「2002.12.5開催 アジア戦略会議」議事録 page1

2003年6月10日

021205_01.jpg2002年12月5日 於 笹川平和財団会議室

会議出席者(敬称略)

橋田坦(東京国際大学経済学部教授)
周牧之(東京経済大学経済学部准教授)
福川伸次(電通顧問)
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
入山映(笹川平和財団理事長)
大辻純夫(トヨタ自動車渉外部海外渉外室長)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
鶴岡公二(政策研究大学院大学教授)
松田学(言論NPO理事)

福川 きょうは深川先生にいろいろご斡旋をいただきまして、東京国際大学経済学部教授の橋田先生と、東京経済大学経済学部准教授の周先生にお越しをいただくことができました。お忙しいところ、大変ありがとうございました。

きょうは、主として中国WTO加盟の影響等々についてご議論をいただきたいと思います。

それでは、恐縮ですが、まず30分ずつぐらい両先生にお話をいただいて、その後まとめてご討議をお願いしたいと思います。

橋田 橋田でございます。

私は、今日WTO加盟についてお話申し上げますが、実は余り通商方面の専門家ではございません。しかし、昨年NIRAの研究会に参加しまして、そのときに私が中国を担当し幾らか勉強したことがありましたので、深川先生から今日のお話をいただいたわけです。まず、WTOに加盟したときの中国のいろいろな条件、いくらかテクニカルになりますが、それを申し上げて、それから1年後の現在どのようになっているか、これからどうなるか、残された課題がどうかをお話ししたいと思います。それとは少し離れますが、この話に関連しているのがFTAですので、私の全くの感想ということで、特にASEANとの間でのFTA協議につきまして簡単なコメントを申し上げます。

お手元のレジュメの第1点でございますが、加盟は去年11月、発効したのは12月です。一般的な認識では、中国は非常に譲歩したということになっております。それまで、特に対米交渉で紛糾しましたが、結果的には、随分譲歩したということです。

例えば市場アクセスでは、全製品の平均関税率を17.5%から10%弱に下げ、農産品も結構下げる約束をしました。特に著しいのは鉱工業品で9%ぐらいまで下げることになっています。その他、中国の場合には非関税障壁が非常に厳しかったため、WTO交渉でとにかく撤廃しろと厳しく指摘されまして、撤廃の約束をしたわけです。アメリカが非常にこだわったのは、ご承知の流通、金融、通信等々のサービス貿易の対外開放ですが、私が見るところでは大幅に譲歩してまとめました。

さらに、各国から、WTOとの連携によって国内制度を改革することを非常に強く求められました。ですから、法制度を変えるという約束をし、実際に今変えております。

その他には、WTO個別協定の遵守がありますが、それについては国内制度(レジュメの2)改革とは別に、細かく要求されたわけです。例えば農業協定では、多額の農業補助金を支給してはいけないというのがあります。それに従って、中国は補助金のカットをのみ込まされました。また、中国は輸出補助をやっていますから、それを撤廃するように言われました。ちょっと細かいですが、貿易の技術的障壁に関する協定(TBT協定)の遵守問題があります。特に、中国が輸入する場合、各種特有な商品検査がありますが、それがある種の非関税障壁になっているということで、WTOが要求するようなグローバルなものに一致するよう求められました。あと、アンチダンピングについても、WTOの指示する方法に従って変えることを中国は同意し、実際に変えております。

補助金についても厳しく指摘されまして、一部の補助金は撤廃を要求されました。例えば国有企業に対する補助金がその良い例です。貿易関連投資措置協定(TRIM協定)に関しても、特に外資系企業に関していろいろと厳しい制約を課してきました。例えば外貨バランス問題、それに絡む輸出要請、ローカル・コンテンツ要請、そういうものもすべて撤廃するように言われ、これも撤廃しております。

また後で詳しく申し上げますが、一番問題である知的財産権の貿易関連側面に関する協定(TRIPS協定)では、WTOの方針に従い、国内法制度をほぼ全面的に変え、それを執行するように要求されました。

ただ、他の国々は中国に対し、失礼ながら猜疑心を持っているようで、中国は対中経過措置と言うものを飲まされた形になりました。たとえば、中国からの輸入が急増した場合、経過的セーフガード――通常のセーフガードと違い、ある一定期間適用されるもの――、これを比較的容易に発動できることです。一方、随分前から繊維製品に関してMFA(多国間繊維協定)というのが発効しており、比較的容易にセーフガードが発令できるということで、中国は非常に不満に思っていましたが、これはそのまま生き残ることになりました。

ダンピング防止協定についてですが、ダンピングをやった場合、中国国内価格に比較して、輸出価格を低くしているかどうかについて実際の検証をやるわけです。しかしそれ以前に、中国の国内価格ははっきり言って余り信用できない、そもそも国内でもダンピング価格がまかり通っているではないかという話があり、それとは別のある公平な価格を比較して、もしそれ以下であれば輸入国がダンピング防止を発令できるということになったのです。

対中経過措置の中で、中国が以上のような約束を守るかどうか、それを検証する機関を設置することが含まれています。これは中国にとってはある種の屈辱的な条件ですが、これを飲んだわけです。要するに、WTO加盟の条件は中国にとっては非常に大きな譲歩であったということです。

この背景に、中国としては、WTOに入ることによってさらに貿易を拡大できるし、同時に貿易を通じて国内の経済改革を進めることができるというメリットがあります。さらに、これから北京オリンピックや上海万博など国際的活動が非常に広がっていきますが、それらに対処する上でも、WTO加盟は無形のメリットがあると私は理解しています。中国国内では、加盟後もいろいろ反対があるのですが、特に朱鎔基元首相が頑張って推進したわけです。

WTO加盟が発効してからほぼ1年経ちましたが、その後どうなったかというと、一言で言って、やはり混乱と遅延――約束がなかなか守られていないということですが――といった現象が見られます。

