安全保障に関する対話の再開や新技術についての議論の必要性で一致 ~安全保障分科会報告~

2021年10月27日

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 「第17回東京-北京フォーラム」2日目(10月26日)の午後に開催された安全保障分科会では、「アジアの紛争回避と平和秩序の実現に向けた日中協力」をテーマとして議論が行われました。日本側司会は、藤崎一郎氏(中曽根平和研究所理事長、元駐米大使)、中国側司会は陳小工氏(元中国共産党中央外事弁公室副主任、元空軍副司令官、第12期全国人民代表大会外事委員会委員)が務めました。

a1.png この安全保障対話はここ数年、毎回ほぼ同じ顔触れが揃っていること、さらに本フォーラムとは別に定期的な安全保障対話が行われていることから、藤崎氏は一般的な認識の説明や政府の公式見解の紹介ではなく、「新しい視点の問題提起や、協力に向けた提案をしてほしい」と各パネリストに呼びかけ、議論がスタートしました。


日米だけでなく、欧州も中国の行動に異議を唱え始めた。中国はしっかり説明すべき

koda.png 議論の口火を切った香田洋二氏(ジャパンマリンユナイテッド株式会社顧問、元海上自衛隊自衛艦隊司令官)は、新たな安全保障上の動きとして欧州の関与を挙げ、英国の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」が南シナ海に展開したことなどに言及。これまで中国は南シナ海で域外国が関与してくることを忌避していたが、中国の国際法に反するような主張に対して、欧州も異議申し立てをしてくるようになっていると指摘しました。

 また香田氏は、ASEANの一部加盟国と中国が領有権を争う南シナ海の紛争防止のための行動規範(COC)に関し、成文化に向けた交渉が進んでいるものの、「公海自由の原則に反する規定が盛り込まれてはならないが、情報が少ない。中国はしっかり説明すべき」と注文を付けました。


北東アジアの平和実現のためには安定した日米中関係の構築が不可欠。そのためにも対話と協力を

ac1.png 張沱生氏(グランドビュー研究所学術委員会主任)は、北東アジアの平和実現のためには安定した日米中関係が不可欠であると指摘。しかし、安定していれば協力がメインストリームになるが、そうでなければ途端に緊張が高まるとしつつ、現状は米中対立に引きずられる形で日中関係も悪化し、安全保障上の均衡も危うくなっていると懸念を示しました。

 一方で張沱生氏は、米中関係の改善には困難が付きまとうものの、交流の積み重ねがある日中関係の改善は比較的容易であるとも語り、そこを足掛かりとして日米中関係の正常化を図っていくべきとしました。

 その上で、日中間の安全保障上の課題としては、認識の食い違いからの不測の事態を避けるためにも様々なレベルでの対話の再開が急務であると提言。同時に、危機管理メカニズムのアップデートも必要であると語りました。張沱生氏は他にも、非伝統的安全保障分野や多国間対話メカニズム構築における協力についても提案しましたが、台湾問題に関しては、中国は平和統一を堅持するが、日本も「一つの中国原則」を断固支持すべきだと釘を刺しました。


台湾に対する軍事による威圧はかえって統一から遠のく

onoda.png 小野田治氏(東芝インフラシステムズ株式会社顧問、元航空自衛隊教育集団司令官(空将))は、台湾問題について発言。中国軍機による台湾の防空識別圏への侵入が相次いでいることに言及しつつ、こうした状況には日米ともに強く懸念していると指摘。

 こうした軍事的な威圧に訴えるやり方は台湾の民心が離れるとしつつ、米軍の支援を呼び込むことにつながっているために「かえって統一から遠のいているのではないか」と忠告。米国内では曖昧戦略から脱し、明確に台湾防衛に乗り出すべきとの論調も出始めているとも語りました。

 小野田氏は、中国に望むのはこうした威圧よりも両岸の対話と交流だとし、とりわけ蔡英文政権も対話を望んでいる以上は、それに応じるべきだと指摘。また、日本としても米国が台湾傾斜を進めた場合には難しい立場に立たされるため、日米中の対話も必要になると語りました。


