「なぜ今、中国との対話が必要なのか」識者3氏が語ります

2021年10月07日

「東京―北京フォーラム」は日中国交正常化50年に向けた議論ができる絶好の舞台。
日本は現状の「思考停止」から脱し、協力と対立を分けた議論が必要

1007kawashima.pngのサムネイル画像 川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授)

工藤泰志:今年の「東京―北京フォーラム」の意味をどう考えますか。

今回の「東京―北京フォーラム」における3つの大きな意味

川島真:3つあると思います。まず、米中対立を受けて、世界的に様々な対立点が生まれてきている。しかし、日本では中国を話す時には政府の人たちは言葉の使い方に相当慎重になっている。「この問題に対してはこう答える」とテンプレート的な答えがあり、それに基づいて議論することが決まっているだろう。本来、より柔軟性のある議論をすべきなのに、それがなかなかできない。
 アメリカは中国と、気候変動、北朝鮮、アフガニスタン、イラン、あるいはミャンマーなど協力的な案件についても話している。しかし、日本と中国の間ではそんな話し合いはない。アメリカが同盟国と話すときには基本的に安全保障にアジェンダ絞っているので、日本がアメリカと中国について話す時には基本的に「中国にどう厳しく対応するか」、そんな話し合いしかしていない。
 今回の「東京―北京フォーラム」はそうした委縮した状況の中で開かれるかなり大掛かりな対話の舞台だということだ。
 しかも、新型コロナ禍の影響で、直接的な交流がないためにそれぞれの国の中で「閉じた言論」ができてしまっている。ナショナリズムが強まり、依然として中国内でも反日論が強い。そうした状況だからこそ、この民間の議論の舞台が両国の架け橋になり、協力も含めた議論ができることを私は期待している。

 第二は、中国の行動に、世界中で様々な疑問が広がる中での対話だということだ。中国自身が「自分たちはこういう国になりたい」とか「世界の中で中国はこうあるべきだ」という主張は随分している。しかし、そうした中国の行動や主張に多くの疑念が広がっている。だからこそ、そうした批判的な言説をどう受け止めるのか。その点で中国側の観点を聴き出すことが必要で、それこそが大きなチャレンジになる。
 世界でも今や、今回の「東京―北京フォーラム」のような大きな議論の場はほとんどない。だからこそ、この場では世界が知りたい疑問をきちんとぶつけて聞き出すことが必要だ。私はこの場をそれができる、極めて重要な機会だと思っている。

 三つめは、日中関係の話だ。中国側との話で最近、驚いたことがある。米中関係が最悪なのに、北京から見ると日中よりも米中の方がよっぽど交流がある、日中関係は何にもなくなってしまった、という声だ。
 しかし、来年は日中国交正常化50年。これに対しても全く議論が始まっていない。こうした議論は来年から始めたのでは遅いので、今年から議論を始め、日中関係が今後向かうべき道を見いだす必要がある。それが見えてくれば、来年をどう迎えるかにつながる。この点に関する双方の感触をつかむ場として、この「東京―北京フォーラム」以上の対話の舞台はないだろう。

工藤:「中国に何を目指しているのか聞くべき」という第二の点についてです。中国はどういう国になろうとしているのか、川島さんはどのように見ていますか。

「2049年、中華民族の偉大なる夢」は長い道のり

川島:中国は自身が言っていることと、実際にやっていることがあります。言っていることは、経済力を中心にして世界の国々とも有意義なウィンウィンな関係を作っていき、その関係性をパートナーシップ、友好関係につなげていくという一つの新型国際関係のイメージを持っている。また、グローバルなルールについては国際連合憲章を中心にするという。これは先進国中心ではなくて発展途上国にも十分な有意義な形になれるからだ、と中国は言っている。そして、「2049年には中華民族の偉大なる夢を達成し、また世界の運命共同体をつくる」ともしている。
 実は、ここに矛盾があると思っている。経済関係を中心にしたWin-Winな関係や、国連のルールを中心にやっていくというだけでは中華民族の偉大なる夢は達成できない。中華民族の偉大な夢には、台湾解放も含まれるが、その実現のためにはどう考えても政治力・軍事力においてアメリカに追いつくことが必要になる。
 それを習近平氏は、2049年までにやると2017年に言っている。32年間かかるという非常に長い道のりを想定したのだ。ただ、彼らは新型肺炎に際してアメリカが失速し、この夢の実現へのその道のりが縮まったと思っている可能性がある。