市場アクセスの拡大については、単純に関税を下げるということですから、約束した分の70%ぐらいが進捗していると言われています。非関税障壁の撤廃も段階的に実施してはいますが、これは少し遅れているようです。サービス貿易の市場開放には濃淡があり、金融でも、例えば銀行などは比較的以前から進んでいましたが、保険とか証券はゆっくりですが、証券は最近いくらか加速したように見えます。通信などは、中国通信の分割などがあったため、それを待ってこれから外資の誘致、外資導入という約束を守ることになります。流通なども、かなり進みつつあると思います。開放に濃淡があるということですが、徐々にですが段階的に進んでいます。

それから、貿易にかかわる国内制度の改革ですが、個別協定にかかわる国内制度の改革と絡むので、国内法規の改正ないしは廃止が必要になります。一説では、国内法規の改正が必要なものが2300ぐらい、廃止が800以上あるといわれています。それを今やっている段階ですが、これは国内の抵抗勢力との関係で遅々として進んでいないと私は理解しています。しかし、いずれにしても国際社会に対する約束ですから、実施するだろうとは思っていますが。

貿易権の開放は比較的簡単に進みました。中国政府は、これまで貿易権はある特定の、特に国有企業、国有商社に認めていましたが、それを国有のメーカーや外資系企業にも認める。さらには、私営企業にも認めるということで、これは急速に拡大していると私は理解しています。

次に、各個別協定に関する約束ですが、これは実はなかなか現状が見えてこないものですので、気がついたものだけ申し上げます。TBT協定(貿易の技術的障壁に関する協定)については、比較的簡単に進展しました。というのは、認証は輸出入の現場でやっていますから、海関(中国の税関)が方式を変えれば良いので、一元化することは比較的容易です。ただし、ご承知かと思いますが、中国では税関が国内にもあります。内陸部で、新疆ウイグル自治区にあるのは分かりますが、四川省など方々にあるのです。そのような地域まで、果たして改正が浸透しているかどうかという疑いがありますが、表面上は一応進んでいます。

アンチダンピングについて、中国は国内法を改正し、ダンピングの認定や、被害の調査を行政的に処理する機関である産業損害調査局、輸出入公平貿易局を設置しました。ただし、現在実際に機能しているかどうかは知りません。

TRIM協定(貿易関連投資措置協定)に従って、外資系企業三法(いわゆる三資企業に関する法律)で、100%外資、合弁、合作企業の3つの法律を改定し、経営上の規制、すなわち、外貨バランス問題、輸出義務やローカル・コンテンツ義務、そういうものをすべて取り消しました。その他、以前技術移転の条項がありましたが、それも廃止し、いわゆる技術輸入の法律を別につくりました。また、外資系企業に対する投資規制分野を次第に縮小すると言っております。いわゆる内国民待遇をどんどん広げていく方向で、かなり速く進んでいると理解しています。

それから、知的財産権の保護については、WTOのTRIPS協定(知的財産権の貿易関連側面に関する協定)に従い、特許法や著作権法、商標法などを2000年から2001年にかけ全部改正し、保護を非常に厳重にすることになりました。

他加盟国から見た対中経過措置がその後どうなったか、これについて余りフォローしておりませんが、今までのところ中国をターゲットにしたセーフガードやアンチダンピングの発動は余りないように私は理解しております。逆に、中国は非常に多く発動しているようです。これは後で憶測を申し上げますが、中国側の方が発動する理由があり、今のところ中国から怒濤のように輸出が拡大することはないようです。

今後の見通しですが、中国の場合にはWTO加盟が国内政策と非常に強く絡んでいるため、国内の政策を実施する上で改革をしながら、WTOの約束も守っていくということになるでしょう。率直に言いますと、国内の改革が遅れる場合にはWTOの約束も遅れるだろうと思っています。これを約束違反だと言って怒る向きもありますが、私は中国の現状を考えれば仕方ないと思っております。

まず、第1の視点は市場アクセスの拡大ですが、もっぱら国内企業に影響が少ない分野を優先しているように思えます。まず実施したのは、ITなどのハイテク分野です。これらは確かに幼稚産業ではありますが、早くその分野の機材を輸入してキャッチアップしたいところですから、関税はいち早く下げました。それから、電力・エネルギー分野などは供給が非常に不足する部分もあるので、関連機器の輸入は早く開放するだろうと思います。

一方、国内の生産者の力が弱い分野、すなわち農産品、自動車などは、選択的に市場開放を行っています。自動車輸入について、この間日本政府が中国政府にクレームをつけましたが、いろいろなタイプに対して輸入の選択的規制をやっているわけです。農産品を詳しくフォローしていませんが、多分この分野が一番遅れているのではないでしょうか。例えば、アメリカの大豆やトウモロコシについては、遺伝子操作した農産品の輸入禁止をやりました。これをやると、ほとんどの輸入は止まってしまうわけです。アメリカは非常に怒りましたが、ヨーロッパも日本も輸入禁止を行いましたから、仕方がないところがあります。農産品そのものではないのですが、食品の検査基準を非常に厳格化しています。ですから、非関税障壁をむしろ一部では強化して国内産業の保護をしている面もあります。いましばらくは、新たなタイプの非関税措置が出てきて、ある種の通商摩擦が発生する可能性があります。

サービス貿易については、国内経済発展に必要であると認めたものについては、先行すると考えられます。特に通信、銀行、小売等々は、中国の企業も遅れていますが、大きなボトル・ネックになっている分野は、ある程度市場開放していくだろうと思います。通信は、国内の再編成を終わりましたから、これから徐々に開放していくことになります。銀行については、中国の4大国立商業銀行が膨大な不良債権を抱えており、日本と同じように貸し渋りという批判も出ています。そういうこともあるので、外資系銀行に対して、場合によっては人民元の業務も開放していくだろうと思っています。

