【議事録】2007.4.20開催 アジア戦略会議 / テーマ「北朝鮮」(会員限定)

2007年4月20日

070420アジア戦略会議

松田 このところアジア戦略会議は日本の外交政策を中心に見ていますけれども、きょうは今の状況ということで、今回のテーマは「アメリカの朝鮮半島政策転換と日本への願意-追い詰められる安倍外交」ということで開催させていただきました。言論NPOの方でも、今、安倍政権の評価作業をやっているところでして、できましたらそういうことにも今回の会議の議論を反映させたいと思いますので、その点も含めてご議論をお願いしたいと思います。

きょうは、メンバーの倉田先生と深川先生にそれぞれ20~30分ぐらいずつお話をいただきますが、倉田先生は、この後ご予定がおありです。倉田先生、深川先生の順番にお話しいただいて、自由討議とします。よろしくお願いします。

倉田 杏林大学の倉田と申します。深川先生が立派なレジュメをつくっていたので、少し丁寧につくろうと思ったら時間切れでした。きょうは深川先生の前座という感じで背景説明みたいなことをしてみたいと思います。タイトルに「『北京合意』後の朝鮮半島情勢と日本」とありますが、安倍政権の朝鮮半島政策を評価する前に、ブッシュ政権は中間選挙以降、朝鮮半島政策が大きく変わったということをまず指摘しておかなければいけないと思います。その中で日朝関係を位置づけてみたいと思います。

ご承知のとおり、北朝鮮の核実験とアメリカの中間選挙が同じようなタイミングで起きた。北朝鮮がそれを狙ったかどうかは別として、その二つの事象が起きたということがブッシュ政権の性格を大きく変えたように思います。もちろん、それはレジュメに書いてありますとおり、イラク戦争への批判の中、北朝鮮政策で何とかして成果を出さなければいけない必要性を生んでしまったわけですが、中間選挙以降、その背景として指摘しておかなければなららないのは、ブッシュ政権で一時期、大きな発言力を持っていたネオコンと呼ばれている人間たちが政権からほぼ去ってしまったということです。したがって、リアリストないしはプラグマティストが、北朝鮮政策に限らず、イランに対しても、アメリカの安全保障政策の舵をとることになったのだと思います。朝鮮半島政策について言うならば、そのドライバーズシートについていたのはライス-ヒルのラインであると思います。私も1カ月ぐらい前ワシントンにいたのですけれども、いろんな人の話を聞いてみて、全く別の政権と言ってもいいぐらい空気が変わっているということであります。

こういった形で、中間選挙以降、ブッシュ政権が大きく変容を遂げたことで、当然、北朝鮮に対して要求していた非核化の原則も大きく動揺しました。これまでアリカは、北朝鮮に対してはCVIDという原則を掲げておりました。このCVIDというのは、complete, verifiable and irreversible dismantlementと言って、「完全で検証可能で不可逆的な核解体」ということでありますから、プルトニウム・ウランを問わず、平和利用、もちろん軍事利用も問わず、北朝鮮の核計画を一切許さず、なお後戻りさせないということで、いわば北朝鮮に一旦は核物質が存在しないという状態をつくり出すということだったわけですが、この原則も大きな挑戦を受けることになりました。

もう一つは、核と直接は関連しませんが、北朝鮮の不法行為に対する「金融制裁」も挙げておかなければなりません。本来、「金融制裁」の対象は、北朝鮮の不法行為でありますから、本来それは制裁というよりもいわば司法的措置ですね。悪いことをしたから、それに対して罰則を与えるということですから、政治的に解除の条件があるわけではなくて、だめなものはだめだというわけです。アメリカはこれを絶対解除しないのだということを言っていたのですけれども、後々触れますとおり解除してしまうわけでて、不法活動に対する姿勢も大きく変わったということであります。

これらの変化が6者会談に波及するのは当然です。そもそも6者会談というのは一体どういう協議枠組みなのかということを振り返って考えてみますと、「二つの効用と二つのジレンマ」の計4つを押さえておく必要があると思います。というのは、北朝鮮が2003年1月にNPTからの脱退を表明しましたが、これは当然のことながら、北朝鮮による保障措置協定不遵守を意味しました。IAEAは緊急理事会を開いて、北朝鮮の保障措置協定不遵守を報告したわけですね。ここで安保理が招集されてもよかったのですが、報告を受けても公式審議はしていないのです。非公式の会合をしているだけで、あえて安保理で公式審議をせずに、安保理をバイパスしているわけです。

これは必ずしも常任理事国間の意見の相違を意味するものではありません。少なくともアメリカと中国は、安保理の公式審議を当面避け、両国が地域レベルで北朝鮮の核問題を議論するという点では意見を一致させていました。事実、その直後に米朝中3者会談があって、それが6者会談に拡大しているわけです。アメリカはそのときイラク開戦を目前に控えておりましたし、中国も隣の国で緊張が高まっても困るという事情がありました。もし国連安保理が経済制裁など懲罰的な措置をとれば、北朝鮮がそれに対してまた緊張を高めるという悪循環も考えられたわけで、これを一旦避ける。そのかわりエネルギー・経済支援もするから核を放棄して下さいという形で、国連安保理ではとれない融和的措置を集団的に提示することによって、北朝鮮を核放棄に導こうとしたわけです。

もちろん、6者会談には米国に加えて中国とロシアという国連安保理常任理事国の3カ国も入っておりますから、北朝鮮が融和的措置にもかかわらず核開発にこだわれば、国連安保理に付託せざるをえないという圧力もかけていたことは事実です。したがって、6者会談には、集団的支援と集団的圧力の二つの効用があったように思います。しかし、北朝鮮は核実験をやってしまって、核問題は国連安保理に付託されてしまったわけですから、集団的圧力という効用はもはや今、6者会談にはない。にもかかわらず、6者会談を続けようとするならば、その効用というのは集団的支援とならざるを得ないわけであって、重油という形ですけれども、まさに北朝鮮に支援を与えて、核を放棄させるという方向をとらざるを得ないと思います。

さて、二つのジレンマでありますけれども、その一つは、米朝中3者会談を経て6者会談に拡大した後、北朝鮮の核開発は凍結すらされていません。したがって、6者会談が第2回、第3回と回を重ねるに従って、北朝鮮は核開発を進めるわけで、北朝鮮に核を放棄させるための6者会談であるはずが、回を重ねることによって北朝鮮の核開発は進んでしまうということです。では、それではいけないという形で国連安保理に持っていくかというと、確かに中国、ロシアというのは常任理事国の一員ですけれども、できるだけ制裁を避けたい。そうすると、6者会談に常任理事国が関与しているがゆえに身動きがとれないというジレンマが片一方であるということであります。

北朝鮮の核実験後、国連安保理決議1718が採択され、もはや6者会談からは集団的圧力という効用は失われた感がありますが、にもかかわらず6者会談を継続するならば、それは集団的支援の枠組みにならざるをえません。このような多国間関係の中で、安倍政権の日本はどのように位置づけられるのか。特に、拉致問題というほぼ日朝固有の問題に優先順位を与えている安倍政権は、一体どのように舵をとっていくのかというのが私の報告の一番大きな問題意識であります。

