ギリシャ危機とEUの今後

2015年7月17日

2015年7月17日(金)
出演者:
山崎加津子(大和総研経済調査部シニアエコノミスト)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

ギリシャ再建はできるのか

工藤:計画そのものをギリシャが本当に実行できるかのという問題と、計画が包括的で、ギリシャの経済立て直しに対して整合性のある解決案になっているかという問題との二つがありますね。山崎さん、この緊縮策を飲むことによって、EUは支援を再開することになったのですよね。

山崎:緊縮財政を実行するということが、期間3年で、860億ユーロというお金を新たに貸すことの前提となります。返済に金利が付くかどうかについては、返済方法をどうするかという話し合いがまだ枠組みしか決まっていませんので、これからの話し合い次第ということになります。

 そして、実行可能性については、非常に厳しい状況だと思います。緊縮財政の中で何をしようとしているかというと、一つは、ギリシャの税収を集める力を高めようとしていることです。あとは、年金財政を持続可能なものに変えていこうというものがあります。このあたりは、今回の問題がなくてもやらなければいけない改革ではあると思います。ただ、それをやったことによってどれだけ財政状況が改善するのか、ギリシャの借金返済状況が改善するのかというと、おそらくこれだけではまだ不足しているのではないかと思っています。

 また、ギリシャの経済を立て直すために、今、目先でまずやらなければいけないのは、「自分の預金を引き下ろせない」とか、「国外から物を買ってきたいのだけれどお金が払えない」とか、「国外で物を売ったものの代金を受け取れない」とか、こうした状況では何も動かないので、まずそこを解消していくための財政支援合意だったのではないかと考えています。あくまで、非常に悪化してしまったものを元に戻すための最初の一歩だと思っています。

工藤:お話を伺っていると、非常事態というか、かなり厳しい状況の中、何とか次につないでいくための合意という段階だと受け止めたのですが、吉田さんはどうでしょうか。

吉田:結局のところ、借りたお金をいかにちゃんと返していけるかということが「債務の持続性」と言われている問題で、IMFなどもそれを非常に重視しています。ただ、債務の持続性が担保されるためには、経済がちゃんと成長していかなければいけません。

 例えば、ギリシャの輸出を見てみると、大ざっぱに申し上げると半分がサービスで半分が財です。サービスのうち半分が船、半分が旅行です。今の財政緊縮策の一つに、船主に関する税金の引き上げなども入っています。船といえば、ギリシャの人口1000万人のうち20万人くらいはそこで雇用が生み出されていると言われていて、彼らは躊躇なく国外へ出て行ってしまうのではないかという話もあります。財の輸出のうち、食料品などはけっこう強いのですが、ロシアへの輸出が多い。しかし、ロシアへは今、経済制裁のため輸出ができなくなっています。旅行は、政治が安定化することが大事で、お金を引き出せないとなかなか観光客が来ないという状況なので、非常に厳しいです。その中でいかに競争力を高めていけるかという、狭い道をたどっていかざるを得ない状況です。

ユーロ、EU全体に関する枠組みの見直しが求められてくる

工藤:最近、IMFや他の有力な経済学者などの間で、「このままでいくと、ギリシャは債務不履行かEU脱退しか道はないのではないか。だから、債務を減免するとか、ユーロ圏全体の債務を整理する仕組みをつくるとか、かなり抜本的な展開をしていかないと駄目なのではないか」という議論が一部にあります。このような動きに発展していくのでしょうか。それとも、それはあくまで今の現実に対する一つの批判だという理解でよろしいでしょうか。

山崎:ユーロという仕組み自体がこの先もちゃんと持続されるかということに関して、今、色々な方面から疑問が投げかけられていて、それに対して答えていかなければいけないという局面になっていると思います。ギリシャの債務再編については、本当にギリシャがこの債務を返済できると思っている人はまずいないと思うのですが、一方で債務減免になれば、今度は貸している側がそう簡単には応じられないということになり、ここでいつもせめぎ合いをしているわけです。現実的な選択肢としては、返済する期限をさらに伸ばすとか、利払いを減免するというようなことは十分可能性があるのかなと思います。

 ただ、これもある意味では問題の先送り策に過ぎません。ギリシャのように極端な債務を負ってしまっている国は今のところ他にないのですが、そういった事態に陥った国が出てしまったときにどう対応するか、もしくは出さないようにするにはどうしたらいいかということも含めて、ユーロ圏の仕組みを改めて議論しなければいけないところなのだろうと思っています。

吉田:EUの仕組みというものをどのように考えるか、という問題になってくるのだろうと思います。ユーロ圏は、単一通貨ユーロを導入しています。ですから、一つの金融政策でやっているわけですが、その金融政策は全加盟国の平均ですので、同じような影響があるわけではありません。例えば、ギリシャにとっては非常に厳しい金融政策であっても、ドイツにとっては非常に緩和的であったりするわけです。ですので、経済がみんな均一で人が自由に動けるのであれば、例えば、ギリシャからドイツに行くというふうに調整が働きますが、経済状況が必ずしも一様でないとすると、金融政策の効果も違ってくるわけです。したがって、その穴を埋める何らかの仕組みをつくらないといけません。

 一つの方法としては、EU財務省をつくって一つの予算を管理するといったものがあります。現時点でもそういう方向性は打ち出されているのですが、それができないとすれば、危機が起きたときの消火器として、ESM(欧州安全メカニズム)と呼ばれている、今回のギリシャ支援に使われている基金でやっていくことになる。ですので、対症療法をしたまま、ヨーロッパというものが走っていかなければいけなくなります。そこを改めて考えるタイミングになってきていると思います。

