北東アジアの現状は「新冷戦」ではないが、危機は山積しており、「熱戦」にしないための努力は不可欠第1セッション「北東アジアは『新冷戦』に向かっているのか」報告

2024年9月04日

「新冷戦」に向かう三つの深刻な兆候

 韓国から冒頭発言に登壇した林聖男氏(元韓国外交部第一次官、元ASEAN大使)はまず、「北東アジアは『新冷戦』に向かっているのか」というセッションのテーマに対して、「まだ完全にはそこに至っていない」としつつ、「私の答えはイエスだ。北東アジアは新たな冷戦に向かっている」と切り出しました。

 その上で、こうした認識に至ったこの地域の安全保障環境における兆候として「米中」「露朝」「北朝鮮の核・ミサイル能力」の三点を提示。

 まず、米国と中国の戦略的競争については、緩和の兆しを見せていないとしつつ、トランプ氏、ハリス氏いずれが当選するにしても、「全体として、ワシントンと北京のこのような不安定な関係は、少なくとも二十五年間は続くだろう」との見通しを示しました。

 次に、ロシアと北朝鮮については、両国が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」を「本質的にはロシアのウクライナ戦争に対する北朝鮮の軍事支援に対する一種の見返りであるが、冷戦時代の二国間の絆を強く思い起こさせる」との見解を示しつつ、「北京がモスクワと平壌の新たな軍事関係に加わる可能性」については懸念の声もあることを指摘。

 最後に、北朝鮮の核・ミサイル能力の急激な増大については、「ソウルと平壌の間、あるいはワシントンと平壌の間に意味のあるコミュニケーションのチャンネルがなければ、軍事行動の意図が誤解される可能性は無視できない」と懸念しつつ、「冷戦中に米国とソ連がなぜホットラインを設置したのかという歴史的教訓を思い起こさせる」と指摘しました。

 その一方で林聖男氏は、新たな冷戦の可能性を告げるこれらの深刻な兆候にもかかわらず、「私は依然として、集団の知恵と創造的な戦略によってそれを回避できると信じている」とも語りました。

 林聖男氏はさらに、米中対立については、両国が対話を再開したこと、露朝同盟については、「中国がこの二つの下位パートナーといわゆる北方三角地帯を形成することに真剣に関心を持っているとは思わない」「むしろ日米韓の安全保障協力をさらに強化するための口実を与えないように注意するだろう」との見方を示しました。

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対話や管理にとどまらず、地域の平和に向けたロードマップや青写真をともに模索すべきであり、多国間の安全保障フォーラム・機関も必要に

 一方で、北朝鮮の脅威に関しては難しさも指摘。抑止力の強化は重要としつつ、「抑止力だけでは問題を解決することはできない。意図しない衝突の可能性を避けるためには、外交や対話も必要だ。しかし、北朝鮮を意味のある対話のテーブルに着かせるためには、制裁をより忠実に実施する必要があり、その点で中国が重要な役割を果たす」と問題の複雑さを語りました。

 林聖男氏は最後に、北東アジアの安定的平和に向けた提言を行いました。まず、その大きな鍵を握る米中両国に対しては、対話にとどまらず、「お互いを封じ込めたり二国間関係を管理したりする以上の、できればロードマップや青写真、あるいは少なくとも最終的な目的地を見極めることを提案したい。現状、どちらの側からも長期的なビジョンを聞いたことはない」と要望しました。

 また、北東アジアには多国間の安全保障フォーラム・機関が必要不可欠であることも主張。政府レベルのものが望ましいが、「それが近い将来に実現不可能と思われる場合、代替案としてこの『アジア平和会議』の形式で、当初はトラック1.5レベルでの四者協議から始めるべき」と提言しました。


「新冷戦」の到来は回避可能だが、危機が紛争にエスカレートするのを防ぐ努力が関係各国に求められる

 中国から冒頭発言を行った樊高月氏(軍事科学院世界軍事研究部部門室長・元上級大佐)はまず、北東アジアの現状認識として、「米国は同盟国とともにインド太平洋戦略を進めて中国を軍事的に包囲している。さらに、中露朝を抑止するために、日米・米韓の二国間同盟を三国間同盟に変えた。日米韓は防衛予算を過去最高額に引き上げ、この地域で軍拡競争を引き起こした」「米国は、中国を地域経済協力から排除するためにインド太平洋経済枠組みを実施するとともに、中国の発展を封鎖するためにテクノロジーの『狭い庭と高い柵』を構築した」などと矢継ぎ早に日米韓の動向を批判的な文脈の中で語りました。