今日の朝鮮情勢を理解する上で、最近私もよく言及するのですけれど、ちょうど1年前だと思いますが、民間の擬似6者会談が東京でありました。そのときのアメリカの対応を思い出していただきたいと思います。あのとき、アメリカのヒルも北朝鮮の金桂冠も参加していました。そこでヒルが何を言っていたかというと、これは6者会談という形態をとっているのだけれども、あくまでも民間機関による多国間会議であるといって、公式の6者会談でウラン濃縮計画を含めて速やかに核を放棄しなさいと言っておりました。なお、ヒルは「金融制裁」の解除のために米朝対話を要求する金桂冠に対しては、「金融制裁」と核問題とは違うから、米朝対話には応じないし、「金融制裁」は司法的措置であって解除しません。速やかに6者会談に参加しなさい。6者会談の枠内だったら米朝協議を持つのは構わないけれども、「金融制裁」は6者会談では議題になりませんと言い方をしていたわけですね。

そのときにヒルの言ったことをすべてアメリカは否定しています。北朝鮮は核実験をしてしまったわけですから、全ての核計画を放棄せよというよりも、とりあえず今以上の緊張の高めないというか、北朝鮮が今以上プルトニウムを持たないようなという形で、現状をこれ以上悪化させないところから逆算するような対応をとっています。他方、「金融制裁」についていえば、私も部分解除はあり得ると思ったのだけれども、全面解除は予測していなかった。しかし、結果的に全面解除を決断してしまったわけです。また、あれだけ米朝2国間協議を拒絶していたはずのアメリカが、核実験以降、6者会談の再開のため、ベルリンで米朝2国間協議を持っていました。ちょうど去年の今ごろヒルが言ったのと反対のことをヒル自身がやっている。それが現状なのだと思います。

では、なぜそこまでアメリカは日和ってしまったのかということでありますけれども、北朝鮮が1回核実験をして、本来、核実験というのは続けてやるものでありますから、2~3回続けてやるのではないかという可能性があったからだと思います。それに対して、2回やったら国連安保理が制裁を強化する、3回やったらもっと強化するというエスカレーションが可能ったかというと、恐らく不可能だったと思います。国連安保理決議1718というのは、中国もロシアも入ってまとまったわけですけれども、中国もロシアもこれ以上緊張を高めようという考え方はなかったわけで、1718はその限界を示していたと思います。したがって、北朝鮮が2回、3回やっても、国際社会はそれに対応するような措置をとれなかった。これ以上緊張を高めないというところに焦点を合わせざるを得なかったのだと思います。

今年の2月に北京で6者会談が開かれたわけですけれども、そこでまとまった「北京合意」では、初期段階措置と称して2005年9月の共同声明の最初の部分を履行することに合意しました。ライス国務長官が「北京合意」をフットボールに例えていますが、この合意は、フットボールでいえばファースト・クォータである。セカンド・クォータ、サード・クオータもあるかもわからないけれども、とりあえずファースト・クォータを速やかに完了しましょうということです。具体的な措置はまさにいま協議中でしょうが、寧辺の核施設をスイッチ・オフするだけではなくて、核分裂を止める制御棒を入れる。それをコンクリートで固めてしまって、核施設を閉鎖し、事実上使えない状態、少なくとも核活動を再開するのが非常に困難な状態に持っていくというようなことになりそうです。それについては重油5万トンを提供することに合意されております。それが済んだら、北朝鮮がもつ残りの核計画を申告させて、無能力化する。これは解体ではなく無能力でありますから、核施設がそのまま残されても再開が非常に難しい状態にするということでしょう。それに対しては重油95万トンを提供する。再びライスの言葉をかりれば、ファースト・クォータが全部完了したとしても、北朝鮮が核実験を行って核爆弾をつくれる技術的な能力を持ってしまったという事実は消せるわけではありません。初期段階措置が履行されても、北朝鮮が現に持っていると主張する核兵器は温存されるわけですから、北朝鮮はあらゆる核物質を放棄せよというCVIDという原則は、ここでは明らかに後退しているといえます。その結果、どういう状況が生まれているのかというと、北朝鮮の核実験に対して国連安保理が経済制裁したのだけれども、6者会談という枠組みでは支援をしていく。制裁しながら支援するという非常にアクロバティックな状況なのだと思います。

他方、「金融制裁」につきましては、北朝鮮はこれをリンクさせ、「金融制裁」が解除されない限り、6者会談の再開には応じないという態度をとってきました。アメリカは「金融制裁」と核問題は違うのだという言い方をしていたわけですけれども、結局はこの二つの問題をリンクせざるを得なかったわけです。振り返って考えてみれば、北朝鮮が何のためにミサイル発射をし、核実験をしたのかと言えば、「金融制裁」の解除のためでした。アメリカは北朝鮮の不法活動に目をつぶってまでも、とりあえず初期段階措置を達成したかった。いわば非核化と国際金融秩序をはかりにかけて、とりあえず北朝鮮については非核化を優先したということになります。

しかも、国連安保理決議1718との関連で言いますと、1718というのは、大量破壊兵器に関連する物資のやりとりを禁ずるとともに、ぜいたく品を禁輸しているわけですね。ぜいたく品を禁輸する理由というのは、北朝鮮に核の放棄を促すためには金正日の決断が必要だというわけです。しかし、マカオだとかを中心とする不法活動でためた資金もまた、金正日のファミリーバンクにつながっています。アメリカがそれを解除するということは、明らかに国連安保理決議1718とは方向性が全然違うわけですね。その意味でも、「金融制裁」の解除は、アメリカの一貫性の欠如をよく示しているのではないかと思います。

さらに、「北京合意」を取り上げるときに留意しなければいけないのは、北朝鮮をどうやって核放棄に持っていくのかという場合、北朝鮮が望む国際秩序、特に朝鮮半島をめぐる地域秩序をつくっていくことを入り口として非核化に持っていくという力学がみられるといことです。実際、「北京合意」では5つの作業部会の設置に合意をみました。非核化、経済・エネルギー支援、米朝関係、日朝関係、北東アジア地域安保ということでありますけれども、少なくともこのうちの3つ、米朝、日朝、北東アジア地域安保というのは地域秩序に関連しています。北朝鮮に好ましい地域秩序をつくってやることを入り口にして、北朝鮮が徐々に核放棄をするということがここで期待されているし、北朝鮮もそれに合意しているということが非常に重要だと思います。

もう1つは、6者会談とは別の形態になりますが、適当な話し合いの場を通じて朝鮮半島の恒久的な平和体制を樹立しようという言い方もされています。この言い方は共同声明にもあったわけでありますけれども、「北京合意」でもこれが再確認されています。これは非常に重要なポイントだと私は思います。というのは、それ以前、6者会談の中で、韓国はどっちかというと埋没というか、メジャーなプレーヤーになれなかった。朝鮮問題の当事者でありながら、6者会談が米中という大国に左右されているという中で、韓国は埋没していたわけですね。米朝中が主導する形で6者会談が進んでいったと言ってもいいと思いますが、このような埋没した状態から、自分たちが主導権を獲得するにはどうしたらいいのかということを韓国はずっと考えていました。その結果、盧武鉉は2005年の初めから「包括的アプローチ」ということを言い出し始めました。この「包括的アプローチ」というのは、北朝鮮に核を放棄させようと思えば、単に支援を与えるだとか、あるいは安全の保証を与えるという約束だけではなくて、朝鮮半島固有の安全保障問題について、アメリカが何かの配慮をすることが重要なのだということです。

