2015年7月3日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
田中秀明(明治大学公共政策大学院教授)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
財政再建に向けて何をするべきなのか
楽観的すぎる経済成長率前提とする計画には大きな問題がある
湯元:まず、2018年度までに、現在マイナス3.3%のプライマリー赤字を、1%にするわけですから、2.3ポイント縮小することになりますが、そのためには10数兆円の収支改善が必要です。放っておくと社会保障費は自然増で増えていきますので、約15兆円以上のタームで収支改善が必要となってくる。さらに、計算上かなり高い名目経済成長率を見込んでいる。それに加えて、税収弾性値という1%経済成長が増えた時に、税収が何%増えるかを示す値を、1とか税収と同じ位の伸びと見積もっていただくと、これをさらに引き上げることを想定している可能性があります。これが本当にそうなるかはまだ実証されていませんし、非常に懐疑的な見方も多い。そういう意味で、18年度にマイナス1%を達成することは、実効性のある歳出削減が伴わない限り厳しいと思います。
1兆6千億円の社会保障費の抑制は、過去3年間安倍政権がやってきた努力と同じ努力をしていく、という触れ込みで言っていますので、これまで色々なことをやって、抑制してきたことと同じ努力ができるのであれば、当然それくらいはできると思います。ただ、全体としてかなりの収支改善をしなければいけない中で見たら、1兆6千億円というのは、わずかな額にすぎないわけですから、そういう意味では、財政健全化の実効性には寄与しない。
田中:湯本さんがおっしゃられたように、相当難しい。本当に達成できるか否かは神のみぞ知る。問題は景気は常に循環する、ということです。将来には常にリスクがある。例えば、倒産した企業が売り上げが2倍、3倍となる前提で再生計画を作るでしょうか。誰も信用しないでしょう。リスクがあるから、リスクを織り込んで対応する必要がある。
私は政治的なスローガンとして高い目標を掲げて、「みんなで頑張ろう」と言うこと自体は良いことだと思います。ただ、財政や年金などこういう分野では、リスクを織り込んで手堅い数字を前提として使うのは世界の常識です。もし、成長戦略がうまくいって、経済が成長すれば増えた分は色々使えばいい。だけど、最初から高い成長率を前提にして再生計画を立てることは問題です。
工藤:時間的な制約がある中では、手堅い計画を立てて着実に実行しないと、もはや収拾不可能な段階まで行ってしまう危険性があると思いますが、政府は本来であれば課題に向かい合った計画を作るものではないでしょうか。
湯元:それは全くの正論なんですが、誰もが嫌なことは考えたくはないと思っているわけです。だから、課題を3年先、4年先へと先送りさせていこうというインセンティブが働くわけです。
鈴木:歳出改革については、これまでサボってきた。その中で、「18年にマイナス1%」というのは相当難しいと思っています。例えば、法律を通してベッドの数をコントロールしようと、地域医療ビジョンを作っている。今年から現場では介護給付で制約を受けていますが、データを使った、エビデンスベースとなるような議論をやってこなかったのを、ようやく今着手したところです。そういうふうにサボってきた付けが今、回ってきているわけです。データはたくさんありますから、医療や介護の法令化の問題に関してはここできちんとした科学的な議論をやっておく必要がある。
税収弾性値について一言申し上げたいのが、ここ数年について言えば、諮問会議の一部で議論になった1.2とか1.3は実現し得ると私は思っています。なぜかと言うと、企業の繰越決算が減るからなんですね。つまり、GDPが増えて課税ベースが広がって税収が増えるという話ではなくて、GDPと関係なく過去の損失を控除する部分が減っていくので税収が増えるという話です。ですから、一時的に、結果的に税収弾性値がかなり上がる可能性があると思っています。ただ、長期的には税収弾性値は下がっていく方向なので、これを財政の問題の処方箋として割り当ててしまうことにはリスクがあると思います。
工藤:結局、計画は達成可能なものなのですか。
