2015年7月31日(金)
出演者:
小関隆志(明治大学経営学部公共経営学科准教授)
田中弥生(独立行政法人大学評価・学位授与機構教授)
服部篤子(社会起業家研究ネットワーク代表)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
ガバナンスが懸念される指定活用団体
工藤:今まで色々な論点が出てきているのですが、建て付けや仕組みについてアンケートで聞きました。この法案では、預金保険機構に収納された休眠預金を、主務大臣が指定する指定活用団体に移管し、指定活用団体から助成機関が金融機関に委託をし、これらの委託機関から民間公益活動に従事する団体にあるいは貸付されることを想定しています。そこで、「こうした管理運営体制が機能すると思いますか」と聞きました。私たちの有志はかなり専門家が多いのですが、これに関しては「機能する」と答えた人が15.3%、「機能しない」と答えた人は37.3%、「どちらともいえない」が28.8%ですから、懸念や不安を持っている有識者が多いということです。
田中:その懸念は全く同感です。キーになるのが指定活用団体、そこに対して方針を出すのが審議会だと思うのですが、指定活用団体に関するガバナンスとコンプライアンスの問題は大きいです。下手をすると、この団体は利益相反の問題に遭遇することになる。それにもかかわらず、それに関する条項が一切書かれていないわけですから、この法律だけ見ればとても機能するとは思えない。
工藤:小関さん、今の「利益相反」の話というのは、どのように考えればよろしいのですか。
小関:先程、韓国の話をしましたが、例えば、(休眠預金を使おうと考えている)政治家など有力メンバーがこの団体に入ると、自分に有利な配分決定をするかもしれない、という問題がまずあります。
また、アンケートに関連しますが、「多重構造」という問題もあります。日本の法案では、預金保険機構から指定活用団体にお金が流れて、そこからさらに資金配分先にお金が行く、というなぜそのような複雑な構造なのか、という疑問を皆さん抱いていると思います。
韓国の場合はミソ金融がすべてやっている。そういう場合、どういう意味で利益相反になるのかというと、預金保険機構の場合は、「いかに多くの預金を預金者に返すか」ということがミッションになる訳です。それに対して活用団体の方は、「受け取った休眠預金をいかに効率的かつ効果的に運用するか」ということになるので、ミッションが全く相反する訳です。仮にそれを同じ団体がやったとすると、一つの団体の中で「いかにお金を返すか」と「いかに限られた財源で成果を出すか」ということになるので、当然相反する。
ですから、日本の法案の中で、それぞれを別の組織に担当させていること自体は合理的なやり方だろうとは思います。ただ、法案の中で指定活用団体の存在というのは非常に大きく、中心になるわけですから、場合によっては独裁的に物事を決めていくということも考えられなくはないわけです。すると、指定活用団体をどのように監視、統制していくかということが、法律の中できちんと盛り込まれていなければならないはずです。
田中:利益相反に関しては、いろいろな場面で起きているわけですよね。大きなところで、預金を(預金者に)返さなければなければならないところと、配分というところがありますが、実際にNGO、NPOの予算の配分の実態を見ていますと、助成配分の意思決定に入っている人に関係している団体に助成している、というケースが結構起こっています。しかも、それが利益相反だという意識がないことも結構あります。これは厳密にチェックする必要がありますが、(法案では)それに関する記述もない。イギリスの場合はコーポレートガバナンスがきちんと入っていて、誰が意思決定をするボードメンバーを任命するのか、それからシェアホルダーという中に銀行が入っていて、その人たちが人事権を持っている。あるいは、預金者の意見をある程度反映させる、という複数の形でチェックのメカニズムがルートインされています。
服部:指定活用団体の話は非常に唐突で、「何年くらい指定を受けるのか」など書いていませんよね。「取り消しの日から3年を経過していないところが受ける」など微妙に数字が書いてあるところもあるのですが、指定管理団体のことがイメージできないようになっている。その中で、どれだけ透明性をもってやってくれるのかというと、懐疑的になります。
工藤:しっかりと機能するのかという問題と、機能したとしても今のような問題があるわけですね。
田中:そうです。それにも関わらず、(指定活用団体の要件として)「一般財団法人」と、なぜかここだけ具体的に書かれています。
工藤:ということは、想定しているところがあるわけですね。
田中:そうかもしれませんね。
工藤:預金者保護というのは、どう図っていくのでしょうか。
田中:預金者がリクレイムすれば、しっかりと戻ってくると、法律の中では担保されています。
工藤:法律的には担保されても、実際の運営ではどうなるのでしょうか。
小関:先程、田中さんがおっしゃった、年間850億ほどの休眠預金が発生し、そのうち300億円ほどは返還されているわけです。そうすると、500億円ほどが残ります。それが毎年積み上がっていく。10年間経つと形式上は銀行の利益として計上されますので、「銀行がそれを利益にするのはけしからん」という感情的な感覚から、「銀行の利益にするくらいなら、社会事業に使おうではないか」となったわけです。ただ、形式的には銀行の利益になりますが、預金者から請求があれば、今までも返していたし、これからも期限なくしっかりと返すということは約束しています。
工藤:その場合、預金者はどこに「返してほしい」と言うのですか。
小関:形式上は預金保険機構ということになっていますが、実際には預金保険機構に直接言うのではなく、自分がお金を預けた金融機関で返還請求をするわけです。
工藤:この法律が通ってもそういう形でやるわけですね。