 そして、北朝鮮とロシアが「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名し、事実上の軍事同盟国となったのも、こうした日米韓三国同盟の抑止力に対抗するためであったと指摘。こうした現状認識を踏まえて樊高月氏は、「北東アジアは今や『新冷戦』へと急速に進んでいるようだ」としましたが、「しかし、北東アジアで『新冷戦』が起こる可能性は低いと私は考えている」との見方を示しました。

 その理由として樊高月氏は六点を提示。まず、かつての米ソがそうであったように、冷戦とは世界が「二極の地理的・戦略的構造」に分立することとした上で、現在は唯一の超大国となった米国による一極であるし、将来においても米中印露英日EUといった多極世界になるために、二極構造にはならないことを提示。

 次に、冷戦時には世界が東(ワルシャワ条約機構)と西(NATO)の二つのイデオロギーブロックに分かれていたとしつつ、現在はもはやNATOしか残っておらず、「NATOまたは日米韓同盟が北東アジアで新しい冷戦を開始したいと思っても、同等の相手を見つけることはできない」としました。

 三点目としては、グローバリゼーションの深化に伴い、世界中の国々が経済的に相互依存するようになった現在、世界が分断していずれか一方の陣営に付くことを余儀なくされる「新冷戦」には大多数が反対すると予測しました。

 四点目、五点目としては、両陣営の中核となるであろう当の中国と米国が「新冷戦」を望んでいないことを、両政権の動向を踏まえながら指摘。

 最後の六点目では、国連その他の国際機関の役割を挙げ、「国連総会、国連安全保障理事会、WTO、WHOは現在、冷戦時代に比べて国際紛争の解決においてより良い役割を果たしており、一部の国々のブロック政治への依存が緩和されている」などと評価しました。

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 樊高月氏はこれらの理由から、北東アジアにおける「新冷戦」は、そのようなリスクはあるものの回避できると断言しました。もっとも、回避するためには、「北東アジア諸国は、政治対話や軍事交流を通じて敵意を和らげ、人と人との交流を通じて相互理解と信頼関係を深め、現在のコミュニケーションチャネルや体制を通じて危機や摩擦が紛争や対立にエスカレートするのを防ぐために、できる限りの努力をすべきである」とも語りました。


INF全廃条約を教訓とし、均衡から交渉の流れをつくるべき

 最後に、日本から河野克俊氏(元統合幕僚長)が冒頭発言を行いました。朝鮮半島情勢に焦点を当てた河野氏は、現役の統合幕僚長だった頃を振り返りながら、「北朝鮮の核・ミサイル問題が緊張感のピークに達したのは2017年だった」と指摘。「当時は、日本国民も相当危機感を持っていた。弾道ミサイル防衛は、海上のイージス艦からの迎撃ミサイルと、地上の部隊が発射する地対空誘導弾『PAC3』で構成されていたが、それだけでは心許ないということで、イージス・アショアを導入して三段構えにしようとした。これは当時の実感としては、防衛省・自衛隊が旗を振ったというよりも、まさに国民の危機感が後押しをして導入が決まった。世論調査でも7割が導入に賛成だった」と回顧。

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 日米韓による軍事的な圧力が進む中で、北朝鮮の金正恩委員長から「米国と話し合いをしたい」というメッセージが出てきたのは、圧力が功を奏していた証左だとした河野氏は、「ここでもう一歩、二歩と踏み込んでおけば状況も変わっていたはずなのに、トランプ米大統領が実務的な積み上げもないままに米朝交渉に乗ってしまった」と嘆きました。

 また、当時の日米韓の方針は、「完全、検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」であった以上、交渉が決裂したならば「CVIDに戻るべきだったのだが、トランプ大統領は急速に北朝鮮に対する関心を失い、米韓演習打ち切りや、日本海への短距離ミサイル発射を問題視しなくなった結果、北朝鮮にフリーハンドを与えてしまった」と指摘。同時に、「日本も油断し、イージス・アショア導入をキャンセルした。予定通り導入していれば今年か来年にはもうオペレーションできていたはずなのに」と重ねて嘆息しました。

