2015年度予算を検証する

2015年3月06日

2015年3月6日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部准教授)
亀井善太郎(東京財団ディレクター(政策研究)・研究員)
矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所経済研究部 チーフエコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 3月6日放送の言論スタジオでは、「2015年度予算を検証する」と題して、小黒一正氏(法政大学経済学部准教授)、亀井善太郎氏(東京財団ディレクター研究員、元衆議院議員)、矢嶋康次氏(ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト)をゲストにお迎えして議論を行いました。


今回の予算への評価は非常に厳しいものに

工藤泰志 まず司会の工藤から、今回の議論に先立って行われたアンケートでは、有識者の半数以上が今回の予算案に対して否定的に評価していることが紹介されました。次に、安倍首相が言うように、この予算案が「経済再生、財政健全化を同時に達成するのに資する予算になった」と判断している有識者は8%に過ぎず、財政健全化には真剣に取り組んでいないと見ている有識者が8割近いことが紹介されました。

 この結果を受けてまず、小黒氏は「予算が膨張しているので、短期的には、真剣に財政再建をして歳出の抑制に努めているのかわからない予算である」と評価。
続いて矢嶋氏は、民主党政権時にはできなかった歳入増を達成したことや、ネットでみて財政再建に資する国債発行額を減らしたことには一定の評価をした上で、「中長期の財政再建に向かうためには、今回の予算で試金石になるものがなかった」と述べ、さらに、「ここ1か月くらいで雰囲気が変わり、プライマリーバランスの黒字化についての話がトーンダウンしてきている印象が強くある」と語りました。

 これを受けて、亀井氏も「経済財政諮問会議での議論を見ると、財政再建よりも経済再生に軸足が移っているという感覚がある」と述べた上で、自民党の「財政再建に関する特命委員会」の議論がどうなっていくかが財政再建における今後の大きなポイントになると予想しました。

 ここで工藤が「なぜ、そのように雰囲気が変わってきたのか」と尋ねると、小黒氏は、「消費増税の先送りなどにより、2020年度にプライマリーバランスを黒字化するという政府目標の達成は難しくなっている。そこで、プライマリーバランスを目的にするのではなく、GDP比でみた債務残高を考える方向になったのではないか」と分析しました。


 続いて、工藤は「安倍政権は社会保障の改革や財政再建化プランを打ち出す方針を示していたので、日本の政治が本格的に課題解決に取り組みつつあると多少期待していたが、やはりそれは難しかったのか」と問いかけました。

 これに対して亀井氏は、日本の財政における構造的な問題を指摘しました。まず、海外では「財政責任法」などを作り、政治がどんなに揺れたとしても、きちんとした枠組みで財政運営をする、という仕組みを作っているが、「日本では財政再建や社会保障改革に対して『属人的』、例えば、与謝野馨氏など個人の力量に基づく取り組みになっていた」と指摘。さらに、「日本では、シルバー民主主義、つまり高齢者の投票率や投票数が多く、高齢者に不人気の政策は全く実現しないという問題がある。その結果、政治は財政再建や社会保障改革に積極的に取り組まない」と分析しました。


膨張し続ける歳出を止める術はないのか

 その後、議論は予算構造についての話に移りました。まず工藤が「歳出規模がリーマンショック以降高止まりしたままの構造を変えることはできないのか」と問いかけると、小黒氏は、「一般会計およそ96兆円のうち、30兆円が社会保障費。他にある程度融通の利く政策経費はおよそ30兆円しかないが、その30兆円には防衛関係の予算などがあって、実際、裁量的にカットできる予算はおよそ10兆円程度である。したがって、やはり最も大きい社会保障費を見直さなければ、予算の膨張というのは止められない」と述べました。その上で、小黒氏は政府内ではこの点について「政府内でそういうアジェンダ設定にはなっていない」と指摘しました。

 亀井氏は日本政治の観点から、「日本の政治は財政破たんに対する危機感が全くない。自民党も民主党も、財政規模ベースでいうと考え方はほとんど変わらない。だから国民から見ても選択肢がない」と述べました。

 これらの議論を受けて工藤が、「財政再建を意識して歳出の上限を決めるとか、あるいは『pay as you go(ペイアズユーゴー)』方式で新規の支出や減税などを行う際に財源確保を義務づけ、収支のバランスを取るとされている。そうした取り組みは現政権ではなされていないのか」と尋ねると、小黒氏は「自然増で毎年1兆円ずつ増えていた社会保障関係費を2200億円ずつ切るという枠組みをはめた2006年の『骨太の方針』のような、抜本的な歳出のフレームを作るやり方はやっていない」と説明しました。

 矢嶋氏は、「若い世代はどれだけ自分の負担が増加したかなどはほとんどわからない状況で、わからないから不満の声も出さない。財務省も規律は大切だというが、誰も不満の声を上げないので、問題を先送りしてしまっている」と主張しました。また、「補正予算が組まれることで、会社で言えば決算が良く見えず何が会計なのかも判然としないという質問を良く受ける」と述べ、予算について、何が本当の姿なのかわからないために、国民もだんだんと関心を示さなくなってきたという予算の構造自体の問題点を指摘しました。

 これらの議論を受けて亀井氏は、財政再建を進めるためには、①法律による財政のガバナンス、
②独立財政機関や独立推計機関の設立と活用、③複数年度での財政運営が必要、と3つのポイントを提示し、「国民の支持がないと政治も動くことができない。しかし、諸外国の経験に倣い、政治が機能しない時でも動く枠組みをきちんと作り上げるべき」と主張しました。