そのときに頭に浮かぶのは、朝鮮半島というのはまだ軍事停戦状態であるということです。北朝鮮の言い方というのは、朝鮮戦争は終わっていない。軍事停戦状態、「撃ち方止め」の状態である。その中でアメリカからの脅威は直に自分たちに及ぶというものでした。アメリカからの脅威がある中で、核を持つのは当然なのではないかと北朝鮮は言っていたわけですから、逆な言い方をすると、朝鮮戦争が完全に終わって軍事停戦体制が平和体制になれば、北朝鮮が核を持つ理由はないとことになります。それを韓国が盛んに強調していたわけですが、興味深いのは、核実験の直前から「包括的アプローチ」が米韓「共同の包括的アプローチ」という言い方に変わるのです。ミサイル発射以降、6者会談が停滞する中で、今までアメリカや中国が仕切っていた6者会談に韓国がかなり食い込んでいるといえるかもしれません。さらに核実験を受けて、北朝鮮に持ってしまった核兵器を放棄させるということを考えた場合、朝鮮戦争をどうやって終わらせて、北朝鮮から核を持つという動機を奪うのかというのは重要な話だと思います。

さらに、核実験後の去年の11月にハノイで開かれたAPECで、ブッシュは朝鮮戦争終結宣言というアイデアを口にしました。朝鮮戦争は終結したから、北朝鮮が核を持つ理由はありませんという形で宣言をしようというわけですね。この「宣言」というのもこれまた重要です。共同声明には「約束対約束・行動対行動」原則が書かれています。したがって、まず朝鮮戦争は終結したという宣言をする。つまり約束をする。そうすると、北朝鮮ももってしまった核を放棄するという約束をする。「約束対約束」が達成されたならば、その次の段階で、例えば平和協定を結ぶ、あるいは国連軍司令部を解体するという具体的な行動に移る。そのときに北朝鮮も核の解体のための具体的な行動に移るという形で、「約束対約束・行動対行動」を、朝鮮戦争の終結と核兵器の放棄という非対称的な形で取引をしようというのではないでしょうか。

もちろん、韓国の認識からするならば、将来の平和体制というのは南北を中心でなければなりません。ところが、共同声明にも今回の初期段階措置にもそれは書いてありません。南北とは書いてありませんので、これから韓国は恐らくそれを南北でやるのだということを北朝鮮に確認させるべく、いろんなアプローチをしていくのではないだろうかと思います。6者会談の中で、南北という軸が食い込めるかどうかというのはこれからの進展次第だと思いますが、とりあえず平和体制を樹立するという問題がこれからも6者会談の枠内で大きなイシューになってくるのではないかという予感がしております。

さて、こういった形で、次に安倍政権の位置づけを考えてみたいと思いますが、現在のところ「金融制裁」を解除した資金が北朝鮮に送られているかどうかというのは確認できていないようですし、それに対抗して、北朝鮮も寧辺の核施設の閉鎖にはまだアクションを起こしていないようですけれども、私はこのような停滞状態はそんなに長くは続かないと思います。しかるべき後に北朝鮮は、資金が受け取れ次第、寧辺の核施設の閉鎖に応じるのだと思います。北朝鮮は、もう既にその次を見ているような気がするのですね。

北朝鮮の次の照準が、アメリカのテロ支援国リストからの除外であることは恐らく確かなのだろうと思います。これまでの米朝関係を見てみると、アメリカはクリントン政権、ブッシュ政権、ブッシュ政権も1期、2期、そして中間選挙が終わって現在の状態という形で、政権交代があり、担当者も違い、アプローチの変化があるわけですが、北朝鮮は93年から94年の「第1次核危機」からほとんど同じ人間が対米関係を担当しております。ですから、北朝鮮の対米政策でそれほど多くのバリエーションがあるわけではないと考えてよいと思います。恐らく今の北朝鮮の政策決定者、特に対米担当者の頭の中にあるのは、自分たちは、ブッシュ政権末期になって、ようやく7年ぐらい前のクリントン政権末期の状態に戻ったという認識を持っているのではないかと思います。

というのは、2000年のクリントン政権末期の状況を思い出してほしいのですが、2000年10月6日に米朝「反テロリズム共同宣言」というのが発表されました。そこで今日と同じように、アメリカは北朝鮮をテロ支援国リストから除外する用意を示したわけですし、それを受けて米朝「共同コミュニケ」が発表されて、アメリカ大統領が北朝鮮を訪問することに合意しました。さらに、その準備のためオルブライト国務長官が実際に北朝鮮を訪問しました。北朝鮮の対米政策担当者は、今ようやくクリントン政権末期の段階に到達したのだという認識を持っているのではないでしょうか。「北京合意」をまとめるにあたっても、米朝「反テロリズム共同宣言」とか、あるいは米朝「共同コミュニケ」が金桂冠の念頭にあったのではないだろうかと思います。実際、「北京合意」を見ますと、米朝は完全な外交関係を目指すための2者間の協議を再開するだとか、あるいは米朝「反テロリズム共同宣言」と同じようにテロ支援国指定を解除する作業を開始するということが書かれています。

これに関連して「北京合意」で指摘すべきは、敵国通商法ですね。敵国通商法というのは、戦争状態にある国との間の取引を禁止するわけでありますけれども、これは非常に重要だと私は思います。というのは、先ほどの朝鮮戦争終結宣言と関連しますが、もし「宣言」であったとしても、朝鮮戦争が終結したということになれば、これは敵国通商法の適用を終了させる上で非常に重要なメルクマールになりますし、恐らく北朝鮮はそれをねらっている。アメリカも敵国通商法の適用を終了させる作業を進めると言っている以上、朝鮮戦争の軍事停戦状態に何らかの終止符を打たなければならないことは理解しているのではないだろうかと思います。今や、こういった米朝関係の改善が「北京合意」後の6者会談を動かしていく最大のモメンタムになっているというのは否定できないと思います。

さて、そういった中で、安倍政権の日本は一体どういう位置づけなのかというわけでありますけれども、私は孤立だとかという言い方はあまりしたくないのですが、6者会談というマルチの多国間の力学と日朝のバイの力学というのは、明らかにベクトルが相反しているということは認めざるを得ないのではないだろうかと思います。

実際、日本はミサイル発射以降、独自の制裁を北朝鮮に課していますが、国連安保理決議とは別に、国家レベルで北朝鮮に制裁をしている国は日本だけです。しかし興味深いことに、日本はそれ以前、拉致問題に対しては一度も制裁という手段をとっておりません。ミサイル発射があり、核実験があったから制裁をしているわけですが、今の安倍政権は拉致問題が進展をみるまでは独自制裁を解除しませんとしています。北朝鮮がミサイル発射、核実験を行ったことに制裁を課しているはずですが、その解除の条件として拉致問題の解決をトッピングしているわけです。制裁の解除が非常に難しい状態に日本はみずから追い込んでいるのではないだろうかと思います。

