大国関係と国家主権の未来 ~ウクライナ問題を考える~

2015年5月08日

2015年5月8日(金)
出演者:
河東哲夫(Japan World Trends代表)
下斗米伸夫(法政大学法学部教授)
西谷公明(国際経済研究所理事・シニアフェロー)
廣瀬陽子(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

ウクライナ問題の解決策は

未だ国民国家として未成熟なウクライナ

工藤:それでは最終的にこのウクライナ問題をどのように解決するかに話を移していきます。これまでのお話では、これまでの国際政治秩序は主権や領土を認めることで成り立ち、その仕組みの後ろには大国間のパワーが機能していたが、冷戦が終結し更にアメリカのパワーも相対的に小さくなる中で、主権国家を守る仕組みにほころびが生じ始めているということでした。再度、国際的平和秩序を安定させるための仕組みづくりが必要ですが、全くそこに向かえない状況だからこそ、現在の混乱が生じています。

下斗米:ウクライナは、まず国民国家を形成する必要がありますが、言語、文化、宗教、アイデンティティがばらばらで、そもそも国民としてのアイデンティティが定かではない。またウクライナでは国軍が機能しておらず、国軍の代わりに30から40の民間防衛組織が今でも続いています。これらの民間防衛組織を、ポロシェンコ大統領は統合しようとしていますが、上手くいっているとは思いません。したがって国家のメルトダウンが進行している上に、現政権を支える政府や大統領、そしてオリガルヒの間に亀裂が生じています。ロシアが紛争から一時的に手を引いているからこそ、その亀裂が生まれているとも言えます。私はポロシェンコ大統領は比較的良い大統領だとは思います。ただ彼が憲法改正する力を持つためには、もう少し経済や政治の統合を進める必要がありますが、まだその兆しは見えてきません。

河東:アメリカのパワーが落ちたと言われますが、戦後の歴史ではアメリカは伸びたり縮んだりの繰り返しで、現在でも実質的にはそれほど変わっていません。現状は、ブッシュJr大統領がアメリカ一極体制下、調子に乗りすぎた結果です。結果、イラクで大きな損害を被った上に、リーマンブラザーズ破綻もイラク戦争のためにお金をすり過ぎた煽りを受けたから起こりました。だからこそオバマ大統領は軍事介入を控えています。しかしながらアメリカ軍は世界で最も強大で、軍事介入する力は断トツで有しているので、そこを見誤ってはいけません。

 日本の場合、何をすべきか、と言うと、地理的に日本から遠く離れたウクライナについて、解決策を見出さないまま騒いでいても仕方がないですし、かといってあからさまに追認するのもいただけません。議論してもらちは飽きませんが、この問題については国連組織等で議論し続けることをしっかりと主張することが大事です。そして例えば、北方領土問題に関連させて、クリミアを国連に信託統治するように提案することなども考えられるでしょう。ただ日本周辺地域では絶対に主権の侵害は認めてはならず、そのために外交や軍事バランスの維持にきちんと努めることです。いかにこの状況を利用するかを考えるのも重要な視点です。

工藤:アメリカは、ロシアのウクライナに対する措置を武力で抑えることが可能だったのでしょうか。

廣瀬:仮に可能だったとしても、本気でやる気にはならないだろうと思います。

工藤:ウクライナはもともと核を有していましたが、ブダペスト合意でそれを放棄し、周辺の核保有大国はそれに対して介入しないという合意がありました。今回の事件は、その合意が守られずに核保有国が核を持たない国に対して侵攻しているという見方もできます。これについては、国際社会でどう対処できたのでしょうか。

廣瀬:今回の危機が起きてから、ウクライナが核を放棄したのは間違いであったという意見が目立つようになっていました。ウクライナ危機に際し、本来であれば、覚書に則り、欧米やロシアもウクライナの安全保障を確保すべき状況がありました。しかし実際には、ロシアが侵攻してきて、それでも欧米は口を出すだけで、ウクライナの安全保障が守られなかったことから、ウクライナ国民の間では落胆があります。その一方で、ヤヌコビッチ前大統領の時代に、中国とウクライナは条約を結び、その中には、中国がウクライナに対して核の傘を提供するという文言もありました。中国が想定するウクライナに核を使用する可能性がある国の筆頭は、ロシアに相違ありません。しかも、はロシアを見越してこのような行動に出た側面もあると考えられますが、このような状況から、今後の国際政治ないしグローバルポリティクスは核兵器にも大きな影響を受けていくと。

