2015年9月30日(水)
出演者:
赤阪清隆氏(フォーリン・プレスセンター理事長)
髙島肇久氏(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)
杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:先ほど杉田さんが、「世界に発信しようと思っても、中身がないと発信できない」とおっしゃっていました。中身というのは、日本が世界の課題にどう取り組み、どのような役割を果たすのか、ということを戦略的に政治レベルで考えることです。それが非常に弱いのではないかという、大きな問題提起がなされてきました。
今度は発信の問題に移ります。私も国際会議によく出ているのですが、2つのことを感じています。1つは、いろいろな会議に出ている日本人はいるのですが、個人の献身的な努力で出席している状況で、余裕がなくてバラバラに動いてしまっています。一方、政府は、広報というかたちで巨額のお金を使っています。確かに、中国と韓国が政府広報をしていて、それに対して日本の正しい姿を広報しないといけないというのは分かるのですが、ただ、政府の宣伝だけになってしまうと、日中韓の間だけでやり合っている感じで、他国から距離を置かれているような印象があります。
杉田さん、日本の広報はかなり突出して動いていますが十分に機能していると思いますか。
ソリューションの伴わない自己宣伝は受けいられれない
杉田:日本がいいことをやっているのを国際社会に伝えることは重要ですし、各国とも広報を非常に強化しているので、日本も広報に取り組むべきだと思います。ただ、気を付けるべきなのは、国際社会の関心と別のところにボールを投げても、国際社会という受け手が持っているキャッチャーミットに球が入らず、とんちんかんなやり取りになってしまいます。
例えば、歴史問題で日本の立場を伝えるのはいいのですが、あまり微細なことを伝えると、国際社会の理解がそこまで及んでいないことがあります。もう少し大ざっぱに、原則として「日本はどうなのか」「戦争のことをどう考えているのか」というところをまず言わないと、伝わらないと思います。
加えて重要なのは、将来を見据えた日本の貢献です。平和、発展、貧困撲滅などについての具体的な提案がなく、単に「日本は頑張っている」「悪いことはしていません」だけでは不十分です。今の国際社会ではソリューションが求められているので、それが伴っていない日本の自己宣伝はあまり受け入れられないと思います。
高島:イギリスのBBCとアメリカのメリーランド大学が10年以上にわたって、世界中の主だった国々について「世界に対して良い影響を与えているか、悪い影響を与えているか」というランキングをつけています。日本は常に上から3番目くらいを行ったり来たりしています。したがって、一般の人から見ると日本は良い国なのです。ネガティブな回答をするのは北朝鮮、中国、韓国だけです。隣国との関係は1つの大きな課題ですが、ベースには、日本に対する大変好意的な見方があります。それから、東日本大震災のときには、世界中から日本に対する同情と共に、称賛の声が寄せられました。
それがベースにあるのですから、あとは、「日本は一体何をやっているのか」「今後、国際社会でどういう役割を果たそうとしているか」をきちんと伝えられるかどうかです。そこが今、不足しています。工藤さんがおっしゃった「発信力がない」というのは、まさにその点だと思います。
発信の担い手として、例えばNHKの国際放送があります。受信可能世帯数はBBCやCNNよりもやや少ないのですが、中国や韓国の国際放送をはるかに上回っています。ただ、問題は、NHKワールドは後発のテレビ局なので、チャンネルをひねっても数十番目にならないと出てこないことです。これでは視聴者は定着しません。つまり、見やすくする、利用しやすくする、きめ細かく番組をPRするといった、放送局側の不断の努力がまだ不足しています。これにかなり力を入れることによって、日本発の国際放送で、今、我々が何を考えているかをちゃんと世界に伝える役割が果たせるのだろうと思います。そういう一つひとつの積み重ねをやっていかないと、日本の情報発信はなかなかうまくいきません。
工藤:今日は、NHKと共同通信という、日本を代表する世界発信のメディアの関係者が来られているので、この問題をさらに深めていきますが、その前に、高島さんは外務省の報道官という仕事もされていました。この政府広報の問題がやはり気になります。
国際社会において日本が何をするかということについては、私たちが考えを持っていないと発言できないと思うのですが、それに対して戦略的な対話もできず、かなり状況が悪化してきています。しかし、一方で、宣伝広報費が最近かなり膨らんできました。それが、隣国との摩擦解消のためだけの宣伝になってしまうと、何か足りないような気がします。
政府広報だけでなく、オピニオンの強化など様々な取り組みが重要