「北京合意」を採択した現在、拉致問題は確かに日朝関係にほぼ固有の問題であるにもかかわらず、この問題は米朝関係にシフトしたという言い方ができないだろうか。どういうことかといいますと、88年以降、北朝鮮はテロ支援国リストに載っていますが、2004年の「パターンズ・オブ・グローバル・テロリズム」以来、拉致問題がリファーされています。したがって、北朝鮮がテロ支援国リストから除外されるためには、拉致問題について何らかの進展というか、シンボリックな進展がなければいけません。北朝鮮が次の照準をテロ支援国リストからの除外に合わせれば合わせるほど、この問題というのは米朝のアジェンダになりつつあるのではないかと思います。ただ、気をつけておかなければいけないのは、アメリカにとっての拉致問題の比重と、私たち日本人にとっての拉致問題の比重は明らかに違うということです。私は、北朝鮮が米朝関係の改善を望んでいる、そして北朝鮮が拉致問題の解決に何らかの進展の姿勢を見せなければいけない、だから拉致問題は解決するのだという楽観的な見方はしておりません。

最後に、ここ半年ぐらいのタイムスパンを置いておいて、二つの「あり得ること」を指摘したいと思います。1つは、先程の話と関連しますが、私はテロ支援国リストからの除外、少なくともアメリカがそれに対してシンボリックな措置をとるという可能性はあると思っています。米朝関係の改善が6者会談の最大のモメンタムになっていることは指摘しましたが、「北京合意」が履行されれば、寧辺の核施設の閉鎖の後に、あらゆる核計画を無能力化するという段階に行くわけでありますけれども、果たしてこれが今の安倍政権にとっていいことなのかどうかということにつきましては非常に疑問であります。

というのは、北京合意の附属文書として合意議事録というのがありますが、先にも申し上げました通り、寧辺の核施設を閉鎖するにあたっては重油5万トンの支援を出すことが合意されています。これは韓国がみんな出しますということになっているわけですが、次の段階で北朝鮮がすべての核計画を無能力化するならば重油95万トンを提供することになっています。重油の提供については、「平等と公平の原則」が合意議事録に書かれていまして、6者会談の参加国の5者が平等にこれを分担するということになっています。ただし、ここでは日本については懸案事項があるから、それを考慮することになっています。核問題が進展すれば、この95万トンの話が出てくるわけでありまして、そのときに日本が、拉致問題が解決していませんから出しませんということが言えるだろうか。もし日本がノーと言えば、見方によっては日本が北朝鮮非核化のプロセスを阻害しているということにならざるを得ないわけで、国際世論に耐えられるかというのが一つの問題提起です。

また、先ほどの話の繰り返しになりますけれども、アメリカがテロ支援国リストから除外するときに、果たして安倍政権が考えている拉致問題の解決を考えてくれた上で除外をしてくれるのかというと、私はそうは思わないわけですね。日本にとっての拉致問題とアメリカにとっての拉致問題というのはおのずから比重が違うと考えておりますから、死亡と伝えられた例えば横田めぐみさんも含めた拉致被害者、あるいは特定失踪者全員を帰国させて初めてテロ支援国リストから除外するという原則的な対応をアメリカがとるかというと、私はとらないと思います。シンボリックなものがあれば、そこでテロ支援国リストから除外する。そして、あとは拉致問題はほぼ日朝関係に固有の問題なので、日本に任せるということになりかねないと思います。拉致問題と非核化の比重というのは日本とアメリカの間で明らかに違う。非核化のプロセスが進んでも、米朝関係が進んでも、安倍政権には非常に大きな問題がのしかかってくるのではないだろうかと思います。

もう一つの「あり得ること」は、盧武鉉政権のフライングでありまして、私は第2回南北首脳会談の可能性は排除しません。全くないとは言い切れないと思います。これも先ほどの平和体制の問題と関連しますが、今、韓国は、南北を主軸にして、もちろんアメリカ、中国が関与することはいいのですけれども、将来あるべき平和体制は南北の間で結ばれるものなのだということを確認したいわけですね。北朝鮮はずっと韓国の頭越しにアメリカと平和協定を結ぼうと言っておりましたが、朝鮮半島で起きた戦争なのだから、南北でそれを終わりにしましょうということを北朝鮮と確認したいと考えているわけで、まさにそれは「共同の包括的アプローチ」の核心部分だと思います。その「共同の包括的アプローチ」の中で、アメリカが主役ではなくて、韓国が主役になる。韓国が主導的な役割を演じる形でこの問題を解決したいと考えているのではないだろうかと思います。

もしその状態になれば、南北の平和体制が確認されるわけですが、それに北朝鮮が応じるかどうかはわかりません。しかし、北朝鮮は第1回南北首脳会談と同様に、韓国からの経済支援を期待するでしょう。もし南北首脳会談ということになれば、南北の経済交流は今以上に大きな規模になってくる。そうなれば、国連安保理決議1718はますます形骸化せざるをえない。北朝鮮が核実験について懲罰をそれほど受けないまま、経済支援だけは得られるという状態になれば、北朝鮮が持ってしまったという核兵器の放棄はますます遠のくということになるのではないだろうかと思います。

したがって、安倍政権が変わるという可能性よりも、アメリカが、韓国が何らかの形で大胆な措置をとる可能性を考えた上で、安倍政権の朝鮮半島政策を見ていかなければいけないというのが私の結論であります。少々時間を超過しましたが、以上をもって私の発表にかえさせていただきます。ありがとうございました。

松田 ありがとうございました。引き続きまして、深川先生、お願いします。

深川 タイトルの「米韓」がなぜか抜けていて失礼しました。本当は米韓FTAの話です。

4月13日に米韓FTAなるものが合意されました。日本では韓国が期待しているほど大きく報道もされず、それほど皆さんの関心もなく過ぎているのですけれども、これは、そのまま批准されれば、経済的にも政治的にもいずれ、北東アジアの地政学を大きく変えるものになる可能性はあるものだと思っています。

今までの東アジアのFTAというのは、日本も中国も、ある意味で別々のことを考えてはいましたが、同じ方を見ていて、FTAは経済協定なので、政治の理屈とは別途進めましょうという政経分離の原則がありました。これは日本も中国もそうですし、ASEANはもとからこれをもってドライバーシートに乗ってきたということですね。実際にそうであったからこそ、いろんな抜け道はあって問題は多いのですけれども、やってきたわけです。ASEAN自由貿易協定なるものが東アジアの地域主義をリードしてきたというのは、1つの考え方として政経分離で行くという知恵があったからで、日本も中国も、ある意味でこれを引き継いできたと言えると思います。

日本の場合は、とにかくアジアとは過去問題や、安保問題その他を初めとして政治的にはいろいろありますし、中国もASEANに対しては華人の存在というのが常にあるので、気は使っていて、政経分離というのは非常に便利だったということですね。

ところが、米韓のFTAというのは非常に政治的なもので、経済協定ではありますけれども、すぐれて政治的な色彩を帯びたものであるということです。これについては、のど元まで自分のところに自由貿易協定の波が来るという意味で、安保ほどの脅威感ではないでしょうけれども、この間ずっと韓国にFTAオファーをしていた中国の気分が一番悪いでしょう。結局、ずっと停滞することになりましたけれども、日本とのFTA交渉を中国より先に進めるという判断を韓国は1回示したわけですね。その後、それが停滞して、ああ、よかったなと思っていたら、今度はアメリカとやるという、とんでもない、中国の優先順位からするとあってはいけない選択をしているわけで、しかも、最終的に米韓同盟の修復を図るような形で米韓FTAが持ち出されているので、中国に対してあまりハッピーなものではないでしょう。

