2015年8月27日(木)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
早川英男(元日本銀行理事、富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:今日の言論スタジオは、中国経済について議論を行いたいと思います。最近、中国は、人民元の変動幅の中心値を下げるというかたちで、人民元を事実上切り下げました。そのような動きに関して、中国経済の現状や先行きにかなり厳しい見方が広がり、世界の株式市場も大きく混乱しています。今日は、この状況をどのように見ていけばいいのか、そして、中国経済にいま何が起こっているのかについて、議論してみたいと思います。
ということで、今日は中国経済に詳しい2人のゲストをお呼びしています。一人目は、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さんです。もう一方は、富士通総研エグゼクティブ・フェローで元日銀理事の早川英男さんです。
まず、今回の人民元切り下げについてお話を伺います。これが起こった背景、そして、今の中国経済を考えるときにどのような意味を持っているのか、についてお聞きしたいと思います。
減速著しい中国経済
内田:今回の切り下げには、二つの目的があると言われています。一つは、切り下げの直前に、生産や投資など7月の一連の経済統計が公表され、景気減速の厳しい状況が明らかになりました。特に輸出はマイナス8%と、市場予想のマイナス1.5%に対して大きく下振れています。政府としては既に、金融緩和と景気刺激のための財政支援を行っていますが、それに加えて為替面からの手当てを実施して側面支援したというのが、一つの理由だと思います。
もう一つは、中国はいま経済規模が世界の11~12%になっていますが、人民元は、ドル、ユーロ、ポンド、円といった世界の基準通貨には入っていません。今年の秋にIMFが行うSDR(特別引出権)の構成通貨の見直しにおいて中国の人民元を採用させたいといった、人民元の国際化という視点があります。それに対し、中国はこれまで資本規制の緩和などのさまざまな改革をしていたのですが、IMFから「SDRの採用基準に達していない」というコメントが8月上旬に出されました。中国としては、管理フロートの為替制度を市場連動型に切り替えるという意味でのキャンペーンという意図があったのではないかと思います。
工藤:今回の切り下げは、世界の株式に非常に大きな影響があり、「中国経済は本当に大丈夫か」という見方が広がっています。今回の人民元切り下げで、ここまで事態が悪化しているのはなぜなのでしょうか。
早川:私は、人民元の切り下げ自体が非常に大きなインパクトを持っているとは考えていません。人民元切り下げの一つの要因は、人民元がもともとやや過大評価されていたので実勢に合わせたという面があり、IMFもそのように主張しています。ですから、それ自体はさほど大きな問題ではないと思いますが、その背後にあるのは、そもそも中国経済自身がかなり大きく減速しているということです。例えば、4~6月のGDPについて「7%成長している」という公式発表がありましたが、他の統計と合わせて見ると「7%には達していないのではないか」という見方が多いです。
もう一つは、人民元を切り下げるのは市場実績に合わせるだけなので大したことではないのですが、そのやり方はやや唐突な感じがしています。実際に景気が弱くなっているので、ついつい人民元を下げたいというところなのですが、「もう少し準備をすればいいのに、ややパニック的だった」という印象です。株価対策のときもそうでした。もともと中国株はバブルだったので下がるのは避けられなかったのだけれど、そのときの対策の打ち方がパニック的な無理のあるものでした。為替にしても株にしても、そういうことをやると、「そこまで悪いのか」と皆が受け止めるので、結果としてより強い市場の反応を招いている、という感じがします。
米中貿易不均衡が過去最大になる中、アメリカとの関係が焦点に
工藤:中国が人民元を切り下げたことの影響として、周辺国を含めて、経済の競争力を保つための引き下げ競争になってしまうことが考えられます。また、アメリカが利上げを予定している中で、中国とアメリカの間で貿易の不均衡もかなり高まっています。引き下げがどこまで続くのかという問題もありますが、いろいろなかたちで不安要素があると思います。引き下げの影響と深刻さの広がりについては、どう見ればよいのでしょうか。
内田:中国政府の今回の対応については、いったん3%程度の調整でまとまっていて、人民銀行も「人民元が割高だった分の市場については調整が終わった」というコメントをしています。ただ、多くの市場参加者は、「今回の背景には中国経済のテコ入れがあるだろう」との見方をしています。1割程度の調整、すなわち、1ドル=6.11元だったものが、1ドル=6.7~6.8元くらいに調整されるだろうという見方が出てきています。
その影響について、私は二点考えています。一つは、中国自身の景気が悪くて、卸売物価指数はずっとマイナスの状態が続いています。この背景として、中国国内の鉄鉱石、アルミ、食糧などの資源価格の大幅な下落があります。そこで、供給が需要を大きく上回っているため、為替を安くすることによって輸出をある程度拡大・刺激し、過剰に供給されている分を世界に輸出していくという考え方です。言い方を変えれば、中国のデフレ的な要素が、資源を中心として世界に拡散していくということです。したがって、資源価格や資源国への影響は極めて大きいと思います。
