今、アベノミクスに何が問われているのか

2015年10月18日

2015年10月16日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
齋藤潤(慶応大学特任教授、日本経済研究センター研究顧問)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志 工藤:9月24日、自民党の総裁選に再選された安倍首相は、記者会見で「アベノミクスはこれから『第2ステージ』に移る」とおっしゃいました。私たち言論NPOは、これまでアベノミクスの評価を定点的に行ってきて、第1ステージそれ自体にも様々な課題があると思っていますが、その中でこの第2ステージに移行するとはどういうことなのか。それをきちんと読み解きながら、日本経済の課題について議論を行います。

 ゲストの紹介です。まず、日本経済研究センター研究顧問の齋藤潤さん、続いて、日本総合研究所副理事長の湯元健治さん。最後に、法政大学経済学部教授の小黒一正さんです。

 まず、安倍さんの記者会見を聞いていると、もう「(第1ステージの目標だった)デフレ脱却はほとんどできた」とした上で、「これから新しい動きを始める」とおっしゃっていました。これをどう見ればいいのか、というところから議論を始めたいと思います。


具体的な政策というよりは、選挙に向けたキャッチコピーのような新三本の矢

 小黒:アベノミクスの第1ステージで、一番大きな政策目標は、「2年で2%」の物価目標ですよね。その2年とは、だいたい2015年の3月末が期限だったわけですが、直近のインフレ率は、コアCPIでいうと、マイナス0.1%程度ということで、2年4ヵ月ぶりのマイナスになってしまっています。一義的には確かに、インフレ率は上がったわけですが、デフレを脱却できたか、ということについては、専門家の間でも意見が分かれています。ただ、そもそも安倍政権側は、デフレ脱却の定義を実ははっきり示していないわけです。現状マイナスになっていますが、仮にまたプラスに戻ってきた場合、政府がそこで「デフレが脱却された」ということにすれば、一応、目的は達成された、ということもできなくはないとは思います。

 湯元:市場でも、いきなり「三本の矢」から「新三本の矢」へ、というように変わってきたので、やや唐突な印象を持っている人は結構います。ただ、「第2ステージ」というのは、今回初めて出てきた言葉ではなく、今年6月の「日本再興戦略改訂 2015」の中でも、「第2ステージに入った」と書いていたわけです。

 第1ステージでは、需要不足の経済の中、デフレが長期化してきた、という基本認識の下、主として需要を押し上げる経済対策をやっていこう、ということで、第1の矢の金融政策や、第2の矢の財政政策をやってきたわけです。しかし、日本経済の現状を見ると、人手不足が深刻化し、逆に供給サイドに制約があるということがはっきりしてきた。

 第3の矢の成長戦略は、供給サイドを強化することによって、日本の潜在的な成長率を引き上げる、ということが目標だったわけですが、まだやり始めたばかりで、はっきりとその効果も出てきていない状況の中で、新しい三本の矢が出てくるというのは、やや違和感を持って受け止めています。

 さらに、中身を見ると、「希望を満たす強い経済」、「夢をつなぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」など、具体的な政策というよりは、来年の参院選をにらんだキャッチコピー的な性格があるという感じがします。

工藤:今までの三本の矢は、政策手段だったのですが、今回のものは政策手段ではなく、願望のようなものになっている。どう実現するのかが問われているのに、それが見えてこない、ということですね。齋藤さんはどのようにご覧になりましたか。

 齋藤:第1ステージの成長戦略に関して言えば、私はちょっと成長戦略の性格が曖昧だったのではないかと思います。工藤さんは、政策手段だ、とおっしゃいましたが、政策手段として整理するのであれば、金融政策、財政政策、構造政策、というようになると思います。ところが、第1ステージの成長戦略というのは、構造政策だけではなく、湯元さんもおっしゃったように、需要政策みたいなものも入っていた。そこで、総花的なものになってしまい、何が優先されるのか、どういう体系なのか、ということが分かりにくくなった、と思います。

