【参加者】
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、「東京―北京フォーラム」日本側副実行委員長)
山口廣秀(日興リサーチセンター株式会社理事長、「東京―北京フォーラム」日本側副実行委員長)
【司会】
工藤泰志(言論NPO代表、「東京―北京フォーラム」日本側運営委員長)
工藤泰志:今回の「第19回東京―北京フォーラム」は、4年ぶりに対面での対話ということになったのですが、それに向けて5月24日から26日にかけて日中間で協議が行われました。今回の中国との協議の中で、皆さんにはどのような手ごたえがありましたか。宮本さん、いかがでしょうか。
日中関係が緊張状態にあるからこそ、「一緒にやらなければならない」という意識を共有していることを確認できた
宮本雄二:本当に久方ぶりに直接会ったということで、こういう形の対話が本当にあるべき姿であって、オンラインでは感じられない色々なことをお互いに直接感じることができてよかった、というのが率直な印象でした。
協議の中身に関して言えば、国際情勢がますます複雑になり、日本と中国の抱える問題もますます深刻化している。日中関係も緊張している。そういう状況の中であるからこそ、「東京―北京フォーラム」は、これまで以上に力を入れて、課題を見出し、どういう対応をするかということを考えていかなければならない。
こうした点についてむしろ中国側の方に強い熱意があると感じました。取り巻く情勢が厳しいということは百も承知の上で、「だからこそ一緒にやらなければならないんだ」と。もちろん、私たちもそういう考え方ですが、中国側も同じようにそういう気持ちを持ってくれているな、というのが私の強い印象です。
工藤:山口さん、いかがでしょうか。
山口廣秀:まったく宮本さんのおっしゃる通りだと私も思いました。やはり、Face To Faceで会う、そこから生まれてくる信頼感というものは、こんなにも大きいものか、こんなにも熱いものかということをまず感じました。
我々としては、中国側もこちらが持っている問題意識をしっかりと共有してくれたらいいけれど、それはどうかな、と思っていましたが、そんなことは杞憂で、中国側もすでにしっかりと共有していたということを実感できて、本当によかったです。まさに平和と信頼と協調が大事だという認識で、中国側としっかりと握り合うことができた。そういう事前協議になったと思います。
工藤:この話を聞いている一般の方々はちょっと驚いていると思うのですね。一般的な認識では日本と中国は非常に対立している。世界的な分断の中で、対立の出口などないのではないか、という認識だと思うのですが、皆さんのお話を聞くとそうではないと。なぜこのような違いが出てくるのでしょうか
宮本:政府同士、あるいは世論同士では非常に関係が厳しくなっている。そういう時こそ、「東京―北京フォーラム」は積極的な役割を果たさなければならないという共通認識が、日本側、中国側も共に有しているということなんですね。
ですから、世の中の雰囲気と全然違うじゃないか、全然感触が違うじゃないか、と思われるかもしれませんが、「東京―北京フォーラム」に関わっている日本側も中国側も「だからやらなければならない」ということを強く感じている。
今年のフォーラムは実に19回目なんですが、これまで18回もの基礎があるからこそ、双方が同じ立場から今年の第一歩をスタートできた。新聞報道等で伝わってくる日中間の雰囲気と、我々のこの対話の現場の雰囲気が食い違っていることの背景には、そういうことがあると思います。
山口:私も同感です。世界情勢が非常に厳しく、非常に強い緊張感の中にいるという状況であればあるほど、お互いの存在が大事だという意識を改めて確認していこうという雰囲気になったのだと思います。これを確認できたのはやはりFace To Faceの会合だったからということもあり、お互いの重要性をしっかりと認識できたのだと思います。
18回ものフォーラムの間、ずっと使われてきた言葉として「一衣帯水」があります。要するに、日中関係は変わることのない隣国関係だ、ということをお互いずっと言い続けてきましたし、世界第二位、第三位の経済大国だということも言い続けてきました。改めて、緊張状態の中で、そういったことを確認し合った。そうすると「もう両国は離れられないな」となる。お互いに共有できるところは共有し、協調できるところは協調していかなければならない、という雰囲気が強く出てきたと思います。
