隣国であることの摩擦や行き違いを是正するためにも、率直な議論が行われた ~メディア分科会報告~

2021年10月27日

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 10月25日に開幕した「第17回東京-北京フォーラム」は、26日も各種の分科会が開催されました。「メディアは両国関係の将来にどう希望を持っているか」をテーマにしたメディア分科会では、日中両国のメディア人が率直な議論を繰り広げました。

m2.png 冒頭、中国側司会の金莹氏(中国社会科学院日本研究所研究員)が「AI(人工知能)の時代だからこそ、人間の感情が非常に大事だ。人類社会においてセンサーの役割を果たしているものがメディア、シンクタンク、有識者であると思う。この分科会が歴史的な節目に、中日国交正常化50年に及ぶ歩みを振り返って、ネガティブな経験をくみ取って長期的な安定に向けた新しい中日関係を見つけ出すことが使命ではないか」と問題を提起しました。

kawashima.png それを受ける形で、日本側司会の川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)は「今回の世論調査結果で、日中のメディアへの信頼度が随分違うことが分かった。日本側のメディアへの信頼度は低く、中国は非常に高い。この間、日本の対中感情が悪いことについて、中国側は『メディアの責任が大きい』とよく指摘するけれども、日本ではメディアへの信頼度が低いのだから、報道内容は関係ないと言いたくなる。今回、中国の対日感情が悪化したことについて『メディアの報道が関係したのでは』と返したくなる。いろいろ議論ができればいい」と応じ、議論がスタートしました。


日中両国の報道に対する認識の違い

m1-.png 「東京-北京フォーラム」に17年連続参加となる元国務院新聞弁公室主任の趙啓正氏(中国人民大学新聞学院院長、政治協商会議第11期全国委員会外事委員会主任)がサブ会場の上海から登壇しました。趙氏は「両国の大半の国民が双方の国を訪問したことがない。相手国を知るには、メディアに頼らざるを得ないが、双方のメディアの体質や体制、価値観も異なる」と述べる一方で、「これまでの半世紀を振り返ると、全般的に成果はある」との認識を示しました。

 続けて「メディアがどのようなトピックスを選び、どう報じて社説を書くのか、大変重みのある仕事だと思っている。中国双方で起きている事柄をありのまま報じてほしい」と指摘した上で、「中国のメディアは宣伝機関、英語では"プロパガンダ"と言われるが、ネガティブな印象を与える。新聞弁公室主任時代には、自国の明るい材料だけではなく、光と影の両方を誠実に報じなければならない、と主張してきた」と述べ、中国の報道スタイルに理解を求めました。

 日本側司会の川島氏が、中国側の対日印象が悪化していることをはじめ、中国メディアによる歴史認識問題報道、日本側の対中印象が改善しない原因などを論点として挙げました。

yamada.png 過去に複数回パネリストとして参加している毎日新聞政治部特別編集委員の山田孝男氏は「対中感情が悪いのは何に起因するかを率直に申し上げる。中国内では『言論・報道の自由』が保証されていないと、日本では強く認識されている。新疆ウイグル自治区の人権問題に対する中国政府の公式見解も理解している。しかし、ファクトとして一体何が起きているのか、ジャーナリストとして調べることは当然だ。現に国連総会第3委員会で43カ国が『深刻な懸念を共有する』との共同声明を出した。その点について、中国側メディアが"事実はこうだ、共同声明はおかしいじゃないか"とファクトに基づいて取材することはなされているのか。中国の優秀なジャーナリストにパネリストに入ってもらい、率直に議論をしたいが、実現しないのは残念だ」と虚心坦懐に語りました。

 さらに今年のノーベル平和賞にフィリピンとロシアのジャーナリスト2人が選ばれたことに関しても「政治的意味を帯びるものの、国際社会の大半が価値観を受け入れているノーベル賞について、中国内で全く報道されないことは、日本国内に暗黒な印象を与えている。これらのことが『報道・言論の自由』を制約していると映り、日本人の対中感情を非常に悪くしている」と厳しく指摘しました。

 これに対して、中国側司会の金莹氏は「メディアの使命は大変重い。事実を伝えるだけでなく、事象に対する見解や観念も伝えて世論をリードしなければならない。双方の相違を認め、小異を残して大同につくことが重要」と述べ、積極的な意見の交換を促しました。中国国際放送(CRI)元副編集長の馬為公氏は「私はこれまで真の中国の姿を報じてきた。今、新しい時代にあっても、中日は引っ越しのできない隣国だ。今回の世論調査結果を見ると、政治的な要因もあって、冷え込んだり熱くなったりしている。どちらにしても、対中好感度ははずっと低い。どういう要因が影響しているのだろうか。

 今年開催された東京五輪・パラリンピックに向けて、最大規模の選手団と記者団を派遣し、400億人以上の中国国民が放送を観た。競技を中継するだけでなく、日本の防疫体制などを取材し新たな知見を獲得した。我々メディア人は視野を広げて、相手国の状況を分かってもらおうと努力している」と理解を求めました。