証券市場は、ごく最近徐々にですが対外開放してきました。株式市場が非常に不振になったため、やはり外資を導入する必要がでてきました。条件付きではありますが、以外に早く対外開放に向かうのでないかと考えております。

次に、貿易に係る国内制度の改革ですが、先ほど申し上げたように膨大な法規を徐々に改定していますが、すでに改定されたもの、例えば改定特許法などについては、専門家から、内容が不明確で裁量の余地が大きいという批判も出ています。中国は非常に大きな国で、中央の制度と地方の制度とが並列しているため、地方特有の制度がしばらく残ることは避けられないと私は思っております。

貿易権は、先ほど申しましたように比較的早く浸透しました。

最後に、個別協定の問題に触れます。アンチダンピング措置やセーフガードを中国が発動した理由を、次のように考えております。例えば国内産業の発展が特に遅れている分野では、当然彼らが発動する理由を持っているわけで、発動しながら、同時に片一方で関連する外資導入や技術導入を図っている節があります。ステンレス、自動車用鋼板、一部のペトケミ製品、最近ではアート紙などがそれに相当します。アンチダンピング措置を発動した後を見ると、例えば自動車用鋼板は新日鐡が宝山と協力する、高級紙はヨーロッパの紙会社が来て協力するとか、そういう結末になっていますから、ある種の産業政策の用に思えます。

補助金の問題については、国有企業の補助金は改革と並行して撤廃しつつありますが、WTO加盟の約束では、経済特区など特別経済地区に適用される優遇の一部は残すことになっています。その他の補助金に類したもので、WTOから撤廃を求められたものは徐々に外していきますが、現状維持が認められたものはそのまま置いておくだろうと思っております。  

TRIM協定は、先ほど申したように、外資系企業への規制はいち早く緩和されておりますが、実質的な内国民待遇がどのようなものになるかは、これからの問題でしょう。なお、私営企業が第16期党大会で一応公認されましたから、外資系企業と同等な待遇が適用されるということで、私営企業がこれから非常に活発に発展していくことを期待しています。

最大の問題は、TRIPS協定に準じた知的財産権の保護です。法規の改正は行ったのですが、権益保護の執行体制が未整備です。ですから、依然として偽物、コピー用品を生産し販売していて、状況は以前より巧妙というか悪化している面もあります。このあたりが非常に大きな問題として残っています。

中国は、WTO加盟を一つの"てこ"に国内の経済改革をさらに進めようとしています。このような基本的視点から、加盟の影響を考えて見ます。

まず第1に、非常にマクロ的に見ると、2000年で44.5%と、中国は非常に貿易依存度が大きい国でありましたが、加盟後の貿易自由化によってこれがさらに高くなるということは、世界経済の変動を非常に受けやすくなるということです。これは、中国にとって余り好ましいことではないかも知れません。というのは、第10次5カ年計画でも内需拡大を唱えているように、一生懸命内需を拡大しないと経済運営が非常に難しくなるからです。

第2の影響は、国内需要の拡大とは、端的に言えば所得格差の是正を行わねばならないと言うことです。特に農村部、地域で言えば西部の所得を上げれば非常に大きな需要が発生するわけです。中国は、沿海部の開発を輸出志向戦略で進めてきました。中国の輸出産品は非常に高度化して、我々が日本製とほとんど変わらない。それらの価格は、我々から見れば安いのですが、中国の低開発地域の人々から見れば非常に高いのです。そうした国内低所得層向けの中間価格製品の製造が必要ではないかと思います。

3番目の影響は、中国の製造業は日本の製造業と似て、過剰投資そして過剰生産に走る癖があります。その一番特徴的なのがカラーテレビです。現在年間4000万台以上の生産能力を持ち、世界の需要をほとんど賄えるぐらいです。エアコンも大きな過剰設備を抱え、DVDプレーヤーなどこれからいろいろな製品の過剰生産問題が出てくると思います。結局、一部は国内需要に向かうはずの製品が、世界市場をはけ口として輸出に回るわけで、大変失礼ですが、中国が世界デフレの根源であると言う人もいるくらい大きな問題です。

4番目の影響は、知的財産権に関するものです。現在の中国から輸出される製品は、率直に言って、先進国で開発された技術を消化して、安価で優秀な労働力で加工して組み立てた製品が主体です。実際は外資系企業が輸出の半分以上ですし、中国の企業の輸出にしても、外国から導入した技術をベースにした製品が大部分です。逆に言いますと、それだからこそ大量に輸出できるということでもあります。今後は自前のアイデアを使って、特にソフトウエアをうまく開発する必要がある――これはコンピューターのソフトウエアという狭い意味ではなくて、いわゆる広い意味です。さらに自分で付加価値を高めた製品を開発して生産する、そのようにして行かないと、いつまでも外国の知識、技術に頼って、加工組み立てばかりをやることになります。これは知的財産権の保護という問題に絡んできます。知的財産権を重視しないと、彼らも自前の技術開発、製品開発をするというインセンティブがない。このことが、今後非常に重要になるだろうと思っております。

5番目は、まだ表面化していませんが、かつての日本がそうであったように、原材料を大量に輸入して加工し、組み立てて、その大部分を輸出するということによって、実は環境汚染が発生するわけです。つまり膨大な廃棄物が出て来ます。したがって、この発展モデルは余りサステーナブルではないでしょう。ですから、中国は経済発展方式の転換を考えなければならないのです。どのようにするかについては、アイデアがないのですが、そういう必要性があるということです。

