なぜ今、日米中韓4カ国からなる「アジア平和会議」が必要なのか、主催者の言論NPO代表の工藤泰志と宮本雄二氏が対談しました。
司会は、読売新聞の前政治部長の伊藤俊行編集委員です。
伊藤:来週2月24日に言論NPO主催で「アジア平和会議」が開催されます。アメリカ、中国、韓国、そして日本の識者が集まって現状の問題について議論するということです。今日は、言論NPO代表の工藤泰志さんと、元中国大使の宮本雄二さんに、今回の会議の意義についてお話を伺っていきたいと思います。私は読売新聞編集委員の伊藤俊行と申します。
さて、我々メディアの人間からすると、今の流行と言えば、日米豪印の戦略対話「Quad(クアッド)」です。その中であえてなぜ今、日米中韓の対話が必要なのか。工藤さんいかがですか。
十数年にわたる二国間の対話を基礎に、
地域の平和や紛争回避に向け一歩踏み出したのが「アジア平和会議」
工藤:私は十数年間にわたって中国と議論をし、アメリカ、韓国とも数年にわたって議論してきましたが、中国の最近の行動については、思うことがあります。むしろ、その行動を抑制するためにも、民主主義の国が力を合わせるということは、大事な局面だと思っています。ですから、先ほどのQuadという動きはよく理解できます。
中国の行動に対して抑止力というものも強める必要があると思います。そうしないと、今起こっている現象を止めるということは難しいのではないか、ということも理解しています。しかし、私たちの問題意識は、抑止力が必要だということは理解できるものの、その出口を誰が描くのか、ということなのです。力の均衡は当面の紛争を止めることができるかもしれない。しかし、こちらが抑止を高めれば、相手も抑止を高めていくため、緊張はむしろ高まり、出口が見えない。
そしてこの緊張と対立構造の核心はインド太平洋ではなく、この北東アジアなのです。
この地域の平和や紛争回避のために、我々はどのような努力をするべきなのか、私たちは十数年の準備を重ね、アメリカと中国、韓国と対話を進める中で、この4カ国が集まり、この地域の平和や紛争回避に向けて議論しようとなった。それが、今回の「アジア平和会議」につながったということです。
伊藤:宮本さんは、日米中韓4カ国の民間有識者が集まって対話をする意義を、どのように感じていらっしゃいますか。
安全保障の議論と、平和に向けたプロセスを同時に動かすことこそ重要
宮本:ヨーロッパとの比較で言えば、ヨーロッパは東西冷戦の前面に立たされたため、まずは安全を確保しなければいけないということでNATO(北大西洋条約機構)やワルシャワ条約機構ができ、軍事的な対立が始まりました。ところが、それだけでは平和は来ないということを、ヨーロッパの人たちは悟るわけです。
いかにして危険を少なくして安全を高め、平和を確立させるかというもう一つのプロセスがない限り、本当の意味での平和は来ない。それを、ヨーロッパの冷戦構造の中で学び、OSCE(欧州安全保障協力機構)という対話のプロセスをNATOとワルシャワ条約機構との間に始めるわけです。今の米中が比べ物にならないぐらい巨大な軍事力で対立しておきながら、同時に平和を語り合わなければいけない。今日の危機をいかに管理し、そのためにはお互いに信頼醸成を行って信頼を作り上げていくことによって、その先の道が開けていくということを彼らは学び、そういうプロセスを同時に始めていくわけです。
一方で、東アジアを眺めてみると、第一段階の安全保障の議論すらきちんと行われていません。今問題になっている中国との関係でいえば、これまでは圧倒的に軍事力ではアメリカが優勢だったために、その圧倒的な軍事力によって平和は保たれていたわけです。したがって、安全保障分野の基本的な議論も東アジアでは十分に行われてこなかった。
NATOができたということは加盟国全ての国で安全保障の議論が行われたということです。今、東アジアではそうした議論が始まったが、それだけに邁進している。
どうして安全保障の議論を始めながら、同時に平和プロセスの話をしてはいけないのか。ヨーロッパの経験を知っている我々が安全保障の議論を始めたら、その議論が終わるまで平和プロセスの話を待つべきなのでしょうか。私はそうではないと思います。
安全保障について東アジアの国々が初めて真剣に話し合う時期が来たのです。しかし、どのようにすれば平和はもたらせるのか、という道も同時に始めるべきなのです。
伊藤:重ねて宮本さんに伺いますが、アジア平和会議の枠組みはQuadではなくて、韓国を入れて、当事者である中国も入っている。この対比についてはどう考えていますか。