 そして現在、核保有国ロシアが、非核保有国ウクライナを核によって恫喝するというNPT体制が想定していなかった事態の現出によって、「北朝鮮に核を持つことのお墨付きを与えてしまった。2017年には相当追い詰めたが、完全に状況は変わりもはや北朝鮮が核放棄をするということは考えない方がいい」と語りました。

 こうした現状認識を踏まえて河野氏は、「核保有を前提としつつ、保有していても無意味という状況に持っていく必要がある。要するに、米国の核抑止を効かせて北朝鮮が核を使えない状況にするということだ」とし、そのためには「タブーなしの議論」が必要であるとも語りました。

 その際に教訓になり得るものとして河野氏は、中距離核戦力(INF)全廃条約に言及。ソ連が西欧を射程とする中距離弾道ミサイル「SS20」を配備したのに対し、西ドイツのシュミット政権の主導によってNATO側も中距離核ミサイル「パーシングII」と巡航ミサイルを西欧各地域に配備。これによって緊張も生じたものの「結果、均衡の状態になった。そこから交渉をして全廃に繋げていった」と解説。対北朝鮮においても、まず均衡によって舞台を整えつつ、「それから交渉だ」と主張。もっともその際には、「これは北東アジア全体の問題なのだから米朝二国間交渉は避けるべき。六者会合が望ましいが、ロシアを入れるのは現実的ではないので、五カ国の枠組みをつくり、交渉すべきだ」と提言しました。


 冒頭発言の後、ディスカッションに入りました。司会の宮本氏は、四氏の冒頭発言を踏まえた上で、各氏に「新冷戦」は到来しているのか、その見方を訊ねました。

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マインドセットにつながるため、現状に対して安易に「新冷戦」というレッテルを貼るべきではない

 米国のダニエル・ラッセル氏(元東アジア・太平洋担当国務次官補)はまず、かつての冷戦と現在の状況では、相違点(経済的相互依存、国際的・地域的枠組みの存在など)も共通点(権威主義陣営と民主主義陣営の対立、プロパガンダ〈情報戦〉の展開など)もあると分析した上で、現状に対して安易に「新冷戦」というレッテルを貼るべきではないと主張。その理由として、「今は冷戦だ」というマインドセットによって、政策決定もそれに備えたものになり、リスクがエスカレーションしかねないことを提示。予言の自己成就のように本当に「新冷戦」を招くことを危惧しました。

 その一方でラッセル氏は、かつての冷戦から得た教訓は積極活用すべきとも主張。その代表例が「危機管理メカニズム」や「ヘルシンキ宣言」であるとしました。また、「当時も宇宙領域や天然痘撲滅など、東西で協力すべきところではきちんと協力していた」とも振り返り、こうしたかつての冷戦の教訓を活かしていけば、紛争回避と緊張管理につながり、そして「新冷戦」の到来を阻止できるとの見方を示しました。

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現状は熱戦になり得る。欠けている「戦争を止める力」をどう培うか。credibility gapを解消する仕組みが必要

 日本の田中均氏(日本総合研究所 国際戦略研究所 特別顧問、元外務審議官)も、現状を「新冷戦」と呼ぶべきではないと主張しましたが、「ただ、その意味は他の論者とは少し違う」と発言。「かつての冷戦では、戦争にならない仕組みがあったし、相互確証破壊によって核は使うに使えない状況だった」「しかし、今は違う。台湾海峡、南北朝鮮の対立、南シナ海の中国とフィリピン。いずれも火を噴く可能性を秘めており、熱戦になり得るこの状況を"冷たい"とカテゴライズするのは無理がある」と指摘しました。

 その上で田中氏は、「では、今は何が欠けているのか」と問題提起。「それは戦争を止める力だ。米国はウクライナでもイスラエルでも止められていないし、むしろ武器を供給している。イスラエルは同盟国なのだから止められるはずなのだが、国内政治事情がそれを許さない」と分析。国内事情で止められないのであれば「国際社会が工夫を凝らすしかない」とした田中氏は、「抑止も必要だが、それだけでは駄目だ。相手が中国でも北朝鮮でも相互に疑心暗鬼が続く中では絶対に平和は訪れない。credibility gapを解消する仕組みがどうしても必要だ」と主張しましたが、同時に「これは日米間でも随分と苦労したことだ」とその難しさも語りました。

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米中両国が「新冷戦」に陥らないためには、周辺国が果たす役割も大きい

