北朝鮮の非核化で日米韓は戦略を固め、中国と話し合うべき局面 ―「アジア平和会議2024」(日韓対話)報告

2024年7月18日

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 7月16日、「日韓対話」が、都内の言論NPO事務所と日本・韓国の各所をオンラインで結ぶ形で開催されました。9月3日~4日に開催予定の日米中韓4か国の「アジア平和会議」の事前会議として今回の対話には、日韓両国から8名の安全保障専門家が参加。

 司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。


第1セッション
「日韓は北東アジアの平和にどのような責任を果たすのか」


日韓両国は、北東アジア安全保障秩序の「プロデューサー」への転換を目指すべき

sungnam.jpg 林聖男氏(元韓国外交部第一次官)は、北東アジア地域のリスクを考える上で、米中間の戦略競争の動向や、ロシアと北朝鮮間の軍事協力が最近台頭し、北朝鮮の核ミサイル能力が引き続き拡大していること、さらに、台湾海峡や南シナ海における軍事的な衝突可能性を分析する、ことが必要だとし、こうした状況が新冷戦の背景になっていると語りました。

 こうした状況にどのように対応すべきかでは3点を指摘、まず米中関係を安定的に管理することを提案しました。この点では米国の次の大統領の態度や、中国の3中全会委員会後の中国の行動を注視する必要があるとし、少なくとも習近平体制はアメリカとの極端な対決を回避しようとしている、との見方を示しました。

 さらにロシアの北朝鮮の武器に依存する状況をできるだけ早期にこれを終結させること、

 北朝鮮に対しての脅威については、結局は制裁と対話を並行していくしかないとし、南北朝鮮と米朝の間で意味のある対話チャンネルが全く作動していない点に関しては対話のチャンネルを確保するための努力も並行する必要があると、と指摘しました。

 日韓の役割については、日韓関係の安定した発展のためにも努力を引き続き取り組む必要があるとし、中期短期的には北朝鮮の脅威に対する対応と同時に、中国との関係を管理する事に集中して知恵を集める必要がある、と語りました。また、長期的な視点としては、「北東アジア安全保障秩序の消費者の地位に甘んじることなく、プロヂューサーへの転換を共に目指すべきと提案しました。


中国・ロシア・北朝鮮三カ国の結束は個々の二国間関係は非常にデリケート

nishi.jpg 西正典氏(元防衛事務次官)は、新冷戦に関連してまず台湾問題に言及。中国が2027年までに台湾統一を実現するという方針を過小評価すべきではないと注意を促した上で、現在、反腐敗による人民解放軍内の粛清が進んでいることを指摘、「台湾侵攻の準備を整えられるかどうかは不透明だ」とし、まだ若干の時間的猶予があるとの見方を示しました。

 その上で「警戒しなくてはならないのは、台湾と朝鮮半島という二正面の軍事的な緊張が発生することにある」とした西氏は、「米軍の中では、在韓米軍と在日米軍とは指揮系統が異なっていることから、二正面有事という事態に対応できるのか不明。しかも、日韓の間ではこのように事態を想定し、米軍が展開しやすいようにどのように兵站を担うのか、その協力をしていくための調整が行われたことがない」と実務担当者としての経験を振り返りながら解説。現状では「米軍が機動的に動くための足腰が弱いが、この点について日韓は米国と議論したことはない」と改めて指摘。「これから日本は、統一的な司令部を作って部隊の一元的な運用に進む。そこで米側からも言われてきたのは、在韓米軍と在日米軍の指揮系統の調整をどうするか、という大きな宿題に取り組まなければならない」「そのためにも日韓間で軍事的な協調体制を築くことが必要だ」と韓国側に呼びかけました。

 西氏はその一方で、中国・ロシア・北朝鮮三カ国の結束については、「一般に中露朝を一括りにして脅威と捉えがちだが、この三カ国の関係は『対米』という点では協調することができたとしても、個々の二国間関係は非常にデリケートである」とも指摘。最近のロシアと北朝鮮の接近については、中国は不快感と警戒を強めているとの見方を提示。特に、ロシアの支援による北朝鮮の核・ミサイル能力の向上は北京にとっても大きな脅威につながると語りました。

 その上で西氏は、「つまり日米韓側の戦略としては、この微妙な三カ国関係につけ込むようなものが必要である」と提言。そこでカギを握る「インドのインパクトを見逃してはならない」と注意を促しながら、日米韓の協力体制はこうした様々な視点に立脚し、北東アジア全体の動きに対応するものにしていく必要があると主張しました。


中露朝の結束を如何にして緩めるかが課題、そのためにも日米韓連携の強化も不可欠

jeongkyu-lee.jpg 李汀圭氏(元外務省政務次官補、元駐スウェーデン韓国大使)はまず、北東アジアが「新冷戦」に入ったか否かという点については北朝鮮と中国の間には関係の冷え込みを伺わせる事例もあることなどから、「まだ完全に新冷戦の段階にまでは至っていない」との見方を提示しましたが、新冷戦突入の兆候は多分にあるとも指摘。中露朝と日米韓の対立は北東アジアの平和と安定にとって望ましくない状況であり、「日中韓の枠組みで中国に関与し続けることで、中露朝の結束を緩める必要がある」と語りました。