国際経済交流財団の畠山さんがこの米韓FTAをパンドラの箱をあけるものと表しておられましたが、そんな感じはあると思います。政治的にも中国はカウンターオファーを出し、年内の中韓FTA交渉入りというのを温家宝みずから言及してプッシュしているわけですし、韓国も、あまりに中国の勢いがすごいので非常にふらふらしている。ただ、アメリカの次はEUという順番が決まっていますから、アメリカ、EUという順番で進むというところまで一応決まっていて、12月が大統領選挙ですから、中国との交渉入りはそれまでに時間切れになるのではないかという公算が大きいと思います。しかし、中国は相当強くプッシュしているということですね。

韓国は、米韓ができたということで舞い上がり、中国と日本が夜も寝られずに悔しくて、ねたんでいるという雰囲気で、経済的にアメリカでものすごく優位に立てるとしています。しかし、米韓ができても、日米とももともと関税は高くないし、日本の場合、日米摩擦が激しかったので、車だとか電気・電子だとかというのは、ほぼ全部現地生産に置きかわっているのですね。しかもNAFTAのメンバーであるメキシコとの日墨FTAができているので、日墨も関税ゼロ。関税程度のFTAが米韓でできてもそこまでの影響は少ないでしょう。 ただ、保守主義のEUと韓国のFTAができたときは別です。こっちの方がむしろ影響は大きいですので、5月から交渉が始まるのですけれども、日本もいよいよ本格的に日米を進めるか、EUとの交渉を考えるとか、先進国相手のFTAに腰を上げざるを得なくなる可能性はやっぱりあると思います。

アメリカというのは非常に特殊な国で、どの国とFTAをやっても、アメリカ経済に影響を及ぼすFTAというのは日米かEU・アメリカぐらいしかないわけですね。母体のアメリカ経済がすごく大きいですので。ほかの国とはバイでどことやっても大した影響はないので、その分、アメリカのFTA政策というのは安保にくっついたような形の政治的FTA政策をやってきています。カナダ、メキシコというのはまたちょっと別で、地域だから固めるというのはもちろんあったわけですけれども、その他のFTAというのは、イスラエルだったり、ヨルダンだったり、エジプトだったり、中東を中心に、アメリカの安保政策の一環としてマイナーな役割を果たすという色彩が結構強かったと思います。

従ってアメリカのFTAというのは、純粋経済目的でとられたFTAは非常に少なくて、政治的です。しかもアメリカが、アジア太平洋自由貿易協定とかAPEC以来、自分も入れろとしつこく言ってくる中で、日本でさえも政経分離原則が崩れるのは困るなと思って、FTAではアメリカを引き込むのは避けるようにやってきていたわけですけれども、それを韓国は連れ込んだというのが今回の問題です。政治的にも、それからちょっと間接的ではありますけれども、経済的にも、時間がたつと、この決断の意味はいろんなところに出てきて、日本にとっても意味の大きいものになるかなと思っています。

米韓の経済的な意図というのは、1つは、韓国側からみると経済的閉塞感が強く、この突破口を求めたことがあります。去年の経済成長率は5%程度で潜在競争力を達成しているので、マクロで見ると、ものすごくパフォーマンスが悪いというふうには言えないのですけれども、雇用なき成長が長い間にわたって続いているので、非常に閉塞感があります。しかも日本人から見ると、ここ2~3年、何も変わっていないような気がしますけれども、日本の復活、産業競争力の強化というのはだんだん目に見える形で出てきているので、これが韓国をかなり圧迫するようになった。例えば、1度は勝ったと思った薄型テレビとか、ああいうものでも、日本企業は次のイノベーションのサイクルに入っているので、追撃を振り切る方向に行く余力が出てきていますから、これは非常に脅威感を持っているわけですね。

他方、構造調整の間、持ちこたえているのは大企業だけですから、中小企業はほとんど中国に生産基地を移すという形で、産業の空洞化がかなり進んできており、中国のキャッチアップの勢いもかなりきつくなってきています。このため、自分は、このままでいくと、日本は先に行き、中国は追いかけてくるから、日中の間でつぶされるのではないかという伝統的なヒステリー心理が今また支配し始めたということです。 そこに米韓FTAの話が出てきたので、意外と米韓に対しては世論の支持が高いのですけれども、それは、かなり突破口を見出したい心理によっているところが大きいと思います。

しかし、実際に例えばアメリカからの直接投資が増える、といった効果は不確実です。今、韓国が雇用を期待できるのは、製造業はぎりぎりまで人を削らないと国際競争できませんので、生産性を上げて雇用を増やす余地のあるセクターというのはサービスしかない。だから、物流とか金融とか医療とか、そういうサービスのところにイノベーションをもたらさなければいけないので、それには米韓がいいのだということで説明してきたのです。しかし、実はこれには結構ナンセンスなところもあって、盧武鉉政権というのは普通の神経では理解できない矛盾した政策をたくさん持っているのですけれども、典型的には、非常に社会政策を強化して、標準化して、格差を減らすという方向性の政策と、非常にグローバリゼーションにコミットした政策を2つ一緒くたにやろうとしているところがあります。

つまり、医療とか教育とか物流とか、こういうところで革新を起こして北東アジアのハブになるとかいう戦略でいくと、どうしても標準化を求めている、自分の政権基盤である労組を説得できなくなる。実際にそういうことが起きてきて、教員労組とか医療・保険労組とか、こういう人たちの強烈な反対に遭って、結局、1つの目玉であった医療とか保険とか教育とか、こういうところは、さすがのアメリカも、あのヒステリックな労組を見て、「うちはもういいです」と言って、アジェンダにならなかったのです。なので、サービス業の開放というのは、あまり大きな目玉はないまま米韓合意しているわけですね。

唯一、米韓で日米にとって影響が大きいのは、アメリカは、スーパー301条を初めとして、非常に恣意的な、WTO違反の可能性の強い貿易救済措置をアンチダンピングを初めとして各国に発動しているのですけれども、これを韓国だけ特別に例外扱いしてくれという交渉でした。これは最後までもめましたが、そもそもアメリカがコミットすると、さらに違反の違反になっていくのです。これをとられるのが日本にとっては一番きつい影響であり、韓国もさんざん粘ったのですけれども、あまり影響のない形でしか結着できなかった。日本は当初からその困難は予想していましたが、韓国はできると思っていたらしく、とりたかった貿易救済がとれていないので、経済的に見ると、韓国に即効的に影響があるかどうかというのはちょっとわかりません。

全体から見ると、アメリカの平均関税は全部ひっくるめても4%近くしかないですし、韓国は8%ですから、8をゼロにするのと、4の幾つかの部分をゼロにするのとインパクトはもちろん違うわけで、しかも、日米ができないように、当然、農業が一番大きいイシューだったわけですけれども、韓国の農産物にかけている平均関税というのは日本の4倍なのですね。日本は関税だけは13%しかかけていませんから、それを52%で守ってきたのをいきなりゼロにするという蛮勇としか思えない行動をしているわけです。従って、関税だけ見るとそういう構造ですから、全体から見ると、きょうお配りした資料の表2にありますけれども、政治的には大変な決断でした。ただ、それだけを見ると、韓国への影響がものすごく大きいわけではない。簡単な一般均衡モデルで見ても、関税だけでスタティックに見れば、GDPは0.4%しか伸びないですし、農産物の相当なマイナスが出てくるので、雇用に至ってはむしろマイナスですね。なので、そうカンフル剤的にはならない。