高島:おっしゃる通りです。政府広報と称してやっている仕事のかなりの部分は、戦後処理の問題です。結局、「日本の戦後がまだ終わっていない、それをどう片付けていくか。周りの国々は日本を攻め続けている、これにどう対抗するか」ということにほとんどの神経が集中しています。何でもないところに行って「日本は今こんなことをやろうとしています。あなたの国とこの先、手を握ることで、こういうことができるようになります」という話をする努力が必要です。
そのためには、報道官やスポークスマンや大臣が行く、そして記者会見を行うことももちろん大事ですが、代表的な日本人を次々に海外に派遣して、大学生やインテリと話す、もしくはビジネスサークルで話すという意見交換の場を1つでも多く持つようにすべきです。これが、日本への理解促進にすごく役立ちます。
工藤:赤阪さんは、国連の広報担当の事務次長という要職を務められたのですが、世界の中で日本のことを正しく知ってもらう、また日本の可能性や世界における役割について考える判断材料を提供することにおいて、政府の広報が持つ役割だけで十分なのでしょうか。あるいは、もっと別なかたちの展開が必要なのでしょうか。
赤阪:政府ももちろん大事で、予算も必要なのですが、それだけでは十分でありません。日本の場合、日本の情報が世界に流れていないのは、政府の広報が十分でないだけでなく、日本の都道府県や市町村の問題でもあります。自治体はこれまで世界の情報を取ろうと努力してきたのですが、自分たちの良いところ、観光やお祭り、伝統芸能などが世界に伝わっていません。ですから、今、観光客が増えているのは東京、大阪、名古屋、福岡であり、地方には外国人が行かないのです。外国人観光客は箱根に行っても、熱海や伊東温泉には行きません。地方の観光地には英語の案内がなく、広報担当の人も外国向けの広報が頭に入っておらず、日本国内の観光客ばかりに対応しています。もうそろそろ、日本から国際的にいろいろな情報を流し、輸入ではなく輸出をする時期なのです。
東京の外国メディアに勤務している人が550人いて、そのうちの300人強が外国人なのですが、一番効果があるのは、彼らに日本について書いてもらうことです。政府広報だと、あるいは新聞広告を出しても、外国人が眉に唾をして読まれるだけでしょう。確かに日本から海外のメディア関係者は減っていますが、まだ550人います。ニューヨークタイムズ、フィナンシャルタイムズ、ワシントンポスト、BBC、CNNなど主要なメディアはすべて日本に拠点を置いています。彼らは日本からのニュースを待っていますが、そこに対する働きかけが十分ではありません。それを行うには、お金はあまり要りません。彼らとは、電話一本でコンタクトがとれるのです。
杉田:この前、弊社の英語発信の責任者と、「これから何を強化していくか」という議論をしました。彼が言ったのは、1つはローカルニュースでした。外国人観光客は、新しい日本をどんどん見たいと思っています。箱根ではなく、地方のひなびた温泉にすごく行きたがっています。そういうところのニュースを取り上げて、どんどん翻訳して出すことです。
2つ目に、外国人は、日本人が何を考えているのかを知りたがっています。「政府はこういう方針を示した」とか「安倍首相はこういう談話を出した」とか「日本人はどう考えていくのか」といったオピニオンを強化していくことです。外国の人たちが関心を持っているのは、日本の経済や安保政策なのですが、それをさらに超える部分で興味を持っているのは「日本がどこに向かっているのか」という点です。それは、最終的には有識者が代弁するものですが、彼らが何を考えているのかというオピニオンを出していこうということでした。
工藤:そのような世界に対する発信は必要だと思っているのですが、一方、冒頭で高島さんがおっしゃったような、世界の課題解決に対する国民の関心が日本では非常に弱いのではないかという問題もあります。
私もワシントンに行くのですが、いたるところでシンクタンクがワークショップをやっています。私たち言論NPOもそういうことをどんどん実施しようと思っているのですが、日本の中に、世界の課題を議論する舞台をつくり、そこに多くの市民が参加できるチャネルを広げなければいけないと思っています。それについては、どうお考えですか。
相手に説得力をもって伝える技術は訓練しないと身につかない
杉田:日本のメディアの欠点は、たこつぼ化しているところです。例えば、日本の政治に詳しい人はいますが、その人は、日本の経済や文化については途端に話せなくなります。これでは、国際的な発信の場では通じません。聴衆は、日本の安保政策を聞きたいけれども、同時に日本の経済や中国の経済についても聞きたいと思っています。そういった部分を総合的に話せるような人材の育成が、特に、国際的なオーディエンスに対して原稿を書く上で必要だと感じています。
もう1つ言うならば、必ずしも克明にすべて知らなくても、国際的に通じる論理的な書き方を、できれば英語で実践できれば一番いいわけです。その訓練もやっていく必要があるということを、最近、非常に感じています。