工藤:この対話を主催し、実際に動かしている当事者間でかなり強い信頼関係が出来ているということには私も驚いています。かなり色々な厳しいことも言い合っているのですね。事務局間でも相当やり合っているのですが、彼らにはこれが喧嘩だという認識はない。どうやって共に乗り越えようかという意識になっている。「日中関係だけではなく、アジアや世界の未来のために我々は何ができるのか」という話し合いになっている。
事前協議になると、元大使や安全保障の専門家なども出てくるので、やはりちょっと温度差もあるのですが、そこには完全に崩れない支柱のようなものがあって。これはかなり強いパイプになっているということは私も感じました。
昨日の会議後、中国側主催者が「我々は何としても今年のフォーラムは対面でやりたい」と言ってきました。しかし我々日本側には、心配していること...つまり渡航時のビザ取得やパネリストの身の安全確保といった心配な問題が、まだまだあるわけですね。対面でやりたいということはよく分かるのですが、もしものことがあれば大変です。我々としてはかなり覚悟が要ることなのですが、中国側も覚悟を決めてくれました。誤魔化さないで「日本側はこういうことを心配しているのだ」とずばり伝えたら「我々も何とかする」と応じてくれました。
このあたりのやり取りについてはどう思われましたか。
対面でのフォーラム実現に向けて、中国側は日本側の懸念を解消するための覚悟を示した
宮本:Face To Faceの良いところは...例えば、工藤さんは相変わらず中国側に厳しいことを言っていましたが(笑)、そこで聞いている中国側ひとりひとりの反応をつぶさに確認できることです。やはり現場でやってよかったと思います。
ご指摘の点については、中国は部門別にそれぞれが司ってやっていますから、他の部門がやっていることについてはあまり承知していないというのが実態です。今回、我々が明確に懸念を示しましたから、当然関係部門と話をしないとこの問題はクリアできないのですが、それについて「しっかりやります」というメッセージを出してくれたと思います。
工藤:私たちもちょっとまだ腰が引けているところがあって。対面でやることは重要ですが、本当にできるのかと思っていたところ、中国側は意外と覚悟を決めていた。そういう姿勢ですけど、それはこちらも受けて立たなければならないのでしょうか。
山口:私は、対面は開催の必須条件だと思っています。是非そうしたいと思っています。
先程、日本商会の人たちとも会いましたが、「今、東京と中国の往来はどうなっているのか」と訊ねたら、「ものすごい数になっている」とのことでした。ビザの問題があるにもかかわらず、必要に迫られて往来が急増している。そう考えると、我々が10月に対面でやる際には、非常に多くの日本企業の人たち、あるいは政治家も北京に行ってくれる。その可能性は大きいと思います。それに向けて工藤さんも宮本さんも頑張っておられます。そこで、このビザ申請手続きの弾力化ということが実現できれば、往来の動きをさらに強めることができると思います。対面でやることをあまり恐れる必要はないと思っています。
工藤:力強いお言葉でした。もう一つお聞きしたいのは、19回目の対話の使命についてです。昨日の会食の際に、中国側に昔のフォーラムの写真を見せてもらったのですね。ある写真に若い頃の私が写っていたのですが、そこにもっと若い人が写っていて。それが若き日の垂秀夫・駐中国大使だったんですよ。この19年間、本当に色々な人たちを巻き込みながらここまで来たんだなと改めて感じました。
そこで、この対話の意味ですね。今年は日中平和友好条約締結45周年ですが、しかしそうでありながら世界は分断に向かい、中国との関係が非常に難しい状況になってしまっている。そうした中で、今年のこの対話に問われている使命とは何なのでしょうか。
今年の対話が問われている使命とは
