「第19回東京―北京フォーラム」の二日目全体会議は10月20日午前に行われ、両国の大使が挨拶に登壇しました。
必要なのは、理性的に物事を見聞きし、考えること
駐中華人民共和国特命全権大使の垂秀夫氏は、大使就任以降、本フォーラムに初めて対面での参加となりました。その冒頭、垂大使は「今年は平和友好条約45周年、去年は国交正常化50周年。この二年間は日中関係の来し方に思いを馳せ、未来の日中関係を考えるまたとない機会だった」と切り出しました。しかし同時に、「現下の日中関係は厳しい状況にある。取り巻く世界情勢も厳しいが、二国間でも福島第一原子力発電所の処理水海洋放出をめぐって政治対立がある」としつつ、「実は北京の日本大使館には今でも毎日約1万5000件の嫌がらせ電話がかかってきている」と打ち明けました。
垂大使は、こうした状況の中でも日中韓首脳会談やAPECなどの機会を捉えて、あらゆる意思疎通を行い、信頼回復をしていくしかないと政府の方針を説明しつつ、今後の日中関係発展のための手がかりについて語りました。
そこで、「理性を取り戻すこと」を掲げた垂大使は、2012年に自身が公使だった頃のエピソードを披露。尖閣諸島国有化に端を発した反日デモが激化し、インターネット上でも反日感情の嵐が吹き荒れる中で出会った中国のある有識者は、父親が日中戦争で辛酸を舐めたため、歴史認識問題では非常に強硬な人物だったと回顧。そこで訪日を勧め、現在の等身大の日本の姿を見てくるように助言したところ、彼はそれを実行。帰国後に再び対面した垂大使に対し、「日本で案内をしてくれたボランティアは、尖閣の領有権を国際司法裁判所で争ったとして、もしも日本が負けても『それを受け入れる』と言っていた。法の支配や国際法尊重の姿勢が一般世論レベルにも浸透していることに衝撃を受けた」と報告してくれたと振り返りました。
垂大使は、このエピソードを「理性的に物事を見聞きし、考えた」結果、印象が変化した好例だとしつつ、訪日中国人が飛躍的に増えていく中で、こうした理性的に日本を見てくれる人も増えていくことに期待を寄せました。無論、日本側にもこうした態度が必要とした垂大使は、「そういう理性的な人々に日中関係の未来を託したい。関係の土台に理性という養分を入れることにより、安定した日中関係を築き上げる必要がある」とし、長い助け合いの歴史がある両国であればそれは十分に可能だとして挨拶を締めくくりました。
新時代の日中関係において求められる四つの課題とは
中国側からは駐日中国大使の呉江浩氏が、東京からビデオメッセージを寄せました。呉江浩大使は、「世界は変革期の只中にあり、既存の国際秩序はチャレンジを受け、不安定が常態化している」と切り出しつつ、ウクライナ問題をはじめとした安全保障問題、経済摩擦、イデオロギーによる陣営間対立など山積みの課題に直面した世界は、「グローバルガバナンスの多重危機」に直面しているとの見方を示しました。
その上で呉江浩大使は、こうした危機的状況の中で、習近平国家主席が打ち出している方針として、習外交思想の中核的理念であり、中国の外交理論と実践の革新的成果の集大成である「人類運命共同体」について説明。共同体の構築を推進する重要な柱として、習主席は「グローバル発展イニシアティブ」、「グローバル安全イニシアティブ」、「グローバル文明イニシアティブ」を近年相次いで打ち出し、「どのような世界を、如何にして構築するか」について中国の主張を全面的に説明。今日の世界が直面する危機と課題に対する中国の解決策を示し、「中国の発展と世界の発展を結び付けている」と評しました。
また、本フォーラムと同時期に開催された「一帯一路」構想の国際会議についても言及。すでに大きな成果を上げ、今後さらに「人類は相互依存の共同体となる。世界が良いから中国も良い、中国が良いから世界も良い、という関係性になっていく」との見通しを示しました。
呉江浩大使は続いて日中関係について発言。平和友好条約締結45周年という節目を迎える中で、「外部からの干渉を受けることなく、協力の新たな章を書くべきだ」「条約は遵守しなければならない義務であることを忘れてはならない」などと日本側に呼びかけました。
その上で、新時代の日中関係において求められる四つの課題として、まず「初心に戻ること」を提示。条約で定めた恒久的な平和友好関係の発展に向けて「正しい道を歩むべき」としました。
二番目として、「対立や食い違いのコントロール」を挙げ、そのためには四つの政治文書や首脳会談でこれまで確認してきた共通認識の厳守が不可欠であると強調。具体的には歴史認識や台湾、さらには日本国内の中国脅威論や処理水をめぐる姿勢に関して日本側に苦言を呈しました。
三番目は、「関係発展の原動力強化」とし、それはすなわち民意であると指摘。文化交流、実務協力、青年交流などをはじめとして多面的な民間交流を推し進めていくべきだとしました。
最後の四番目は、「世界の公平と正義を共に守ること」とし、分断傾向にある世界を団結させることがその使命であると主張。「日本は特定の国との同盟関係ばかり見るのではなく、中国の方も見るべきだ」などと注文を付けながら、共に国連中心の多国間主義を擁護していくべきと語りました。
呉江浩大使は最後に、こうした視点から新たな日中関係を構築していけば、両国は運命共同体となり、「美しい未来が訪れる」と挨拶を結びました。
その後、分科会報告を経て、中国国際伝播集団副総裁兼総編集長の高岸明氏から、今回のフォーラムの成果として「北京コンセンサス」が発表されました。
今回の対話では、日中関係の今後の在り方を示唆するような、本質程な議論ができた
最後に主催者を代表して、言論NPO代表の工藤泰志が登壇。4年ぶりの対面での対話となった今回のフォーラムについて、「対面だからこそ本気の議論ができた。実際に相手の顔を見ながら意見を交わすことの重要性を痛感した」と振り返りました。特に、反スパイ法容疑で日本人が逮捕される事件が起こる中では、「日本人パネリストにとっては北京に来ること自体、相当な勇気が要ることだった。それでも来たのは覚悟があるからだ」と日本側の"本気"を強調しました。
また、今回のフォーラムでは相互理解のための対話ではなく、「日中関係の今後のあり方に迫るような本質的な議論ができた」と手応えを口にしつつ、「世論調査では日中関係向上のために有効なこととして、『日中関係の今後に関する協議』を挙げた人が両国で多かった」と指摘。「今後もこうした両国民の声に向き合って答えを出す。それが私たちの目指す民間対話であり、岸田首相にも託された『特別な使命』でもある」と語りつつ、来年第20回という節目を迎え、東京で開催される「東京―北京フォーラム」への強い意気込みを示しました。