米中対立が深まり、世界が分断に向かっている中、
「東京―北京フォーラム」は分断を埋め合わせる大事なツールになる
工藤泰志:まず、このタイミングで中国と民間対話をする意味とは何でしょうか。
神保謙:コロナ禍が続いていて、直接対話が世界的にも減少しています。特に中国との対話の機会が大幅に減っている。
私は、このことを過小評価するべきではないと思う。その中でお互いのコミュニケーションを誤解する可能性もあるし、それがゆえに政府の決定がきわめて過大評価されるという危険性がある。
その中で、今回の「東京―北京フォーラム」は、今回もオンラインとはいえ、両国の100人を超える有識者が参加するかなり大掛かりな対話だということだ。こうした対話が中国と間で行われることの意味は大きいと思っている。
工藤:今回の「東京―北京フォーラム」では、米中対立などで世界が不安定化する中で、国際協調の修復をどう進めるか、という問題提起をしています。今回のフォーラムで議論すべきことは何でしょうか。
神保:やはり、バイデン米政権は大きなテーマです。トランプ政権を批判しながら外交の回復をテーマに登場したものの、むしろ国際協調の回復は難しくなったと私は考えています。米中対立の基本構造である戦略的競争という構造は変わらないどころかむしろ強固になっている。軍事だけでなく経済、政治を含めた包括的な米中競争関係が強化されている流れがある。
それと、バイデン外交の大きな柱である「価値と人権」という問題もあります。12月に民主主義サミットが開催されて、それ自体は民主主義諸国の連携を目指す建設的な議論が期待されますが、他方で権威主義諸国をきわめて単純に色付け、対抗していくという枠組みになってしまうかもしれない。
世界における権威主義に多種多様な背景があり、民主主義国家が戦略的に付き合っていくべき国家も多い。民主主義vs権威主義の構図は、世界を不必要に分断してしまいます。この分断をどう埋め合わせていくかということに関するステップが形成されてない。
そうした状況の中、今回の「東京―北京フォーラム」はこの分断を埋め合わせることができる大事なツールになるのではないか、と思っています。
工藤:バイデン政権の展開を見ていると、自由貿易とは真逆の動きがある。しかし、日本はG7の国だけと貿易して生きていく、などということはできないわけですから、この問題は日本の将来にとって大変重要な話です。
ですから日本は、国際協調の回復に命がけで取り組まなくてはいけない段階に来ていると思います。そういう意味でも、中国との対話は日本にとって意味があると思いますが。
自由貿易体制と自由な経済秩序にコミットしつつ、欧米による中国への規制強化にはどこまでコミットするか、しっかり考える必要がある
神保:日本の国益は自由で開かれた経済秩序の維持に多くを依存しています。これがシュリンクしていくと日本経済全体の元気がなくなってしまう。
現在重要な政策課題として浮上している「経済安全保障」と自由な経済秩序との関係は、より深く議論される必要があります。機微技術の移転阻止などへの警戒感は確かに十分理解できますが、貿易相手国に対してあまりに取り締まりを厳しくして取引を制限すると、日本経済が弱体化する。経済安全保障を追求したら日本経済が弱体化したということでは本末転倒であるわけです。
日本として軸をずらしてはいけないのは、経済安全保障の最大の資産は「日本経済がしっかりしている」ということです。
そのために自由貿易体制と自由な経済秩序が世界で維持されているということが大事なので、そこの軸をぶらさずに日本がコミットしていくことを示し、それを中国にも理解してもらうということが大事だと思います。
中国も自由貿易の中で生きてきて、その恩恵を最大に受けた国と言ってもいいと思いますが、特に米国から見ると、自由貿易システムに国家資本主義体制でただ乗りをして、多くの自由主義諸国の利益を不当に奪っている国だ、という評価になっているわけです。だから、そういう中国には規制を加えないといけないという考え方が生まれるのですが、その考え方にどこまで日本がコミットしていけるか、ということについてしっかり考えないといけない。これがオーバーに表現されると経済は完全にデカップリングになってしまう。実際は技術以外の商品に関しては貿易量が増えているわけです。この現象を理念として見定めていくことが大事です。
工藤:日本の対中外交はどのように進めていけばいいのか。米中対立が激化し、日本としての独自の対中国外交をどう考えていけばいいか、見えにくくなっている。
日米同盟と日中関係を車の両輪のように両立させることが大事
神保:日本が常に目指すべきである、最も良い外交的なポジションというのは、日米同盟が基盤としてしっかり維持・強化されていると同時に、日中関係も良い、というこの二つが車の両輪のようにしっかり進んで行くことだと思います。
これをどう成り立たせるか。それを考えることが政策決定者の責務です。
日中関係をどうすればいいか、ということを考えることが非常に大事な局面です。日本と中国は地理的には近接した関係があって紛争のリスクも高い。軍事的な対立とエスカレーションを防ぐために、常に確認し合うというリスク管理の部分は当然必要ですが、このリスク管理がしっかりできているという政治的安心感の下で、民間交流・経済交流を進めて行くことが中国との関係でとても大事だと思います。
日中両国がアジアに対してどう責任を果たしていくか、という意識を取り戻すべき