 中国の賈慶国氏(北京大学国際関係学院前院長)は、かつての米ソ冷戦の特徴を(1)イデオロギー対立、(2)グローバルレベルの軍事対立、(3)経済分断だったとした上で、この三点から鑑みた現状は「新冷戦」ではないと分析。もっとも、「その方向には向かっている。なぜなら、両側それぞれが最悪のシナリオを考えながら、それに向かったアプローチを取っているからだ」と警鐘を鳴らしました。賈慶国氏は、最悪の事態の進行を阻止するための方策として、バイデン政権が進めていた「衝突回避のガードレール」構築という方向性自体は正しいとする一方で、「努力が不十分だった。再関与が必要だ」と米国に注文を付けました。また、日韓など米国の同盟国に対しては、「盲目的に追従するのではなく、ケースバイケースで立場を変えるべき。場合によっては中国だけではなく米国にも働きかけるべきだ」と要望。米中両国が「新冷戦」に陥らないためには、こうした周辺国が果たす役割も大きいとの認識を示しました。

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冷戦期、現場レベルの危機が事故防止協定につながった。こうした歴史の教訓に学ぶべき

 日本の香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)も、冷戦の教訓について発言。「報道はされなかったが、冷戦期に日本海での演習中、米海軍の駆逐艦とソ連海軍の艦船が衝突したことがあった」と現場の秘話を披露。もっとも、そうした現場レベルの危機が「米ソ間の事故防止協定につながった」と指摘。これは事故防止のみならず、「ロシアのチェチェン侵攻ですべての外交チャネルが絶たれた中、この事故防止協定のチャネルだけは生きていた。そこを通じて戦略的な情報交換ができていた」と副次的な効果もあったことを紹介しつつ、こうした歴史の教訓に学ぶべきと指摘しました。

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「新冷戦」ではないが、米中が競争関係にあることは直視しなければ衝突しかねない

 米国のブラッド・グロッサーマン氏(パシフィックフォーラム シニアアドバイザー、多摩大学ルール形成戦略研究所副所長)は、現状は「新冷戦」ではないとしましたが、「米中は競争関係にあることは確かだ。そこは認めて直視しなければならない。きちんと直視していないと衝突しかねない」と前方不注意の危険性を指摘しました。そして、本当に衝突した場合には悲惨な影響が生じると懸念しつつ、それを回避するためのメカニズムは不可欠だとしましたが、その出発点となるものは現状の米中関係が競争関係にあるということを正面から認めることだと重ねて強調。

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 この発言を受けた司会の宮本氏は、「バイデン政権がcompetition(競争)という言葉にこだわる理由がよく分かった」と所感を述べました。


熱戦による危機の連鎖を防ぐことが重要。北東アジアではまず北朝鮮の核問題への対応が不可欠

 韓国の金炯辰氏(元韓国国家安保室第二次長)は、ジェイク・サリバン米大統領補佐官の「ポスト冷戦時代は終わった」という発言を引用しながら、「では、今はどのような時代なのか」と問題提起しました。2014年、ロシアがクリミアを併合した後、あるいはNATOがポーランドやバルト三国に派兵している状況において、欧州ではそれを「冷戦ライト(light)」「冷戦の初期段階」などという認識だったことを紹介した上で、「しかし今、冷戦は悪いことではあるが、熱戦よりは良い」と指摘。例えば、ウクライナでの熱戦を機に露朝は関係を強化しましたが、軍事技術の支援を受けた北朝鮮の核・ミサイル能力が向上することは北東アジアの危機にもつながるとして、こうした熱戦を発端とする危機の連鎖を強く懸念しました。

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 その上で金炯辰氏は、「我々はまず北朝鮮の核問題に対応する必要がある。そうしないと、この危機の後にさらにたくさんの危機が続くことになる」と警鐘を鳴らしつつ、北朝鮮との交渉にあたっては六者会合のように多国間の枠組みが望ましいとの認識を示しました。

 中国の欧陽維氏(グランドビュー研究所学術委員副理事長、国防大学教授)はまず、冷戦の定義について、現在と過去では時代環境が異なる以上、「かつての冷戦のモデルを現在の状況に当てはめようとするのは妥当ではない」と指摘。

 その上で、朝鮮半島情勢をめぐっても、「『新冷戦』などと騒ぎ立てて対立を煽り、ブロックを二つに分けるべきではない」と主張。六者会合をはじめとして多国間のアプローチを以て対応すべきだと語りましたが、それは現状では難しいとも指摘。「なぜなら、『新冷戦』という言葉を使いたがる誰かが居るからだ。誰かがこの地域を二つに分けたいと考えている」と「誰か」に対して苦言を呈しました。