ルール作りに乗り出した中国。中国が抜け出すか、それとも押し返されるか、今がまさに過渡期にある

次にやっていることの方ですが、中国は自分で国際ルールや標準作りを始めており、それが使われる国も増えている。これがアメリカとの情報通信デカップリングを生んでいる。
 この実際の動きはあながち馬鹿にできない。実際に中国を貿易相手一位にしている国は増えている。今やブラジルや中米の国でさえアメリカではなくて中国が貿易相手国第一位になってきている。アメリカのお膝元でそんなことは20年前には考えられなかった。
 中国の経済力は増しているし、軍事力についても当分時間はかかるけれど、だんだんアメリカに近づいてきている。テクノロジーの面においても、火星への探査を1回目で成功させるなど考えられないレベルに到達している。
 ただ中国は、世界の新しいルールを作るという面についてはまだ途上にある。人民元の国際化もなかなかうまくいかないし、そもそも国際的なルールと言っても先進国の抵抗はなかなか強い。ただ、先進国もリベラルデモクラシーを完全に守り切ることができるか、と言ったらそれも疑問だ。当面は先進国のグループと中国がいろいろな分野で争い合う。しかし、部分的なところでは協力する。そういうある種の拮抗状態が続くのだろうと思う。途上国から見ても、中国だけに賭けるということもなく、自らのコンテキストで、それぞれの領域において都合の良い方を選ぶのだろう。
 中国がやがて抜け出す今が過渡期なのか、それとも中国もかつての日本やドイツ、ソ連のように、挑戦したけど敗れて行くのか。それはまだ分からないが、今後はアメリカを中心とする先進国と中国との拮抗状態にゆっくり入って行くのだろうだと思う。その中で日本がどうするべきかは、また別の大きな課題です。

工藤:来年秋に予定される第20回共産党大会を経て習近平氏は総書記3期目に入る見通しです。これで習近平体制による統治は完成するということでしょうか。

習近平が目指すのは国家や党、国民が同じ方向を向くこと

川島:習近平氏が3期目に入ると、そこで人事が行われるが、任期延長するのは習近平氏だけで、李克強氏も含めて他の常務委員はほとんど延長されないだろう。そのため多くの人が代わる10年に1回の大人事異動になる。目下、中国共産党内での出世の道は、習近平氏に忠誠を誓うことだ。江沢民、胡錦濤の時はキャリアパターンが制度化されてきていたが今は違う。政府に近い人は皆、習近平氏の話をよく聞いて、習近平に近づこうとする。それだけに、勝手な真似はしないのだが、ただ反腐敗の対象にされても困るから逆にサボタージュする人も出てくる。
 一方で、民間に対しても統制が強化されているから、民間の方の人たちも思い切って発言ができない。習近平政権にとって、民間の力は経済面でも技術面でも重要だが、官民の癒着を断ち、それでも民間の活力を持ち、そして民間への管理統制を強化するという政策を採用しようとしている。これはCPTPP加盟にも関わる点だが、難しい問題だ。しかし、習近平からすれば、官民のそれぞれが一致して「夢」の実現を目指すことも重要視されている。
 習近平氏が今やろうとしていることは簡単にいうと空間的にも国家社会的にも官と民の関係を全体として一つにすることだ。これは、習近平氏と共産党と中国の国家・国民が皆同じ方向を向くということであり、そういう統治を目指しているように見受けられる。

工藤:私がわからないのは台湾。習近平氏在任中に台湾との統一はあるのでしょうか。

台湾武力統一は不可能、平和統一は長期的にはわからない

川島:無理です。3月に上院公聴会でデービッドソン太平洋軍司令官が、中国は向こう6年以内に台湾に侵攻するとの見通しを示していたのは、おそらく軍の予算取りのためだと思う。私も、デービッドソン司令官と中国問題で議論したことがあるが、彼は非常に慎重な人で、そう言った意味でも何か思惑があっての発言だったのだろうと思う。
 台湾で何かがある、と思う一番大きな理由は、習近平が来年に党主席になって毛沢東と並び、やがて超えていこうという時に「全面的小康」の実現だけでは成果が少ない、だから何かやるのではないか、という予測があり、それはやはり台湾で何かするので花は以下ということになる。
 先ほども述べたように、中華民族の偉大なる夢=台湾解放の目標とする年は、2049だ。習近平自身も「すぐに台湾解放をする」とは一言も言ってない。2019年に習近平が述べた5つのポイントの中には武力行使をするかもしれないということが入っている。だが、習近平が言いたいことは、すぐに武力解放をするということではなく、まずは台湾の中に「愛国統一を望むような集団」を作っていく、台湾の企業を中国側に取り込んでいく、台湾と福建省を融合しながら台湾の人々を引き込んでいく、ということなどいった話だ。今後、ハイブリッドな方法を用いて台湾社会内部に浸透し、台湾の方から「やっぱり中国と一緒になった方がいい」となるような方向に導いていくということを習近平は言っている。
 もちろん、台湾周辺の軍事的緊張は高まっているし、人民解放軍も演習をしている。ただ、演習しているからすぐにこれから台湾を攻める、というわけではない。演習は「こちらは準備できているぞ」というメッセージであったり、相手の動きに対応した措置であることが少なくない。それに平和で豊かな台湾に正面からミサイル攻撃を仕掛ければ、何百年も習近平氏は「そういうことをした人」だと歴史に汚名を刻まれることになる。それは望まないだろう。
 南シナ海の東沙や南沙の太平島の周りなど、その辺りの小島・無人島を一個奪って、人民解放軍とCCTV とがセットになって作戦を遂行して画像を撮って、「こうやって我々は頑張っている」と喧伝する可能性はある。こうした意味での「有事」はあり得ますし、それが連鎖すれば危険になることもあり得ますが、正面切って人民解放軍が突っ込むことは当面できないと思う。

