ギリシャ危機とEUの今後

2015年7月17日

2015年7月17日(金)
出演者:
山崎加津子(大和総研経済調査部シニアエコノミスト)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

ギリシャ問題の背景

工藤:言論NPOの工藤泰志です。今日の言論スタジオでは、ギリシャ問題について議論を行います。ギリシャ問題は、チプラス政権が国民投票を行ってEUが示した再建案に対する国民投票が行われるという事態になり、ギリシャ国民は「NO」と答えたわけですが、そこからさらに事態は動き、ギリシャ議会では、再建案についての法制化の合意がなされました。これからギリシャは、EU圏にとどまって、IMFなどの監視も踏まえて、もう一回再建に取り組むということになりましたが、それが本当にうまくいくのか、ということも含めて議論したいと思います。

 それでは、ゲストのご紹介です。まず、大和総研経済調査部シニアエコノミストの山崎加津子さん。次に、みずほ総合研究所欧米調査部上席シニアエコノミストの吉田健一郎さんです。今日はお二人と突っ込んだ議論を行っていきたいと思います。

 まず、今回のギリシャ問題は、非常に目まぐるしく展開しましたが、皆さんはこれをどう思っていたかということをお聞きしたいと思います。その前に、有識者のアンケートの結果を2つ紹介します。

 一つは、今回、チプラス首相が、EUが求めている財政緊縮案受け入れの是非を問う国民投票をしました。その結果、受け入れない、という答えが6割を超える結果となりましたが、その後、チプラス首相は財政緊縮案を事実上受け入れ、EUとの協議を行うという形に大きく転換していくわけです。この大きな転換をどうみるかという点について、有識者アンケートでは、「無責任だと思う」が半数くらいあった一方で、「妥当だと思う」は21.6%でした。このアンケート結果は、国民投票を行ったことに関する感想だと思います。その後、今度は逆にEUとの交渉を再開するという話になるなど、話が急転回しているので、アンケートの回答者はそこまでは織り込んでいないと思います。しかし、少なくとも国民投票を実施したことについては、批判的な議論が日本社会で多かったということになります。

 もう一つは、ユーロ圏首脳会議がギリシャへの金融支援交渉再開に関して、ギリシャが財政緊縮案を法制化し、それをきちんと実行するということを条件にしました。これがギリシャ議会に提出されて、可決されました。ユーロ圏首脳会議が出した入口の条件はクリアしたことになりますが、その後、本当にこの財政緊縮策がうまくいくのか、ということを聞いてみました。これに関しては「過去2回、支援を受けながら進まなかったので、今回も進まないと思う」が48.3%と、半数近くあります。ただ、「現時点では判断できない」が44%です。したがって、この2つの見方で割れています。

 このような結果を参考にしながら、皆さんにお聞きしたいと思います。まず、山崎さんは、この展開をどのようにご覧になり、どのような感想をお持ちですか。

時間を無駄にした国民投票

山崎:国民投票に関してだと思われますが、アンケートでは「無責任だ」という答えが非常に多い。ここまでの展開を見ると、結局ギリシャは債権者側から求められている財政緊縮策を受け入れて、「それをやります」という約束せざるを得ませんでした。であれば、あの国民投票は全く無駄だったのではないか、あれをなぜあのタイミングでしたのかを誰もよく分からないということになります。それが「無責任だ」ということだと思います。あそこで国民投票をしてしまったことで、6月30日で、ギリシャに対してEU、IMFが行っていた第二次金融支援が期限切れになってしまいました。また、IMFへの資金返済も延滞になりました。期限切れにならなければもう少し支援してもらえた可能性がありましたが、それがなくなってしまったということです。今、議論しているのは第三次金融支援をどうするかという話ですが、これを一から作り直さないといけなくなり、すごく時間を無駄にしていることになると思います。

工藤:山崎さんは、チプラス首相が国民投票を行った理由は何だと思いますか。

山崎:国民投票をするまでに、チプラス政権側はEUと3カ月くらい交渉していました。当初は「緊縮財政反対」と言って選挙に勝った政権ですが、交渉していく過程の中で、ある程度、EU・IMF側から求められている財政健全化をやらざるを得ないと譲歩していっていました。したがって、国民投票をして、「自分たちが選挙で約束した緊縮財政放棄はできなくなりましたが、ギリシャを再建するためにはこの再建案を飲まなければいけないので、皆さんもう一回意思表明をしてください。国民投票で『YES』と言ってください」ということであれば、筋が通る国民投票だったと思います。 しかし、実際は逆でした。しかも、政権は「『NO』と言ってくれ」と国民に呼びかけ、実際NOという答えは6割超えましたが、その国民投票結果に反して、チプラス政権は緊縮財政の計画を出してきたわけですから、余計に筋が通らない。

吉田:「受け入れるかどうか」と国民投票にかけた緊縮策自体が、実は国民投票の時点ではすでに終わっていたのです。第二次支援策は6月30日で期限が切れました。その交渉の過程でEU側から提出された緊縮策提案を受け入れるか、受け入れないかをこのタイミングで国民投票にかけ、さらにその緊縮策を進めるということに対しては、みんな「あれっ」と思ったわけです。