 そういう意味でいうと、今回の第2ステージの新しい三本の矢というのは、これまでと同様に「強い経済」を目指していますが、同時に構造政策、その中でも特に私が重要だと思っている、人口規模を維持するための人口減少対策に一応、言及して、着手しようとしているのは、すごく大事なことです。ただ、まだ具体化されていませんので、本当にできるかというのが分かりません。これから色々な肉付けは必要ですが、構造政策のところにシフトする良い機会にはなると思います。


論理構成上は第1ステージからの連続性がある

工藤:確かに、プラスに評価すれば、中長期的な視点から見て、持続的に成長するためにはどうすればいいのか、という姿勢に移ってきている。日本再興戦略の改訂版もそういう視点でしたよね。ただ、第1ステージで出てきた色々な問題は、まだ残っている。色々な経済指標も、当初想定していたよりは楽観できるような状況ではない。その状況の中で、、きちんと政策的な整合性を持ちながら、次のステージに移ったと見ていいのでしょうか。それとも、湯元さんがおっしゃったように、選挙を意識した政治パフォーマンスなのでしょうか。

小黒:好意的に解釈すれば、第1ステージと第2ステージの間には連続性があります。旧三本の矢である、大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略のうち、最初の二本の矢、つまり金融政策と財政政策が目指したものは、短期の視点で需要を押し上げて、経済成長を促進する、ということだったのでした。今回出てきた新三本の矢のうち、最初の「希望を生み出す強い経済」のところでは、GDPについて、「600兆円の達成を明確な目標として掲げたい」と提唱しています。この達成期限は明らかではありませんが、仮に2020年頃だと考えると、それまでに今の約490兆円から600兆円にするためには、名目GDPに換算するとだいたい3%くらいの成長をしていく、ということを意味するわけです。名目成長率を2つに分解した場合、インフレ率と、実質経済成長率になりますが、このインフレ率の方を、どれくらいの目安で取るかによって、実は旧三本の矢のうちの、金融政策などは含まれる、と考えることができます。

 もう一つの実質経済成長率の部分を、旧三本の矢の財政政策か、構造改革で引き上げるというように解釈すると、新三本の矢の最初の「希望を生み出す強い経済」というところにつながってくる、と解釈することもできます。唐突な印象もあるのは確かですが、政権側としてはそういうふうに新三本の矢を位置付けているのだと思います。

 残りの二本の矢である、子育て支援と、社会保障改革の方は、今までは重点をかけていなかったところですが、そこで、新しい矢として放つことによって、新しい政策として浮き彫りにさせている、という意味ではつながっていないわけではないと思います。

 ただ、検証するとやはり厳しい面が見えて来ます。繰り返しになりますが、インフレ率は直近ではマイナスになり、2%には届いていない。経済成長率の方も、内閣府が出している潜在成長率は、どんどん下がって来ていて、直近では0.5%になってしまっている。様々な対策を打っていますが、経済の底力というものがなかなかついてきていない。そういう意味で、第1ステージの検証をきちんと進めた上で、今回の対策が出されたのかというと、そこは違うと思います。ですから、来年には参議院選挙がありますが、我々としてもよく考えて評価していく必要があると思います。


現状からは遠い600兆目標

工藤:確かに、論理構成上はある程度連続性があるように見え、非常にうまく考えているという感じはします。ただ、600兆円目標のところが、第1ステージにつながっている、ということなのですが、実質3%、名目2%成長が難しい状況の中、本当に600兆円は実現できるのでしょうか。

