日中間の課題解決に向けて、民間からもリーダーシップを発揮すべき ― 「第20回東京-北京フォーラム」全体会議パネルディスカッション報告

2024年12月04日

大同小異の精神で日中協力を進め、戦略的相互信頼を築くことが戦略的互恵関係の基礎になる

 続いて、中国側から易綱氏(中国人民銀行前総裁、中国人民政治協商会議第14期全国委員会委員、経済委員会副主任)が発言しました。

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 2011年12月、野田佳彦首相の訪中時に、当時の財務官で今回のフォーラムにも参加している中尾武彦氏(前アジア開発銀行総裁)とともに協議を重ね、(1)日中間の貿易等での両国通貨の利用促進、(2)円・元直接交換市場の発展支援、(3)両国通貨建て債券市場の発展支援、(4)海外市場での両国通貨建て金融商品サービスの発展慫慂、(5)協力促進のための合同作業部会の設置の5点について合意したことを振り返った易綱氏は、その後の日中金融協力を支えたこれらの合意を可能としたのは、「双方の意見に大きな食い違いがあっても大同小異の精神があったからだ」と解説。「戦略的相互信頼が戦略的互恵関係の基礎になる。大同小異の精神で以てWin-Winの関係を目指さなければならない」と説きました。

 易綱氏はさらに、ブレトンウッズ体制80年の中でIMFや世界銀行など世界経済システムのガバナンスが整備され、また地域の中でもチェンマイ・イニシアティブなどの多国間枠組みがつくられて日中協力の重要な舞台となってきたと指摘。

 そういった多国間の枠組みを擁護していくことでも協力をしていくとともに、フィンテックやグリーンファイナンス、デジタル通貨など新たな分野での二国間協力も推し進めていくべきだと主張しました。


国連憲章にすでに規定されている平和を維持する上で必要なことを日中両国でも首脳間で真剣に話し合うべき

 第2次安倍政権の外交・安全保障政策を長く支え、日中の戦略的互恵関係の構築に携わった谷内正太郎氏(元外務次官、初代国家安全保障局長)は、本フォーラム初登場となります。

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 現下の世界情勢を「分断、対立、混迷」と表現した谷内氏は、冷戦期には米ソそれぞれの陣営内ではガバナンスが効いていたものの、冷戦後はグローバル化の進展と米国の国際的地位の低下、中国の台頭などが相まって、「各国の自己主張が強くなり、分断の下地ができた。そしてそれを加速させたのがコロナ禍だった。EU内ですら国境を閉ざし、マスクなど医療資源を奪い合い、偏狭なナショナリズムが生じ始めた」との現況の背景を読み解きました。

 谷内氏は続けて、国際連合安全保障理事会の常任理事国(P5)という国際社会の平和と安全に主要な責任を持つ国であり、しかも核保有国であるロシアによるウクライナ侵略に言及。このままロシア寄りの条件で停戦した場合、「それは戦後国際秩序の崩壊を意味する」と断じるとともに、同様の行動に走る国が出てくる可能性を憂慮しながら今後への影響という意味でも「やはりロシアの行動を認めるわけにはいかない」と語りました。

 その上で、ウクライナ戦争だけでなくガザ紛争も止めることが容易ではない状況の中、「どう平和な世界秩序を再構築するか」と問題提起した谷内氏は、「戦争と平和の国際的取り組みの場としては、やはり国際連合が中心となるべきだ」と指摘。平和を維持する上で必要なことは国連憲章にすでに全て書き込まれているとの見方を示しつつ、そうである以上何か新たな別の平和秩序を抜本的につくり出すよりも「まず国連憲章の内容をきちんと実行すべきだ」と主張しました。

 谷内氏はさらに、P5の責任についても言及。「平和秩序に必要なフォーラムとしては国連が、理念や理想としては既に国連憲章がある。ないのはリーダーだけだ」としつつ、国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を負うP5が動かない以上は安保理改革が必要になるとの見方を提示。そこでの日中協力を求めつつ、「国際公益を追求する中でお互いの国益を追求していく。戦略的互恵関係というのはまさにそういうことだ」としながら日中首脳会談の必要性を強調。「日中両国が国際平和と安全について何をできるか、何をすべきか、どういう方向性で協力していくか真剣に話し合っていただきたい」「今回の世論調査結果を見ると、この世論が悪化した局面はトップレベルで突破するしかない」と提言しました。

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平和発展協力を望む両国民にとって、連携して取り戻すべき必要な3つのこと

 程永華氏(全国委員会外事委員会副主任、中日友好協会常務副会長、元駐日中国大使)はまず現状認識として、「グローバルガバナンスが欠如し、リスクが重なり、人類社会はかつてないほどの大きな挑戦にさらされている」とした上で、「しかし、日中両国の人々はやはり平和発展協力を望んでいる。では、どうすれば連携を取り戻すことができるのか」と問題提起しました。

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 程永華氏は必要なことの一点目として「認識の共有」を提示。日本メディアの論調は中国に対する脅威や偏見を煽り立てるものが多いと指摘するとともに、中国を自国に対する挑戦と位置付けた日本政府にも苦言を呈し、「日中間の四つの政治文書、とりわけ互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならないことを確認した2008年の共同声明を思い返してほしい」と注文を付けました。

 二点目としては「協力の可能性模索」を提示し、「東アジアには保護主義は合わない。サプライチェーンは共通利益であり、デカップリングは双方が望んでいない」「グリーン、デジタル、ヘルスケアなど日中共通の成長ポイントは多い。中国側は常にドアを開放している」などと日本側に協力を呼びかけました。