小黒:「2018年にプライマリーバランスをGDP比で1%程度にする」と、「一般歳出を実質的に1.6兆円。そのうち社会保障関係費も実質的に1.5兆円にする」という2つの指標のうち、後者の方は比較的可能だと思います。2018年までに高齢化の伸びだけで1.5兆円。消費税を増税すれば別枠でプラス社会保障の充実分が1.5兆円。全体として3兆円伸ばす。これは比較的達成しやすい目標です。しかし、前者は結構厳しい。霞が関用語で言うところの「程度」というのは、恐らく0.5%から1.5%位のレンジの幅にある。つまり、1.5%ほどの赤字になっても許容される。
湯元先生も言われていましたけど、最初に見込んでいる成長経済率が非常に高い。私のベースライン計算で言ったら、7兆円位足りない。2018年のプライマリーバランスは中長期試算だとだいたい15兆円くらいの赤字になっていますが、これを1%くらいに抑え込むには10兆円くらいに圧縮しなければいけない。そのうち国と地方が歳出削減に取り組んで出てくる分がおそらく3~4兆円。ですから、足りない分が出てきます。そうすると、やはり消費税を追加で2%から3%上げないと達成できないとなる。しかし、消費税を10%に上げるのに苦労している状況下でそれができるかというと、なかなか厳しい。それができなければ追加で社会保障改革を中心として歳出抑制に切り込まなければいけない。しかし、今改革しているもの以上に踏み込むというものなので、これもちょっと難しい。したがって、GDPの1%目標は難しいというのが現状です。
工藤:うまくいかなかった場合、どうするのですか。
湯元:経済財政諮問会議の下の専門調査会が、KPIや改革の工程などをきちんと作って、2018年度時点でマイナス1%という目標が達成できているかどうかを評価する。もし達成しておらず、2020年の黒字化も難しいと判断したら、追加的な歳出削減措置を検討する、というふうに書き込まれています。
歳入については、10%の消費税の引き上げを追加的に検討する可能性は、何となく示唆されている、というところです。専門家が入ってしっかりと見ていくということなので、一定の信頼性はあると思います。ただ、現実には厳しい改革ですし、そもそもその専門調査会の評価や判断が、政治の世界にうまく反映されるのか。10%を超える消費税の引き上げとはまさに政治判断そのものであって、専門調査会が提案したとしても、それを採用するかは総理大臣の判断になる。専門調査会がなかった時期に比べると1歩前進したと私は思いますが、それが本当に有効に機能する仕組みになるのかどうか。政治家の判断も法律に基づいて行うものですから、財政規律を担保するような法律をしっかり作る、というようなやり方をしないと、専門家が定性的な判断をして、「こうやるべきだ」という提言を出すだけでは、本当に正しい方向に進むのかどうか全くわからない。
工藤:みなさんのお話を聞いていると、政治のやる気が問われている、と感じます。腰が据わってない曖昧な内容になっているすっきりとしない計画が出されている。しかも、時間的にも切迫している状況の中で、日本の財政を破たんさせないために何をしなければいけないのでしょうか。
政治の本気度が問われている
鈴木:歳出と歳入で1点ずつ。まず、歳出については、計画では成長率を高めに見込んでいるわけですが、高い経済成長をしている状況というのは、物価も賃金も上がっているという状況です。その時には、名目の歳出も増えてしまうということなんですね。税収も増えるけど歳出も増えるとなると、財政再建にならないわけですよ。結局、成長率に関わらず、財政再建できるようにするためには、財政状況悪化の最大の原因である高齢化問題に対応する必要がある。そうするとやはり、社会保障改革をしなければならない。社会保障以外の歳出についても、成長率が高くなったとしても、成長率ほど増やしてはいけないということをルール化していく。法律がいいのか、どういう形がいいのかについては議論の余地がありますが、とにかく歳出については、それぞれの分野ごとにどういうルール化ができるかがポイントとなります。
