の200%ももう危ない段階ですよね。

小黒:これはトートロジーになりますが、今は日本銀行が異次元緩和で長期金利を低下させている状態なので、とりあえずは安心できる状態だと思います。

矢嶋:私は限界だと思います。今年怖いなと感じていることは、既に機関投資家が、金利がゼロ状態ということもあり、国債を売って外への投資をどんどんやり始めていることです。これは日銀がいう「ポートフォリオリバランス」のためにしたのですが、それを進めるということは、その機関投資家が吐き出した国債を日銀はまた買わないといけない。そうすると日銀の購入量が目標よりもさらに増えていく可能性があります。ですから、財政の規律を守らなければ、2018年まで持つかどうかも危険な状態になっていると思います。

工藤:そうした異常な状況でやっているということが、財政当局も含めて、早く規律をつくっていかなければならないということですよね。先ほど、亀井さんが3つのポイントを指摘してくれましたが、そうしたことをやればいいのに、なかなかそうはならない。

亀井:なぜかと考えるのですが、政治家の任期が短期化しているという問題があると思います。結果的に選挙が刻まれてしまっていることは非常に罪深く、形式上は4年の任期があるのに、今は解散が頻繁に行われているので実質的に2年の任期になると多くの衆議院議員は感じています。実際、次の選挙が2年後にあると思っている議員は多いわけですから。すると国家全体のことを10年のスパンで考えるよりも、地元のことのみを短期的にしか考えなくなり、国家的かつ長期的な視野を持つ議員が少なくなっている。だから財政を懸念する議員はものすごく少ないし、国民自身もそこまで関心を持っていない。私は、財政は想像力の賜物だと思っています。財政破たんが起きた時にどうなるか、次の世代はどういう思いをするか、ということをいかに考えられるかが重要だと思います。


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