6番目は、内需拡大と非常に密接に絡みますが、膨大な失業者を吸収するために多種多様なサービス業を起こす必要があるということです。これは、価値観の多様化とか、規制緩和があってこそ可能です。この分野には、なかなか国有企業とか大きな集団企業は入ってきませんから、やはり私営企業を発展させてニッチ・マーケットに、どんどん参入させるべきではないかと考えるわけです。

最後に、中国のFTA政策、特にASEANを相手とするFTAのプロポーザルについて、私の感想を申し上げたいと思います。これは中国から見ると全くもって合理的である、と言えます。

その理由の第1は、将来の有望な輸出市場としてとらえていることです。多くの中国製品はASEAN製品と実態的には競合しています。中国製品の一部はASEAN製よりレベルがやや低いものもあるかもしれませんが、FTAが発効するまでには中国が比較優位を持つだろうと思っています。正確に言うと、中国製は既にキャッチアップをしかかっていまして、間もなくASEAN製をテーク・オーバーすることになります。そうすると、ASEANは、中国から見て非常に有望な輸出市場になります。

2番目は、中国は既にASEANからかなり大量の農産品を輸入しています。例えば木材の輸入量はすでに日本を追い越し、非常に大きなインポーターです。あとパーム油とかゴムとか家畜飼料、こういうものをどんどん輸入しています。ですから、ASEANから見ると中国は非常に有望な農産品の輸出先になっております。

3番目に、ASEANには華人チャネルがあって、すでに中国製品が大量に流通しています。中国からの直接投資も、華人チャネルを経由して行われるでしょう。ただし、このチャネルは、かつてのインドネシアがそうであったように、余り頼り過ぎると危ない面もあるわけです。

4番目は、すでにボーダー・トレードでもって、中国とASEANとの貿易の一体化がじわじわと進んでいることです。特にタイ、ラオス、ベトナム、ミャンマー、これら国境を接する国々は、中国との貿易一体化が進行しています。もちろん、正式な貿易もありますが、はっきり言って密貿易がどんどん進んで、いわゆるインフォーマルFTAがある程度出来上がっていますから、正式なFTAへ容易に拡大できる、といった側面もあります。

5番目は、人民元の国際化です。コンバーティビリティーの問題について、中国はスケジュールを示していませんが、いずれ遠からぬうちに実現するでしょう。その場合には、非常に密接な貿易相手国を必要とします。ですから、ASEANを相手にして貿易を拡大しておけば、人民元による決済が可能になって、交換の自由化が確保されます。

6番目は政治問題です。ASEANは、依然として中国を強く警戒しています。その一番の理由が南沙諸島の問題です。私はこの分野の専門家ではありませんが、中国は多分譲らないだろうと思っています。しかし、中国としてASEANからある程度の同意を得る必要があるでしょう。特に、南沙諸島の周辺は石油・天然ガスなど資源がありますから、それを開発しようとすると、ASEANとの決定的な対立を避けて、たとえば共同開発という格好に持っていかなければならない。政治的緊張を和らげる意味でも、ASEANとのFTAは非常に重要だろうと思っております。

その他、日本や韓国は、特に農産品問題などでASEANとのFTAが推進出来ないものですから、中国が先行した上で日本や韓国を引き込んで、東アジア全体のFTAを構成する場合のリーダーシップをとるのではないかと、よく言われております。"遠交近攻"という言葉が中国にありますが、まず遠いところと仲よくして近いところを攻める。そういう外交戦略の一部であるという見方もあります。

長期的には、中国はAPECを意識しているとは思いますが、アメリカと対立するというふうには私は理解しておりません。中国にとって、アメリカは当分の間非常に重要なマーケットですから、まずアジアをしっかり固めるのが中国の戦略だろうと思います。

実は、このFTA政策の中に非常に重要なコンポーネントがあります。つまり、香港と台湾が中国と一体化しつつあるということです。香港はほぼ一体化したわけですが、台湾も経済的な関係を見る限りはほとんど一体化しつつあります。香港と台湾からは、ASEANには非常に距離が近いわけです。実際、香港はASEANの華人のたまり場で、台湾はASEANに巨額の投資をしています。そういうつながりをもってしても、中国はASEANとの間にFTAを構築する場合に非常に有利な立場というか、ある程度の基礎ができつつあると私は見ております。以上です。

福川 ありがとうございました。

それでは、引き続きまして周先生、お願いいたします。

 東京経済大学の周と申します。

きょうは中国の「世界の工場化」の実態が示す意味を、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。中国はいま、非常に大きなスケールと驚異的なスピードで「世界の工場」と化しています。WTO加盟によって中国の「世界の工場」化はさらに加速しています。中国の「世界の工場」化は、21世紀の世界の秩序、隣国日本の社会経済システム、そして中国自体の近代化に非常に大きな影響を与えるに違いありません。中国の工場化をどう理解するのかが非常に大事になってきますが、これについてはいま様々な議論が出ています。

例えば人件費が安いからとか、はたまた不正コピーをやっているからなど、妥当な議論から極端な議論までいろいろ噴出しています。

ただ人件費が安いという理由だけで成長しているのでしたら、大半の途上国が「世界の工場」になっているはずです。また、確かに不正コピーに関わる問題は存在します。が、それだけでは「世界の工場」になれるわけがない。我々に必要とされるのはもっと長いスパンと世界経済システムの視野で考えてみることだと思います。

「世界の工場」というものを存立させたのは産業革命です。もっとも産業革命以後も「世界の工場」の主役交代は幾度も起こっていました。世界の産業秩序、そして世界経済のパラダイムもその都度つくりかえられました。主役交代の原因が非常に大事だと思っていろいろ歴史を調べて気づいたのは、基本的に新しいリーディング産業の登場あるいは新しい生産方式の登場に主役交代の原因があったという点です。例えば大量生産方式の登場は、「世界の工場」を、技能工を中心とするクラフト生産方式のヨーロッパからアメリカに移転させました。また、大量生産方式は高い生産性と労働分配率をもって、国民経済をベースにした大量生産・大量消費の経済システムをつくり上げました。この大量生産・大量消費の経済システムそのものは、ある意味で21世紀の世界経済のメイン・パラダイムでした。

