松田 もう1点、さきほど、韓国が中国を利用しているという話がありましたが、日本もそうすべきなのでしょう。その結果、おそらく日本がより付加価値の高い分野にシフトしていくのだと思います。ところが、付加価値の高い分野というのは雇用吸収力が小さいわけです。そうなっていくと、例えば産業界において雇用吸収力の高い分野を今後日本でどうやって生み出していくか、それについて議論をされたことがありますか。これは本質的に非常に矛盾する要素をどう調和させるかという世界ですが、例えば開発は国内で残すとしても、開発に携わる人間はわずかではないでしょうか。あるいは、そのように考えなくてもいいのでしょうか。
大辻 開発に携わる人間は今すごく多いのです。もちろん連結ベースで25万人いたとして、その中の1万数千人は少ないと言えば少ないですが、今既に国内の人員が7万人ぐらいで、うち1万数千人が技術者です。そういう意味では車の組み立てに従事する人は2万人ぐらいしかいません。要するに、トヨタ自動車の本体そのものがそういう研究開発型企業になってしまっているんです。
トヨタの場合、日本で売っている車が170万台ぐらいで、世界で売っている車が400万台近くですから、3分の2以上を海外で売っています。その海外で売っている分の半分以上は海外でつくっているわけですから、国内生産による付加価値はかなり小さくなってしまっているわけです。もちろん裾野産業と言われる部品産業まで全部入れると、雇用という規模ではすごく大きいわけですが、本体そのもので言うと随分小さくなってしまっているというのが実態です。
更に、雇用の形態についても、トヨタ自動車の従業員として雇う方とは別に、生産の繁閑に応じてある程度フレキシブルに対応できる期間従業員の人もかなり多い。要するに、不況になったとき、例えば為替が高くなって輸出もできなくなって、国内も市場が悪いというようなことを想定したときに維持できる人数ぐらいになっています。そういう意味では生産部門の雇用そのものは全体の中で随分小さくなっています。
福川 鉄鋼などは今世界的に吸収合併、提携合併になっていますし、自動車も世界で5~6社になるだろうと言われています。GM系統、フォード系統、ダイムラー・クライスラー、フォルクスワーゲン、トヨタ、それにルノー、日産が残るかとか、ホンダがどうかと言われているのですが、世界の自動車工業に対してどういう展望をお持ちですか。
大辻 これは私の勝手な見方かもしれませんが、自動車というのは非常に目に見えるものといいましょうか、家に置いてあるものでない、道を走っているものですごくビジブルなものですから、その国の力をあらわすものだと思うのです。したがって、アメリカでもビッグ3が残っている、イギリスはもうほとんどなくなってしまいましたが、欧州でもフランスにもドイツにもイタリアにも残っていることから考えると、文化的な意味でも残っていくものだし、それを守ろうとする力が働くのだろうと思います。
一方で、企業グループの形をとって世界で5つ6つに集約される可能性はもちろんあると思います。資本はルノー・日産のような形になって統合的になってくる可能性はあると思うのですが、ブランドはそれなりの数残るんじゃないかなという気はしているんです。フィアットなども全くなくなってしまうことはないと思います。やはりイタリアの文化をあらわした車ってありますよね。だから、フィアットの規模は小さくなるとは思うのですが、残ることは残るんじゃないかなと思います。
加藤 きょうお話を伺っていますと、ASEANと中国のFTAが進むことはメーカーにとってメリットがあるということですね。もし仮に日本とASEANの間で中身のあるFTAが進まなくて、中国とASEANのFTAのほうが先行するということになると、日本のメーカーにとってはプラスである。メキシコなどはむしろ逆のケースで、NAFTAにメキシコが入って、EUとメキシコのFTAが発効すると日本は大きなハンディを負うという考慮から、日本もFTAを始めようとしていますが、ASEANも同じようなことになるんですか。
大辻 いいえ、そんなことはないと思います。車だけのことで言わせていただきますと、いろいろな商品を売らせてもらえるというのが望ましい姿です。ASEANで言いますと、域内は、先ほどもご報告しましたように、車両も含めて貿易自由化が進みつつあるわけですが、域外から輸入するときは非常に高関税になっているものですから、いろいろな商品を入れることはできないわけです。日・ASEANのFTAができれば、要は多様な商品を入れることができるので、そういう意味ではラインアップがリッチになっていくことで、お客様にいろいろな商品を買っていただくこともできるわけです。逆に言うと、日本から自由に入ってくるということはASEAN市場が厳しい競争にさらされるのいうことでもあります。従来ASEANに拠点を持っていないメーカーも売ることができることになるので、非常に厳しい状態にはなると思います。