宮本:中国は国際化といいますか、急速に大国化に向けて進んでいるのですが...これは私はずっと申し上げているのですが、思春期の子どもに例えると、体は急速に大きくなっているけれど、心はついていっていないと。これを中国の方に言うと怒られてしまいますので、ここは日本語だけにしていただきたいのですが(笑)。これが一番良い例えだと思います。急速な体の成長に心がついていっていないというのは、理解はできるのですね。それは自然なことです。しかし、ようやく心が体に追いつきつつある。それが今の中国の状況です。
したがって、まさに「世界の中の日中関係」「日中両国は世界をどうしていくのか」という工藤さんがずっと追求してきたことを、同じ土俵でようやく話し合えるようになってきたと。今回の協議の時に中国側が、「日中平和友好条約は国と国との最高の約束だ。これを実施しなければ義務がある。どうしてやっていないのだ」と言っていましたよね。
工藤:はい。
宮本:あの発言は、10年前はまったく想像できなかったものです。すなわち、国と国との関係は、法律つまり条約という国際法に基づいてやっていかなければならないという意識が弱かったのです。中国は今、国内を法治、法律による統治ですね。それを一生懸命やっている。そのためには、法律関係の安定性、解釈の統一、普遍的な実施が必要で、そういうことをやっていかないと法治体系というのは上手くいかないんですね。
そういう観念が非常に強くなってきたので、国際社会でも「国際法が大事だ」と言い出した。「条約が一番重要な国際的な約束だ。共同声明よりも条約の方が重要だ」というところにやっと来た。そういう次元で対話をすることができるようになったのは感慨深かったですね。
ですから、工藤さんと「東京―北京フォーラム」がこれまで追求してきた、日中両国は世界の中でどういう立ち位置で一緒にやっていくのか、という共通の土俵にようやく上がってきてくれたな、という感じです。
工藤:今のお話は非常に重要ですね。今までは日中平和友好条約何周年とか国交正常化何周年などといっても単なるお祝いみたいな感じでした。
ただ、「日中共同世論調査」の結果を見ると、両国民は日中平和条約に関して「機能していない、形骸化している」と見ている。北東アジアがこんなに不安定な情勢なのに、条約の理念実現に向けてまったく努力をしていないじゃないかと見ている。そういう議論に対しては、私は中国側は「そんなものは世論の一部の声に過ぎない」「条約なんか...」と否定すると思ったのですが、そうではなくて「条約を守ろう」という姿勢になったというのは大きな変化ですよね。
宮本:あの中国側の発言というのは、これまでは日本側がしていたものだったのですよ。それをそっくりそのまま中国が発言したものですから、世の中変わったな、と。
工藤:山口さん、今回の対話の使命についていかがでしょうか。
山口:やはり、今回のフォーラムでの議論を通じて、世界平和のために我々がいかに貢献していくか。これが最大の使命だと思っています。これが実現できなければ何のためにやったのかという話になってしまいますので、それに向けたステップを大きく踏み出す。
日本もかつてを振り返ってみると...日本という国が、あるいは日本社会が世界からどう見られているかということに対して鈍感でした。そういう指摘の中で、アメリカが言っていることがすべて正しかったというわけではなかったのですが、しかしそういう指摘をされるたびに、「いや、我々日本は十分に考えている」「アメリカの指摘の方がおかしい」と反論・防御することに一生懸命でした。
しかし結果として、アメリカが言っていることがすべて正しかったことではなかったとはいえ、ある種そういうプロセスを経ながら日本も成長してきたことは事実ですね。先程宮本さんが言われたことにも重なりますが、そういう成長過程にいかにして中国を乗せていくか。そのためにどうすればいいのかというと、主張すべきことはきっちりと主張していく。相手にとって耳障りの悪いことでも、言うべきことはしっかり言っていく。政治でも外交でも安全保障でも、そしてデジタルでも経済でもそうです。これが大きなテーマであり、ミッションであると思います。
工藤:山口さんも心を痛めておられると思いますが、経済を経済として議論できればよいのですが、経済を安全保障で考えるとか、安全保障ですべての経済を考えるという傾向が非常に強まってしまっています。その状況の中で経済の議論をどう進めればよいのかということは私もまだ答えを見つけていないのですが、どうお考えですか。