第2次世界大戦後、日本における大量生産と技能工との双方の優位性を組み合わせた生産方式の登場は、やがて「世界の工場」をアメリカから日本に移転させました。ただし、私から見ると、日本の「世界の工場」化は、大量生産・大量消費の経済システムの延長線上にあるもので、世界経済のパラダイムのシフトを意味するものではありませんでした。

やがて電子産業が新たなリーディング産業として急速に発展してきましたが、電子産業はこれまでのリーディング産業と比べ、その立地特性が非常に違っていまして、生産過程の地理的な分離が容易です。そのために、電子産業の企業は安い労働力を求めて世界中に進出していったわけです。さらに、情報技術は、生産活動に必要とされる従来人間が持つノウハウ、技能、熟練といった情報をハイテク知能機械に持たせることを可能にしました。私はこれをメカトロニクス革命と位置づけて、ドクター論文を書きました。

この産業技術体系の変革を受けた、ハイテク知能機械の途上国への導入によって、途上国の工業化における技能の蓄積不足や熟練労働者の不足という従来の高いハードルが限りなく低くなった。これが非常に重要な意味を持ちます。

十数年前に私自身が中国の機械工業部の官僚として直接かかわったものに、当時でいう中国最大の国家プロジェクトの1つがありました。それは山崎豊子氏の小説『大地の子』の舞台となった上海宝山製鉄所です。日本やドイツから設備を導入することによって建設された宝山製鉄所は、最新のハイテク設備の導入で、中国の鉄鋼生産技術、そして鉄鋼生産設備のプラント技術水準を一気に世界のトップレベルへと押し上げました。これは従来考えられなかった驚異的な工業力のキャッチアップのパターンでした。

つまり、情報技術の進歩を受けて産業技術体系が大きな変革を起こしたことによって、発展途上国での工業生産活動の展開が非常に容易になりました。それを受けて、企業は世界最適調達を求めて、発展途上国を含む世界的なサプライチェーンを構築するようになった。これはいわゆるグローバリゼーションそのものですが、この産業技術体系の変革をベースとしたグローバリゼーションこそが、「世界の工場」の座を日本から東南アジア、そして中国へと移していると理解することが重要ではないでしょうか。

産業革命以後、近代的な工業活動はごく一部の地域かつ一部の人間にしか成し得ませんでした。限られた地域に築かれた非常に自己完結的な産業集積、いわゆるフルセット型の産業集積は国民経済という壁にかたく守られていた。もちろん、フルセット型産業集積も国民経済を支える役割を果たしてきた。ある意味では、フルセット型産業集積は国民経済を支え、これと引きかえに、国民経済はフルセット型産業集積に内包している不合理性を今までカバーしてきたとも言えます。表裏一体で相互依存してきた国民経済とフルセット型産業集積は、20世紀世界のパラダイムを支えた2つの基本的なコンセプトであったと私は理解しています。

しかし、産業技術体系の変革によって工業活動は世界のどこでも展開できるようになったのです。どこでも、だれでも工業生産活動を展開するようになった今、工業生産における利潤率は急速に低くなってきている。そのために製造業の競争力の鍵は徹底的な効率の追求になってしまい、世界の大競争の中では効率こそが今の製造業の最大のファクターになってきた。その効率を追求するために、企業は国民経済の壁に閉じ込められたフルセット型の産業集積の不合理性そのものを乗り越えなければいけない。企業は世界最適調達を目的としたグローバル・サプライチェーンを構築することに、あるいはグローバル・サプライチェーンに組み込まれることに活路を求めざるを得なくなりました。その意味では、情報革命に引き起こされた産業技術体系の変革は、フルセット型の産業集積を現在、音を立てて解体し、国民経済そのものを変貌させていると言えるわけです。

しかし、グローバル・サプライチェーンはいま、企業に非常に厳しい要求を突きつけています。それは、生産の低コストだけではなく、物流の低コスト、在庫の低コスト、スピード、そして高い専門性とフレキシブルな対応体制なども含んでいます。例えば世界的なサプライチェーン構築に当たって、在庫コストの削減は非常に重要な課題となっており、今、在庫コストは完成品全体のコストの3割から4割を占めています。つまり、今日の競争の鍵は、ただ製品の品質と価格だけにあるのではなく、サプライチェーンを迅速かつ効率的に動かせるということの重要度が非常に増してきた。企業が世界単位でコストとスピードを競争し合っている今日、世界競争に勝ち残る地域あるいは国を考えた場合、グローバル・サプライチェーンの要求を満足させる多くの要素を満たすことができるかどうかにかかってくるのです。

つまり、世界競争に勝ち残るには、国や地域が新しい産業活動の要求を支える国際的な都市機能とかインフラ機能とかを持っているかどうかがたいへん重要な問題になってくる。この意味では、中国の急速な発展そのものをただ単に人件費が安いからだとかで説明し切れないはずです。物流の低コスト、在庫の低コスト、スピード、そしてフレキシビリティーを持って中国の企業がグローバル・サプライチェーンに対応してきたことを、我々は率直に評価しなければならないでしょう。

ここでは、巨大な都市機能の集積が、中国の沿海部地域にあらわれ始めたことが重要な意味を持ちます。私の理解では、中国における製造業の躍進を可能にしたのは、1つは急速に形成された新しい産業集積、もう1つはその背後にある巨大な都市空間の急速な発展です。この都市空間は巨大な産業集積、都市集積、そして国際物流、交流のハブ機能を中国の産業に提供し、中国の急速な工業化を支えてきました。