日米同盟が中国をターゲットにしつつあることに、中国は大きな懸念を抱いている

1.png  姚雲竹氏(中国人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員、元中米防務関係研究センター主任)は、中国側が日本に憂慮している点について問題提起。日米同盟がさらにその緊密さを高め、ターゲットを北朝鮮から中国に移しつつあるとし、3月の日米2プラス2で発表された共同文書では、中国を名指しして「深刻な懸念」していること、4月の菅・バイデン会談後の共同声明で台湾に言及していることなどはその表れであるとしました。特に、台湾問題に関しては、これまで台湾を「負担」だと感じていた米国が、アジア戦略における「資産」と認識するようになったと分析。米国の転換は同盟国日本の転換にも直結し、これが中国にとって深刻な懸念をもたらしていると語りました。もっとも、小野田氏の指摘に答える形で、「一つの中国」原則を認めていない蔡英文政権との対話は、独立容認とも受け取られかねないために否定的な見方を示しました。

 姚雲竹氏は、他にもクワッドの展開やイデオロギー対立の拡大、ウイグルや香港問題における西側との対立なども中国にとっての懸念要素であると語りました。


尖閣国有化から9年。相互不信を解消するためにも対話を再開する時が来ている

k.png 河野克俊氏(前自衛隊統合幕僚長)は、日中が相互に懸念を抱き、疑心暗鬼に陥っている最大の理由は対話・交流の欠如にあると指摘。途絶えたきっかけは2012年の日本政府による尖閣諸島国有化であったとしつつ、「あれからもう9年も経っている。大きな目で見て、そろそろ再開すべきではないか」と中国側に呼びかけました。

 その上で河野氏は、日中安全保障協力のメニューとして、北朝鮮の核・ミサイル対応を挙げ、開発が再び活発化してきたことは「中国にとってもプラスの状況ではないはずだ」とその意義を強調しました。


対話再開は急務。国交正常化50周年と岸田首相の外交手腕に期待

g.png 呉懐中氏(中国社会科学院日本研究所副所長)は、姚雲竹氏と同様に日米2プラス2、日米共同声明に言及しながら、菅義偉政権の台湾問題への姿勢は、これまでの歴代政権とは明らかに異なっていたと指摘。背景には、米国からの圧力があると分析しました。

 もっとも、こうして台湾をめぐる日中の食い違いが大きくなっている今だからこそ、戦略対話が必要であるとして日本側の提案に賛同。台湾海峡での軍事紛争を望んでいないという点では日中間に最低限のコンセンサスはあるとし、十分に対話は成り立つとの見方を示しました。

 呉懐中氏は最後に、来年の日中国交正常化50周年を関係改善のきっかけにすべきとしつつ、長く外相を務め、中国との対話経験も豊富な岸田文雄首相の外交手腕に期待を寄せました。


新技術に伴う誤算を解消するためにも対話が必要

037A9753.png 神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)は2つの論点を提示。まず1点目の「安全保障と新技術」については、その技術を利用することでいかなる危険が生じるのか、理解が深まらないまま各国で開発が進んでいると指摘。無人機、指向性エネルギー兵器、AI兵器、衛星兵器、さらには米中ロが開発競争を繰り広げる極超音速兵器などがその代表例であるとしました。具体的な例として、無人機に対しては有人機と比べると撃墜などリスクの高い行動を取りやすく、したがって紛争がエスカレートしやすいと語りつつ、誤算が付きまとうが故にそれを減らすためにも対話が必要だと主張しました。

 神保氏は2点目としてサイバー攻撃を挙げ、かつてのように仮想空間上のダメージにとどまらず、重要インフラを現実に機能障害に追い込むなど、「サイバーが人間を殺害し得る時代が到来している」と解説。これも意図しない事態を引き起こしかねないため、管理のあり方について考えていくことは今後の安全保障上の重要課題であると語りました。


