2015年7月3日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
田中秀明(明治大学公共政策大学院教授)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
7月3日放送の言論スタジオでは、「財政健全化計画を評価する」と題して、小黒一正氏(法政大学経済学部教授)、鈴木準氏(大和総研主席研究員)、田中秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)、湯元健治氏(日本総合研究所副理事長)の各氏をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートの結果が紹介されました。6月30日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針 2015(骨太の方針)」によって、安倍政権が掲げている「2020年度にプライマリーバランスを黒字化する」という目標達成に向けた展望が描かれたと思うかを尋ねたところ、約6割の有識者が「描かれていない(「どちらかといえば」を含む)」と回答し、さらに15.3%が「そもそも財政再建は難しい」と回答するなど、厳しい評価が目立ちました。
この結果を踏まえながら、工藤は財政健全化の観点から見た今回の骨太の方針についての評価を尋ねました。
今回の骨太の方針は、財政再建のための本質的な改革にはなっていない
これに対し鈴木氏はまず、展望が「描かれた部分」として、「金利動向に注意していることや、社会保障で歳出削減メニューを細かく書き込んだこと」を挙げ、さらに「2018年度のプライマリーバランスの赤字幅を国内総生産(GDP)比で1%程度にする」という中間目標についても「野心的」と評価しました。
その一方で、「描かれていない部分」として、「具体的な工程は示されておらず、これをどう実現するのか見えてこない。社会保障だけでなく、地方財政も切り込むことはなかなか難しいし、そもそも「目安」、「実質的」など曖昧な書きぶりも目立つ」と指摘しました。
続いて湯元氏は、「期待していたような財政健全化計画のイメージとは違う」と述べた上で、今回の計画が従来のものとは異なる点として、「『経済再生なくして財政健全化なし』と掲げているように、成長戦略と財政再建が一体化したものになっている」ことを挙げました。湯元氏は、「そういう認識自体は良いが、日本経済の実力からすれば非常に高い経済成長率を前提としている節があるし、税収増の見積もりも算定根拠が不透明なところがある」と語り、懐疑的な見方を示しました。
田中氏は、「歳出の大枠を設定するという財政再建における基本的なことをやらず、細かいメニューを羅列しているだけで、本質的な改革とは言えない」と断じました。さらに、この「大枠」について、「本来、トップダウンが決めていかなければならないものであるが、それをしなかったということで、政権の財政再建に賭ける本気度が問われる内容になっている」と指摘しました。
小黒氏は、各氏の意見に賛同しつつ、「方向性は示したが、パフォーマンス的だ。本来であればもう少し踏み込んだ内容にしなければならなかったが、来年参議院選挙を控えているため、政治的にはなかなか決断できなかったのだろう」と今回の計画が曖昧なものになった要因を分析しました。
続いて工藤は、今回の計画について、「『経済再生なくして財政健全化なし』というように、経済と財政の二兎を追うようなものになっているが、こうしたアプローチは、日本の財政再建にとって機能するのかと問いかけました。
財政再建のために残された時間は少ない
鈴木氏はこれに対し、「安倍政権のそもそもの使命はまさに『経済再生』であるし、方向性自体は良い」とした上で、「ただし、『経済再生なくして財政健全化なし』ではない。成長に関係なく、健全化目標は実現しなければならないものだ」と指摘しました。
湯元氏は、「社会保障の現状を見ると、今回の計画では、成長重視に偏り、歳出抑制の視点が足りない」と実際には二兎を追うようなものになっていないことを指摘。さらに、「本来であれば消費税を10%からさらに上げなければ達成できないような目標を掲げているが、安倍政権は10%より上げることを封印しているので、計画に具体的な数値を盛り込むことができなくなっている。『10%から上』について、議論だけでも始めるべき」と指摘しました。
田中氏は、日本と同じように経済と財政の二兎を追って成功したイギリスの事例としてまず、「将来の成長率予測を、中立的な機関に委ね、楽観的な見積もりを排除したこと」を紹介しつつ、「将来を楽観的に見積もる国は失敗する、ということは統計的にも示されている」と語り、楽観的な今回の計画に対し警鐘を鳴らしました。
