2015年8月27日(木)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
早川英男(元日本銀行理事、富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
「消費主導経済」への移行を目指す中国だが、かつての過剰な投資がジレンマを生んでいる
工藤:これまでのお話を伺っているとやはり、中国経済でいま何が起こっているのかをしっかりと見ていかなければいけないですね。6月に上海株式市場で株価が暴落しましたが、中国は金融緩和などのいろいろな景気刺激策をやっているにもかかわらず、政府が掲げる7%成長が実現できる伸びしろが非常に少なくなっています。そうした中での人民元引き下げだったわけです。もともと、中国や新興国が中心となって世界経済を牽引し、強い経済成長をばねに世界経済の中で非常に大きな役割を果たしていくという流れがあったのですが、その状況は崩れ始めているのか。それとも、今の経済状況を軟着陸させるための動きのプロセスにあるのか。早川さん、どうでしょうか。
早川:中国はつい何年か前まで10%成長をしてきましたが、既に10%は成長できないし、する必要もありません。10%成長をするというのは、都市部と農村の間に生産性格差があって、都市部に人が出てくるだけで成長できる、日本でいえば集団就職の時代の話であって、そのような時代は日本も10%成長したわけです。それはもうさすがに終わっています。逆に言うと、成長率10%が7%になり、6%になっても、特にそれで失業が増えるわけではないので、問題ありません。むしろ、これまでの10%成長時代の、過度に投資や輸出に依存した経済から、個人消費やサービスのウエイトがより高い経済に移行していくというのが、長い目で見たテーマです。それを大きな目的としてずっと経済運営をしてきているので、それ自体は正しいと思います。
ただ、ちょっと問題なのは、リーマンショックの後に4兆元の景気対策をやってしまい、その結果、過剰設備や不動産バブル、地方政府の過剰債務をつくり出してしまったことです。すると、二つの目的が矛盾することになってしまいます。長い目で見れば、ゆっくり減速して消費主導の経済に移していけばいいのですが、実際に減速すると、不動産バブルや過剰債務を抱えている地方政府は苦しくなるので、「景気対策をしてほしい」という要求が強まります。そして、またあわててインフラ投資をやったりすると、とりあえず成長率は上がるのですが、本来目的としていた消費主導の経済からは遠のいてしまいます。今の中国は、その二つの目的の間を行ったり来たりしています。
ついこの間までは「ちゃんと構造改革を進めて、消費主導の経済にします」と言っていたのに、今度はあわてて株価を高騰させてみたり、人民元を切り下げてみたり、インフラ投資をやってみたりするわけです。そのように行ったり来たりしているので、「実情は厳しいのだな」と、外から見ても思える状況だと思います。
工藤:なかなかうまくいかない可能性もある、ということですね。内田さんはどのように見ていますか。
内田:中国はリーマン危機があっても2桁に近い成長を続けたということで、世界経済を牽引したわけですが、今、日本でいうと高度成長から中成長、すなわち5~6%成長への調整過程にあります。その調整過程は、どの国でも成長過程において必ずあります。所得水準が切り上がって、具体的には1人あたりのGDPが1万ドル程度になると、冷蔵庫や車などいろいろなものの新規購入が一巡して成熟化し、あるいは、投資主導型の経済から消費主導型の経済へ切り替えていくことになります。中国は今、そのフェーズにあるということです。
その中で、私が一つだけ問題だと思っているのは、中国は、通常の国が成長過程で経る発展段階の中で、とりわけ2桁成長のときに過剰な投資をしてしまっていることです。これは、経済システムにおいて地方政府が自らいろいろな資金調達をできないといったこともあり、投資を呼び込む政策を行ってしまった結果です。民間調査機関のデータを見ると、リーマン危機以降、GDPの8~9割の過剰投資が起こっています。
それから、過剰投資の裏側には過剰貯蓄があります。中国の貯蓄率、すなわちGDPを経済全体の総貯蓄で割った値は50%です。中国という国は社会保障が安定化していないので、家計の余った貯蓄がさまざまなところでバブルを引き起こします。例えば、不動産に投資されたり、絵画や貴金属に投資されたり、株式に投資されたりということになって、バブル化しやすいのです。過剰投資と過剰貯蓄の問題をいかに軟着陸させるかというのが、今まさに中国が問われている課題です。日本の高度成長期は、投資主導といっても、設備投資のGDPに対する比率は3割くらいでした。それが中国では5割近いということなので、その構造問題はより注視して考えなければいけません。
工藤:過剰投資と過剰貯蓄があって、多くの人たちが株や不動産を買ったりしています。その株が暴落して、支えようとして必死な動きになっていますよね。早川さん、この状況は持続可能なものなのでしょうか。