近年、私は上海を中心とする長江デルタ、あるいは香港、広州を中心とする珠江デルタにおける企業のヒアリング調査を、数年にわたって重ねてきました。その結果、これらの企業の成長を支えた最大のファクターは、その2つのデルタ地域に急速に形成された巨大な産業集積と都市集積であることが明らかになりました。ヒアリング調査対象のほとんどの企業は、部品、人材、技術そのものを周辺から調達できること、もう1つは国際空港、港湾などの広域インフラを効率よく利用できることを、長江デルタ、珠江デルタに立地する最大のメリットとして挙げています。

ここで中国企業の2つの事例を申し上げたいのですが、1つは格蘭仕(GALANZ)という世界一のシェアを持つ電子レンジメーカーです。私は1995年からこの企業を見てきました。格蘭仕は1992年にダウンジャケットの生産から電子レンジへと生産をシフトしました。電子レンジ生産ビジネスに関しては、全くノウハウ、技術がなかった。しかし、95年に私が初めて訪ねたときは、既にこの企業は中国最大の電子レンジメーカーに成長しており、その後、中国市場の75%を占めるようになった。今は世界の半分を超えるシェアを持っています。もう少し時間がたてば世界3分の2のシェアを持つようになるでしょう。同社は昨年からエアコンの市場にも参入し始めました。5年以内に世界の半分のエアコンを生産すると企業のトップは豪語していました。こういう企業は今まで存在したことがなかったのです。

なぜこれが可能になったか。いろいろ調べてみたら、これを可能にしたのは、珠江デルタにおける巨大な産業集積と巨大な国際インフラだったのです。これらが彼らの企業神話をつくりあげる環境を提供してきた。逆に言えば、あそこまで巨大なインフラと産業集積があれば、新しいビジネス・モデルを持つ意欲的な経営家が乗り込んでしまえば、何でもできるようになってきたということです。

もう1つの事例は、皆様は私よりご存じだと思うのですが、ホンダの事例です。ホンダは広州に乗り込み、いま大成功しています。ホンダが成功した一番大きな要因もやはり現地の産業集積だと言えるでしょう。

ホンダは中国での生産体制の構築にあまりおカネをかけていなかったにもかかわらず、現地生産は一気にうまくいきました。部品の現地調達率は非常に早い段階で65%に達し、いま調達率をさらに上げようとしています。現地の産業集積がなければホンダの中国での成長はあり得なかったでしょう。

中国におけるインフラ整備の話に関して少し詳しく紹介したいのですが、実は20年前の中国には近代的な産業活動を支えるインフラはほとんどなかったのです。しかし、中国はこの20年間、国そのものが工事現場と化しています。インフラ整備は非常に大きなスケールと速いスピードで進められています。幸か不幸か、中国の土地の所有は公有制で、中国政府はこれを十分あるいは十二分に活用してインフラ整備のスピードを上げてきました。例えば10年ちょっと前には中国国内に存在すらしなかった高速道路が、いまは何と2万キロ以上建設されています。これは世界第2位の経済大国日本の現在の高速道路ストックの3倍以上です。

さらに、港湾、空港の整備も、中国のメガロポリスと言うべき長江デルタ、珠江デルタを中心に急ピッチで進んでいます。例えば、日本では成田空港を建設して30年たっても、2本目の滑走路がまだうまく使えないですね。これと対照的に中国では4000メーター級の滑走路を持つ大空港がこの10年間数多くつくられています。さらに、上海浦東国際空港では2006年までに現在1本の4000メーター級の滑走路を4本にし、東アジアのハブ港にする計画があります。

アメリカの国際航空貨物の大手も最近相次いで、上海を中心とする長江デルタ、香港、広州を中心とする珠江デルタにアジア・センターを開設する、あるいは今まで東南アジアにあったセンターを中国に移転すると発表しています。中国のコンテナ港の躍進ぶりは目をみはるものがありまして、上海は1980年代の世界の164位から2000年に6位、香港は3位から1位。対照的に日本では、不幸にして地震の影響もあり神戸港は4位から23位、横浜港は13位から21位となった。海運と臨海工業地帯によって輸出大国を築き上げてきた日本に、世界のトップ10に入る港湾が一つもない事態になってきたのを、日本は深刻に受けとめていいはずです。

というのは、コンテナ港は工業力のバロメータでもあるからです。背後地に輸出工業力の大規模な展開がなければコンテナ港の成長はあり得ないからです。港湾と国際競争力の間にははっきりとした相関関係があります。中国の港湾の急速な発展は、その工業力の増大を物語っています。

巨大な産業インフラの出現と世界から殺到する直接投資によって膨らんできた産業集積をてこにして、中国の沿海部には上海を中心とする長江デルタ、香港・広州を中心とする珠江デルタに複数の大都市、巨大な都市空間が急速に形成されつつあります。中国は今メガロポリスの時代、あるいはスーパー・メガロポリスの時代に突入し始めています。その意味ではグローバル・サプライチェーンのさまざまな厳しい要求に対応してきたメガロポリスこそが、中国の「世界の工場」化を支えてきたと私は認識しています。

世界の経済システムのパラダイムはいま、国民経済をベースとした工業社会からグローバリゼーションをベースとした情報社会へ急速にシフトしています。これはいろいろなレベルで大きな変革を引き起こしています。中国の「世界の工場」化もその一環です。ここであと幾つかの変革についてご紹介したいと思います。

一つ目の変革は富の創出と分配のシステムが急速にシフトしているということです。産業技術体系の変革によって、従来ごく一部の地域あるいは一部の人間にしかできなかった近代的な産業活動が、今は世界のどこでも展開できるようになった。それによって、産業革命で確立した工業生産力を中心とする富の創出あるいは分配の世界システムは大きく変わりつつある。富の創出と分配の中心は工業力の軸から知の創出力の軸へと急速にシフトしています。