また、「成長戦略作成を財務省が担うため、予算の大枠をきちんと意識したものになる」ということを紹介した上で、「日本の場合は、少しでも多くの予算獲得を目指す各省からの要望を寄せ集めた結果、何でも盛り込まれている成長戦略になって財政規律が効いていない」と指摘しました。
小黒氏は、財政再建のために残された時間は少ないという「時間的制約」の観点から、まず、「日銀の大規模緩和という金融政策で財政を支える構造は長くは続かないし、増税の実施や、社会保障についてより踏み込んだ改革ができなければ、2030年頃には限界を迎える」と述べました。さらに、成長戦略についても、「現在の成長率だけでなく、将来の成長率を引き上げるための、より踏み込んだ政策メニューが必要だ」と主張しました。
次に、議論は、今回の骨太の方針で示された(A)「2018年度のプライマリーバランスの赤字幅を国内総生産(GDP)比で1%程度にする」、(B)「一般歳出の総額の実質的な増加を、これまで3年間と同水準(1.6兆円程度)に抑える」という2つの中間目標(目安)を設定したことへの評価について移りました。
2つの中間目標(目安)は達成できるのか
湯元氏は、「経済成長を高めに見積もっているが、社会保障費の増大を考えると、これでも不十分だし、税収ももっと必要。実効的な歳出削減策がないと(A)は達成できない」との見方を示し、さらに(B)については、「これまで3年間でできていたことなのでできると思うが、そもそもこれだけでは『焼け石に水』だ」と述べました。
田中氏は、「景気は循環するものなので、成長重視路線は将来においてはリスクにもなり得る。高い目標を掲げることは、スローガンとしては良いかもしれないが、そういうリスクを織り込む必要がある」と指摘しました。
鈴木氏は、「これまであまりにも財政再建に取り組んでこなかったツケがある。最近になってようやく病床数削減などデータに基づき、エビデンスを重視した取り組みが始まってきたばかりであるし、目標達成は難しい」との見通しを示しました。
小黒氏は、(B)については可能との見方を示した上で、(A)については、「そもそもの成長見込みが高すぎるし、消費税を上げるのにも苦労している中、どれだけ社会保障費削減に切り込めるかも不透明」と述べ、「追加の対策を打ち出さないと厳しいだろう」との見通しを示しました。
この小黒氏の「追加の対策」という発言を受け、湯元氏は、「経済財政諮問会議の専門調査会がKPI(成果目標)を具体化し、目標が達成できるか判断し、できないとなれば追加の対策について提言することになる」と説明した上で、「ただ、それを政治がどこまで受け入れるか。結局はすべて政治の判断次第になる」と語りました。
最後に工藤は、「財政再建に向けて残された時間が少ない中、何をすべきなのか」と問いかけました。
政治の本気度が問われている
これに対し鈴木氏は、「経済成長すると、金利や物価・賃金も上がる。金利の上昇は国債の利払い費に直結するし、物価の上昇はこれと連動した年金など社会保障費などの増加につながる」と経済成長が財政再建には直結しないことを説明し、「成長に応じて歳出が増加しないようなルール作りが必要」と主張しました。
鈴木氏はさらに、税収増については「消費税を10%からさらに上げることも視野に入れなければならないが、現在の議論はもっぱら軽減税率に関することばかり。骨太の方針に『税体系全般にわたるオーバーホールを進める』と示されている通り、配偶者控除の見直しなども進めていくべきだ」と述べました。
田中氏は、日本の財政状況を病気に例えながら、「病気が進行している今こそ、痛みを伴う改革が必要。将来世代のためにもそれが必要だ、ということを政治が説得しなければならない。ギリシャはそれができなかった」と述べ、政治のガバナンスが問われているとの認識を示しました。
小黒氏も政治のリーダーシップが不可欠と語った上で、「増税も歳出削減もどこまでやるのか、というゴールを最初に設定することが重要。これから1年間、議論してそれをしっかり定めるべきだ」と主張しました。
湯元氏は、「『痛みを伴う改革』の痛みとはどの程度のものなのか。それを数値ではっきり示すべき。今のように経済状況が良い中であれば、それを説明しやすいはずだ」と述べた上で、「成長だけに依存することなく、あくまでも財政と「一体」で、必死になって取り組む必要がある」と政治に対して注文を付けました。
議論の総括として工藤は、有識者アンケートの「あなたは、日本が財政再建を果たすために、最も大事なことは何だと思いますか」という設問に対する回答傾向が、昨年は「経済成長」を重視するものが多かったのに対し、今年は「社会保障費の抑制」や「消費税10%以上へのさらなる増税」が増えたことを紹介し、「有識者の強い危機感が表れている」と述べました。さらに、「国会の中で、こうした危機を認識した上での議論が行われていないこと自体が大きな危機だ。有識者サイドから積極的に声を上げていく必要がある」と今後の議論の展開に意欲を示し、白熱した議論を締めくくりました。