宮本:東アジアの根本的な安全保障の枠組みは、米国と同盟関係のある日本、韓国、そして準同盟関係の台湾が基本であり、Quadはそれに対する付け足しだと思います。どちらが主で、どちらが従かということを考えるべきです。
本来の安全保障の枠組みを考えていけば韓国が入るのは当然だと思います。その上で豪州とインドが入るのは当然ではないでしょうか。
「北東アジアの平和に向け、政府が動かないのであれば民間が主導するしかない」2013年の「不戦の誓い」から始まった多国間の取り組むに向けた動き
工藤:今はQuadの話になっています。しかし、東アジアで一番の大きな安全保障の問題はこの北東アジアなのです。
この地域には様々なホットスポットがありますが、一番問題なのは、こうした危険な地域にも拘らず、この地域全体の危機回避と平和を考える対話のメカニズムも存在していません。事故防止や紛争回避に向けたルールや原則も不十分です。さらに、様々な危険があるのであれば、二国間での議論も必要ですが、その二国間関係も不安定です。
つまり、この地域は、アメリカ、中国、日本、韓国という巨大な国が、まさに不協和音を持って存在し、その中で有効な対話や信頼醸成を行うメカニズムそのものが存在しない、世界的に見ても珍しいほどの危険なスポットなのです。
ではどうすればいいのか。一番良いのは政府が取り組むことですが、政府はまず二国間関係の問題から入って、それすらも十分に進んでいない。そうなってくると民間が対話の基盤を作るしかないわけです。お互いが信頼して話し合えるような環境を作って、紛争回避と将来に向けての議論をしていくということが民間主導でできれば、どこかのタイミングで政府が動き出す際の環境を作れる。
そして、危機があるからこそ、それをやらなければいけないタイミングなのです。
私たちは中国で16回、韓国で8回にわたって毎年世論調査をやっています。その調査では日中韓の国民はこの地域で一番大事なことを聞くと、必ず「平和」だと答えます。そして多くの人が問題に思っていることが、平和に向けた対話のメカニズムがこの地域に存在していないことです。それが民意なのです。政治が動かないのだとすれば、誰かがそれをやらなければいけない。私はその責任は民間側にあると思っています。
伊藤:言論NPOは2013年の「東京-北京フォーラム」の中で、「不戦の誓い」という成果物を発表していますが、今回の対話も目指すところはそこにあるのでしょうか。
工藤:当時は、宮本さんや、明石康さん、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長の武藤さんにもご協力頂いたのですが、2013年に中国との間で、「不戦の誓い」を合意しました。我々はもちろん尖閣諸島は日本の固有の領土だと思っています。ただ、あの地域で偶発的な事故が起こって、それが紛争になることはどうしても避けなくてはならないと思いました。それこそが、世界が気にしていたことだったからです。当時は、政府間外交自体が断絶に近い状況に追い込まれていました。対話自体がなかったのです。だから、私たちが中国と本気の議論を行いました。その結果、まず民間側で合意しようということになりました。そして、この地域で戦争を起こさない、紛争を平和的に解決するということを合意しました。それが、「不戦の誓い」です。その合意の最後に「不戦の誓いを将来は北東アジア全域に広げる努力をしようと」と書き込みましたが、中国側が発表した文面からは全て削除されていました。
そこから7年かけて、中国と議論を行い、さらに米国、韓国とも協議を行い、この「不戦の誓い」を意味あるものに発展させたいと考えました。当面の紛争や事故防止から始まって、信頼醸成、そしてこの地域で目指すべき平和の道筋や原則についても、一歩一歩やっていこうということで昨年、合意されました。
今回はコロナの影響でオンラインとなりますが、この間、米中対立がかなり激しくなっています。その中で私たちの取り組みをどう進めるのか、まさに米国と中国も参加して議論を行い、その上で次のステージに向かうための土台作りを24日にやろうと考えています。
伊藤:アメリカでバイデン政権が始動しました。最初の100日は始動期間で、なかなか物事が動かないとも言われます。一方で、日本でも菅政権になってから5カ月が経っていますが、菅さんの外交方針、特にアジアでどのように振る舞うかということも見えてきたのではないかと思います。そういったことも踏まえて、このタイミングでこうした会議を開く意義について改めてお聞かせください。
