2022年の北東アジアの平和への最大のリスクは「米中対立の深刻化」
「台湾海峡の偶発的事故」の発生や「台湾有事の可能性」もトップ10位に
言論NPOは2月22日、日本、米国、中国、韓国の外交や安全保障の専門家201氏による採点によって、4カ国の専門家が判断する2022年版の「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」を公表しました。
2022年の北東アジアの平和を脅かす最も大きなリスクとして4カ国の専門家が選んだのは「米中対立の深刻化」であり、トップ10位にはこの他、「デジタル分野の米中の覇権争い」が3位、「経済の安全保障化とサプライチェーン分断の動き」が6位、さらには「インド太平洋におけるQUAD(日米豪印)やAUKUS(米英豪)と中国の対立」が10位に入るなど、米中対立の展開やその深刻化に伴うリスクが上位に選ばれています。
さらに北東アジアにおける米中対立の象徴として、4位に「台湾海峡での偶発的事故の発生」、さらに8位に「台湾有事の可能性」が選ばれ、台湾を巡る緊張がこの地域の22年の平和リスクとして浮上しています。
4カ国の専門家は22年の北東アジアの平和を脅かすリスクとして、米中対立の深刻化を懸念しており、台湾を巡る紛争懸念や経済対立に伴う具体的な影響を強く意識していることが分かります。
このため、昨年の調査でトップだった「北朝鮮が核保有国として存在している」は2位に後退したほか、昨年のトップ10に入っている新型コロナに関する二つの項目もランク外になっています。
評価には米国、中国、日本、韓国の軍事、外交の専門家201氏が協力
「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」の評価は2段階で行われております。
まず、言論NPOのアジア外交の議論や取り組みに参加する日本の有識者約500氏へのアンケート(回答は171氏)で北東アジアの安全保障リスクに伴う評価項目を25に絞り込み、次にそれぞれの項目を日本、米国、中国、韓国の外交や安全保障の専門家が、2つの基準で採点しました。
二つの評価基準は、「北東アジアの平和を脅かす影響と深刻さがどの程度まで進んだか」、さらに「22年に実際の困難や障害が発生する可能性」です。
それぞれが4点の配点となり、二つの評価に基づく採点を足して算出しています。8点がリスクの天井となります。これらの評価は2022年の1月7日から、2月17日にかけて行われました。
言論NPOは2020年に日本、米国、中国、韓国の4カ国のシンクタンク等と協働で「アジア平和会議」を立ち上げました。今回の採点は、この会議に参加する4カ国のシンクタンクや安全保障機関などが協力しました。日本では外交や安全保障に関係する省庁OBや専門家、米国は軍関係者や安全保障専門のシンクタンク、中国は人民解放軍系を含めたシンクタンク等、韓国は「アジア平和会議」の協力者であるアサン研究所、EAI(東アジア研究院)が評価に参加しました。
回答に協力した専門家は、日本と米国はそれぞれ50氏、中国70氏、韓国31氏を合わせて201氏です。
2022年、北東アジアの平和を脅かす10のリスク | 点数 (8点満点) |
|
1 |
米中対立の深刻化 |
5.79 |
2 |
北朝鮮が核保有国として存在すること |
5.35 |
3 |
デジタル分野における米国と中国の覇権争い |
5.22 |
4 |
台湾海峡での偶発的事故の発生 |
5.01
|
5 |
中国の軍事力のさらなる増大 |
4.99
|
6 |
経済の安全保障化とサプライチェーン分断の動き |
4.95 |
7 |
南シナ海における領土・領海をめぐる対立 |
4.93 |
8 |
台湾有事の可能性 |
4.82 |
9 |
サイバー攻撃の日常化 |
4.75 |
10 |
インド太平洋におけるQUAD (日米豪印)やAUKUS(米英豪)と中国との対立 |
4.74 |
(次点) |
||
11 |
アジアにおける中国の影響力の拡大 |
4.63 |
◆採点基準1.北東アジアの平和に及ぼす影響とその深刻さ
4点(この地域に紛争を起こしうる状況【影響は大】)
3点(この地域の緊張感を高め、危機管理を必要とする局面【影響は中】)