したがって、中・ASEANだけでFTAができてしまうのは、それはそれでまずいのです。今日ご説明に使った資料は中国の人に向けてのものをもとにして作成したため、中国とASEANがFTAをやってくれるのだったら、それはそれで、ビジネスのオポチュニティーを追求しますと言わせていただいているということです。
加藤 まさにそのとおりだと思うのですが、中国とASEAN相互の経済提携が結構進むのではないかと思いますね。日本は民主主義の世の中ですから、やっぱり農業部門が云々とか、空洞化とかいろいろなことがあってなかなか進まみません。そういうときに、産業界から応援団をつくるとか、もう少し政治への働きかけみたいなことはどういうプロセスでやればいいんですか。むしろ福川さんにお伺いした方がいいのかもしれませんが、アメリカにしろ、EUにしろ、政府と経済界が一体で交渉をしていろいろな制度変更などをやってきます。日本はどうもお互いに敬遠し合っているようなところがあるのですが、そういうプロセスをもう少し有機的にできないのかなという気がします。
大辻 そういう意味では、経団連を通じてやっていくということだと思うんです。我々で言うと、日本自動車工業会という組織で、経済産業省の方だとか、外務省の方とか、あるいは世界の方々とお話をしていくことになるのかなと思っています。
鶴岡 私も外務省でいろいろな相手国と、日本が市場開放を求められる交渉を担当したときに、相手に対して求めるものをこちら側から出さないと取引にならない。一方的に求められるだけの交渉になってしまうから、相手市場に何を求めるのかということを、経済界の方や、各担当省庁から出してほしいとさんざん申し上げてきたのですが、世界的な日本株式会社の認識と違って、実は日本の企業は余り政府を頼まないんですね。ですから、こういうことをこの国に対して要求してほしいという制度的な要請というのはほとんど聞いたことがないのです。
具体的な要請として出てくる可能性があるのは、現地に行っている場合に、個別具体的商談について、相手方政府の中での進め方について、政府の一言があるか、ないか。例えばフランス政府の人はこういうことを言っているので、日本でもこれを言ってもいいでしょうというような形でのご依頼はあるのですが、制度をどうするかということになると、本来であれば現地で活動している皆さんが一番よくご承知のはずなのですが、ほとんど声として出てこない。
政府の役割は基本的に、競争力のある企業なり、製品、サービスが相手国市場において正当に評価される枠組みをつくるということだと思うのですが、WTOでの知的所有権も含めたあらゆる枠組みは少なくとも網としては完備されたといえます。中国も今度WTOに入りますから、まさに中国の実行をこれから十分監視していこうということで、場合によっては強制力のある紛争処理もこれで確立することになるわけです。実はそれに先立って、例えば中国との関係では投資保護協定という2国間の協定もあります。これは国会でも承認されている、日本企業が不当な扱いを受けた場合には政府間で問題提起できる仕組みです。しかし、これを使って議論してほしいという声は企業側から出てこないんですね。
さっきもちょっと申し上げましたが、それはなぜかということを考えると、そういう形で政府間の問題にするよりも自分たちで処理した方が迅速であるし、かつ、しこりがない。あるいは、実は先方の仕組みを考えると、そういう形で関係者の数をふやしてしまうとやたらコストと時間がかかってしまって、かえって問題が解決できなくなる。(笑)ということは、お互い枠組みを一生懸命交渉して、相当人的資源を投入してつくっても、ほとんど無駄ということですね。
ちょっと話がずれるかもしれませんが、アメリカから見ると、日米通商航海条約が日米間の通商関係を規律する条約です。しかし、恐らく日米間で、あるいはアメリカで投資なり商業活動をやっている方で日米通商航海条約を読んだことのない人がほとんどだと思うんです。そういうものは当てにしないんです。アメリカの場合はUSTRという特殊なところがあるからかもしれませんが、やたらめったら合意文書違反の問題を突きつけられて、議会の圧力を背景に日本に対する具体的な政府としての対応を迫ってくる、これがアメリカ流です。今後も多分これは続くと思います。