二つ目は、労働者の労働条件の変化です。先進国では工業生産における労働者の分配率が急速に低下している。20世紀半ばに最盛期を謳歌した先進諸国の労働者の経済力、政治力は、ともに急速に衰退しています。労働者の存在は、ハイテク技能機械と途上国の低賃金労働者との双方からひどく脅かされています。高い労働分配率を守ってきた国民経済の壁もグローバリゼーションの衝撃によって音を立てて崩れようとしているのです。

80年代から先進諸国では工場労働者の労働条件がすでに劣化していました。私が一番印象に残ったのは、アメリカのピオリアに本社があるキャタピラー(Caterpillar)という会社、小松製作所のライバル会社のことです。そこは労働条件について労使間で話がうまくまとまらず、ストライキになったんです。その労働組合のバックにはアメリカで一番強い労働組合であるUAWがありまして、徹底的にやろうということになって1年間ストライキをやった。ところが、この1年の間にこの会社は史上最大の利益を上げたのです。熟練労働者のいない会社がどうして史上最大の利益を上げられたかというと、労働者がストをしても、すぐに別の人間を連れてきて補填することができるようになっていた。いわば現場での熟練の有無はそれほど大事ではなくなったんです。これが証明されて、アメリカの製造業における労働者の声が急速に縮まったのです。

2002年は別の次元で労働者問題が出てきました。アメリカの港湾労働者のストライキの話や、イギリスの消防士、フランスの航空管制官や鉄道運転士のストライキの話題が世間を騒がしています。これらのストライキは、労働条件の劣化が製造業の現場労働者からインフラ関連の労働者、あるいは行政セクションの労働者へと移りつつあることを示しています。しかし、製造業の労働者のストライキと同様、インフラ関連、あるいは行政セクションの労働者のストライキは、結果的には世界の生産機能をこれらの都市あるいは地域からほかの地域へと移転させることに拍車をかけます。

一方で発展途上国の工業労働者の賃金水準は上がったかどうか。今までなら国が発展すると賃金水準が上がることになるのですが、調査をしたらびっくりしました。工業化を進めている国でも工場労働者の賃金水準は従来どおり非常に低い水準に抑えられています。特に中国では、工業化の進展に伴う賃金水準の急速な向上が見られません。例えば中国の珠江デルタでこの10年間、工場労働者の実質賃金はほとんど上がっていないのです。

世界経済のパラダイムシフトがもたらした第三の変革は、こうした工場労働者賃金条件の劣化と対照的に、知の創出に対するニーズあるいは評価が非常に高くなっていることです。例えば近年『ハリー・ポッター』という本がさまざまな経済現象を引き起こしました。『ハリー・ポッター』の著者であるJ.K.ローリングという女性が、失業者の身からあっという間にイギリスの女性富豪の第3位に上り詰めたという神話は、これまでの工業経済社会なら到底考えることができないですね。ビルゲイツよりすごい成功者かもしれない。企業家でもない、技術者でもない小説家というコンテンツ生産者が、短期間で世界的な大富豪になれることは知の創出に対する評価の高騰を示しています。

私は、ある中国政府主催のシンポジウムで、中国が「世界の工場」になったという成功は知の生産における成功とは到底比べものにならないという内容の話しを中国の産業界のみなさんにしました。

知の創造における成功は個人に富がもたらされただけではなく、関連産業あるいは関連企業に大きな波及効果をもたらします。静山社という日本の出版社は最たる例ですが、零細企業だった静山社は『ハリー・ポッター』の出版によって急成長しましたね。つまり、世界経済のパラダイムシフトによって、富のつくり方も、分配の仕方も、波及の仕方もが変わってきたと言える。この点を我々はきちんと受けとめるべきだと思います。

最後に、取り上げたいのはデフレに関する認識です。現在、世界経済におけるデフレ基調は定着しつつあります。日本だけではなく、世界の主要な国のほとんどがいまや工業製品におけるデフレ基調に陥っています。高度成長を続けている中国もデフレ基調にあります。高度成長とデフレの関係については、今までの経済学の仮説ではなかなか説明できません。

そこで我々が認識しなければいけないのは、工業製品における世界的なデフレ基調は産業技術体系の変革をベースにしたグローバリゼーションによってもたらされたものだということです。最近、一部の経済学者が、日本で進行しているデフレは中国の「世界の工場」化によってもたらされたと説明しているのですが、この捉え方はどうも違っているのではないでしょうか。工業製品におけるデフレは世界経済システムのパラダイムのシフトによってもたらされたものです。問題は、現在進行中の中国の工業化のプロセスは、急速なスピード、巨大なスケールともにほかの国とは比べものにならない点にあります。急速かつ大規模に展開している中国の「世界の工場」化は、工業製品における世界的なデフレ基調を加速しました。デフレの原因ではなく、デフレを加速したのです。

逆に言えば、日本は、デフレはだめだ、止めなければいけないとみんな騒いでいるのですが、私から見ると、日本がこれまでに蓄えたすべての資産ストックをつぎ込んでも世界的規模の工業製品におけるデフレを止めることはできません。現在大事なのはデフレを止めることより、むしろこのデフレをもたらす原因をきちんと認識して、プラス面に持っていく策を考えることではないでしょうか。

福川 ありがとうございました。

それでは、あと30分ぐらいございますので、ひとつ忌憚のない意見交換をお願いしたいと思います。

谷口 周さんに一、二点伺いたいのですが、その前に僕の理解がこれで正しいかどうかを確認させていただきます。グローバル・サプライ・チェーンが起きるようになった。これは、工業生産におけるクラスター化とかモジュール化という動きが日本のみならず先進各国で起きて、それが当然のことグローバル・サプライ・チェーンを要求せしめて、そこにちょうどうまくはまるインフラと技能と教育水準ともろもろ持っていた中国がいた。したがって、その与件としての客観条件が中国には非常に向いていたと冒頭おっしゃったと思うのです。そういう理解でよろしいですかね。