もちろん直接投資が増えるとか、イノベーションするとか、動態的に何かが起きてくれば、生産性がすごく増大すれば、その表の一番右にあるように、GDPを8%近くプラスにする効果はある。ただ、この辺は、ほとんどやってみなければわからない世界ですから何とも言えないのですけれども、いずれにしても、関税を下げるというFTA本来のハードコアの部分だけで見ると、ものすごく得にはならないということですね。

ちなみに、次の表3が農業への影響ですけれども、結局、予想どおりコメは外してもらえましたけれども、牛肉は20年でゼロですし、果物その他もほぼ全部あけましたので、そうやって見ていくと、農業には結構影響は出てきます。ここで描いていたシナリオでは、シナリオ1が一番きつくて、コメは除外されるけれども、小麦を除いた高関税の穀物と油脂作物、これは大豆とか菜種とかゴマとかです。これは韓国にとってはポリティカル・センシティブ・アイテムなので、これで半分ぐらい関税を引き下げて、残りの農産物は全廃という一番きついのでいくと、一番下の雇用を見てもらうとわかりやすいと思うんですけれども、雇用は15万人ぐらい減って、これは結構大きいですね。今の日本の政権で、農民が6%以上失業するというのは、多分、自民党にとっては耐えられない政策だと思いますけれども、そうなるかもしれないシナリオを盧武鉉さんは決断したということなのです。

そういう意味で、プラスは不明確だが、農業の負担は明らかに重いということがわかっている構造で何で決断したのか?という点で話はまたもとの政治的なFTAだということに戻ります。結局、米韓交渉は最後までもめ続けて、最終合意の前に、最後は大統領同士で電話して、政治的意思で決断したのです。注目すべき点は韓国が最後まで異常なほど執着したのは、韓国が北の開城につくっている工業団地で韓国企業がつくっている製品の原産地をメイド・イン・サウスコリアとして認めるという非常に政治的な項目だったことです。

これは、この政権がFTA交渉する上で全部ボトムラインになって、すべての国にこれを要求してきている話です。ASEANも一部についてはこれを認めていますし、EFTAとシンガポールは個別交渉ですけれども、これもこれが前提条件になっていて、これでオーケーしたからFTAができたというぐらいきつい項目なのですね。これをアメリカに当初から言っていて、当然のことながら、これは6者協議とか、倉田さんに今しゃべっていただいたような話とリンクしていましたから、アメリカは、最初はけんもほろろで、話し合うアイテムではないという話でした。

しかし、韓国がこれだけ損になるかもしれないことをのんだ最終合意の局面では、実は6者協議のアメリカの朝鮮半島政策というのは今ご説明いただいたとおり180度変わっていて、アメリカは、すごく玉虫色ではありますけれども、逆に開城の工団だけではなくて、「北朝鮮全域にわたってこの原産地をメイド・イン・サウスコリアとして認めてあげられるかもしれない検討委員会を1年後に設置する」ということでは合意をしています。これを最後に出したのが米韓合意がまとまる、韓国が折れる最大の要因になった。ここは、最後にまとめているのが通商代表部ではなくて、全面的にライスが出て、国務省主体でまとめたFTAですから、非常に政治的なものがあったと言えると思います。

そういう意味では、米韓FTAの合意というのは、アメリカの朝鮮半島政策の転換とぴったり合ったものであって、韓国はまさに有頂天になって、日本だけがまだ拉致被害者とか言っているけれども、これで米韓で朝鮮半島政策を動かしていくのだ、日本はマイナープレーヤーになるのだという思いが今のところ非常に露骨になっているということですね。

経済的にはきついものですから、既に交渉団の前で油をかぶって自殺した人も出ましたし、猟銃をぶっ放して大けがをした人もいますし、これから批准に従って、また何人もそういう人が出てくるでしょう。日本は、そういうことになったら、とてもじゃないですけれども、政策は推進できないと思いますけれども、それでもやるということですね。

そういうプロセスを見ていくと、いかに盧武鉉政権が北しか見ていなくて、北を中心にすべてを組み立ててきたかというのが政権最後のFTAになって非常によくわかる。それが検証されるような形でのFTA合意がなされたかと思っています。

ただ、これ以降どうなっていくかというと、韓国には非常に矛盾した考え方があって、1つは、米韓が合意してしまったので、EUはそのままやるとして、次に中韓に行くか日韓に行くかというのは結構厳しい決断なのですね。日韓はもう交渉には入っていますから、もとの席に戻るだけの話なのですけれども、中国は日本より中国の方が先だと言っていますし、日本はおずおず言ってはいますけれども、韓国が思っているほど土下座して交渉してくれという人たちは、今の通商政策担当者の中にはいません。なので、多分何も起きないまま次の政権で、次の政権がどうなるかを待つということに恐らくなっていくと思います。

中国については、交渉開始を強くプッシュしていますし、ある意味で、すべて北を中心としたFTA政策では、中国の方がアメリカより折れるのは簡単なわけで、交渉は可能でしょう。ただ、韓国の産業界には意外に強い反対があります。ちなみに、この5~6年以上、日中韓それぞれがFTA交渉を進めてきて、ボトムラインがはっきりしてきたというのがあると思いますが、韓国については、ひとえに開城工団の話ですね。日本の場合は、日系企業の権益をどうやったら保護できるか。ひたすらこればかり。

一方、中国は、WTOに定められている資本主義経済としての地位を認定してくれ。WTOでアンチダンピングの提訴に出るときに、これが認められていないと不利になってしまうので、中国は、FTAの相手にはこれを全部要求してきました。G7が中国とのFTAをあまりまじめに考えていないのは、ひとえに、幾ら赤字であろうが、赤字を垂れ流して輸出をずっとし続けられる国営企業との競争法の調和というのは困難だというのに基づいていると思いますが、少なくとも中国のFTA相手は、嫌々ながらもそれを認めてFTA交渉しているわけですね。

韓国は、FTA交渉していない前から、実はもうこの条件についてはおりてしまったので、つまり認めてしまったので、その意味でも中韓間のFTA交渉入りの前提条件の困難というのはありません。中韓のFTA交渉というのはいつでも始まりますし、中国の関税は非常に高いですから、アメリカやEUとは違って、中国の関税が韓国企業に対してだけゼロになったときに、日本へのインパクトはEUと同じぐらいあるでしょう。そうすると、また産業界はワーワー言うでしょうから、安倍さんがこれからどうするのかというのは非常に深刻な判断になっていくと思います。

結局、私も、アジアゲートウエーで月に1回お目にかかって、お支えしなければいけない立場にいるのですけれども、盧武鉉政権とちょっと似たところもあって、自分の主義主張に合わないことをやると非常に無理があって辛いですね。拉致問題しか価値観がなくて、ひとえにこれで突っ張っているのに、でも、アジアゲートウエーだから、経済だけはアジアに対して統合しようという発想にそもそもかなり無理がある。政経分離で行くとしても、それは相当に無理があって、あまりにもそこに執着していると日本のFTAというのはどんどん遅れていきます。これから韓国の農業は相当大変です。韓国は専業農家の比率が日本の3倍から4倍ですし、農家は大変な借金漬けですので、本当にこれをまともにやると、自殺者は1人2人では済まないかもしれません。しかしそこまでしてでもやるという国が出てきてしまったので、ある意味で日本に対する風当たりというのは、農業開放という意味ではますます強くなるということですね。そういう意味で、アジア全体に対しても立場は結構辛くなりますし、韓国がとりあえず喜んでいる米韓主体で6者協議を回すという話についても、表面的に見えるよりも米韓FTAの影響というのは大きくなる可能性があると思います。