工藤:今年の春、言論NPOが日本の有識者に「世界の課題の中で何に関心があるか」と調査したところ、国際的なテロの動向とかイスラム国の問題、東シナ海・南シナ海など周辺国との問題、またTPP、アメリカの利上げなど幅広い関心があることが分かります。しかし、そうした課題を日本の中できちんと考えることは十分ではないような気がしています。
高島:冷静な、しかも論理的で、周りで聞いていても面白いと思うような議論が、日本ではなかなかありません。イシューについて自分の頭の中で考えていくこと、相手に対して説得力をもって伝える技術、これは日本語でも英語でも同じだと思います。
赤阪さんが最近お書きになった『世界のエリートは人前で話す力をどう身につけるか?』という本があります。その中で、古今東西のいろいろな政治家や言論人が、どういうアプローチで「話す」ことをきちんとやってきたかというエピソードをたくさんちりばめて書いておられます。こういう実践的な本をできるだけ多くの人に書いていただき、「そうか、このように話すことが大事なのか」と知ってもらうことが大事です。即興で短く上手に話すことはスピーチの達人でも難しいけれども、それを頑張ってうまくなろう、という本です。やはり、訓練しないといけません。場当たり的にしゃべっても、百戦錬磨の外国の論客と戦うのは難しいからです。
工藤:赤阪さんは、フォーリン・プレスセンターで、日本にいる海外のジャーナリストに情報を提供するという非常に大事な役割を担っておられます。日本が世界の課題をどう考えているのか、日本がそれをどう取り組んでいくのか、という言論が盛り上がってくれば、それは発信力つながると思われますか。
赤阪:言論NPOが行っているような活動に、外国のメディアに関心をもってもらえば、日本の情報がもっと世界に流れると思います。フォーリン・プレスセンターのほか、NHKやnippon.comなど、世界に対して情報発信をしようとする団体は増えてきたと思います。イギリスのチャタムハウスやダボス会議のように、定期的にいろいろなテーマを扱う議論の場が日本に必要だと思います。
工藤:私たちも、地球規模の課題を考える会議をつくろうと準備を進めていますが、世界の方が先を行っています。ただ、「日本が地球規模の課題に対して議論することをどう思うか」と世界の主要シンクタンクのトップにコメントを求めると、皆さん「日本に頑張ってほしい。そういう動きが始まったことはうれしい」と言ってくださいます。国際課題を考える人材がいないわけではないので、そういう人たちがいろいろな議論の舞台をつくり、政府外交と競争していくようなかたちになればいいと思います。
課題について議論し、具体的な解決策を提示することができる舞台を
高島:先ほどお話のあった防災、公共輸送機関の発達、それから、東京のような極めて集中度の高い街の中で工事を進めるすばらしい技術。また、高速鉄道網で中心地と遠隔地を結ぶことでつくられる、新しい人とモノの流れ。日本がやってきたことは、やはり一見の価値があります。日本には売り物はたくさんあるわけですから、日本発の議論の場でそれらを話し合えば、間違いなく議論は深まってきます。
杉田:「グローバル化」という言葉がずっと使われていますが、グローバル化の総本山であるアメリカ人の学者に聞くと、それは「グローバルな課題を議論できること」だと言います。外国語を使えるとか外国人の友達がいるといったことではなく、課題に直接向き合って議論できる力を持っていることです。知識があって、それだけでなくソリューションを考えることが、「グローバル化」だということです。
したがって、シリアの難民問題を日本語で、日本人が議論して具体的な解決策を提示しても「グローバル化」だし、それが国際的な場であれば、あるいは国際的な場で提案が採択されればより良いでしょう。そういうものが「グローバル化」であるならば、日本はまだまだ国内の問題で手いっぱいで、本当のグローバル化は進んでいません。そういう意味では、シンガポールはそれがものすごく進んでいる国なのかなと思います。
工藤:日本の国際化は、まさに今がチャンスですよね。今日の話を聞いて、展望が見えました。
赤阪:ポテンシャルはたくさんあります。それをまとめ上げて、世界に日本のいろいろな良さ、良い情報、課題を解決してきた経験、解決中の課題を共有する。それをもっと強化していきたいです。
工藤:ということで、時間になりました。今日は、日本の課題解決の力、それを世界にどう発信していくのか、そして、そもそも日本が世界にどう貢献していくのか、という非常に大きなテーマで皆さんと議論しました。
私たちはこれから2年間、こういう地球規模的な課題に対する議論を本格的に東京でやっていこうと思っています。今日はそのスタートだということです。これから、世界の一つひとつの課題にどう答えを出していけばいいのか、そして、日本の正しい姿を世界にどう伝えていくのかについて、より突っ込んだ議論を開始したいと思います。
皆さん、ありがとうございました。