 はい。

谷口 一、二点、私の違和感を申し上げると、違和感というよりも、これはだれもが当惑する問題だと思うのですが、先ほどの電子レンジの会社あるいはエアコンの会社は、独自ブランドで売っているものもあるにせよ、それぞれ供給先はOEMが多いでしょうから、従来の独禁体制のレジームから言えば、これは独禁法違反とはならないのかもしれないのですね。しかしながら、それだけの供給力を1社で身につけてしまいますと当然価格決定力を持つようになりますから、こういう企業を国際的な独禁レジームはどういうふうに扱っていくべきなのかという問題が早晩起きないだろうか。これが1つです。

もう1つは、中国のインフラの整備は確かに目覚ましいものがあるわけですが、お話を聞いていて思い出したのは、アメリカのアラスカの原油開発の話です。これが今停滞しているのは、ご承知のとおり、あそこにある絶滅に瀕した生物を保護しようという勢力が余りにも声が大きくて、アラスカの原油が開発できないからです。もしもこれが中国であれば、あっという間に開発できているでしょうね。したがって、アメリカや日本のような世論と私権、プライベートな権利を重視するレジーム、体制と、それから三峡ダムをつくるというと、何百万人か知りませんけれども、極端な話、一夜に住民を移動させてしまえるような体制と競争条件が、両者の間では余りにも違い過ぎます。ですから、こういう違い過ぎる競争条件の中で、片方は、確かにコンテナ港も世界一のものがあっという間にできてしまうし、高速道路もあっという間にできてしまう。当たり前ですよね、抵抗勢力がいないのですから。

そういう体制を取り込んでいくというのは世界経済にとって初めての出来事です。これをどう考えればいいのかというのは、私などには大変難しい問題だと思います。もう我慢できない、勘弁してくれという声が起きてくるのは至極当然のように思うのです。もっとありていに言ってしまえば、中国は非常にいいとこ取りの国で、賃金は安い、教育水準は高い、しかもインフラはあっという間にできる、世論も民主主義もない。こういういいとこ取りの国を国際体制がどういうふうに包含していけばいいのかというのは、相当難しい問題だと思います。

 同じ問題意識を持っていたのですが、結論は違いますね。まず、前提条件が変わるからこそ、新興工業国が出て来る。世界経済のパラダイムシフトの中では、昔のパラダイムに適したものをつくり過ぎた国と比べて、中国の方がはるかに動きやすくなった。だから、革命は常に周辺から起きるという歴史の経験則がまさしく実証された。

独禁法というものは、本来、国内の産業問題を扱う法律です。世界の規模で独禁法を考えるときは、別の考え方で議論しなければいけません。いきなり世界を相手にして独禁法を発想するというのはやや乱暴な議論になると思います

独禁法は、独占による不当な利益あるいは不当な価格設定、あるいは自由競争の妨げを恐れて出す法律です。中国のいまの例えばGALANZという会社のやり方は、徹底的にコストダウンを図り、国際競争力のある価格を出すことによって大きなシェアを手に入れており、不当な価格形成でも競争の妨げ行為でもない企業行動です。GALANZのトップは、「我々の最大の武器は価格です、だから我々は苦行僧です」とよく言っていました。GALANZは国際競争力のある価格を出すために大変努力しています。こうした努力はきちん評価しなければなりません。

GALANZがOEMによって成長したこと自体が、新しい世界のビジネス・モデルに適していたことを意味します。フルセットですべて自分で丸抱えして行っていたなら、ここまで成長することはあり得なかった。逆に言えば、世界は前者のような新しいビジネス・モデルを求めています。日本企業とは違う方法をとって成功したことについて、非難されることはないと思います。

中国の財産の私有権問題ですが、実は私は中国政府の国家発展計画委員会の要請を受けて、JICAの三年にわたる対中国政策支援のプロジェクトの責任者として、中国の都市化に関する政策提言をまとめ、公表しました。都市化というのは今まで中国では扱ってはいけないタブーの話だったのですが、これを出した後、一気に大きなシンポジウムを幾つか行い、いま都市化が中国のホットな政策話題になっています。そこで扱った問題のひとつが土地問題、財産私有権の問題です。

土地問題について考えますと、中国は現在、土地公有制のもとで非常に効率よくインフラ整備を進めてはいます。しかし個人の私有権の保護がなければ国としての持続的な成長はあり得ない。土地の個人所有をめぐる問題は恐らく近いうちに、中国でも出てくるのだと思います。

もう1つ大問題がありまして、工業化の進展に伴い、中国でも人々が続々と都市に集まっています。大きな都市空間が急速に形成され、都市社会をどう形成するかという問題に直面しています。中国ではいま1億2000万人の出稼ぎ労働者が、農村と都市の間をさまよっている。さまよっている人がいるからこそ安い労働賃金で雇うことが可能となっている。これらの人々は市民社会の一員として迎られなければならないのに、そうなっていません。中国における都市社会、市民社会の形成は21世紀の中国最大の課題だと私は思います。この問題は、我々が心配する以前にもう中国自身が解決を急がざるを得ない段階に来ています。

中国で進行している「世界の工場」化は止めようがありません。むしろ日本は新しい世界のビジネス・モデルにもう少し謙虚に対応し、中国の「世界の工場」化をフルに活用するべきだと私は認識しています。

「第8回 言論NPO アジア戦略会議」議事録」 page2 に続く

 きょうは深川先生にいろいろご斡旋をいただきまして、東京国際大学経済学部教授の橋田先生と、東京経済大学経済学部准教授の周先生にお越しをいただくことができました。お忙しいところ、大変ありがとうございました。