今回の対話が、多国間協力の土台を見つけるスタートラインにセッション3「民主主義は日韓共通の基盤になりえるか」・閉幕式報告

2021年10月02日

⇒ 第9回日韓未来対話 記事一覧

 言論NPOは10月2日(土)、「第9回日韓未来対話」を開催しました。午前の2つのセッションに続き、午後からは3つめの議論が行われました。

 米バイデン政権は、「21世紀は民主主義国と専制国家との対立の時代」とし、民主主義の有用性を高めるために、民主主義の修復を世界に呼びかけています。民主主義という共通の価値観を持つ日韓両国はこの米国の呼びかけをどう考え、人権や個人の自由への制約を強める権威主義国への対応の面でどのような共同歩調を取るべきなのか。「民主主義は日韓共通の基盤になりえるか」をテーマとするセッション3では、こうした観点からの議論が展開されました。司会は工藤泰志(言論NPO代表)が務めました。


民主主義の「罠」の危険を認識しながら民主主義の問題に取り組むべき

sugiyama.png まず日本側から問題提起を行った杉山晋輔氏(元外務次官、前駐米大使)は、バイデン政権が3月に発表した安全保障政策に関する暫定指針でははっきりと"democracy vs. autocracy"を軸としており、そこでは特に「中国」を強調していることを紹介。同盟国との協調を重視しつつ、民主主義の修復に米国が乗り出していることを評価しました。

 しかし同時に、民意全体がポピュリズムによって誤った方向性に行ってしまった場合の弊害の大きさなど、民主主義の"罠"についても警鐘を鳴らし、日本と韓国が、民主主義の問題に取り組む際には、こうした危険性への認識を「緊張感をもって共有すべき」と語りました。


2.png 続いて、韓国側の問題提起を行った李淑鍾氏(成均館大学校教授、元EAI院長)はまず、米国のリーダーシップの弱体化と中国の台頭の中、民主主義の後退が世界的な潮流となっていることを懸念。また、バイデン政権による民主主義サミットや独仏が主導する民主主義再興のための取り組みなど前向きな動きがあるものの、「アジアでの動きは鈍い」と指摘。韓国もこれまでは民主主義を擁護するための動きにはあまりコミットしてこなかったと振り返りましたが、近年はいわゆるD10構想への参加や、後発民主主義国のための民主選挙支援システム"Association of World Election Bodies"を開始したことなど様々な取り組みを進めていることを紹介しました。

 日韓協力のあり方については、D10のような多国間での枠組みの中にとどまらず、二国間協力も進めるべきとしましたが、今回の世論調査結果では日韓間で民主主義への意識の違いも見えたとし、まず互いの認識を確認することも重要であると語りました。

 その後、ディスカッションに入りました。ここではまず、民主主義の国際的な修復における日韓協力についての意見が数多く寄せられましたが、そもそも民主主義とは何か、なぜそれが必要なのかという根源的な議論も展開されました。


民主主義がより魅力的なものだと示すためにも、絶えずのブラッシュアップが不可欠

3.png 金世淵氏(元国会議員)は、香港問題では何もできなかった反省から、ミャンマー問題では韓国政府もかつてない強い声明を出したことを紹介。これまでは韓国も日本も民主主義にせよ人権問題にせよ国内に存在している問題のみに関心が行きがちであったのではないかとしつつ、これからは「アジアや世界の問題に目を向けるべき」と訴えました。1.png

 吳俊氏(元国連大使)は、各種の民主主義指数について触れながら、日韓両国はそこで優れた成績を示していると指摘。両国には民主主義を擁護していく上での十分なポテンシャルがあると語りました。


matsukawa.png 松川るい氏(防衛大臣政務官)は、日韓両国民が専制主義よりも民主主義を選択するのは当然としつつ、しかし後発民主主義国の中には高い経済成長率を誇る中国式のシステムの方に魅力を感じる国が多いのも事実と指摘。こうした中での課題は、中国式よりも魅力的なものを民主主義国が示せるかどうかであり、そのためには民主主義のブラッシュアップが不可欠であると主張。そこでの日韓協力が求められるとしました。