日本とアメリカの間にはそういう文化の違いがある。そういう文化の違いを踏まえたときにどうするかとなると、もっと民間の方からは個別具体的な問題の背景にある制度的な困難を現場感覚でもって各政府関係機関に教えていただきたい。実は日本の国内にも大変問題が多くあるのですが、これもほとんど知られていないんですね。担当部局の、経済産業省の局長は知らないが、課長は知っているというようなこともありえる。例えば、これは局長に知らせる必要はないことだからと言って、あうんの呼吸でずっとやっているような仕組みは、透明性の観点から非常に問題があるわけです。
そういうものも全部含めた上で、経済共同体をつくることを考えるときに、予見可能性、透明性、そしてちゃんとした紛争処理の仕組み、この3点を日本側がまず一般的な理念として打ち出す。これは中国にはできないですから、どういう理念に基づいた共同体をつくっていくことが好ましいかということについて、日本の指導力は発揮できるのではないかと私は思うのです。
そのときに、くどいようですが、日本自身が自分の振る舞いをちゃんと正すこともあわせてやらないといけない。諸外国から、偉そうなことを言っているけれども日本は実はこうこうこういうことを裏でやっているではないかとか、いろいろな具体例で示されると偉そうな議論は一気に崩れます。例えば農産品とか労働の輸入はだめだとか、原則賛成だけれども、具体的個別的には全部例外にして外していこうというようなことをやっていけば、やはり指導力にはつながらないんですね。
そのあたりのことについて、さっき加藤さんがおっしゃられたように、民間の方が政府なり政治に対して圧力をかけて、そういう方向へ持っていけと経済実利に基づいた議論を展開していく必要が非常にあると思います。そうしないと、内部で止める議論は非常に強いですから。コンセンサス社会では1人で100の声を止められますので、そのときに99が大きな声を出せば1つはつぶれるんですね。そこのところに生死がかかってきているという意味で、危機感をもう少し持って、民間経済の方から、これでは日本はつぶれてしまいますよという声を強く出していただくことが、結局は政策変更につながるのではないでしょうか。
加藤 植月さんにせっかくですからお伺いしたいのです。アジア市場で非常にもうかっているということは、相当なスプレッドが取れる、マージンが取れるということでしょうか。それはそれぞれのマーケットがかなり分断されているから、そういうところのレントみたいなものを一種活用しているということでしょうか。もしアジアの中で経済共同体ができる、あるいは少なくとも貿易面での自由化、基準の統一化がかなり進んだようなときにおいても、やはり三菱商事にとってアジアは今まで同様の相当の収益を上げることが期待できるマーケットなのでしょうか。
植月 それに対応していかないといけないと思います。アジアをベースにしたビジネス・モデルを多く作っていかないと。現在収益をあげているといっても、余り多くのビジネス・モデルはなくて、強いのは1つはLNGなどの資源関係、もう1つは、うちで言ういわゆる生活産業、食料関係です。
加藤 例えばどういうものですか。
植月 小さな例ですけれども、タイであられをつくって持ってくる。一種の原料立地型のものがあります。それを今までは日本へ持ってきたのですが、今は中東やヨーロッパ、アメリカへ出したりしていますので、そこからの広がりがあります。
また、自動車事業をやっている。例えばタイだと、いすゞさんとパートナーになって、いすゞさんにつくっていただいて、うちが売るという役割を担って、さらに輸出を担っているということです。それ自身はますます強くしていかなければいけないのでしょうが、FTAができてもそれ自身がビジネス・モデルとして壊れることはないと思います。
さっきのお話ですが、制度的な云々でASEANを見ていますと、従来から民間レベルの話し合いがいろいろあって、例えば投資のこういうところを変えてくれとか、労働許可の面ではこういうふうにしてくれとかいうことで、民間企業のリクエストというのは、彼らも投資が欲しいものですから個別具体的には比較的対応してきてくれているんです。
ただし、全部がテーブルの上にのって、この国とはこういうことにしましょうという形に産業界がまとまっているかというと、そうでもない。例えばこの12月にフィリピンのアロヨ大統領が来日します。日比のFTAと彼女は言うに決まっているので、日本企業にどういうことをやってほしいかというアンケートを実施しても、当然こと乍ら産業界として一つの声になるというには、必ずしも利害が一致していない面がありますね。