工藤:西谷さんは経済に携わってこられましたが、このウクライナ問題を国際政治上の歴史的な大きな流れの中で見ると、どんなふうに映るのでしょうか。

西谷:難しい質問です。もう一度ソ連解体後を長いスパンで振り返ると、様々な国が新しく生まれました。大きく分けると、資源を持てる国と持たざる国です。ある意味不公平な状態から出発したとも言えます。資源を持てる国は、ロシアに依存しなくとも自分たちのフリーハンドで国家を運営できる一方で、コーカサスのグルジア、モルドバやウクライナなどの資源を持たざる国は、ロシアからどのように距離を保つか苦心して、欧米の安全保障の傘に駆け込む流れがずっとありました。そうした安全保障上の構造が、経済基盤の弱さとこの国の行く末にも大きな影を落としていると言えます。

 もう一つ、確かにウクライナ政権は自らを革命政権、中央政府であると主張しても、依然として全土を掌握できていません。ただ、ロシアはおそらく制圧できていない状況そのものを狙っているのかもしれません。現在停戦状態にあると言われますが、停戦は現地での戦闘の停止であって、真の安定や和平ではありません。その和平の状態をどう作るのかは、ウクライナはとても難しい課題を世界に提示しています。一言申し上げておきますと、ポロシェンコ政権も頑張っています。その中で、国際社会がどのように支え、真の和平に導いていくかが非常に重要です。すぐには解決できずに時間がかかると思います。


「真の和平」を実現するためには、西側諸国による実のある支援が不可欠

工藤:非常に素晴らしいまとめをいただきました。さて、ロシアが最終的に何をしたいのかが分かりません。ウクライナの情勢不安を維持し、NATOに向かわないためにたびたび干渉できれば良いのでしょうか。ただ不安定な状態のままでIMFの支援が受けられなければ、ウクライナは破綻してしまいます。ロシア自身は何を望んでいるのでしょうか。

下斗米:一種の「家庭内離婚」のような状態として、東ウクライナ政権が疑似国家的に認められることをロシアは望んでいるのだろうと思います。この問題のカードは2つあると思っています。一つは、米ロ関係だと思います。オバマ大統領とプーチン大統領の関係は良くありませんが、私は「ミンスク3」が必要だと思っています。現在のミンスク2はドイツとフランスが仲介しています。しかしこれにアメリカが加わらなければ安定化はしないと思います。

 二点目は、宗教問題です。西ウクライナはカトリックが主流の社会ですが、ロシア・ウクライナはかつて正教の信仰があったために、ロシアはウクライナを兄弟国家だとみなしています。ローマ法王がウクライナを訪問すると言われていますが、長い視点での文化の和解がなければ、政治家、軍人、役人同士がいくら努力しても克服できない状況にあります。

河東:まだ見通しははっきりしません。ロシアはウクライナ国内を国家連合のような弱い結びつきの状態にしたいのではないでしょうか。だからといって、負担はとても大きいので東ウクライナを自国領土にしようとも思っていないでしょう。気になるのは、5月にポロシェンコ大統領が攻勢に出るという観測があります。ポロシェンコ大統領と財閥の中で最も強い影響力を持つアフメトフが利権抗争を始める可能性も指摘されており、その時にウクライナ情勢がどう転ぶかわかりませんが、いずれにせよ長期化する可能性があります。すべての当事者が疲弊して、いい加減手を打とう、とならなければ和平には向かわないでしょう。

廣瀬:和平への道のりは険しいと思います。他の先生方のお話のように、ロシアはドネツクを併合する意欲は全くなく、むしろドネツクがウクライナに留まり、且つウクライナの混乱が続くことに利を見出していると思います。それによりウクライナが親欧米路線を貫くことが難しくなり、更にロシアが最も警戒するNATOへの加盟が不可能な状況になりますので、まずそこが最低限の目標となっているはずです。また日本ではあまり報道されませんが、ドネツクの状況は悲惨です。ロシアがある程度の人道的支援を行っているものの、かなり限定されており、ほとんどドネツク内では給料や年金が支払われていません。ドネツクは独立宣言をしたにも関わらず、ウクライナ政府に年金などの給付を求めているという矛盾した状況がある一方で、ロシアが独立を承認すれば、ロシアがドネツクを養う必要が出てくるというジレンマを抱えています。ですから、ロシアとしてはなるべく関わらず、一定の人道的援助を与えるだけで時間稼ぎをしているように見えます。