ターニングポイントは日銀総裁の任期が切れる2018年

 ここで、工藤からアンケートの中で、有識者から財政再建の「再建」とは何を意味しているのか、財政破たんの「破たん」の意味がはっきりしないとの声が寄せられたことが紹介されると、小黒氏は「財政再建は財政破たんとセットで考える必要があり、基本的に最も分かりやすい指標では『GDP比でみた債務残高が発散しない状態』で、安定したレベルにあること。それから財政破たんは、端的には『国債が売れなくなる』こと」と解説しました。

 矢嶋氏は、「アベノミクスによって日銀の緩和がすごい状況まで来ているのに、市場のアレルギー反応を示す金利上昇が出てきていない。そこが財政破たんの危機意識を遠くに押しやっている。だからこそ破たんの定義がすごく曖昧になってきている」とした上で、「日銀がこのペースで国債の購入を続けると、2019年には買う国債がなくなる状況まできている。それでも何とかしなければならないという危機意識もなくなってしまっている」と警鐘を鳴らしました。
小黒氏はこれを受けて、その2019年の1年前の2018年がターニングポイントになるとの見方を示しました。その理由として、「2018年は日銀総裁の任期が切れる。現在、日銀が最終的に国債を買うという安心の下に成り立っているが、総裁の交代によって入札で国債を買い続けるという循環メカニズムが壊れる恐れがある」と指摘しました。

 亀井氏もこれに同意し、「経済財政諮問会議の議論を見ると、黒田総裁は金融政策をつかさどる総裁として、かなり責任ある発言をしている。それが現政権の重石として機能しているので、それがなくなってしまえばかなり危険な状況になる」と述べました。


今夏の財政再建計画には、膨張する社会保障費を削る具体的な改革案を

 続いて、政府が掲げている「国と地方の基礎的財政収支を2020年度に黒字化する」という目標を達成するためには具体的に何が必要なのかについて議論がなされました。
亀井氏は内閣府の試算を前提として、「アベノミクスがうまくいくという仮定でも9.4兆円も足りない。これは全予算の約1割に相当するため、かなり難しい。社会保障改革でこれまで先送りしたもの、例えば現役並みの所得の高齢者の医療費負担を現役並みにすることなどをきちんと前倒しでやったとしても難しい」と主張しました。

 矢嶋氏は自身の推計として「経済成長実質2%、名目3%、さらに政府がいう消費税を10%で止めることを前提としてシミュレーションをすると、歳出を毎年4000億円削らなければならない。これは現実的に難しい」とした上で、「6月をめどにまとめる経済財政運営の基本方針(骨太の方針)では、目標達成に向けた財政再建策を盛り込む予定だが、ここで伸びている部分を少しでも抑えることが政治的にできるかどうか。具体的な改革案が示されないと市場からもいい加減見放される可能性もある」と語りました。

 小黒氏は2020年以降も視野に入れ、「2020年から2025年に団塊の世代が全員、75歳以上の後期高齢者になる。そうすると現在、50兆円の医療費、介護費が2025年にはおよそ1.4倍の70兆円になる。プライマリーバランスの黒字化まで考えれば、かなり踏み込んだ改革をしないと難しい」と主張しました。

 これを受けて矢嶋氏は、「社会保障に関しては国がすべてを面倒みるというのは、現実的には無理がある。規制緩和も含めて民間開放をやるということをどこかで決断しないといけない」と語りました。


財政再建を実現するためにも、有権者の危機意識の醸成が急務

 最後に、財政再建に向って、日本の政治はどうあるべきかについて議論がなされました。亀井氏は、「具体的に何を削かるかとなると、例えば診療報酬を変えたり、薬価を大きく引き下げたりする必要があるが、そこでは自民党の業界団体とぶつかることになる」と指摘した上で、今の政治にはその覚悟がないと断じました。そこで「シンクタンクやメディアの役割は大きくなる。特に、メディアに関しては、財政問題について少し長い目を持って報道していくことや、世の中に提起していくべき」と訴えました。

 矢嶋氏は「国民レベルで危機意識を醸成するということが必要なので、世代会計がポイントになる。自分がどれくらいお金をもらっているという話は危機意識を醸成しやすい。特に、財政再建の法制化を後押しするのは国民の役割なので、その危機意識の醸成や自分が置かれている立場をきっちり把握できるような情報開示が最も大事だ」と主張しました。

 小黒氏は、「『政治』という観点から言えば、最後は民主主義に話に行き着く。1人の政治家に頼ってうまく回していく方法ではなく、しっかりした制度を作っていく必要がある。そのためには長期的な財政推計をベースにしながらみんなで議論できる基本的なインフラを作ることがまず重要なのではないか」と語りました。

 議論を受けて工藤は、今回の予算案をみて、日本の財政再建は難しいと考えている有識者が8割を超えたアンケート結果を紹介しつつ、「その危機感が投票行動や選挙の政治をバックアップする大きな世論形成につながっていない。政治は全体責任であるし、有権者自身にも責任が問われるので、この国のデモクラシーのあり方も考える必要があるし、長期的な日本の将来像も含めて、言論界の議論をもう一度建てなおさなければならない」と述べ、議論を締めくくりました。


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