例えばチリとFTAの話し合いをやっていると、水産と銅が焦点になってしまうのですが、日本が産業構造、構造改革をどうするかと言ったコンセンサスをまず産業界でつくらない限り、なかなか難しい。
鶴岡 昔、池田隼人はトランジスタのセールスマンだとド・ゴールに言われたと言いつつも、実は日本の総理大臣なり、あるいは通産大臣、外務大臣が海外に行くときに、産業界と一緒に行ったことはほとんどなくて、小渕総理が唯一、何人かの経済界の方をワシントンを訪問されたときに同行されたという程度です。ですから、そこは、海外との関係においていろいろ民間の方にも政府に対して期待があるということで、名実ともに日本株式会社をやってもいいというふうにだんだん変わってきているのだろうと思うのです。そのときに、さっき福川さんが言われたようにFTAに中身がないとできないものですから、例えば私はジャカルタにこの間までいたんですが、ジャカルタ・ジャパン・クラブというところでは、各商社の方、あるいはたくさんある現地法人の方に、具体的、個別的な要請を出していただいて、このような要請を現地大使館が日本の民間企業の方々と一緒に相手国政府首脳まで具体的要望として提示してきました。これを各国で本当にどんどんやっていくことによって、建前なり看板として自由貿易協定をつくるということの前に中身を先取りしていくことは十分可能になるのです。
こういうことをもう少し本来の政府のやるべき仕事として、経団連なり経済団体の方で評価をした上でもっとやれという声を出していただくと、各社の総務部の人たちがそれに時間を割くことが可能になる。結局、おカネのかかる話ですから、どれだけそこへ投資するかについて本社からの指示がないと皆さん動きませんので、そういうことを少し工夫してみたらどうかなと思います。
安斎 トヨタさんの中国進出が、これだけ遅れてきたのにはいろいろな理由がありますね。規制だ、不透明だという中国社会を見れば、先行進出する人たちはみんなそのコストをかぶっている。王者にはそれを待っているだけの余裕があったからああいうふうにしたんですか。それとも何か別の理由があったのでしょうか。世界のメーカーの中でも遅い方ですよね。
大辻 確かに先行者にはコストもありますが、先行者利得もあるんですね。
だから、フォルクスワーゲンだとかホンダさんなどは大きな先行者利得を得ていますので、我々があえて遅らせたということは全くありません。
安斎 愛知製鋼など、昭和60年代に系列は既に進出しているんですよね。
福川 私も1980年代にずいぶん中国へ行きましたが、そのときフォルクスワーゲンのドクター・ハーンという人物と、北京でよく会いました。しょっちゅう来ているわけです。当時から向こうにずうっと入ってやっていたので、いろいろな方にそのことを日本で申し上げると、いや大丈夫ですよという返事なんです。実力があるから、後から行ったって十分やれますよと。中国市場に対する日本の認識は当時余りなかったという気がしますね。
大辻 確かに80年代というのは、中国をやらないという意識というよりは、アメリカとの通商摩擦を回避するためということもあって、アメリカでの現地生産をいかにうまくやっていくかという方に全社的な意識があったと思います。組み立てはASEANやっていましたが、本格的な現地生産をやったのはアメリカですので、そこできちっと成果が出てくるまではほかのところをしっかりやっていくだけの余裕はなかったという背景はあったと思います。
安斎 ダイハツで釘ぐらいは刺してあるから大丈夫、こういうところもあったんですか。
大辻 そこはなかったと僕は思います。というのは、奥田が社長になってダイハツのマジョリティーをとるまでは、一部出資はしていましたが、ダイハツはほとんど独自に仕事をしていましたので。そういう意味では、中国をやる気になってからは、ダイハツの関係をうまく使えないかと、天津と一生懸命やったのですが、今まで時間がかかったということだと思います。
福川 ありがとうございました。お二方とも会議のメンバーでいらっしゃるので、またこれからもいろいろお話いただく機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
以上
もう1点、さきほど、韓国が中国を利用しているという話がありましたが、日本もそうすべきなのでしょう。その結果、おそらく日本がより付加価値の高い分野にシフトしていくのだと思います。ところが、付加価値の高い分野というのは雇用吸収力が小さいわけです。