急速に進む中国のネット世論の言論統制に懸念が示された

igarashi.png 読売新聞国際部長で北京特派員経験のある五十嵐文氏は第16回フォーラムのメディア分科会に続いて登壇。「前回の世論調査を受けて『日本の対中好感度が決して良い結果ではないけれども、それほど悲観していない。それでも日中関係が重要であると答えた人が7割おり、冷静な世論を反映しているのではないか』と語った。今回の調査では、2013年の尖閣諸島(釣魚島)国有化を受けた時以来8年ぶりに、対日感情が悪化したが、まだ7割の人が日中関係を重要だと認識している。今回そのことが明らかになり、それほど悪いことではない」と現状を分析しました。

 その上で将来的な日中関係を見通す際に懸念として、中国側がネット世論の言論統制を急速に進めていることを挙げ、「官製メディアが大半を占めている状況からして、それ以外の情報はネット上に拡散しなくなるのではないか」と語りました。さらに、民間企業がテレビ、ネットメディアに参入することを禁止する方針が示されたことにも触れ、「こうした言論統制が世論の形成にどのような影響を与えるのか」と疑問を呈し、中国国内のメディアを巡る状況に懸念を示しました。

p3.png 零点有数デジタル科技集団董事長の袁岳氏は、日本側の問題提起に関して「話を聞いているうちに、気分が重くなってくる。もう少し忍耐強く、たくさんの解釈があってもいいのでは」と語った上で、「日本のメディアが(政治経済、安全保障などの)『大きな中国』を報じる時は、ネガティブな視点のニュースが多い。(庶民の暮らしぶりなどの)『小さな中国』のニュースは生き生きとしているのに報じられることが少ないのではないか。一方で、中国側が日本を報じる時は、小さな切り口が多い」と語り、多様な角度から報じる必要性を強調しました。

 さらに袁岳氏は「一般市民の視点から具体的に伝える。『暮らしの中の中国』という本を各国で刊行したが、日本では"嫌中本"が売れているので、出版は大変だった。メディアを通じてネガティブな報道でなければ、ニュースにならないのが問題であり、小さな切り口から、ありのままの日常的な社会の姿を報じることで、理解が進むはずだ」と述べ、日本側の報道姿勢に注文をつけました。 


福島第一原発の「汚染水」表記問題では、中国批判より自国民を納得させることが先決ではとの切り返しも

tatsumi.png 共同通信国際局編集委員で前中国総局長の辰巳知二氏は、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)の事故で生じる「ALPS処理水」を巡って、中国側が一貫して「汚染水」「汚水」と表記している問題を提起しました。辰巳氏は「IAEA(国際原子力機関)が12月をメドに現場を視察して、海洋に放出する水の状態や放射線の状態などについて評価する。日本国内でも放出を巡って賛否が分かれているが、トリチウムは通常の原発でも発生しており、人類への影響は小さい。国内外の原発でも海に放出されている。中国メディアが最初から『汚染水』と決めつけ、中国国民の対日感情を悪化させているとしたら残念だ」と述べ、見解を改めるよう求めました。

これに対して趙啓正氏は、「処理水」「汚染水」の表記問題についても「互いに批判しあうのではなく、改善する方法を模索するべきだ。まずは日本側が福島など自国民に対して、海洋放出を納得させるべきではないか」と述べ、問題解決に向けた一層の議論が重要になるとの認識を示しました。


中国社会に外国への敵意や排他的感情が高まっていないか、と危惧の声

m4.png 人民中国雑誌社総編集長の王衆一氏(中国人民政治協商会議第13期全国委員会外事委員会委員)は「日本側の対中感情が悪いことが高止まりしているが、世論調査は一つの結果であり、どこにフォーカスして分析するかが重要だ。さまざまな角度から分析する必要がある。調査結果をさらに悪く誘導しても問題解決につながらない。我々の話し合いを聞いている一般の人々に悪影響をもたらすのではないか」と自説を主張。さらに「コロナ禍で人的交流がなくなったことや、異文化に対する誤解もあるのではないか」と述べ、相手国の文化への相互理解が重要であると訴えました。

mj.png この点について、朝日新聞論説委員の古谷浩一氏は「日本を含む外国全体に対する中国人の感情が悪くなっていないか。敵意や排他的感情が中国社会に高まってはいないか。伝わってくるニュースに接すると、そう感じることがある」と疑問を投げかけました。外国人記者が地元民に吊し上げされたことや、「反中的な取材」に対する当局への通報が讃えられた具体例を挙げながら「私が取材していた中国はそうではない空気があった。外国メディアを通じて、中国のニュースが発信されていく。今回の世論調査でも分かるように、自国のメディアを通じて、多くの人々は相手国を理解している。そうした事態があるならば、とても懸念すべきことだ。ここ数年、中国の人々は『話語権』(フアユーチェン)と強調している。あまりにも外国が中国のことを語り過ぎてきたので、自身で国のことを語るべきだ、というのは理解できるが、それが行き過ぎて"中国だけが中国を語る権利がある"という方向に行ってしまわないか、という懸念を覚えている」と述べました。