国民の安全を確保するための安全保障政策になっているのか

ac1.png 劉華氏(参考消息社シンクタンク主任)は、安全保障政策の本質とは「国民の安全を確保するためのもの」であり、緊張を高めるような政策はその本質に反するとしつつ、近年の日本の安全保障政策はその本質から逆行していると批判。南シナ海や台湾海峡において、日本独自の方針を持たず、能力の限界や政策の効果を検討しないまま米国の方針に追随することは「本当に安全に資するのか」と疑問を投げかけました。

 一方で劉華氏は、新しい協力についての神保氏の発言には賛同。サイバーのあり方やルールについての議論は、シンクタンクなど民間でも進めていくべきと主張しました。


米ソ間の軍備管理交渉から教訓を得ながら日中間でも対話によって相互理解を深めていくしかない

miyamoto.png 宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)は、安全保障の領域では相手に対する不信からとかく軍拡競争に陥りがちだと指摘しつつ、かつて苛烈な軍拡競争を繰り広げていた米ソ両国は、軍備管理交渉を通じてようやく意図や能力についての相互理解が深まり、戦略的安定性が生まれてきたと解説。したがって、日中間でも対話によって相互理解を深めていくしかないとしました。

 もっとも宮本氏は、日本側はなかなか中国の考え方が理解できないとも語り、対話にあたっては「日本側の理解を助けるように丁寧に説明してほしい」とも要望しました。


対話の際に認識を正すことも必要

ac2.png 帰泳濤氏(北京大学国際関係学院副院長)は、台湾や南シナ海をめぐっては、米中両国は安全保障上のジレンマに陥り、さらに欧州など域外国まで関与してきたことで事態がより一層悪化していると指摘。しかし、それにもかかわらず信頼醸成のアプローチがないことに懸念を示しつつ、こうした中ではやはり対話が求められると語りました。

 もっとも、その対話の中では間違った認識を正す必要があるとし、日本に対しては台湾有事を日本有事と同一視することは、中国に対する内政干渉につながると苦言を呈しました。

 各パネリストの発言が一巡したところで、ディスカッションに入りました。ここでは台湾問題や新技術、対話の重要性についての発言が相次ぎました。


対話の再開や新技術についての議論の必要性で一致

 宮本氏が米国も中国も台湾問題でどこが相手のレッドラインなのか、相互に探るような動きが目立つと指摘すると、張沱生氏は米軍機の相次ぐ台湾着陸など、米国の方がレッドラインを越えるような挑発行為が目立つと強調。姚雲竹氏も中国の行動はあくまでも防御的な対応に過ぎないとして米国側の責任を糾弾するなど、例年のフォーラムと同様に中国側がこの台湾問題で譲る姿勢は見られませんでした。

 新技術、とりわけ極超音速兵器については、中国が核弾頭を搭載可能な極超音速兵器の発射実験をしていることを踏まえ、香田氏は「戦略核のバランスを変化させる」とし、米ロ間の核軍縮・軍備管理交渉に中国も加わるべきと指摘。これに対し劉華氏は、新戦略兵器削減条約(新START)はあくまで米ロ間のものだとして否定的な見方を示しましたが、呉懐中氏は極超音速兵器自体は北朝鮮など各国が開発中であるため、議論はすべきと語りました。

 日中両国間の対話については、河野氏が「幕僚長級の対話や、艦船の相互訪問をする意思が中国側にあるのか」と問いかけると、張沱生氏は即座に賛同。さらに防衛大臣級の対話を先行させるべきとも語りました。宮本氏も、国民間の相互不振の背景には、ハイレベルの対話がないことがあるとしつつ、「トップ同士が会えば国民も安心する」と語りましたが、同時に中国の考え方が理解しにくいことを踏まえて「説明能力の高い人が来てほしい」と改めて注文を付けました。

ac2.png 議論を受けて最後に陳小工氏は、対話の再開や新技術についての議論の必要性で一致できたことは今回の収穫だったと語ると、藤崎氏も同様の見方を示し、来年東京での再会を約しつつ2時間に渡る白熱した議論は終了しました。