2点(この地域の平和に影響を及ぼす懸念がある【影響は小】)
1点(この地域の平和とは直接関係ないか、あるいは関係があったとしても影響は軽微)
0点(影響は全くない)
◆採点基準2.北東アジアの平和に対して、実際に困難や障害となる可能性
4点(すでに発生している)
3点(2022年に発生する可能性は高い)
2点(2022年に発生するか否か、可能性は半々)
1点(2022年に発生する可能性は低い)
0点(発生する可能性は全くない)
◆北東アジアの平和リスクを評価基準ごとに見てみると
第1の評価基準:
北東アジアの平和に及ぼす影響とその深刻さ
米中対立、台湾有事や台湾海峡の偶発的事故の可能性、北朝鮮は危機管理局面
第1の評価基準は、北東アジアの平和を脅かす影響と深刻さがどの程度まで進んでいるのか、です。採点は4点満点で行われますが、4点はこの地域に紛争が起こりえる状況、3点はこの地域の緊張感を高め、危機管理を必要とする局面、2点はこの地域の平和に影響を及ぼす懸念がある状況と採点されます。
25項目の中で、4カ国の専門家の採点が突出していたのは、「米中対立の深刻化」(2.98点)や「台湾有事の可能性」(2.97点)、「北朝鮮が核保有国として存在していること」(2.95点)「台湾海峡での偶発的事故の発生」(2.93点)の4項目です。
これらはいずれも2.9点台と他の項目と比べ突出しており、4カ国の専門家は、「米中対立の深刻化」を最上位としたこの4つのリスクを「危機管理を必要とする局面」だと判断しているのです。
この中で注目されるのは、「台湾有事の可能性」と「台湾海峡での偶発的事故の発生」の2つの「台湾」問題がそれぞれ2.9点台に入ったことです。
「台湾」が高いリスクとなったのは、特に米国と日本の専門家が22年の北東アジアの平和を脅かすリスクとして強く判断したためです。「台湾有事の可能性」では日本の専門家が3.06点、米国の専門家が3.10点、「台湾海峡での偶発的な事故の発生」では日本の専門家が3.26点であり、「危機管理の局面」から一歩踏み込んで紛争の可能性を意識しています。
この「台湾問題」は中国と韓国の専門家にとっても懸念材料となっており、4カ国全体が22年の平和リスクとして認識しています。
中国の専門家は22年の北東アジアの平和を脅かすリスクとして、「米中対立の深刻化」を最も大きなリスク(2.94点)と判断していますが、2位としてそれに続くのが「台湾有事の可能性」の2.91点、さらに「台湾海峡での群発的な事故の発生」が3位の2.90点で続いています。
中国の専門家も「台湾問題」は危機管理の局面に近い、と判断しているのです。
韓国の専門家は、「米中対立の深刻化」は3.10点と「北朝鮮が核保有国として存在していること」の3.06点を上回り、米中対立が北東アジアの平和を脅かすリスクとして認識されています。その中で、「台湾有事の可能性」が2.81点で3位、「台湾海峡での群発的な事故の発生」も2.71点と6位となっています。
「台湾有事」や「台湾海峡での偶発的事故」の発生の可能性にはまだ慎重な見方
第2の評価基準
北東アジアの平和に対して、実際に困難や障害となる可能性
これらの平和のリスクが22年に実際に北東アジア地域の困難や障害となる可能性はあるのか、というのが第2の評価基準です。
この採点は4点満点で4点は「すでに発生している」、3点が「発生する可能性が高い」で注意を要する段階、2点では「発生するか否かは半々」となります。
この基準で見ると、4カ国の専門家が、22年にこの困難が最も発生する可能性が高いと判断したのが、「米中対立の深刻化」で2.81点、それに「デジタル分野における米国と中国の派遣争い」が2.79点で2位、さらに「中国の軍事力のさらなる増大」が2.62%で3位、経済の安全保障化とサプライチェーンの分断の動き」も2.59点と4位で続いています。
この4項目は全て、「発生の可能性は高く」注意を要する段階だ、という判断だということになります。
北東アジアの危機は、米中対立に伴い、安全保障や経済の両面で発生する可能性が高い、と4カ国の専門家は考えています。しかし、米中の対立に影響される日本と韓国の専門家の間では、米中対立に伴う様々な危機は22年に「発生の可能性が高い」だけではなく、それを一歩踏み越え、「すでに発生している」と判断する項目も増えています。