 さらにNHKで15年近く中国に関する番組に携わってきた鎌倉千秋氏(NHKアナウンス室チーフ・アナウンサー)は「中国の一般人の声をできるだけ、自分の目と耳で感じ取り伝えてきたつもりだ。近年コロナ禍の影響などもあり中国に取材にいけないことを残念に思っている。事実に基づいて伝えようと中国報道に携わっている」と振り返りました。
 その上で、中国のオピニオンリーダー的存在だった人物をインタビューした経験を踏まえて「後に、愛国心が足りないという批判を浴びるようになり、その人は日本の歴史認識問題に関する厳しい批判をするようになった。番組放送から1年経ち、なぜ批判されたのか。中国共産党創設100周年に向けてナショナリズムを高揚させる愛国的報道が増加する時期にあたり、それと何かしら関連があったのではないかと感じている」と指摘。中国を報じる際にこうした政治的な問題が生じても崩れない信頼関係を構築することが肝要であると述べました。

「文化誤読」を避けるためにも、互いに訪問し友情を育むことが重要

 自由討議に入り、日本側司会の川島氏が「文化誤読」問題について、さらなる議論を呼びかけました。

 王衆一氏は「例えば3・11の犠牲者に対して、日本人が哀悼の意を捧げて舞を披露したが、中国人はなかなか理解できないため、きちんと説明するために解説記事を書き、多くの国内メディアに転載された。つまり文化の誤読はいろんなところに存在する。互いによく知ることで信頼感、文化への理解も深まる。今後、互いの国を訪れて友情を育むことがベスト。今年は魯迅生誕140周年に当たる。日本留学時代の恩師である藤野厳九郎先生との温かい友情は、我々が研究するに値する事例だ」と述べました。

 その点について、鎌倉氏は「例えば中国側が日本を強烈に批判している場合、それは本心なのか、それとも何か事情があるのではないか。中国側のある種のcodeについて、日本側がある程度理解しておけば、過剰に反応することもないのではないか」と指摘しました。


日中両国で相いれない、メディアの役割

 また、中国メディアのあり方に日本側の懸念が集中したことに反発するように、馬為公氏が「日本側世論の対中感情の低さと日本メディアの関係性」に関して疑問を投げかけました。この点について、山田氏は「なぜ日本で、中国の印象が悪いかは冒頭発言で申し上げたつもりだ。日本のメディアはもっと中国の良い点を紹介しなければならない、ということか。メディア観が日中では異なる。メディアとは何か。私どもは中国の良いところを積極的に報じるためにある、というよりも、政府や権力から独立した立場で正確な事実に基づいて、権力とは別のオピニオンを示す。より高い公共性のために働くことだと認識している。まず中国の印象を良くする、悪くするために活動しているわけではないことを理解してもらいたい」と述べ、民主主義社会におけるジャーナリズムのあり方を説明しました。


今回の対話では、違いはありつつも率直な意見交換が行われた

 また、「ノーベル平和賞が中国で報じられない理由を示してほしい」という日本側の質問に対して、中国側司会者の金莹氏が「その時の状況で判断する。受賞当時とその後に、受賞理由とそぐわないことがあった。ノーベル平和賞も含めて何事も絶対化してはいけない」と指摘した上で、国内では官製メディアも含めて報じられていると補足しました。

 元国務院新聞弁公室主任の趙啓正氏も「ノーベル化学賞、物理賞などは意見が割れることはないが、平和賞は物議を醸し出している。ダライ・ラマへの受賞がそうだ。ノーベル平和委員会と中国の見方は全く異なる」などと従来の見解を繰り返した。その上で「今回2人のジャーナリストが受賞したが、報道しなかったわけではなく、一つのニュースとして簡単に報じられている。率直に言えば、二人のような人物は現れてほしくなかった。なぜなら、言論上の混乱を招きかねないからだ。中国において、社会に反対し事実に反する"報道の自由"はいらないということが一致する認識だ。中国のメディアには責任と義務があるが、自由に報じる日本とは立場が異なる。新疆ウイグル自治区の人権問題も大きな濡れ衣だ。この時代に『ジェノサイドが起きている』なんて事実無根だ」と強く反論しました。 

 白熱した議論を傍聴した元国連事務次長の明石康氏は「幅広い見地が示されたことは、17年の経験で最初ではないか。隣り合うことの摩擦や行き違いを丁寧に是正することも重要だ。大変豊かな話し合いだった」と語り、2時間超えの議論は締めくくられました。