ロジックを共有していない米中両国。そのギャップを埋める役割を日本が果たすべき

 日本の西正典氏(元防衛事務次官)は、これまで登壇した各氏とは異なる視点から発言。自身の防衛官僚時代の研究を振り返りながら、米ソ両国は通常戦力から核戦力の使用に至るエスカレーション・ラダーについては、「鏡に映したかのように似通っていた」と解説。一方で、現在の米中両国間ではそのような相似性は見られないとした西氏は、「米ソはともにキリスト教の神学ロジックを持っており、さらにウェストファリア体制下での主権国家形成の経験でも共通していたが故の相似性だったのではないか」と仮説を提起。

 その上で、「そうした共有するものがない米国と中国は当然異なるロジックに至る」とした西氏は、米中間に横たわるこうしたギャップを埋める必要性を強調。「そこに日本の役割がある。日本は欧米と中国の対話を助けるものと成り得るかもしれない」と早世した中国文学者・高橋和巳の発言を引用しながら提言しました。

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分極化していく世界の中で米中は競争しつつも協力すべきだが、拠って立つルールをめぐっては競争しかない

 米国のクリストファー・ジョンストン氏(戦略国際問題研究所上級顧問兼日本部長)は、現在のこの状況を何と表現すればいいのか分からないとしつつ、少なくとも「『新冷戦』ではない」と断言。経済的な相互依存関係にある中で、米国とその同盟国・友好国は技術保護や貿易制限はしても中国と完全にデカップリングをすることは不可能であり、二極化にはならないと予測。また、今後の重要産業として半導体産業を挙げつつ、「最も高度な半導体を製造するために必要な装置を製造する唯一の企業・ASMLはオランダにある。米国でも中国でもない」と指摘。サプライチェーン再編が課題となっている重要鉱物についても、鍵を握るプレーヤーはやはり米中ではなく、グローバルサウスであるということにも言及し、このように「現在の世界は、小さなプレーヤーが国際舞台で非常に大きな力を発揮する世界になっている」ことが、世界が二極化に向かわない理由であるとしました。

 ジョンストン氏は、こうした分極していく世界の中では、米中は競争しつつも協力できる分野では協力すべきと語りましたが、その一方で、それぞれが拠って立つルールをめぐっては競争しかないとも発言。ロシアのウクライナ侵略や南シナ海の状況に触れつつ、「例えば、紛争の平和的解決や主権尊重といったルールは今まさに挑戦を受けているが、これらを守るキャンプと守らないキャンプのどちらに入るのか。それぞれの国は選ぶ権利がある」との見方を示しました。

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朝鮮半島ではずっと冷戦が続いているが、中露の動向によって危険性は増している。抑止だけでなく危機管理と外交が必要

 韓国のホ・テグン氏(韓国国防研究院諮問委員、前国防部国防政策室長、元韓国軍准将)は、「冷戦は米ソの対立が本質であったのに対し、現在は米中あるいは米中ロ間の競争」「冷戦はイデオロギーの対立であったのに対し、現在は権威主義対民主主義という価値観の対立」「冷戦は軍事の競争だったが、現在はテクノロジーや経済の競争プラス軍事の競争」などと冷戦期と現在の違いを列挙。同時に、「従来型の戦争が展開されながら、冷戦期の軍備管理の取り決めが全て宙に浮いてしまっている」と今の状態の危険性も強調しました。

 その上で、現状は上記のような違いから「新冷戦」ではないとしたものの、「その方向に進んでいる」との見方を提示しました。

 また、朝鮮半島では冷戦構造は朝鮮戦争時から続いているとした上で、「韓国人から見れば、冷戦状態は珍しいことではない」と発言。もっとも、朝鮮半島情勢の危険性は増してきているとも語り、かつては北朝鮮問題の解決に協力的だった中国が、現在はこの問題をむしろ利用しようとしていること、かつては朝鮮半島に無関心だったロシアが北朝鮮との関係強化を進めていることなどをその根拠として挙げました。

 ホ・テグン氏はこうした危険な状況の中で、軍事衝突を避けるためには勢力均衡による抑止が必要であると主張しましたが、「それだけではなく危機管理、そして外交も必要だ」と語りました。