小関:はい。自分の預金が全部なくなってしまう、というわけではありません。しかし、そのうちの一部は実際に使ってしまうわけですから、なくなるわけです。そうすると、変換率が何%くらいかと見込むわけです。そうすると、3割ぐらいが返還されるだろうと見込むと、残り7割が使ってもよいかということになるわけです。3割は取っておこうということです。
工藤:「運用」というお話がありましたが、この指定活用団体が運用するのですか。
田中:法案の中にそれが記されています。これに基づけば、国債・地方債、その他政府が指定する形での運用をしていい、となっています。
工藤:国債で運用することは、いずれ危なくなるような気がします。これはファンドを作ることとかなり近いですね。
田中:既に、議員の方ではソーシャルインパクトファンドの勉強会も合わせて行われているはずです。
法案で決まっているのは大枠だけ。市民社会が声を上げて、流れを変えるチャンスはある
工藤:建て付けがこれから具体化されていく中で、私たち市民側がもっと議論をするなどして、まだまだ改善が迫ることができると思います。
そもそも、本来であれば自分の自発的な意志で寄付をするべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
服部:全くその通りだと思います。今回の動きも、そのための何かのムーブメントを起こすことにつながるのであれば、大賛成です。もっとそこを議論してほしいですね。
工藤:この状況を改善するためには、何を考えるべきでしょうか。
服部:もし(法案が)通ったとしても、実際に稼働させるためには、まだまだたくさんのことを決めないといけない状況だろうと推測されます。ですから、その段階でも、議論をもっと活発にしていくべきだと思います。今の法案で決まっていることは、大きな流れと、建て付けだけしかありませんから、預金者である市民にとって、安心して任せることができるためには必要なことを、別の法律で追加していくことができる余地はあります。ですから、そうした議論をしていくべきだと思います。今は、あまりにも預金者と遠い世界で議論が展開されていることが、一番の問題だと思います。
田中:服部さんのおっしゃる通り、「法案が国会をもう通ってしまうからもう遅い、間に合わないからあきらめよう」ではなく、もう少し広い視点から、自分の利益だけではなく、社会全体としてどうなのか、預金者の保護はどうなのか、など法案からは見えない部分を含めて、もっと議論をし、改善が必要であれば、政治側にも投じていく、あるいはメディアの方たちにももっと議論をしていただく必要があるかと思います。
工藤:そうですね。先程の小関さんから、「預金者保護が第一であるべき」という話がありましたよね。それは本当にそうだと思います。ただ、今回の動きは預金者保護から始まっているわけではないので、このプロセスに対して、預金者は何かクレームをつけることはできないのでしょうか。
小関:10年経つ直前に連絡が来る。それもパブリックコメント案の中では(1万円以上の預金に対して)となっていますので、それ以下の預金者には連絡も行かないと思います。ですから、預金者は自分のほとんど知らないうちに、(自分の預金を)使われるということが出てくると思います。そこで例えば、ラウンドテーブルのようなものを設定して、それぞれのステークホルダーが集まって、どういう制度設計が必要なのか話し合うのというのも一つのやり方だと思います。
工藤:ラウンドテーブルがあって、市民側みんながこの休眠口座の活用方法について自分たちが納得した上で、社会のために使おう、という流れであれば、まだ議論の立て方が違うのだけど、政治が超党派という形で一方的に出してしまっている。また、その中に市民社会のごく一部の人たちがロビイングという形で関わっているという状況をどう見ますか。
田中:先進国の民主主義プロセスとは思えない形で物事が進んでいるわけですから、これは非常に良くない状況だと思います。
工藤:市民が全く発言できないという構造もおかしくないですか。
田中:全くその通りだと思います。パブコメはあるものの、形式的すぎるし、あまり開かれていない、というのが、正直な印象です。もっと開かれた形でのパブコメであったり、あるいは、いろいろなところでのタウンミーティングも可能であったと思います。それがどうしてなされていないのかということは疑問に思います。
工藤:ただ、いま市民社会の中でこうした議論そのものがだんだんと形骸化してきて、市民社会を強くする動きそのものが弱くなってきたような気がしますが、どうでしょうか。
服部:若者が声を上げるという場面を目にしますし、無きにしも非ず、だと思いますが、ただ、感じている人、意識を持っている人だけがどんどん発言していく、ということしか方法がないのが現状です。そうすると、今日のこの議論を聞いた人たちがまた声をあげていくという連鎖をしていくしかないと思います。
工藤:言論NPOは今年の8月からデモクラシーの議論を本格的に立ち上げます。世界的に見ても、市民が政治から退席している。つまり、民意を吸収できるような政治の仕組みができなくなってきている、という問題が、世界の先進国の中で問われ始めています。日本もその例外ではなく、政治が課題解決の方向に向かっていない。この状況は変えないといけないと改めて思いました。新国立競技場の問題も、どうしようもない迷走をして、最終的に安倍首相が決断して、白紙にした。この休眠預金の問題も超党派という形で動き、市民と政治の間に非常に距離がある形で進んでいる。預金者保護ということも考えられていない状況で動いている。これは私たち自身が、デモクラシーの現状をどう考えるのかということが問われているような気がします。
この議論は今後もどんどんやっていきますので、期待していただきたいと思います。ということで、みなさん本日はありがとうございました。
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