アジアインフラ投資銀行設立が、日本経済・外交に与える影響とは

2015年4月24日

2015年4月24日(金)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、前アジア開発銀行研究所所長)
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 4月24日放送の言論スタジオでは、「アジアインフラ投資銀行設立が、日本経済・外交に与える影響とは」と題して、河合正弘氏(東京大学公共政策大学院特任教授、前アジア開発銀行研究所所長)、高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)をゲストにお迎えして活発な議論を行いました。


有識者の間でも評価が分かれる、AIIBへの参加問題

工藤泰志 議論の冒頭、まず司会の工藤が、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(以下、AIIB)に57カ国が参加を決めた一方で、日本はアメリカと同様に参加を見送る決定をしたことに触れ、議論に先立って実施された有識者アンケートでも、「参加すべき」と「参加すべきでない」との意見がそれぞれ約4割で大きく割れたことなどが紹介されました。

 宮本氏は「中国の出方やAIIBの建て付けがまだ不透明な以上、今回の参加見送りは正しいと思う。参加した欧州諸国を代理人としながら、日米が外からの影響力を行使し、AIIBをより国際的で良好な国際機関に誘導するという戦術も悪くはない」と主張しました。

 一方、河合氏は「AIIBの設立協定の策定作業に参加したとしても、6月に創立協定に署名しなければならないという決まりはない。日本もイギリスやドイツなど、G7諸国が参加表明した段階で、少なくとも交渉には参加して、日本の立場を主張するべきだった」と指摘しました。高原氏も「中国は先進国から様々なノウハウを学びながら、自身が主導する国際金融機関を成功させたいと思っている。そうした中で、欧州諸国と同様に日本も参加し、内からよりよい国際金融機関にするために意見すべきだった」と主張しました。

 続いて「中国のAIIB設立も含めて、日本はこれに対応する戦術を描いていたのか」との質問に河合氏は、「3月半ばにG7メンバーを含めた欧州勢が参加表明することは想定しておらず、3月末までに対応策を練ることはできなかった。さらに日中間の首脳関係が良好でない状態が長く続いたため、AIIBに関して首脳レベルで議論できておらず、対応が遅れてしまったのではないか」と分析しました。


AIIBへの参加の対応が分かれた背景に、中国に対する発想の違いがある

 次に、有識者アンケートでAIIBの設立にどのような懸念を感じているかを尋ねたところ「AIIBのガバナンス体制の不透明さ」や「AIIBがどのようなインフラ戦略を持っているかの説明がなく、中国のインフラ戦略『一帯一路』構想に使われるのではないか」と懸念の声が依然として大きいことを工藤が紹介し、「そもそも中国はなぜAIIBの設立を目指したのか」と問いかけました。

 これに対して、高原氏は、世界的に莫大なインフラ需要があるのにも関わらず、世界銀行やアジア開発銀行など既存の国際機関では十分に対応できていないこと、中国国内で余剰の資金、建設能力、生産能力を国外で利用したい、という2つの理由を指摘。その上で、今回の参加国の対応が分かれたことについて、「中国の力をどう使うかという発想がある国と、そうではなく中国と対抗するという発想がある国の違いが根底にある」と本質的な論点を指摘しました。

 さらに宮本氏は「これまで中国は、東アジアという太平洋を向いた国家であるという自己認識だったが、世界大国になるという野心が実現した今、一帯一路と呼ばれるユーラシア国家であるという自己認識に移り、そこに自分たちの発展の道を考え始めた。その構想を支える枠組みの1つとしてAIIBの設立を決めたのだと思う」と中国情勢を分析しました。


国際社会が中国の持つ力や地位に敬意を払いながら、誘導することは可能

 続いて、アメリカと中国のパワーバランスの変動が、国際社会にどのような影響を与えうるかについて議論が進みました。有識者アンケートで、AIIBへの参加を一貫して反対していたアメリカへの評価について尋ねたところ、「米国は国際金融の現状で、主導権を取る意欲がない」(34.3%)、「米国の今回のAIIBに対する対応は孤立を深める結果となった」(25.0%)と、否定的な意見が多数を占め、「米国の対応は理解できる」との回答は25.9%にとどまりました。こうした国際政治の展開をどう見るべきか問いかけがなされました。

 宮本氏は、総体的にアメリカの力が落ちているのは事実であると指摘した上で、米国の政治学者であるフランシス・フクヤマ氏の論文を紹介しながら、「新興国がアメリカにとって代わることはないものの、アメリカの三権分立(立法、司法、行政)が機能不全に陥るなど、アメリカ自身が国内問題で躓いている。これは世界にとっても深刻な問題だ」と指摘。