山口:正直に言うと、私も答えを見つけていないのですが、しかしお互いに安全保障という枠組みの中で、経済を考えようとしても経済の議論は進まないわけです。これは中国側も心ある人たちは分かっていると思いますよ。
したがって、そういう分かっている人の存在を念頭に置きながらどう語っていくのか。これが大事だと思います。そのためにはやはり言うべきことは言うことだと思います。
それから、中国側が日本側を見ている眼というのは、安全保障、さらにいえば政治・外交に「偏りすぎているんじゃないか」という疑いで見ている部分が非常に大きいので、「実はそうではないのだ。我々はしっかりと経済の論理に基づき、あるいはマーケットの論理に基づいて、やるべきことをやり、言うべきことを言っているのだ。そうして日中関係をさらに発展させていきたいのだ」ということをしっかり言っていく必要があると思います。方法論としてはまだ工夫すべきことが山ほどあると思いますが、そういうことを念頭に10月に向けて私自身も色々なことを考え、パネリストの皆さんにもそういうことを共有していただきながら議論を展開していきたいと思います。
工藤:最後の質問です。今、日本は中国とどう付き合っていくのかということを真剣に語っている人がなかなかいないのですね。すべて軍事など敵対意識が強い議論になってしまっている。我々はなぜそれでも中国と議論しなければならないのか。それから、日本が今後中国に対して取るべき方向性とは何か。
皆さんはなぜそんなに中国と真剣に議論しようとしているのか、と一般の多くの聴衆は感じると思うのですが、我々が退けないところは何なのでしょうか。対立意識が強まる中、それでも中国と議論しなければならない、そのどうしても曲げるができない信念というのは何なのでしょうか。
対立を乗り越え、平和と協調を選択し、共に繁栄していく道を追求していくための対話にする
宮本:それはもうまさに、山口さんが言及された「一衣帯水」という言葉にすべて表れているんですね。経済規模で世界第二位、第三位の大国同士が隣り合わせている。ですから、経済面でも非常に大きな影響を及ぼし合いますけれども、軍事・安全保障面でも隣に居合わせるというだけで、とてつもなく大きな影響を及ぼし合ってしまうんですね。
そうすると、この隣の大国とどういう関係をつくるのかというのは、まさに自分の国の将来に直結する最重要問題です。そこで対立と衝突の道を選ぶのか、それとも平和と協調の道を選ぶのか。その選択によって、両国の将来は完全に分かれてしまうわけですね。
そうしますと、そこで平和と協調の方に持って行くというのは当然の結論ですよね。この今のご時世で、対立と衝突になった時に人類が被る悲惨な結果は、単に経済の問題だけではなくて、本当に大変な惨事になるわけです。そういうことを考えれば、やはりいかにして平和と協調を実現し、そして共に繁栄していくという道を選ぶのか。時々その可能性は小さくなったりしますが、その可能性をいかにして大きくするか。あるいはさらに大きくできるか、というところで日本社会は一生懸命努力することが必要です。少なくとも私が、言論NPOの活動に参加させていただいているのは、そうした考え方が根底にあります。
山口:これまで18回の「東京―北京フォーラム」の活動を振り返ってみますと、やはり様々な対立と緊張関係がある中でも、フォーラムとしての方向性をきちんと出してきたことは事実だと思います。対立を乗り越えて、協調に結び付けていく。そういう努力の成果というのは、毎回の対話の中で繰り返し強調されてきたと思います。
確かに今、日中関係は非常に厳しい状況にありますが、我々がこの間蓄積してきた大きな知見というのは、「中国との関係はどうしても日本にとって重要なのだ。日本にとって大きな成長につながる関係なのだ」ということで、その理解は十分に共有されていると思います。
この大事な局面の中で、それをもう一度確認しながら、より大きな発展につなげていく。こうした意識は常に忘れてはならないと思います。
工藤:ありがとうございました。10月まであまり時間はないのですが、これから我々はまずは無事に東京に帰って、それから準備作業を開始したいと思います。よろしくお願いいたします。お疲れさまでした。