松田 ありがとうございました。以下ご自由にと思いますけれども、添谷先生、安倍政権の評価も含めて、何かございますか。

添谷 私は安倍政権には厳しいのですが、お二方もおっしゃったように、政策に体系がないというのが最大の問題だろうと思いますね。ですから、パーツの相互関連性というものがどういう論理で組み合っているのか、わからないというより、やっぱりないのだと思うんですね。ただ、強くこだわっていることはある。政治権力を持っているわけですからそのこだわりで物事を一定程度進めることはできる。だけれども、それで当然壁にぶつかるわけで、そのときどうするかというところの処方せんも多分ない。本来はこだわりの貫徹ができればいいということなのでしょうけれども、それでは出口がないというのがごく普通の常識的理解だろうと思います。

拉致問題と6者協議の関係、倉田さんの方のご報告の関連ですが、新聞報道だと、チェイニーが来たときにも、いわゆる解決というのは何だ、定義しろということをアメリカから問われたという話がありますけれども、政策に機能する体系がないと定義も出てこようがないわけですね。ですから、その限りにおいて、6者協議の中で日本の立場の位置づけを一応認めてもらったという意味では孤立はしていないわけですけれども、倉田さんも今おっしゃったように、先に進んだときに、将来展望がないという孤立の構造は明らかにあるのだろうと思うんですね。

若干具体的な議論をしますと、拉致問題というのは、何らかの進展があったときに次に何をするのかというところとセットで今の日本の立場を主張しないと、あまり説得力もないし、実際に機能しないのだろうと思うんです。政策論としては、先へ行ったときにどうするというところの方が多分もっと重要であって、そこが全くないというところが体系不在なのだろうと思います。

拉致問題を重要視することは、日本側の立場としては変えようがないし、変えるべきでもないと思います。問題は、それをいかに体系論にしていくかというときに、入り口の部分で解決するところと、出口で解決するところと、両方定義していく必要があるのではないかなという気がするのですね。

今、安倍政権は入り口論に徹底的にこだわっているわけですが、出口論と有機的に組み合わせた場合に、入り口論の定義も生まれるのだろうと思います。出口論で考えた場合に、当然ながら、6者協議の進展という方向性の中で考えていかなければいけない。そうなると、6者協議における日本の立場も、もうちょっと風通しがよくなるのではないかと思います。

ただ、当然ながら、必要に迫られれば現実との妥協を図らなければならないわけで、そうなったときに、なし崩し的に安倍政権も現状との妥協をするという可能性はあると思います。そのときに、シナリオがないままに、現実の壁にぶつかって、仕方なく妥協するという進展になる可能性が一番高くて、そうすると、国内政治的なフラストレーションは逆に高まるかもしれない。6者協議に関しては、そんな悪循環の構図も残念ながらあるのかなという感じがします。

ところで、アメリカがここまで一方的におりるというのは何なのだろうという思いも強くあります。説明としては倉田さんがおっしゃったようなところだろうと思うし、このままブッシュ政権の8年間が終わってしまえば、8年間の北朝鮮政策の結末が核武装した北朝鮮だということになるわけで、これは歴史の記録としても受け入れられないのだろうと思うんですね。それに中間選挙以降の国内政治状況からして、この問題が何らかの解決がないまま大統領選挙に入ったときに、当然ながらブッシュ政権に対する攻撃材料になるわけで、何でもいいから成果を上げておくという論理もあるのかもしれない。

ただ、それにしてもという部分はどうしても残って、アメリカはもうちょっと戦略的に考えているのではないかと思えないわけでもありません。たとえば、長期目標としての北朝鮮の体制変革は、依然として変わっていないと思います。そうだとすると、短期的利得はともかく、長期的には北朝鮮を開放に導くというのは必ずしも間違った対応ではないかもしれない。実は、中国や韓国の対応もそちらにベクトルが向いているわけですから、それに乗ってみようということをもし考えているとしたら、それはそれで1つの戦略なのかなという感じはしないでもないですね。本当にそうなのかどうか、わかりません。そうだとしたら、なおさら日本はその流れから孤立するということになりますね。これはもちろん長期的な話になるわけですけれども。

中国の学者が最近国際会議等で、北朝鮮問題は結局出口がないので、体制変革をする過程で非核化を実現するということしか現実的にはオプションがないのではないかという議論をしたりしています。昨年の核実験以降、北朝鮮批判が解禁されたようで、学者も北朝鮮の批判を論文でも明示的にするようになっています。そういうベクトルにアメリカも乗ったという解釈をしてあげると、それはそれで1つの説明になろうかと思います。ただ、これは論理的な可能性の話しであって、おそらくブッシュ政権は本当は困っているのだろうと思います。

安斎 今度、2日間ばかりだが、アメリカに行きますよね。向こうはネオコンがいなくなってしまった。その上、金融制裁というのはものすごい力を持つ手段で、北朝鮮はいろんなものを売買するとき、アメリカその他の支援がないとできなくなってしまった。そのぐらい強い効力が実証されてしまったということがあると思いますね。

一方で、安倍さんが行って、こっちはネオコン政権で、向こうは変わってしまっている。こちらがその主張をすればするほど向こうとのずれが出る。向こうは三角合併だったり、経済問題を中心に議論しようではないかというところに、わずか2日間の中で日本的ネオコンの主張をすると、ここで大きなすれ違いが起こってしまう。そのときに、チェイニーとブッシュだけはネオコン的なものが残っていて、彼らを追い込むようになってしまうと、今のブッシュ政権はより辛い立場に入る。だから、むしろ出発するまでの間に今の安倍さんに、問題はそういうことでなくなってしまっていると教え込む人が彼の身辺にはいないのではないかという感じがするのですね。

そもそも2日間だけだということで向こうは不満を持っているのですね。初めて来るのにわずか2日。次に中東に行ってしまう。中東に行くときは、ものすごいデレゲーションを連れていく。アメリカとの関係でも、5月からという三角合併関係では、米国側が望んでいるのは10幾つあるのだけど、その1つでさえ認めない動きを現実にはやるのではないかという感じですよね。だから、安倍政権の弱さは、今度の2日間でアメリカ側から出てくるのか。

それから、核実験をやったのも、口座の確認の過程でどんどん追い込まれていったからなのです。また、マネーロンダリング、偽札だけではなく、武器の輸出入、麻薬、そういう関係でも追い詰められて、世界の金融機関はマカオの口座を相手にしなくなってしまった。今度はそれを解除しようと送金を考えたが中国銀行は応じない。ドルである限り、米系の金融機関が動けば、閉鎖されてしまう心配があるため、世界の銀行は北の要請に動くに動けなくなっている。だから、今、最後の解決として、どのようにしてそのお金を戻すか。僕は現金以外ないと思う。現金で戻してやる。日本円で30億円相当ですが、その現金を本当に手当てするのも大変ですね。

次に、北朝鮮は、本当の制裁解除とするには、米国からマネーロンダリングはやっていないと認めてもらって、いろんな銀行と彼らの取引を認めるようにしてもらわないとだめなんですね。だから、そういう意味で、アメリカは金融制裁を通じてものすごい力を持った。それが実証された。これがネオコンとは別の文民派で、国務省はそうだし、財務省も含めて、ものすごい自信を持ったというのが今回の一連の動きだと思う。