次に、歳入については、今回、消費税のさらなる増税に関する議論をいわば封印しているわけですが、私は14年度の引き上げによる影響というのは言われているほど大きかったのだろうかと思っているわけです。確かに14年度の成長率はマイナス0.9%でしたが、駆け込み需要で上がったところを発射台として考えた数字ですから、暦年で見るとマイナス0.1となり、大分違います。消費はかなり元に戻っていますので、消費税のトラウマから少し離れるべきです。もちろん、政策に直接関わっている人たちは、17年4月に消費税を上げることがまだ現実になってないのだから、その先の話はできない、と考えているということは十分に理解できるのですが、やはり、多くの人々は10%では済まないと考えているわけです。しかし、実際の政治は軽減税率という逆向きの話を進めてしまっていますが、これは問題だと思います。
今回、税体系全体のオーバーホールっていう話も実は入っています。例えば、「女性の活躍」を成長戦略に入れると、「では、配偶者控除はどうするんですか」という問題が出てくる。去年の骨太の方針では「働き方に中立な制度」と言っていたのですが、今年は「働きやすい制度」と言っているのですね。実は、これは政治的にはかなり踏み込んでいると思います。こういうふうに税体系全体の議論をもっとしなければいけないと思います。
工藤:日本の財政状況はかなり危ないと思いますか。
田中:今の日本がギリシャのような状況に直ちになるとは思いません。経常収支がすぐに赤字になるとはなりません。問題なのは、病気は静かに進行している、ということです。ですから、危機が訪れるのを座して待つのか、それとも、「痛みを伴う改革が必要だ」と政治家が訴えて、国民を説得するか、と言うことが問われている。社会保障の改革にしろ財政再建にしろ、当面は痛みを伴うものなので誰しもがやりたくないわけですよね。それでも、将来の子供たちのために今こそ改革が必要なのだ、と国民を説得できることができるか。それが政治に問われている。
ギリシャは今、非常に厳しい状況ですが、日本もそうならないために、政府のガバナンスがまさに問われているわけです。
小黒: 2030年頃にターニングポイントが来る中で、増税や歳出削減について、最終的にどれくらいの規模でやらなければならないのか、ということをきちんと政治がリードする形で議論をスタートすべきです。
メディアに出てしまうとなかなか厳しいとは思いますが、そういう議論がないと少しずつ増税して、少しずつカットしていく、その結果、気が付いたらターニングポイントがすぐそこまで来ていて、もう手遅れになっていた、という話になってしまう可能性もあるわけです。やはり、最初にきちんとゴールを決めて、増税の幅、歳出削減の幅をきちっと議論するべきです。時間軸としてはこの1年間くらいで、そのためのインフラも整備するべきです。
湯元:増税を含めた痛みを伴う改革の必要性について、政治が国民にいかに訴えるかが大事ですし、その際、どの程度の痛みが生じるのか数字をもってきちんと国民に説明することが必要です。これは今のように経済が良い時にこそ理解を得られやすい。経済が悪くなるとなかなかそういうことはできないとなりますので、今やらなければならない。しかし、それを2018年度以降に先送りしようとしているわけです。やはり、2018年以前の段階で、政治が国民に対して真摯な姿勢で訴えていくことが最も重要です。安倍政権の場合、経済成長が一つの大きな使命ですが、これも相当必死になって改革をスピードアップして実行していかないと、目標は達成できません。経済成長と財政再建を同時にやっていく、ということが今回の骨太の方針の主旨ですから。両者を一体的にやっていかなければなりません。
工藤:アンケートでは、「日本が財政再建を果たすために、最も大事なことは何か」を尋ねています。実は、1年前も全く同じ質問をしたのですが、この1年間で変化が見られます。去年は「ムダの削減など、歳出の見直し」の47.9%と、「成長戦略の着実な実施による経済成長」の46.8%が並んでいました。今年は「社会保障費の抑制」が40.5%。そして、「消費税10%以上への更なる増税」が大幅に増加しています。多くの有識者が「これまでは経済成長に期待をしてきたけれど、そろそろそれだけでは厳しくなってきたのではないか」と考えるようになってきているのだと思います。
私は、今はまさに危機だと思います。単なる財政的な危機ではなく、国会の中でこの問題が議論されていないこと自体が危機だと思います。皆さんは政治の役割について言及されていましたが、その政治の中で議論がない、ということが一番の危機ではないか。そうすると、やはり、有識者が、しっかりウオッチしながら「これじゃ駄目だよ」という声をあげていかないと、本当に大変な事態になるのではないかと思いますので、これからもこういう議論をやっていきます。