 河合氏は「経済規模がアメリカに近づきつつあるほどを猛烈に成長している中国が、国際金融システムの中で重要な役割を望むのは当然であり、今回のAIIB設立は、中国が国際金融の制度やルールを学ぶ良い機会であり、アメリカのネガティブな反応もいずれ建設的な態度に変わっていくのではないか」と肯定的に評価しました。

 その後、工藤から「厳密なルールに基づいた運営が求められる国際金融の分野において、中国がリーダーシップを発揮することが可能なのか」と問いかけれらた高原氏は、世の中経済だけではなく、政治、外交、安全保障が全て連動していると語った上で、「中国が南シナ海での島の埋め立てや滑走路の建設など、安全保障という観点でルールに基づいた行動をとっていないことが、今回のAIIB構想で、アメリカや日本、その他の国々の疑念を強めている側面がある。そうした現状をということ中国側はより理解する必要がある」と指摘しました。

 宮本氏は「中国国民は、国力が強くなれば皆が、頭を下げて近寄ってくると錯覚している節があるが、世界のルールの中では、そのようなことでは通用しない。そうしたことを理解しなければ、多くの国が中国から離れていく」と警鐘を鳴らす一方で、「国際社会において中国が目指すグランドデザインが中国自身も明確でない今だからこそ、国際社会が中国の持つ力や地位に敬意を払いながら、良き方向に誘導することも可能だ」と指摘しました。


IMFやADBなど、既存の国際組織の新興国への対応も遅れている

 そして、アジアのインフラ需要についても議論が及びました。河合氏は、2009年にアジア開発銀行研究所が行った研究結果で、2010年から2020年の間に、アジアで8.3兆ドル(約1000兆円)のインフラ需要が生まれるとの結果を紹介した上で、「こうした需要は世界銀行やアジア開発銀行(ADB)だけでは満たせず、仮にAIIBが設立されたとしても満たせない。だから民間資金を大量に取り込みながら、インフラ投資を増やしていく仕組みが重要である」と、これからのアジアの課題について言及しました。
 ここで工藤が「中国は既存の国際通貨基金(IMF)やADBという国際組織での出資シェアに見合う影響力を増やなどの対応を行っているのか」と問うと、河合氏は「中国は働きかけているが、主導権を持つ国が柔軟に対応しないことが中国のフラストレーションを高めているのだと思う」と、国際社会の課題についても指摘しました。


混迷する国際社会で、日本はどう行動すべきか

 最後に、AIIBという新しい国際金融組織ができるなど、世界の潮流の大きな変化を念頭に、「日本が出来ることは何だと思うか」と問いかけがなされました。宮本氏は、「戦後平和と繁栄を支えたリベラルエコノミーとリベラルデモクラシーという理念は変わらない。こうした理念を支えてきたアメリカに協力していくとともに、日本自身がそうした理念を強化し、リーダーシップを取る覚悟を固め、主体的に多様な価値を取り込みつつ世界に発信していくことが重要である」と語りました。また、特に日中関係については「日中は関係が悪くなれば対話が途絶えてしまうが、本来は問題あればあるほど対話が強化されるべき。日中が意思疎通を頻繁に行う状況を早急に作る必要がある」と言及しました。高原氏も宮本氏の意見に賛同し、「これまではアメリカに任せておけばよいという考えが強すぎたが、自ら長期的かつ歴史的な展望を考慮したアイデアを出して、周りに働きかけていくというは層を持つことが重要だ」と指摘しました。

 そして河合氏は「日本抜きで中国とアジアの途上国が、アジアのインフラ作りを進めるのは決して望ましくない。日本のこれまでの知見を提供しながら、日中が連携して取り組む必要がある」と主張しました。高原氏も、日本が持つノウハウや経験を活かしていくことに賛同し、「『協調』と『競争』のバランスを取ることが重要。問題が起きた時に競争一色に染まるのではなく建設的な議論を追求することが大事だ」と指摘しました。

 工藤はこうした議論を受けて、「10月に北京で開催される中国との対話のテーマも固まってきたように思う。政府の外交がまだ頼りないからこそ民間が努力する必要があり、アジアの新しい秩序作りのために、日中の対話も含め様々な対話を行っていきたい」と決意を新たにして、白熱した議論に幕を下ろしました。


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