 最後の三点目として程永華氏は、国民交流の増大を挙げつつ、「東京―北京フォーラム」のような民間の役割が重要になるとの認識を示しました。

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欧米と中国の間にあるギャップを埋めるための役割が日本にある

 西正典氏(日本生命保険相互会社特別顧問、元防衛事務次官)はまず、ウクライナ戦争について発言。国連憲章と17世紀以降積み重ね続けてきた戦時国際法に関する努力がロシアに踏みにじられたため、この修復がまず大きな課題になるとの見方を提示。そして、それだけではなく「ロシアの暴挙はウクライナ国民に強い恨みを残す。恨みが何をもたらすのかは中東を見れば明らかだ。戦争をどう終わらせるかも大きな課題だが、陰惨な戦後にどう対処するかも大きな課題となる」と指摘しました。

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 さらに西氏は、北朝鮮が派兵したことによって、このウクライナ戦争は日中にとって決して対岸の火事ではなくなったとも指摘。派兵の見返りとなるロシアからの技術協力によって北朝鮮の核・ミサイル能力が向上することは日中にとって大きな脅威であるとしました。

 その上で西氏は、こうした安全保障環境の変化の中での日中協力について提言。その前提として日中協力の可能性について語った西氏は、自身も携わった旧日本軍の化学兵器処理業務を通じて両国で信頼関係を構築したエピソードを披露。2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号内での新型コロナウイルスの感染が明らかになった際の自衛隊の防疫プロトコルも、実は化学兵器処理業務の経験に裏打ちされたものだったと明かしつつ、安全保障面での日中協力の可能性の大きさを強調しました。

 西氏は最後に、経済も含めて新たな世界秩序の創造が今まさに求められているとしつつ、世界の再構築にあたっては「ゲームのルールを書いた人間が一番得るものが大きいため、これまでの欧州主導で作られてきたワールドオーダーに対して、アジアのロジックによるワールドオーダーというものが何なのかということを問いかけてもいいのではないか」と指摘。欧米と中国の間に横たわるロジックのギャップを埋める必要性はあるものの、「そこに日本の役割がある。日本は欧州と中国の対話を助けるものと成り得るかもしれない」と早世した中国文学者・高橋和巳の発言を引用しながら提言しました。


国連改革、ウクライナ・中東和平など日中協力すべき課題は多い

 最後に、中国側から張沱生氏(中国国際戦略研究基金会上席研究員)が発言しました。張沱生氏はまず、多国間枠組みによる世界と地域の平和秩序に必要なこととは、「国連が国際安全保障システムにおける中核的な役割を担い、各国が国連憲章と国際法の基本原則と規範を遵守することだ」と指摘。また、一国主義を戒めつつ、冷戦終結後に結成された様々な世界的及び地域的な多国間安全保障協力組織とそのメカニズムの役割を発揮させるための努力は必要だとしつつ、枠組みの透明性を向上させるなどして、「冷戦期のような対立を回避し、平和と安定に建設的な役割を果たすようなものにしなければならない」「二極構造における同盟による対立、あるいは冷戦型の平和秩序につながるものであってはならない」などとも語りました。

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 張沱生氏は、国連や欧州安全保障協力機構(OSCE)、六者会合など既存の枠組みの機能不全を指摘しながら、世界の紛争数や強制避難民数が第二次世界大戦後で最悪の状況になっていることを強く憂慮。北東アジアでも様々なホットスポットを抱える中、米国でトランプ政権が復活することは多国間主義に対する大きな衝撃と成り得ると懸念しました。

 その上で日中協力について提言した張沱生氏は、「国際安全保障の秩序を守り、改革をするために協力をすべきだ。ともに国連を中心とした国際システム、そして国際法を守るために協力しつつ、今の秩序の中でも不合理なところ、あるいは不公平な制度やルールがあれば、それについても改革をする。これは例えばAIの兵器化といった新しい国際法規が求められる領域でも同様だ」と訴えました。

 また、「国連憲章をもとに、ウクライナと中東における二つの戦争の早期停戦を実現し、公正で持続的な平和の枠組みづくりのために日中は努力すべきだ」とも主張。今年5月に中国とブラジルが共同で打ち出したウクライナ和平構想に対し、日本も賛同するように呼びかけました。

 最後に張沱生氏は対話についても提言。西太平洋海軍フォーラムや北京香山フォーラム、シャングリラ会合といった多国間フォーラムを重視するとともに、日中二国間対話の必要性も指摘。そうした機会を通じて、日中平和友好条約の精神を確認しながらアジア太平洋地域の平和と安定のために両国は協力していくべきと語りました。


過去の政治文書の内容を両国政府がきちんと実行している姿を国民に見せることが重要

 発言が一巡したところで、ディスカッションに入りました。日中協力の重要性では各氏は一致したものの、今回の日中共同世論結果では、特に中国国民が協力に後ろ向きになっている現状が明らかになっています。

 その点について日本側司会の工藤が問うと、参加者の一人は「国連憲章と同様に、平和友好条約など過去の日中間の政治文書にも非常に良いことが書かれている。それを両国政府がきちんと実行している姿を見せることが重要だ」と回答。また、実務交流やトラック1.5やトラック2の対話を充実させて、相互理解と信頼を深めること、メディア報道あるいは政府広報のあり方に対する意見も相次ぎました。

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 議論を受けて最後に工藤は「確かに、四つの政治文書の言葉は素晴らしい。それが実行されていないと国民が感じていることは世論調査結果にも表れている」としつつ、昨年のフォーラムで合意した「北京コンセンサス」にも盛り込まれた常設対話に触れながら民間からも状況打破に向けたリーダーシップを発揮すべきとの認識を示しました。

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