 それから、概してウクライナには援助が必要ですが、単なる資金援助だけではなく、様々な分野での技術供与や訓練を通じて、ウクライナの国民が自立に向けての底力をつけられるようにすること、そしてウクライナが真の自立を達成する手助けをすることも極めて重要だと考えます。そうしなければ、ウクライナは国家として存続できないと思います。ドネツクは今、深刻な局面におかれていますが、彼らにはロシアしか頼る相手がいません。このままでは、結果としてロシアへの依存がますます高まってしまうでしょう。ですので、日本も含めた西側諸国が、人道問題を重視する形で、親ロシア派であろうが、なかろうが、ウクライナ国民を分け隔てなく支援していくことが肝要です。特に、ドネツクの人民を守らなければ、ドネツクの親ロシア度はさらに強くなってしまうでしょう。また、ウクライナ全体を安定化させなければ、ウクライナは次の段階に望めません。

工藤:経済も含めて、現在の悲惨な状況を立て直す必要がありますが、例えば経済だけでも国家としてスタートラインに行けるようなアイデアはあるでしょうか。

西谷:経済面を申し上げると、実はウクライナにとって内戦が始まった昨年ですらロシアとの貿易が最も大きく、輸出額でもロシアの割合が非常に大きいのです。その現実を考えれば、ロシアとの関係がなければ経済は立ち行かないことを国際社会も理解をする必要があるし、ウクライナの人たちにも伝える必要があります。ウクライナの人たちは、マイダンの政変後は反ロシアで燃えています。ただそうした偏狭なナショナリズムにとらわれると、国民経済の行く先の選択肢を狭める可能性があるので、ウクライナ経済が経済体として立ち行くためには、彼らに冷静に状況を理解させる取り組みが必要になると思います。

工藤:今後IMFの支援の枠組みを大きくするという選択肢はあるのでしょうか。

西谷:おそらくIMFの今の4年間のプログラムは、早晩もう一度見直す必要があると思います。額として全く足りませんし、条件の見直しも必要です。ウクライナがメルトダウンすれば、多くの労働移民がヨーロッパに押し寄せることになります。人口4000万人の国が大混乱に陥ってしまえば、影響が周辺に広がる可能性があります。ヨーロッパはそうした危機感も持っており、その意味で金融面でのサポートも続けていかざるを得ないでしょう。

工藤:下斗米さんのおっしゃったミンスク3で、ドイツやフランスだけではなく、アメリカも参画してこの国を建てなおすためには何をすべきですか。

下斗米:冷戦が終わった際、軍事同盟を拡大しないという合意が、ゴルバチョフと当時のブッシュシニア政権との間でどこまで詰められたかはわかりませんが、それが既に切れてしまったというのがロシア側の認識です。その間、NATOがじわじわとウクライナまで忍び寄ってくる恐怖が背景にあります。そうであるのに米ロの話し合いの枠組みが失われつつあり、それをかろうじてつないでいるのがキッシンジャーという個人レベルと、シンクタンクという民間レベルしかないという脆弱な状態です。それが今の世界の不安定さを増長していますから、ここは政治の力で対応していくべきでしょう。

工藤:今日は議論が長くなったので、有識者アンケートを最後まで紹介することができませんでした。最後に、「ウクライナ問題において、日本はどのように行動すべきだと思うか」尋ねたところ、26.7%が「問題解決に向けたロシア・ウクライナの積極的な仲介や、東京で関係国会議を行う」と回答したほか、21.8%が「ウクライナ自身が自立するため、経済的支援に積極的に対応する」との結果になりました。ということで、今回は皆さんとウクライナ問題について深く議論をしてもらい、国際政治上の課題について明らかにしていただきました。皆さん、今日は本当にありがとうございました。

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