国民の生活を守り、平和を壊す戦争を行わせないために、
政府、政治家、有識者全ての人たちが大きな責任を負っている
宮本:バイデン政権が成立して、アメリカが分かりやすくなったという風に思います。トランプ政権は、トランプ大統領とその他で相当考え方が違っていて、政府の公式な文書になればしっかりとしたものがそれなりに出てきましたが、何がトランプ政権の基本的な考え方なのかがよくわかりませんでした。
しかし、バイデン政権の中枢に入る人が色々と論文などを書いていますし、バイデンさんの発言なども踏まえて考えていくと、中国をアメリカに対する深刻な競争相手だとみなしていることは間違いないのですが、まだ「敵」ではないのです。これが米ソ冷戦との本質的な違いです。米ソ冷戦時代は、ソ連は「敵」でした。しかし、中国はコンペティター(competitor)で競争相手だということです。これは我々に一縷の希望を与えるわけです。なぜかというと、もしアメリカが中国はソ連と同じだと認定すれば、中国が倒れるまで戦うしかなくなります。それは、私が知っている中国の現実とは違います。中国は何が何でも倒さなければいけない相手なのか。すなわち、どういう風に中国を認識するか。中国は100パーセント敵だという認識した中国像というのは当然ありうるわけで、アメリカでは今でも一部の人はそのように主張しています。
私は今回のバイデン政権は中国を敵ではないと認識していると見ています。そこで何が起こるかというと、中国との対話の可能性が出てくるわけです。したがって、このタイミングで中国と対話をして、どういう形で中国に影響力を及ぼしながら、中国の方向性を変えさせるかという共通の努力に、日米は従事できるのです。
その前提は、中国は変わる可能性があるということです。少なくとも現状、中国は「敵」ではない。
今回、私たちの取り組みの延長線上に4カ国の国民は「平和」を望んでいる、ということがあります。4カ国の国民にとって、平和を失うことの代償は空前の大きさになっていて、平和を失うということは、そうした生活を失うということなのです。そういう背景のもとに、我々は戦争に至らない道をどう探るのか、そして最終的に平和をどのように構築するか、ということが今の有識者、政府、政治家も含めて、深刻で重大な責任を負っていると思います。
その取り組みを私たちは始めたいのです。すなわち、国民に強いる犠牲は従来のいかなる時代よりも、はるかに大きな問題になっているということを全ての人たちが自覚して、戦争と平和の問題を考えなければいけない。アメリカの政権が代わったという意味で、より理性的で合理的な議論ができる素地ができたと思います。
伊藤:今、宮本さんの発言にもあったようなバックグラウンドを持って、来週、会議が始まりますが、私も錚々たる顔ぶれが揃うという風に見ていますが、今回の人選、さらにどういった議論を期待しているのか、といった点について聞かせてもらえますか。
工藤:今回、アメリカ、中国、韓国の参加者に今回の会議の目的を話しています。中国の行動に問題はありますが、私たちの最終的なゴールはこの地域の出口であり、その取り組みなんだと。今回集まる4か国の識者はそれを合意してあつまるのです。
この準備で私が驚いたのは、中国に対する姿勢は厳しいものですが、紛争を回避するための取組みに共感を持つ人が、アメリカにも数多く存在していることです。私は最近の米国内の論調から、この対話そのものが否定されるのではないか、ということは気になっていましたが、そうではありませんでした。むしろ、民間が主体となったこの地域の秩序の構築の試みを期待する、声もある。最近発表された国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官に就任したカート・キャンベル氏の論文にも同じ文章があって、勢力均衡だけではダメで、この地域の国家が考える正当な秩序を構築していく努力が必要であり、中国もこうした動きや秩序を認めるか、あるいは最低限黙認すべき取り組みとなることが必要と書かれていました。
バイデン政権は民主主義国と連携して、民主主義や国際協調を修復すると言っていますが、こうした地域における平和秩序への国際協力もあり得るのだな、と思っています。
今回のアジア平和会議にはアメリカから4人が参加しますが、前日の23日に行う日米安全保障対話には、アメリカ軍のかつての最高責任者も含めて7氏が参加します。私に来ている手紙では、こうした取り組みが大事だと書かれていました。