4.png 金憲俊氏(高麗大学教授)は、対専制主義国という観点からは、サイバー攻撃による選挙介入がすでに脅威として顕在化していると指摘。こうした具体的な課題に焦点を合わせれば、協力もしやすいと提言しました。

「民主主義」に対する認識の違いを把握することが重要に

isozaki.png 一方、磯崎典世氏(学習院大学法学部教授)は、日韓はいずれも民主主義国であるが、韓国の方は直接民主制への志向が強いのに対し、日本は議会を重視するなど違いはあると指摘。今回の世論調査結果でも、相手国を民主主義だと思うという回答が少なかった背景にはこうした体制運営に関する認識の違いがあるのではないかとしつつ、こうした差をしっかりと把握することから始めるべきとしました。

 また、民主主義の仕組み自体は多様である以上、他国への支援に関しても、外からの押し付けではなく、内からの動きを後押しするような支援になるように留意すべきとしました。

 これを受けて松川氏も、重要なのはあくまで自由と人権であり、そうした観点からの支援を進めていくべきであるし、それなら日韓も認識を共有しながら協力できると発言。

 杉山氏も、米国型の民主主義がすべてではないことや、外からの押し付けが上手くいかないことは歴史の教訓であると語りました。

ito.png 伊藤亜人・東京大学大学院総合文化研究科名誉教授は、様々な試練を受けてきた韓国の民主主義と、国家を前提とした戦前以来の感覚が刷り込まれている日本の民主主義の違いを指摘。しかし、両国ともにそもそもの問題として「なぜ民主主義が必要なのか」という根源的な問題については考えてこなかったのではないかと問題提起しました。
 
 同時に、こうした問題を考えたり、議論をする際には国家を背負ったものになりがちであるので、あくまでも市民・生活者の視点が必要だと注意を促すと、杉山氏も「政府だけの議論ではなく、市民レベルの知的対話が必要だ」と応じ、「日韓未来対話」のような取り組みが不可欠であるとしました。


多国間協力促進の土台をどう見つけられるかが、民間に問われてている役割

037A1629.png その後、閉幕式に入ると、まず日本側主催者を代表して工藤は、世論調査結果が示しているように日韓両国民の認識は足並みを揃え始めたとしつつ、「しかし、協力のメニューはなかなか出てこない」と発言。しかし、韓国世論の中に「米国、中国などを含めた多国間協力促進の道を選ぶ」という声が多いことは一つの手がかりになるとしつつ、「協力の土台をどう見つけていくか、それが民間に問われているが、そのためのスタートラインには立つことができた」と今回の対話の手ごたえを口にしました。

5.png 韓国側主催者を代表して孫洌氏(東アジア研究院院長)は、「過去ではなく未来に向けた議論に集中できた」としつつ、ポストコロナ、米中対立など不確実性の高い中での今後の日韓協力の構築に期待を寄せました。もっとも、政府と世論がデカップリングする危険性は常にあるとし、だからこそ「2トラックの議論が不可欠だ」と日本側に呼びかけるとともに、「次回は議論を具体化し、解決策を両国政府に提案したい」と来年第10回という節目を迎える「日韓未来対話」への強い意気込みを示しました。

セッション3 参加者 日本側パネリスト: 磯崎典世・学習院大学法学部教授 伊藤亜人・東京大学大学院総合文化研究科名誉教授 杉山晋輔・元外務次官、前駐米大使 松川るい・防衛大臣政務官、参議院議員

韓国側パネリスト: 
李淑鍾・東アジア研究院(EAI)院長、成均館大教授  
吳俊・元国連大使
金世淵・元国会議員(自由韓国党)
金憲俊・高麗大学教授

司会:
工藤泰志・言論NPO代表