この第2の評価基準では、3点を越える項目は米国と中国の専門家にはありませんが、日本では6項目、韓国では3項目あります。
「台湾海峡での偶発的な事故の発生」は米国2.86点、中国は1.64点
また、これらの対立は中国の軍事的な拡大や中国の影響力の増大により引き起こされるのか、日本の軍事費や米国と同盟国との行動によるものなのか、で日米韓の専門家と中国の専門家で見方は大きく分かれています。
米中対立の背景に中国の軍事影響力の拡大という地域バランスの変化を、日米韓の3カ国の専門家は強く意識しているのです。
例えば日本の専門家は、この危機の発生で「中国の軍事費のさらなる増大」を選んだのは3.33点と今回の評価で最も高くなっており、これは危機が「発生する可能性が高い」を一歩越えて「すでに発生している」との意識を持っています。
この第二基準で最も大きな特徴は、22年の北東アジアの平和リスクで最も大きな懸念となった「台湾問題」の実際の紛争の発生可能性に関して、4カ国の専門家は現時点では慎重な見方を示していることです。4カ国の専門家の分析を合わせると、「台湾海峡での偶発的な事故の発生」は2.08ポイント、「台湾有事の可能性」は1.85ポイントであり、採点基準でいえば、2点の「発生するか否かは半々」と1点の「発生する可能性は低い」の間にある、ということです。
まず、「台湾有事の可能性」ですが、22年に実際発生する可能性は中国の専門家は1.83点、韓国は1.87点に過ぎず、22年の平和リスクの脅威として最上位につけた米国も2.14点、2位の日本でも1.54点です。2点は発生する可能性は半々ということですから、それよりも低く見ている、ということになります。
「台湾海峡での偶発的な事故の発生」の22年の発生可能性では、北東アジアの平和リスクとして最上位とした日本でも1.96点、中国は1.64点、韓国は1.84点です。唯一、米国の専門家が2.86点と、この第2の評価基準ではトップとなり、22年に発生する可能性が高い、という判断に近い形になっています。
評価基準1:北東アジアの平和に及ぼす影響とその深刻さ
評価基準2:北東アジアの平和に対して、実際に困難や障害となる可能性
◆国別の日米中韓の専門家の判断
日本の専門家が懸念しているのは、中国の軍事力の増大と北朝鮮の核保有
これらの専門家のリスク判断を別でみると、温度差がかなり大きなことが明らかになります。
まず、日本の専門家が現在の北東アジアのリスクで最も重視しているのが、「中国の軍事力のさらなる拡大」と「北朝鮮が核保有国として存在すること」、さらに「米中対立の深刻化」であり、8点満点でこの3つだけが、6ポイントを越えるか、それに近い水準です。
日本の専門家は中国の軍事力や影響力の拡大を強く意識しており、それに伴う米中対立の深刻化や、経済の分断の影響に強い関心を示しており、それらの項目がトップ10に並んでいます。
日本の専門家が北朝鮮の問題に高いリスク判断をしているのは、最近のミサイル発射などの動きが反映しており、北朝鮮の動向に関心が高まっているためです。
評価基準のそれぞれを見ると、22年の北東アジアの平和リスクで日本の専門家が最も強く意識しているには、「台湾問題」であり、最上位となった「台湾海峡での偶発的事故の発生」は3.26点と4カ国で最も高く、「台湾有事の可能性」も3.06点で2位です。
この基準では3点が「危機管理を必要とする局面」ですが、それを一歩上回る危機感が、日本の専門家にあるということです。
ただ、台湾やその周辺での実際の困難が2022年に発生すると考えている日本の専門家は少なく、「台湾海峡での偶発的事故の発生」は1.96点、「台湾有事の可能性」は25項目の中で1.54点と最も低い採点となっています。1点は「発生する可能性は低い」であり、2点は「可能性は半々」ですから、2022年の発生はその間の可能性はある、という判断です。
米国の専門家は「台湾海峡での偶発的事故」の22年の発生を懸念
これに対して、米国の専門家が22年の北東アジアの平和を脅かすリスクとして懸念しているのは、「台湾海峡での偶発的事故の発生」が5.72点でトップであり、「台湾有事の可能性」も5.24点で4番目の高さになっています。