工藤:平和統一の可能性は残っているのですね。

川島:残っているが、目下のところ、それはとても難しい道だと思う。2019年の1月に習近平が武力統一もあり得るといったら、それによって蔡英文氏の支持率が復活した。2018年末には蔡英文の支持率は最低になり、地方選で負けた。ところが1月に習近平がそんなことを言ってくれたから、蔡英文氏の支持率が高まったという面がある。
 その後、2019年には北京から香港への圧力が続いたが、それも蔡英文氏の支持率上昇につながった。そして、新型コロナのパンデミックがあってさらに支持が集まって、蔡英文氏は2020年1月の選挙に圧勝し、その後も一定期間支持率が上がった。
 だから、習近平の政策は短期的には夢物語に近い。でも長期的にはわからない。台湾のメディアは中国系になっているし、台湾の社会の中には様々な「中国要素」が入っている。台湾への中国からの浸透は継続的に続いている。経済面を中心にして様々な影響が入っていく中でその可能性が広がるかどうかだ。

工藤:日本はそうした中国とどう付き合うべきですか。

日本は「思考停止」から脱し、対立と分けて協力や交流を模索すべき

川島:中国がやりたいと思っていることを理解した上で、協力できることがあるのかないのか、見極める必要があると思う。その際、対立、競合しかなく、「100%お付き合いできない」とすると思考停止になる。対立はあるけど、アメリカやヨーロッパも中国との交流や協力を模索している。彼らは対中外交で複雑な方程式を組んでいるわけです。その中で日本だけが単純な方程式を組んでいていいのかという問題がある。
 世界第二位の経済大国である中国抜きで東アジアや世界の秩序形成、とりわけ経済面での秩序形成を考えるのは無理だし、中国とチャンネルをもってちゃんと対話や交流ができないと、日本の国益にも反する。
 中国に厳しくするところはあってしかるべきだと思うが、だからと言って全面的に交流を止める必要はない。全面的な協力はできないのであれば、協力できることを意識的に作っていくことを考えることが戦略だと思う。
 一方で軍事・安全保障や情報通信の面では国益を守りつつ、他方ではあまり問題にならないところで中国との協力を模索する。ある面では大きな声をあげつつ、我々の方できちんと問題を整理して、時には協力可能案件を大きなものへとデコレーションして、「中国とこういう風に協力していきたいのだ。あなたたちがやりたいことを受け止めた上で我々も考えるから」と言いながら、軍事・安全保障、領土問題では厳しく対応する。そういうようなことが日本には求められていると思う。この点、CPTPPなどは中国と対話していく上で利用価値があると思う。

工藤:新しい形でのエンゲージメントですね。

川島:エンゲージという言葉を使うとアメリカが嫌がるので、一番近い言葉を挙げるとすれば新しい「戦略的な曖昧さ」かもしれない。オバマが言ったStrategic ambiguity という言葉のリメイク版かもしれない。ただ、これはアメリカも行っていること。気候変動問題の大統領特使を務める元国務長官のジョン・ケリー氏が中国を訪問した際、「気候変動問題は砂漠の中のオアシスかもしれない」と述べたが、王毅は「周りが砂漠だとそのオアシスもやがて砂漠になる」と応酬した。それに対してケリー氏は砂漠とオアシスは別問題だと述べた。中国は協力するなら対立をなくせといい、アメリカは気候変動問題と米中対立の問題を一緒にするなと言っている。
 日本も同じように、協力案件と対立案件を分ける必要がある。厳しい対応だけでいいのか、他は何もなしでいいのか。隣国同士が交流しないことはありえないのではないか、経済関係なしもありえないし、中国経済を全く無視して日本の経済も成り立たないのではないか。
 私は、日本の現状が「思考停止」になってはいけないと思う。アメリカだってやっているのだから、日本も中国と協力案件を見つけようとしている姿を見せてもいい。相手に利用されてはいけないが、協力を模索する姿勢を見せてこそ、対立案件を有利に進められるのではなかろうか。
 他方、中国が浸透を試みる台湾、あるいはそれ以外の地域とも日本は一層の台湾を深めていかねばならない。この点は、対立とも、協力とも違う、競争が必要となるのだろう。

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