早川:とりあえず、中国はインフラ投資を増やすなどのいろいろな手が打てるので、いきなり経済を支えられなくなることはないと思います。ただ、インフラ投資で経済を支えることはできますが、それをすれば、安定的な中成長を実現するために個人投資主導の経済にしていくという、本来の構造調整を先送りすることになります。中国政府は個人消費主導にしたいと思っています。そのためにインフラ投資にブレーキをかけて、個人消費がぐっと伸びてくればいいのですが、社会保障システムなどが発達していないので、そう簡単に消費がぐっと伸びるわけにはいきません。すると、全体としての成長率が落ちてしまうので、また景気刺激策というアクセルを踏みたくなるわけです。
政策対応で切り抜けられる可能性はあるものの、対応能力は劣化している
工藤:6月に、上海株の暴落がありましたが、中国ではもうバブル崩壊しているのでしょうか。
内田:今回の事象を見ると、昨年11月と比べると株価が2.3倍くらいになって、それが現在は1.5倍くらいに調整されています。明らかに個人の信用取引が急増していたり、あるいはIPO(新規株式公開)銘柄でPBR(株価純資産倍率)が143倍のものが出始めたりしています。これは、完全に株式バブルだったということだと思います。
ただし、1年前などと比べると、時価総額でそれほど落ち込んでいるわけではありません。この1年間で投資のタイミングを大きく誤ったところで市場に参加した方々は、大きく損失を被っている可能性はありますが、全体で見ると、実はプラスマイナスゼロの状態なのです。
もう一点は、中国の家系の金融資産における株式の比率は極めて少ないのです。もっと言えば、資産に占める金融資産のウエイトも、中国は1~2割程度と非常に少ないです。だから、家計への直接的な影響は、富裕層ではあっても一般の国民ではそれほど大きくありません。むしろ、名目賃金が8%くらい上がっています。そういう意味では、経済の成長段階において、今の株式バブルの調整は吸収できる局面にあるのだと思います。
ただし、今回の株式バブルの崩壊や人民元切り下げが、先ほどから議論している中国のさまざまな構造問題を表層しているわけです。実際に、人民元の切り下げによって、中国の資源を中心としたデフレがこれから世界経済に輸出されます。世界経済は、今、IMFが3.3%という成長率を発表していますが、これがさらに下振れることになると、今度は世界がリスクテイクを抑制するような動きになって、調整に入ってくるおそれがあります。ですから、それほど楽観はできません。ということなので、今回の中国の株式調整や人民元切り下げは、中国のさまざまな構造問題が表層化されていることを世界経済が受け止め始めています。
唯一、中国に関してポジティブに思っているのは、中国はまだ完全な開放経済ではないので、中国自身がコントロールできる余地が非常に大きいということです。例えば、今、人民元が安くなって、実際に外貨準備が減って、資本流出が始まっています。中国には、個人の資本流出規制があるので、そう簡単に海外に資金を振り向けられません。そのように実は、中国には自国をコントロールできる余地があります。世界経済としては、中国に対して、いろいろな構造改革によって市場実勢型の経済に移行させるという方向でガバナンスを利かせていますが、一方で、中国自体はまだ開放経済になっていないので、自らが財政・金融政策を使ってコントロールする余地はあります。
工藤:中国はまだ開放経済になっていないので自国で管理できる、だから、管理をしながら軟着陸に持っていける可能性があるのではないか、というお話でした。早川さんはどうご覧になっていますか。
早川:内田さんが言われた通り、株とか為替の話は、中国が裏側に抱えている構造問題がそこに表れていると考えた方がいいと思います。今起こっているのは地方政府の過剰債務問題、あるいは不動産という不良資産の問題なのですが、実を言うと、中国はこれを既に一度経験しているのです。1990年代の後半に、国有企業問題がありました。国有企業が経営不振で大きな赤字を抱え、そこに貸し出していた金融機関が不良債権を抱えたのです。それに対して当時の朱鎔基首相が国有企業改革を行い、実際にかなり大胆なメスを入れることによって切り抜けた経験があります。
ただ、そのときは非常にうまくやったと思っているのですが、今回はなかなかそこが動き出さないのですね。いま何が起こっているかというと、例えば地方政府が過剰債務を背負っていて、彼らがろくでもない不動産をたくさん持っている、という状況です。したがって、本来であれば地方政府の過剰債務問題に対応するのが筋なのですが、とりあえずインフラ投資を増やしてみたり、株式市場を煽ってみたりというかたちで対応しています。
かつての中国は、いろいろな問題を抱えながらも対応能力の高い国だったので、あまり問題ないのだとずっと思っていましたが、最近の対応はあまりにも稚拙だという感じがしています。一番ひどかったのは株価への対応です。株式について一番いいことは、株は必ず売れるということです。社債にしても、もっと複雑な証券化商品にしても、ちょっと環境が悪くなるとマーケットがなくなってしまい、売れなくなってしまいます。株という商品のすばらしいところは、値下がりさえ覚悟すれば売れるというところです。ところが、いま中国がやっているのは、株を売れなくするということです。株の一番大きな魅力をつぶすようなことを平然とやっているので、こういうパニック的な対応は心配だなと思います。