もう一点、非常に注目されるのは米国との関係です。米中の貿易不均衡は、いま過去最大になっています。具体的には、米国から見た中国向け貿易赤字が、この1~3月くらいで約4000億ドルになっています。米国の対欧州の貿易赤字が1500億ドル、対日本は700億ドル、対中東は以前1500億ドルくらいの赤字でしたが、原油価格が下がって米国が生産を増やしているので今はゼロです。対中国の貿易赤字だけが突出している状況の中で、今回の人民元切り下げ、ドル高を米国が容認するのかどうか。これが、TPPの議論を含めてこれから大きな争点になってくると考えています。
工藤:IMFは、今回の人民元切り下げに関しては「市場実勢を反映したプロセスだ」ということで歓迎していますが、アメリカから見ればそう簡単に歓迎できないように思います。また、アメリカは利上げを予定していますが、東南アジアなどの通貨の弱い新興国が投資家に狙われる可能性があるような気がします。そのあたりは、どう判断すればよろしいのでしょうか。
早川:確かに、人民元に対してIMFの見方とアメリカの見方はどうしても違ってしまうと思います。IMFの立場から見ると、中国の黒字はいま、かなり小さくなっています。中国の外貨準備高も減ってきています。むしろ、これまで人民元をやや無理をして上げてきているので、少し下げてもおかしなことをやっているわけではない、というのがIMFの理解です。ただ、アメリカの目から見ると、米中間の二国間の貿易赤字は過去最大になっています。IMFから見ると「中国全体の黒字は減っている。アメリカの通貨という、世界で一番強い通貨に対してペッグしていたため、これまでは中国元は非常に高くなっていたので、それを下げるのは別におかしなことではない」という理解なのでしょうが、アメリカから見ると「そうではない」という話になります。
先ほど、内田さんから「10%くらいの人民元切り下げ」という話がありましたが、私は、中国はおそらくアメリカのことを意識するので、そうしないだろうと思います。むしろ、景気の下支えという点であれば、インフラ投資の拡大といった手が中国にはあるので、長い目で見て良いことかどうかは別として、それらを使う可能性が高いと思います。
他のアジア諸国との関係については、ご指摘の通り、第1回のアメリカの利上げは9月だと言われています。2008年以来、7年ぶりのゼロ金利からの脱出になるわけで、当然、今まで外貨が入ってきていた新興国から資金が抜け出していくことになって、影響は出やすいと思います。その場合、どこの国が狙われるかというと、それは本来のファンダメンタルズ(経済の基礎的状況)に左右されます。つまり、その国の経常収支、財政収支、インフレ率などです。アメリカがゼロ金利や量的拡大をやっていると、それらがダメな国でもお金が入ってくるのでハッピーだったわけです。アメリカが利上げする局面になると、経済状況が良い国には資金がとどまるのでそれほど大きな影響はありませんが、経済の悪い国に今まで「あばたもえくぼ」で入ってきていた資金は逃げ出してくるので、大きな影響が出てきます。現に、ブラジルやロシア、トルコなどには影響が出ていますが、アジアでも、インドネシアなどずいぶん通貨が下がっている国はあります。これからもそういう流れは続いていくと思います。ベトナムはちょっと特殊で、アメリカの利上げという要因よりも、中国に追随していたので、「中国が3%下げるなら、ベトナムも下げます」ということだと思います。
日本経済への影響は、消費は軽微だが、輸出は大きい
工藤:今回の人民元切り下げは、日本経済にどのような影響を与えるのでしょうか。
内田:7月の貿易統計では、輸送機械などの輸出がかなり急減しています。輸送機械や一般機械、あるいはマテリアルと言われる資源関係で、これから、中国に向けた日本からの輸出に相応の影響が出てくる可能性があります。
また、中国人の訪日に伴うインバウンド消費にも影響があるのではないかという見方があり、実際にインバウンド消費関係の銘柄の株式が売られていますが、私は、その影響はあまり大きくないのではないかと考えています。
なぜなら、いま、中国と日本で価格を比べると、過去10年間に中国の実質為替は6割上がり、日本は4割下がっているのです。「マクドナルド価格」、「スターバックス価格」などと呼ばれる購買力平価の指標がありますが、スターバックス価格が上海では540円、日本では400円ですから、日本の方が3割安い。だから、中国から見た日本の物価はまだ安いということです。
消費に関しては想定されているより大きくありませんが、輸出についてはけっこう影響が出てくるのではないかと考えています。
工藤:早川さん、日本も、円安はそれ自体が目的ではないのですが、量的緩和をした結果、円安になっています。日銀としては、人民元切り下げの影響で「また緩和をしなければいけない」と考えるのでしょうか。
早川:そもそも、人民元が1割下がるなら話は別ですが、3%程度の切り下げでとどめるのであれば、人民元自身の影響はそれほど大きくないと思います。やはり問題なのは、中国経済が減速していることです。先ほどの貿易統計は別に人民元の影響ではなく、既に中国経済が減速していた結果として日本の輸出などが落ちているということです。そちらの影響の方が大きいと思っています。