私はこうした民間の努力は、多くの国民の支持を得ることで政府間の環境を変えることも可能だと信じています。非常に長い時間がかかると思います。しかし、その一歩は踏み出したいのです。
伊藤:ありがとうございました。「アジア平和会議」の持つ意味については、お二方に存分に語っていただきました。楽しみにしております。
最後に、新型コロナウイルスの感染が収まらず、緊急事態宣言下の会議という苦しい状況になりますが、ただ新型コロナウイルスによって、国と国との関係、国際機関の役割、あるいは人と人とのふれあいの大事さとか、色々な新しい世界が見えてきているのだと思います。その中でこうした課題に取り組むというこことについて、一言いただければと思います。
既存の国際秩序、国際機関の役割が修正を迫られる中、
中国を積極的に参画させるためにも、認識ギャップを埋める対話が必要
宮本:新しい時代が始まって、中国がさらに重要な役割を担う、ということは自然の成り行きだと思います。しかし、そういう時に一番大事なのは、法の支配や原理原則の問題です。我々はこうした原則を口にしますし、中国側も口にしますが、その6割ぐらいはダブっています。ところが、表した言葉が意味しているのは何なのか、ということは違ってきます。例えば、アメリカと中国で本気になって議論しなければいけないのは、中国の脅威感がどこからきているのか、ということについてアメリカはどこまで理解しているか。これは中国の体質にもよるので、中国はそこをはっきり言いません。いずれにしても、米軍の圧倒的な強さの前に、中国は大変な脅威感を感じているはずなのです。だから色々な理屈を並べて、軍拡をやるわけですが、その軍拡の出発点は、世界に覇を唱えようとする前に、アメリカに対する恐怖感だと思います。そういうものを素直に喋ればいいと思いますが、中国はそうはしない。何が言いたいかというと、そういうところまで掘り下げて議論をしないと、中国と間で何か新しいものを作っていくということは非常に難しい。何を考えているかわからない、同じことを言っても違うことを考えている。こういうものがダラダラ続くことは、世界のためにもよくありません。
コロナが終結した後、新しい国際秩序、新しい国際機関の役割等、色々なものが修正を迫られるでしょうが、その時に中国に積極的に参画してもらいたいのですが、中国には開かれた姿勢で議論してもらいたいし、我々も開かれた姿勢で中国と議論をして、根本的な部分で食い違っている中国との認識のギャップを埋める努力が益々重要になってきたな、と思います。中国がこれから大きな役割を果たすということは、国が大きくなってきているためしょうがない。そうなってくると、中国はそれに見合った責任感と、視野の広さ、心の広さを持ってやってほしいと思います。
コロナという人類の危機に対して主権国家の対立構造が顕著になった
そこから脱却するためにも、民間の動きを大きなものにしていく努力が必要
工藤:人類の命の危機に、国家の対立が持ち込まれてきます。主権国家の対立構造が国際政治の基礎というのは分かりますが、人類の危機に対しても国家対立が妨げになる、ということが非常に気になっています。
ただこの間、私は多くの民間対話を行ってきましたが、政府間外交だけでは十分に対応できない領域というものが、間違いなく存在していると思います。例えば国民感情が悪化することによって政府外交が動かなくなる。それから、国境を越えた大きな脅威に関して、国家というものが対抗してしまう。
その空白を埋めるのは民の力だと、私は思っています。国家を構成しているのも民なわけです。この民の動きが大きなものにならない限り、世界が抱えている国際政治、国際的な課題の閉塞感を脱却できないような気がしています。
バイデン政権が言うように民主主義国の連携は必要ですが、それが一般の市民に支えられない限り日米関係は強いものになりません。
今回、私たちが来週の「アジア平和会議」の前日に「日米対話」を行うのも地域対立の出口や、この地域の平和の将来に向けても、日米は協力すべきだと思うからです。私たちの取り組みは地域の平和秩序に対する民の挑戦ですが、こうした民の努力が今こそ大事だということを、このコロナの危機で改めて感じました。
人類の危機にもかかわらず、なぜここまで世界は内向きで対応が政治的なのか。この構造を壊すためにも、私たち民間が課題の解決で国境を超え、話し合うことが必要なのです。
伊藤:2月24日午前9時から開催される「アジア平和会議」、民間対話ならではの率直な掘り下げた議論を期待しています。今日は、宮本さん、工藤さんありがとうございました。