2015年8月25日(火)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
山田孝男(毎日新聞政治部特別編集委員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
歴史認識における中国との勝負で優位に立った日本
工藤:今年は戦後70年ということで、みんなハラハラしていたわけですよね。安倍談話があって、9月には中国で軍事パレードもある。その状況の中で、日本は平和の姿勢を出した、戦後70年の重みをきちんと示したというかたちになりました。この談話を機会に、戦後70年に対するアジアのとらえ方はどのように収束し、また今後どのように展開していくのでしょうか。
神保:戦争に向かう20世紀の歩みと戦後70年の秩序とを振り返って、「歴史認識をいかに自らの味方にしていくか」という勝負だと思います。当然、中国は、戦勝国の一員として9月の軍事パレードを位置付けて、「戦後70年の中で反ファシスト運動を戦った国々との連帯」というかたちで、歴史を味方につけようとしています。
日本も、やはりその勝負をしたのだと思います。今回の談話における勝負のポイントは、20世紀の日本の姿を、まさに「(国際秩序に対する)挑戦国であった」という反省の上に、戦後の輝かしい歩みをもう一度確認する。その輝かしい歩みの先にあるのは、普遍的な価値観である民主主義と法の支配を、確かに自分のものにした国として、その価値を共有する国々とのパートナーシップをさらに拡大していく。こういう国際秩序の姿として、歴史を味方につけようとしたのだと思います。安倍さんが、もし自らの衝動を新しい衝動に転換する機会があったとすると、まさにそこだと思います。「これからの国際秩序は、日本がまさに(戦後70年の)勝利者としてかかわっていくのだ」という新しい歴史の秩序観をとらえ直したからこそ、この談話ができたのではないかという位置づけになったと思っています。
そうすると、中国側からしてもぐうの音が出ないところがあって、歴史を味方にしていくという同じプロセスの中で、「法の支配と民主化」ということを出されてしまうと、容易には反論できないわけです。9月に中国が「第2次大戦でファシストに勝ったではないか」というよりも、8月に日本が先がけて「これからやることの方が大事でしょ」と問いかけたことは、非常に大きな意味があったのではないかと思います。
工藤:高原先生、確かに、この談話は神保先生が言われたような内容になっていますよね。
高原:今の中国をかなり意識した書きぶりになっていると思います。中国の人も、分かる人は当然それを分かりますから、その点は気持ちの上ではあまり愉快ではないと思います。
ナショナリズムを手放せない中国、批判的な対応は今後も続く
工藤:中国は、安倍さんからのボールをどのように返していくのでしょうか。中国が言っているのは反日ではなく「戦争に勝った」「抗日戦争に勝った」ということなのですが、軍事パレードを含めたその大きな流れを、中国としてはどのようにとらえ直していく状況になるのでしょうか。
高原:今の習近平政権にとっては、ナショナリズムの中核となる抗日の経験は非常に大事なアセットであって、手離さないでしょう。ですから、日本にこのように反省されてしまうとやりにくい面もあります。それは、日中関係を前に進める上では必要なのですが、共産党政権の基本的な矛盾がここにあるわけです。ナショナリズムはナショナリズムとして、自分たちの支配の正統性を支える大事な柱として抱えていかなければいけない、その中での抗日戦争の体験は決して忘れ去られてはならないわけで、相変わらず言い続けられていくし、今年は軍事パレードもやるということです。したがって、一筋縄ではないのです。
工藤:例えば、安倍さんが今度はこの談話を行動に移した場合、中国としては、安倍さんに対するこれまでの見方を大きく変えなければいけないという局面になりませんか。
高原:実際のところ、中国の中で安倍さんへの評価を変えるのは簡単ではないのですね。これまで、「歴史修正主義者たる安倍総理」というイメージをさかんに宣伝してきましたので、それをガラリと切り替えるわけにはいかないというのが現状だろうと思います。そこは今後どういう扱いになるのか観察を続けなければいけません。ただ、今も、安倍談話に対して両面の評価がありますが、負の面の評価は相変わらずガンガン批判し続けるのだろうと思います。
工藤:日本の有識者へのアンケートで「今回の安倍首相の談話が日中、日韓のこれからの関係改善に役立つような内容になったと思いますか」と聞いたところ、「両国との関係改善に役立つ内容になった」が25.5%で、4分の1はそう見ているわけです。「両国との関係改善に役立つ内容になっていない」が25%ですから、これも意見が分かれています。「どちらともいえない」が35%で最も多くなっています。
ただ、気になったのは「中国との関係改善に役立つ内容だが、韓国との関係改善には役立つ内容ではない」が10.6%もあることです。これはどういうことなのでしょうか。談話が韓国には冷たいのではないか、と見ている人もいらっしゃると思いますが、山田さんはどのようにご覧になりますか。
山田:まさにそういうことだと思います。談話もそうですし、報告書もそう言われたのですが、「韓国に対しての書きぶりが若干冷たいのではないか」という指摘がありました。談話は、特に中国に対していろいろ配慮した書きぶりのところがありますが、韓国に配慮した表現は少ないですよね。そこを読んだ方がこういう反応をしていらっしゃるのだと思いますが、朴槿恵大統領の演説では一定の評価をしていて、韓国の見方がどうなのかはよく分からないところです。
工藤:例えば、女性の人権問題について「21世紀にはしっかりと考えなければいけないし、日本はそれをしっかりとやっていきたい」という話も、安倍談話でもありました。「女性の人権」という一般化した書きぶりの方がよかったと思いますか。
山田:あそこが、韓国の慰安婦問題にも触れているのだという読み方をされた方が多かったのではないでしょうか。実際に、そういう意図はあったと思います。