 次に、朝鮮半島の緊張が意図しない衝突につながる可能性について発言した?汀圭氏は、様々な種類のミサイル発射実験や軍事境界線(MDL)、北方限界線(NLL)の侵犯など、相次ぐ軍事的挑発によって「歴史的な板門店宣言の履行のための軍事分野の合意書」(9・19軍事合意)が有名無実化していることを懸念。北朝鮮がますます露骨な核脅威と恫喝のレベルを高めている中、その対応のためには日米韓の連携、場合によっては中露とも連携を模索していくことが必要であるとしました。

 特に、この日米韓連携の意義については、単に対北朝鮮のみならず、覇権主義的勢力拡大を企む中国を牽制し、北東アジア全域の平和を維持していくという意味でも極めて重要であると語りました。

 最後に日韓関係について発言。日米韓連携を進めていく上では、日韓関係の改善は不可欠であるとし、そのためにはとりわけ歴史認識問題解決に向けた努力は忘れてはならないと注意を促しました。


日韓はこれまでの依存的な対米関係ではなく、提案できる役割を果たすべき

田中.jpg 田中均氏(日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問、元外務審議官)はその冒頭、「新冷戦」という言葉はミスリーディングであると指摘。その理由として「北東アジアには従来の冷戦とは全く異なる地政学的要因がある。それは台湾海峡と朝鮮半島は『熱戦』になる可能性があるということだ」と発言。それを止めなければならない以上、冷戦時よりも「我々はもっと複雑な方程式を解かなければならない状況にある」として、日韓両国に課せられた課題の難しさを、指摘しました。

 次に田中氏は、抑止力の向上だけで自国の安全が守られるわけではないとし、外交の重要性を強調。まず米国に対しては、「日米関係、あるいは米韓関係はこのままの姿でよいのだろうか、という疑問を持つべき」と問題提起。国内外の要因によって米国の世界における指導的地位が低下する中で、これまでのような依存型の対米関係ではなく、「安全保障でもきちんと意見を述べて、米国の考えを変えさせ、善導するような役割を日韓は果たすべき」と提案しました。

 日韓両国の外交に課せられたもう一つの大きな役割として、田中氏は「中国を如何にして巻き込んでいくか」を提示。そこではまず、習近平主席は台湾統一のみならず、「中国の夢」という大きな経済的目標も掲げていることを指摘。中国自身が大きな経済的な苦境に直面する中では、「国際社会と幅広く経済関係を持ちたいと考えており、ロシアと北朝鮮という、いずれも国際社会の経済制裁が適用されている国との関係を強化して制裁対象になるリスクは冒さないはずだ」としつつ、そこで日韓両国が果たすべき役割があると主張。これは中国と覇権争いの最中に居る米国にはできないことであり、日韓が為すべきことであるとしました。

 また、「熱戦」が懸念される朝鮮半島においては、北朝鮮の核・ミサイル能力の向上は中国にとっても脅威であり、重大な関心事であるために、中国を巻き込んでいく形での非核化を目指す外交展開は十分に可能であると主張。先般の日中韓首脳会談はその足掛かりになるとの見方を示しました。もう一つの「熱戦」の舞台になりかねない台湾海峡では、日本も大きな被害が生じかねない関係にあることから、それを防ぐためにもやはり中国に関与していく外交展開が求められると主張しました。

 田中氏は、自身の外交官時代に携わった、東アジアサミットやASEAN+3といった取り組みも、こうした中国を巻き込んだ協力体制構築の一環だったと振り返りながら、その後米国が対中エンゲージメント政策から抑止重視に移行したことを嘆きつつ、「今こそ日本と韓国が、中国を引き込みながら信頼醸成に取り組むべき。中国もそれが自身の利益になることは分かっているはずだ」として発言を締めくくりました。


 冒頭発言の後、ディスカッションに入りました。

 議論では、この地域のこれ以上の緊張を防ぐためにも中国に引き込みに意見が一致したほか、日韓の安全保障協力体制をさらに強化していく必要性については全員が賛同しましたが、課題も提示されました。

 韓国側の出席者の一部からは、日韓関係の根底には歴史認識問題が根強く残っているため、とりわけ安全保障面での協力は国民感情を無視して進めることはできず、急速な協力進展は困難との意見が寄せられました。また、安全保障情勢をめぐる認識についても、韓国は朝鮮半島に関心が集中しているのに対し、日本は中国と台湾海峡への関心が強いという違いについての指摘も韓国側の複数の出席者から寄せられました。

 この点に関して、韓国側の出席者は「日米韓の枠組みにすれば韓国国民から見てもそれほど目立たずに実質的な日韓協力を進められる」とその利点を指摘。これに対して日本側の出席者からは「米国は一つのことだけ、例えば台湾なら台湾だけ、北朝鮮なら北朝鮮だけに関心が集中しがちなので、日韓がそれぞれの立場から、この地域全体のあるべき秩序の姿を米国にイメージさせることは重要だ」といった発言がありました。

 同時に、今秋の米大統領選でドナルド・トランプ氏が再選した場合に備える意味でも、やはり米国を交えたかたちでの日米韓の間枠組みをより緊密にしていくことが望ましいといった意見も見られました。

 また、7月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に際して、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドのインド太平洋パートナー4カ国(IP4)の首脳を加えたパートナーセッションが開催されたことを踏まえ、このNATOへの関与を通じた日韓協力を進めていくべきといった意見も見られました。

 もっとも、日韓の協力は対象を広げ、朝鮮半島を越えて北東アジア全域の秩序安定に寄与していくことに関しては概ね賛成の方向は示されましたが、日韓の国内でまだ議論は深まっていないとの指摘もありました。

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