 ただ、その前段階として、チプラス政権は、部分的とはいえ、交渉の過程でどうしても妥協を強いられています。債権者団の方からみると、「もっと妥協しろ」ということですが、国内からは「これ以上妥協するな」という声があります。非常に厳しい板挟みの状態でした。今回の国民投票は、一つは、チプラス首相あるいはSYRIZA(急進左派連合)に対する信任投票的な位置付けもあったと思います。ですから、チプラス首相からしてみると、この国民投票がある程度自分の意見を後押ししてくれることによって、国内的にも対外的にも話を進めやすくなる、というような計算もあったかもしれません。

読みが外れたチプラス首相

工藤:一方で、チプラスさんが緊縮策を受け入れるとなると、国民側で怒っている人はいますよね。

吉田:そこはやはり、チプラス首相の読みが甘かったということです。「『NO』の結果になれば、ユーロ圏あるいはEU側からの妥協を引き出せるのではないか」という思惑が一部にあった可能性はあります。実際にNOになると、ギリシャがユーロ圏から出て行く可能性が非常に高まると思われたので、その結果アメリカからも圧力がかかってきたり、IMFが柔軟な提案を出してきたりする、という中で、妥協できるのではないか、というわけです。

 しかし、実際にユーロ圏が行ったことはそうではありませんでした。今回の交渉は基本的にチキンゲーム、つまり、一つの道に車同士が向かい合って走り、どちらが先に避けるか、というゲームの構図です。そこでは結局、「どういう交渉カードを持っているか」がカギとなる。ギリシャ側はこれまで「ギリシャがユーロ圏を出て行くと、ユーロ圏が大混乱に陥って大変なことになるだろう」という交渉カードを使ってきたわけです。しかし今回、最後の最後でその交渉カードを切ったのは、ギリシャではなくてドイツでした。つまり、「お前、本当に出て行くか」というプレッシャーにギリシャは勝てませんでした。ギリシャの国民はユーロ圏にいたいというのが本音なので、SYRIZAも「ユーロ圏から出て行く」ということは言っていません。それでも、その可能性をちらつかせるということをカードにしてきたわけですが、ドイツ側の方から、一時的にギリシャをユーロ圏から出すことで債務の再編を進める案を真剣に検討し出してしまったのです。

工藤:それでチプラスさんの対応が大きく変わったわけですか。

吉田:チプラス政権は、ドイツや債権者団がそこで妥協するかもしれないと思ったのかもしれませんが、むしろそうならずに、「本当に出て行く可能性が高まっているから、場合によっては出て行くことを検討しなければいけない」ということで、法制面を含めて本気で検討を開始したのです。そうなってくると、かえって焦ってくるのはギリシャ側です。

山崎:私は、むしろ「国民投票をやる」といった段階で、債権者側が「このタイミングでそれは待て」と言ってくれるのを期待したのかなと思っていました。というのは、2011年、ギリシャの債務問題が起きて、「どう支援するか」という話をしている最中に、当時のギリシャ政府が、債権者側から突き付けられた色々な条件について、「国民投票をやります」と決めたことがありました。その時は債権者側が「このタイミングでするな」と言って止めてきた経緯がありましたので、もしかしたら、6月末ぎりぎりというタイミングでそれを期待したところがあったのかな、と。

 ただし、実際には止められず、「国民投票をやるならどうぞ」と言われてしまいました。なおかつ、財政支援が止まってしまうかもしれない、誰もギリシャにお金を貸してくれないかもしれないという状況になりました。それまでは、ECBがELA(ギリシャの中央銀行)にお金を貸して、そこからギリシャの銀行にお金を貸すという流れにおいて、貸出の上限を引き上げて、より厚くお金を渡していました。そうでないとギリシャの銀行からどんどん預金が流出して、銀行の資本がなくなってしまいますからお金を入れていましたが、国民投票をやると決めた後、その上限引き上げをやめてしまいました。

工藤:国民の預金が流出して、資金が回らなくなる状況になったわけですね。

山崎:そうですね。中央銀行が「最後はちゃんとお金を貸します」と保証しているからお金は回りますが、「これ以上貸せません」ということになってしまったので、ギリシャの銀行は窓口を閉じざるを得なくなりましたし、資本規制をかけられて、ギリシャから外へ、また外からギリシャへお金をやり取りするルートもほとんど機能しない状況になっています。それがギリシャの経済的状況を非常に厳しくしています。

工藤:そうなってくると、チプラスさんの読みが甘かったという判断になってしまいますが、もっとパフォーマンス的に、自分には多くの支持があることを誇示するような形で交渉するとか、そういった考え方はなかったのですか。ただ兵糧攻めされてしまったという理解でよろしいのでしょうか。

吉田:基本的にはそういうことですね。ただ、難しかったのは、国内の議会でSYRIZA、つまり与党は149議席を持っていますが、その中に、財政緊縮策に厳しく反対するグループがあるのです。これは左派プラットフォームと呼ばれていますが、これが40議席くらいを持っていて、そこからの突き上げがかなりあるので、議論が国内で進んでいかなかったのです。おっしゃる通り、国民の意思が彼にとって重要なファクターだったのだろうと思います。

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