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トランプ再選と米国ファースト再来にどう備えるか。ただし、ハリス当選でも懸念はある

 発言が一巡したところで宮本氏は、「かつての冷戦との違いは多く、現在のところは『新冷戦』には至っていないし、これからも到来させてはならないということでコンセンサスは得られた」と総括した上で、次に「米大統領選はこの地域にどのような影響を及ぼすのか」と質問しました。


 グロッサーマン氏は、トランプ氏、ハリス氏いずれが大統領になったとしても米国の関与の本気度は問われ続け、試練を受け続けることになると予測。ただ、少なくとも自由貿易分野では確実にリーダーシップを発揮することはないとしつつ、「この分野では日本が代わってリードしてほしい」と要望。そのようにして米国ができない、あるいはやらない領域においては同盟国や友好国が共通利益を代弁していくことが、「我々が理想とする世界の実現につながっていく」としました。

 金炯辰氏は、トランプ氏が大統領在任時に在韓米軍の完全撤退を主張した際、マイク・ポンペオ前国務長官が「二回目の任期での課題にしよう」と説得したという証言を紹介しつつ、米国のコミットメントが失われたら「韓国世論内で自国核武装を求める声は強まるだろう」と懸念しました。

 田中氏は、これまで米国が世界から尊敬されてきたのは、短期的な自国国益を損ねても中長期的な国際社会の利益を追求してきたからだとしつつ、短期的な米国の国益のみを追求し、中長期的な国際社会の利益を度外視する、「トランプ氏の独りよがりの米国ファースト」の再来を強く懸念。また、二期目でトランプ氏の周囲を固めるスタッフの陣容が如何なるものになるのか不透明なところも懸念材料であるとしました。安全保障だけでなく、エネルギーや気候変動など地球規模課題が山積みの中で、米国が自国国益しか省みないことが世界に如何なる悪影響を及ぼすのか、「米国の友人たちには是非とも思い出してもらいたい」と求めました。

 賈慶国氏は、トランプ氏が再選したとしても「結局は一期目と同じだろう。一方的な米国ファーストは続くし、保護貿易、技術競争、台湾問題などでの対中強硬は続く」と予測。その一方でハリス氏当選の場合でも、経済問題や対中関係、朝鮮半島への対処に「どう取り組むのか。問題がないわけではないし、別種の問題も出てくるだろう」との見方を示しました。


冷戦をネガティブに捉えるのではなく、熱戦にしないための努力を進めていくべき

 こうした議論を受けて最後に、冒頭発言を行った四人のパネリストが再度発言しました。

 ラフヘッド氏は、「私たちはどんな時代に生きているのか、考えなければならない。『新冷戦』ではないにしても、協力してこの状況をきちんと定義づける努力をしていかなければ不健全だ」と主張。また、「我々は新しい時代に住んでいる」とも語り、この時代における重要課題として複雑性を増していく新たなテクノロジーへの対応を挙げつつ、「まったく新しい時代に入っているのだから、過去からは教訓だけを得て過度に振り返るべきではない。未来を見るべきだ」と呼びかけました。

 林聖男氏は、各国間の経済的相互依存や、各地の紛争が連動している現状を踏まえて「『新冷戦』ではなく、相互接続の時代だ」と提唱。一方で、ジョンストン氏の「米中デカップリングは不可能」との見方に対しては、共和党の政策綱領にある「中国からの戦略的独立性を追求」という箇所を「これはデカップリングと同義だ」と懸念を示しました。

 樊高月氏は、米中両国は高官レベルの対話を再開していることを前向きな変化と評価。さらに、「米国政府の文書を注意深く読んでみると、中国とロシア・北朝鮮の扱いを明確に分けていることが読み取れる。米国も『中露朝』などの括りでは見ておらず、『新冷戦』を求めていないことが分かる」と指摘しました。

 河野氏は、「冷戦という言葉はネガティブに捉えられがちだが、ポジティブな面もある。熱戦とは異なり、ある意味では安定しているので衝突しないための努力もかなりできた。安定していたからこそ日本も経済発展に集中できた」と指摘。冷戦崩壊後に起こったのが湾岸戦争であり、そこからのイラク戦争や「9.11」であったとしつつ、「だから、冷戦をネガティブに捉えるのではなく、熱戦にしないための努力をどのように進めていくべきか、ということに焦点を当てるべきだ」と提言しました。

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