工藤:民間企業の場合は、過大な債務を返せずに倒産してしまったら、倒産した時点で債権者は損害を負うわけですから、債務を減免するなど、どうすれば最終的にできるだけ多く回収できるかを判断して色々な仕組みをつくりますよね。そこでは、借り手責任と同時に貸し手責任も問われるということもあり得るのですが、国家の場合、そういう考え方は成り立たないのでしょうか。

吉田:なかなか難しいですね。国の場合、国がなくなるわけにはいきませんので、どうしても「解散」ということはできません。ですので、債務が膨らんでしまった場合は、そうではないかたちで削減するなど別の手段をつくる必要があると思います。

工藤:今回は解決策の「始まりの始まり」という段階だということは分かったのですが、答えがまだ見えないですよね。今後、どういう展開になっていくとご覧になっていますか。

山崎:今の段階では支援策が具体的にどうなるか必ずしも詰められていないので難しいですが、やはり、ギリシャの財政健全化プラス経済成長、どちらかといえば経済成長に重きを置いた政策がちゃんと出てくること。それをただギリシャに任せるのではなくて「お金も出すけれど口を出す」というかたちで、ユーロ圏なのかEUなのか、もしくは一つの国でもいいと思うのですが、そういった支援の仕組みをつくる必要があるのではないかと思います。

工藤:以前、韓国などがそうだったように、IMFなどの融資側が実質的に管理していくかたちには、今回の支援ではまだなっていないのですか。

山崎:今のところ、「お金を借りました。だから、貸してくれた側から3ヵ月に1回チェックする監視団がやって来て進捗状況をチェックして、それで合格すれば次のお金をもらえます」という仕組みにはなっているのですが、経済成長などの政策に口出しするところまではなかなかできていなかったのではないかと思います。

工藤:ドイツはどういう立ち位置になるのでしょうか。ドイツはEUの牽引役ですよね。EU財務省をつくって予算の再分配を行うということになると、一番お金を稼いでいるところは嫌がりますよね。そもそも、ドイツは今回の議会の決定を承認するのでしょうか。

吉田:その可能性はあると思います。メルケル首相がよく言っているのは、「もしEUが失敗すれば、ヨーロッパは失敗する」ということです。ユーロの発展によって一番恩恵を受けているのはドイツですので、単一のヨーロッパの市場の中でいかに自由貿易を拡大して経済を良くしていくか、というのは必要になってきます。そのための機能の一つとしてEU財務省が必要なのだとすれば、ドイツも賛成していくことになるのではないかと、私は思います。

工藤:債務の再調整というのは、ギリシャだけの問題なのですか。

吉田:人がどんどん来てしまうという国もあれば、過疎化する国もあって、必ずしも均一ではありませんので、その間を埋めるということが必要です。今も、そういう役割として、EUの中の支援基金というか、EU予算の中から地域ごとに資金を分配していく制度はあるのですが、まだ金額も規模も小さいということはあると思います。

日本もギリシャを他山の石とすべき

工藤:最後に、この問題を議論すればするほど、日本の将来に何か教訓があるのだろうかということが、いつも気になっています。これはデモクラシーという点でも、政党と市民の関係でもそうだと思います。少なくとも、日本は経済的な体力がギリシャと全然違いますので単純比較はできないですが、債務だけで見るともうGDP比200%になっているわけです。最後にそれを伺いたいのですが、山崎さん、どうでしょうか。

山崎:今おっしゃったように、日本と比較するにはあまりに条件が違うと思います。債務比率が非常に高いということは共通しているのですが、どちらかというと相違点の方が多いのかなと思います。ただ、欧州の一員であるということは、それによって各国は財政健全化を強制されるという立場にいるのですが、そういう強制力というのは、日本に欠けている部分かなと思います。

工藤:デモクラシーの視点から見て、政党と国民との関係にはそれほど大きな違いがないような気がしませんか。

山崎:確かに、ギリシャはデモクラシー発祥の地なのですが、ポピュリスト政治の伝統がある。例えば、外交における国民の意見と政党の意見の関係にしても、他の国だと「国民はこう言っているけれど、国の利益としてはもう少し違った視点も入れなければ」という意見が入ってくるわけですが、ギリシャの場合、それがないような気がします。

工藤:非常に示唆的な印象を受けました。吉田さんはどうでしょうか。

吉田:今、日本国債は90%以上が日本国内の金融機関などで消化されています。ですので、元をただせばそれは日本人が貯金しているという話になりますが、家計の金融資産は債務が伸びていくほどには増えていかないので、どこかでターニングポイントが来ます。そうなってくると、そのまま債務が拡大していくのであれば、誰かに持ってもらわないといけません。それは国外であるということになれば、もちろん海外の状況に影響を受けやすくなる状態になります。2020年代以降、そういう話はもちろんありうると思いますので、その中ではポリシーを持って、債務が増えないようにしていくことが必要になります。ですので、基礎的財政収支の話もそうですが、先行きの見当をしっかりと持つことが大事になってくると思います。

工藤:今日は、ギリシャ問題をどのように考えればよいのかについて議論しました。日本に関しても、単純に他人事として考えるのは良くないと感じました。

 ということで、ギリシャを通じて、財政の問題、デモクラシーと経済の問題についても皆さんと話ができて非常に良かったと思います。今日はどうもありがとうございました。

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