第一の評価基準で判断する22年の北東アジアの最大の平和リスクでトップになったのは「台湾有事の可能性」であり、判定は3.1点と危機管理を越え、紛争の懸念への意識も出始めています。それでも全体の評価で4位に後退したのは、22年のその困難が発生可能性の判断は2.14点と低く、総合点が下がったからです。
逆に「台湾海峡での偶発的事故の発生」の可能性は2.86点と、第二基準の採点では25項目の中でトップとなり、それが寄与し、北東アジアの平和を脅かすリスク項目の最上位となったのです。
米国の専門家の北東アジアでの平和リスクの判断はほとんどすべてが北東アジアでの中国との対立や中国の行動や影響力の拡大に基づいているもので、台湾に加え、南シナ海、尖閣諸島、中国の軍事力の拡大、中国の海警法の運用などの現状変更の動きなどが、上位を独占しています。
「北朝鮮が核保有国として存在していること」は、最近の中距離弾道弾のミサイル発射の実験などが再開されたことを反映して、22年の平和リスクとしては2.98点と危機管理の局面だとの判断ですが、それが22年の実際に発生の可能性があるかでは2.10点と、「発生するか否かでは半々」という判断で、まだ緊迫したものではありません。
韓国の専門家は、米中対立の経済を分断するリスクを懸念している
韓国の専門家では、「北朝鮮の核保有の存在」や、「北朝鮮の行き過ぎた軍事行動」をこの地域のリスクだと判断する傾向は継続的に高く、今回も韓国専門家が考える10のリスクにこの二つが4位と8位に入っています。
しかし、それ以上に強い関心を持っているのは、米中対立に伴う影響であり、トップテンでは、「米中対立の深刻化」が6.13点で1位、「デジタル分野における米中の覇権争い」が5.81点で2位、「経済の安全保障化とサプライチェーン分断の動き」が5.77点で3位と、上位を独占しています。
韓国の専門家は、米中対立が安全保障上だけではなく、経済分断としてのリスクとしても強く意識しており、この対立に伴う、実際の困難や障害は22年に発生するかでは、「経済の安全保障化とサプライチェーン分断の動き」が3.16点、「デジタル分野における米中の覇権争い」が3.10点、「米中対立の深刻化」が3.03点とこの3つが突出しています。これらは、22年に困難や障害が「発生する可能性は高い」を越えて、「すでに発生している」との認識に踏み込み始めています。
また、この22年に北東アジアでの平和を脅かすリスクでは、「米中対立の深刻化」が3.1点、「北朝鮮は核保有国として存在する」が3.06点と突出しており、いずれも「危機管理の局面」から、わずかだが紛争の可能性を意識する危機感を持ち始めています。
中国の専門家では「米中対立の深刻化」が突出
これに対して中国の専門家が、2022年の北東アジアのリスクとして判断しているのは、米中対立に関する項目であり、これらは安全保障と経済の両面で上位を占めています。
上位10位で見ると、トップは「米中対立の深刻化」が5.63点で突出しています。
経済的には、「デジタル分野における米中の覇権争い」が4.85点で4位、「経済の安全保障化とサプライチェーン分断の動き」が4.62点で7位に入り、安全保障面では、「インド太平洋におけるQUAD(日米豪印)やAUKUS(米英豪)と中国の対立」が4.96点で2位、「南シナ海での領土、領海を巡る対立」が4.51点で9位、関連する項目で「日本の防衛費の増額」が4.78点で5位に入っています。
また、22年の北東アジアの平和リスクでは、「米中対立の深刻化」(2.94点)、「台湾有事の可能性」(2.91点)、「台湾海峡での偶発的事故の発生」(2.9点)、「北朝鮮は核保有国として存在する」(2.8点)の4項目が突出しています。これらは、「この地域の緊張感を高め、危機管理を要する局面」か、それに近い状況にあると中国の専門家は判断しています。
ただし、それらのリスクがこの2022年に実際に困難や障害になる可能性に関しては、「台湾有事の可能性」は1.83点、「台湾海峡での偶発的事故の発生」は1.64点で、「発生するか否かは半々」の採点基準の2点を下回っています。
困難や障害が2022年に「発生する否かは半々」大きく上回り、「発生する可能性は高い」に近づいたのは、「米中対立の深刻化」の2.69点、「日本の防衛費の増額」の2.52点、「デジタル分野における米中の覇権争い」の2.51点です。