湯元:アベノミクスのこれまでをデータで振り返ると、インフレ率は、原油価格の低下ということもありますが、マイナス0.1%になっている。仮に、こういうエネルギー価格の低下を除いても1%強ということで、目標の2%まではまだ道半ばです。経済成長率は初年度は非常に高かったわけですが、それは消費税の駆け込み需要などのおかげであって、それを除けば実質的に2%には届いていない。2年目は、消費増税の影響があったとはいえ、マイナス成長。それから、3年目に入って1-3月期は高い成長になりましたが、4-6月期はマイナス成長。これはアベノミクスの問題というよりも中国発の世界同時株価暴落などの影響ですが、いずれにしても実質1%強の成長率にとどまっている。3%を目指す、という状況ではなく、せいぜい2%行けるかどうか、というような局面です。やはり、需要サイドを刺激するだけの政策を続けていても、目標達成はできない。潜在成長率が0.1%まで低下した中、これを2%以上まで押し上げるということが求められていますが、そういう意味では、新三本の矢の中の第1の矢に入っていると思われる成長戦略こそ進めていかなければならない。

 それから、子育て支援、社会保障改革は、もちろん非常に重要な政策ですし、国民の関心も高いのは確かですから、新三本の矢に組み込むのは分かりますが、これで成長率が上がるのかというとそう簡単ではありませんし、そもそも財源が必要な施策ですが、その財源が一切示されていない、ということで、本当にできるのか、ということもはっきりしていない。おそらく新三本の矢の位置付けというのは、これから本格的に明らかにしていくことになると思います。

齋藤:まず、考慮しなければならないのは海外経済環境ですね。これがかなり不透明感を増している。ヨーロッパについては、ギリシャ危機は一応乗り越えましたが、今後の財政再建の進捗状況によっては、第2、第3のギリシャ危機というものが出てくるかもしれない。加えて、ドイツでもフォルクスワーゲンの排ガス不正問題が、どうなるかというのは非常に不気味です。自動車はすそ野が非常に広い産業ですから、ドイツでもかなり影響が出てくる可能性がある。そして、それがヨーロッパ全体に広がるかもしれない。そして、中国に関しては、なかなか難しい問題を抱えていると思います。私は、中国経済は、2重の移行過程にあると思っています。一つは、高成長経済から中成長経済への移行。投資に重点を置いた経済から、消費に重点を置いた経済に移行しようということです。当然、この間は経済が減速するので、そこが課題になる。もう一つは、バブルの崩壊とそれへの対応です。不動産市場で起こったバブルが、上海株式市場で株価が暴落したことで崩壊した。それを一生懸命支えようとしましたが、今のような、「問題を先送りをしよう」という政策は、日本の経験から言っても、傷口を大きくするだけなので、続けるべきではないし、続かないと思います。このように、中成長経済への移行と、バブルの崩壊の処理が重なってしまいますので、苦境は長引く可能性がある。

 そういう中で、日本国内に目を向けると、やはり、経済は弱い。一つは、輸出が伸びない。輸出が伸びないのは、今のような海外経済環境という要因もありますが、円安の下でも輸出が伸びない。普通は円安であれば、現地の価格を引き下げて輸出数量を稼ぐ、ということをするだろうと思うのですが、実際の日本企業はそうはしていない。現地通貨建ての価格は据え置いて、結局、円安は価格効果として継続している。ですから、経常利益は非常に良くなっているわけですが、数量で稼いでいるわけではない。そうすると、輸出は伸びない、ということになります。

 もう一つはやはり、消費ですね。まず、所得環境が良くない。賃上げはありましたが、物価上昇、特に消費税率の引き上げに見合った賃金上昇になっていない、ということで、実質賃金が上がらないので、消費も伸びない。

 それから、これはあまり指摘されていないことですが、高齢者の年金の給付が抑制されているのですね。まず、年金の特例水準が段階的に解消されてきた。さらに、支給開始年齢の繰り延べによって、今までであれば貰えていた年齢の人が年金を貰えなくなった。加えて、この4月からはマクロ経済スライドがありましたので年金生活者のところの所得が悪くなっている。そういうことで、消費はそんなに強くないわけですが、これらが強くないと600兆円目標には向かっていけません。

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