それに加えて、中国と日本がこのアジアにどういう責任を果たしていくか、という課題は大事にすべきです。日本は今は中国に対してどう対応するか、ということで頭がいっぱいになり、日中両国がアジア地域に対してどう責任を果たしていくか、という意識が10年前と比べるとだいぶ後退したような気がします。
政治家や外務省からすれば、「言論統制を強めて社会での緊張感が増え、香港や新疆ウイグル自治区もあのような状態にして、周辺国と問題を起こす中国と共に責任共有なんてできるわけがない」と思うかもしれない。しかし、RCEPのような多国間枠組みや、ASEAN地域フォーラム(ARF)、東アジア首脳会議(EAS)などの場で、中国とどのような利益の共有が可能か、という議論は深めるべきです。日米同盟を強化しながら、同時に中国と対話する準備もしていくべきです。
工藤:アジアの中で日本と中国がどういう協力ができるか、それを考えるべきということですが、では、今回の対話で何を実現しなければならないのか、あるいは、実現できなくても目指すべきアイデアがありますか。
10年、15年後の地域秩序の構想を議論しつつ、新しいアセット配備や新技術といった個別具体的な議論をしていくべき
神保:一つは10年後、15年後に北東アジア、東アジアにおいて、どのような秩序を実現させたいか、これをしっかり議論すべきだと思います。
台湾海峡を取り上げても中国側からは「これは内政問題だ。日本は干渉するな」と言われる杓子定規の議論になるんですが、それでも平和的な解決に関して日中双方が確認し合う意味はあると思います。
だから台湾海峡や朝鮮半島、海洋安全保障の問題ついてどういう秩序が望ましいか、きちんと議論するべきだと思います。これは全体の話です。
個別の話としては、以前私が、言論NPOが行った上海の安全保障対話で問題提起したことが、これまで十分に議論されてこなかったので、ここを議論できれば、と思います。つまり、ミサイル配備問題など新しいアセット配備に対しては当然政治的緊張関係が生じていますが、一体何を目的として装備体系の変更や、自衛隊やアメリカ軍のアセットの新しい展開を行いのか。また、中国の国防政策の今後の方向性への理解を共有するなど、お互いが何を目指して何をしようとしているのか、といったことを議論しながら専門家としての理解を深めることが大事だと思います。
あと新技術(ドローンとか無人化システム、電磁波領域)なども意外と対立の糸口になります。すでに南西諸島の空域では中国のドローンが飛んできている。これを「撃ち落とせ」という議論に簡単に発展していくリスクがありますが、こうした新領域の技術に関する問題をどう日中間で考えるべきか。せっかく海空連絡メカニズムがあるのだったら、そのメカニズムの中で新技術の問題を扱いましょう、ということになって欲しい。
工藤:中国がドローンを活用している、ということですか。
神保:そうです。去年、アルメニア・アゼルバイジャン間のナゴルノ・カラバフ紛争では、アルメニアの航空基地のレーダーサイトや防空網を破壊したのは、ドローンでした。ここから中国は学んでいる。我々も学ばなくてはいけないのですが、人的なリスクを伴わずに戦火を上げることはもう可能になってしまっている。そういう問題があります。
防衛をする側は、「ドローンくらいなら打ち落としても大丈夫」と意外と過小評価をする可能性がありますが、そうすると中国側は「これは軍事アセットに対する攻撃だ」と戦争であると見做して、予期しないエスカレーションが起こってしまう。
2年前はミサイル配備、3年前はドローンの問題について問題提起してきたんですが、やはり現実化してきていると感じるので、有識者の間でこういう問題があることをしっかり認識した方がいいと思います。
工藤:今度の、「東京―北京フォーラム」の安全保障の会議では台湾を気にしている人もいると思います。
台湾問題では議論はできなくても、日本側の問題意識を中国側に認識させる必要がある
神保:台湾問題はお互い言いっ放しに終わる。中国は台湾の問題を真面目に議論する準備もしていないし、発言してほしくないと思っている。
日米のいわゆる「2+2」でも菅・バイデン会談でも取り上げられたので、台湾問題に対しての認識が日本の中で高まっているということは事実だし、日米同盟が台湾有事を想定したシフトになっていくのは間違いない。
日本の自衛隊にとっても、中国が本気で台湾を取りに来たら沖縄本島や与那国島が巻き込まれるわけですから、日本自身の防衛の問題です。日本側は「このような問題として台湾を捉えています」ということは当然、中国側に言うべきだと思います。もちろん、中国はまともな反応はしないでしょうけれど、日本側がそういう問題意識を持っていることを認識させることは大事です。
- どの国も民意を無視して外交を進めることはできない。国民レベルで中国と真正面から議論する舞台の役割は極めて大きい
杉山晋輔(前駐米大使) - 「東京―北京フォーラム」は日中国交正常化50年に向けた議論ができる絶好の舞台。日本は現状の「思考停止」から脱し、協力と対立を分けた議論が必要
川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授) - 米中対立が深まり、世界が分断に向かっている中、「東京―北京フォーラム」は分断を埋め合わせる大事なツールになる
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部教授)