ところで、今度アメリカに行った場合、安倍さんは本当に大丈夫なのですかね。

倉田 振り返ってみると、ブッシュ・小泉というのは、濃密な個人的な関係で成り立っていたというのが今になってよくわかるようになりました。確かにブッシュ政権も変わったけれども、小泉がブッシュとの間で築き上げたものが、小泉がいなくなることによってほぼ失われたような感じがあって、僕は、それが2日間という日程に集約されているような気がしています。いろんなやりとりがあると思いますけれども、レトリック以上のものは出てこないような気がしますね。今、ブッシュもそうだし、あるいはほかの人もそうだと思いますが、安倍さんに北朝鮮問題はできるだけパスしてほしいというのが向こうの本音だと思いますよ。いや、拉致問題がとかというのは、それはいいけれども、それよりも「北京合意」をどうやって履行していくのかというのが先ですよね。それを詰めていけば詰めていくほど、いかに日本がそのベクトルから外れているということがわかってしまうわけだから、私は......。

安斎 安倍さんはわかっていない。彼は彼で原理主義者だから。整合的な原理主義ではない。自分で言ったことをとに角実現したいと思っている。

倉田 だから、さっきの添谷先生の話とも関連するけれども、北朝鮮はけしからん、人権を何とかせよとか、開放せよ、改革せよとかというふうにこぶしを上げたブッシュ政権の初期だったら、恐らく今の安倍さんというのはウマが合うと思うんですよ。アメリカはこぶしをおろしているにもかかわらず、こぶしをおろし切れない人がいるわけでしょう。アメリカはこぶしをおろしているにもかかわらず、こぶしを上げている日本が、マルチの関係の中でどうやって位置づけを確かにしていくかというのは、ほとんど不可能な話なのですよ。ですから、非核化という問題と拉致問題という日朝固有の問題、しかもそれをあの人は人権問題と言っているわけだけれども、どうやって整合性を持たせるかというのは、恐らく解のない方程式を解くようなものなのですね。私は入り口、出口論というよりも、それをディカップルすべきだと言ったものだから、批判されているんだけど(笑)。

添谷 論理的に言えば、ディカップルは1つの対応ですよね。だけど、これは安倍さんだけの問題ではなくて、日本社会の雰囲気が論理的に外交戦略を推し進めるようになっていない。理屈としては、それでは外交が機能しないというのは、おっしゃったように普通の大学生だったらわかりますよね。問題は、日本社会に論理的外交戦略を排除する空気が支配的であることだろうと思います。

安斎 日本人というのは、そういう小さいことにこだわる。柔軟性がない。

添谷 ディカップルの議論自体が総攻撃に遭うというのがあるでしょう。安倍さんもやっていることが悪いと思わないというか、別に問題ないという雰囲気があるじゃないですか。

倉田 こぶしを上げたら解決するものだったら私もこぶしを上げるのだけれども、こぶしを上げれば上げるほど、核実験もやってしまうような状態になってしまったわけではないですか。添谷先生がおっしゃったみたいな、ある種のクリントン的な発想なのだけれども、とりあえず認めてしまって、あめ玉をくわえさせて、改革、開放の道を後戻りできないようにするというのはいいのですが、それは少なくとも1年遅い。何をやるのも遅いのですよ。「金融制裁」も1年前に解除していれば、私たちは核実験を見なくて済んだかもわからない。そこで核実験をやってしまって後に全面解除して、不法資金だとわかっているけれども、それに目をつぶって解除して一体何ですか。閉鎖もされていない。でも、核実験をやったということはだれも消せない。核実験を行ったという結果を残して、不法活動に目をつぶるという最悪のことを今ブッシュ政権はやっているわけですね。アメリカが1年前、2年前に言ったことに日本が相当タイムラグをおいてやっているというのは、すごくいびつに思います。

工藤 添谷さんがおっしゃったように、アメリカは白旗を上げてしまったわけですよね。朝鮮半島でもっと戦略的なことを考えていないのかとか、そういうことはどうなのですか。

倉田 僕は、添谷先生の話を聞いていて、そうだといいなという印象を受けた。僕はないのだと思う。アリバイ的に「北京合意」をしましたと。つまり、これ以上緊張を高めないような措置をしましたということだけれども、核実験の後の話ですから、ネットで考えればマイナスなのですよ。でも、やらなければもっとマイナスなのですよ。もっとマイナスというのをできるだけないような状態にしようという、いわば現状維持から逆算するという発想は、まさにクリントン政権的な発想なのだけれども、そうでしか繕えないというところまで追い込まれている。彼らはその先を見ているかというと、見ていないですよ。だって常識的に考えて、「北京合意」がブッシュ政権の終わる前に全部完了するかどうかわからないし、北朝鮮が核を持ってしまった、実験までやってしまった、その核をブッシュの任期内に放棄させることができるとは到底思えないですよ。

添谷 タイムスケジュールに縛られた対応というのが基本的な変化の説明だとは思いますけどね。ただ、この線で行ったら、あめをいっぱい与えつつ体制変革に導くということしか合理的な戦略はないのだろうと思います。でも、今の安倍政権の前提からすると、北に対する対応として、それは決してあってはならぬことですね。

倉田 私はよく言うのですけれども、クリントン政権末期に北朝鮮政策担当官のペリーさんという人がいて、その人が「ペリー・レポート」をつくりましたよね。あのときに、確かに北朝鮮の体制は変えなければいけないのだけれども、体制変革に必要な時間は、北朝鮮が核ミサイルを保有する時間に反比例する。したがって、アメリカが北朝鮮に対応するにあたっては、嫌でも北朝鮮をあるがままの存在として認めなければいけないのだと。体制変革を要求すれば要求するほど彼は核にしがみつくわけだから、とりあえず北朝鮮の体制をそのまま置いておいて、大量破壊兵器で取引しましょうと。つまり、あるがままの北朝鮮を相手にするのであって、アメリカが望む北朝鮮ではないのだということを言ったわけですが、これは非常に本質的な問いだと思います。

今の安倍さんは、あるべき北朝鮮から逆算して対応しています。「北京合意」のどこを見ても権問題とか改革、開放なんて何も書いていないわけだし、今のアメリカは、とりあえず核あるいはミサイルで取引しましょうということですから、嫌でもあの人たちをあるがままの存在としてアプローチしましょうということに変わっています。クリントン政権に先祖返りしているようなところがあるわけでしょう。

添谷 ただ、今後アメリカが、ここから一定の戦略性を意識しながら手法の転換を意義付けてくることは、あり得る話だと思うんです。この間のアーミテージレポートも、朝鮮半島政策は統一を視野に入れて組み立てるというのが基本的なコンセプトなのですね。これは、もちろん北朝鮮の体制の崩壊、変革というものを見据えつつも、統一を射程に入れた戦略を体系的に考えるというのが発想の原点として明示的に書いてあるわけです。

松田 深川さんに伺いたかったのですが、追い詰められる安倍外交、何もかも受け身で、中国の話も無為無策で、いろいろありましたけれども、今、北朝鮮の方はかなりわかったのですけれども、例えば中国との関係とか、そっちの方で少しコメントがありますか。

深川 皆さんに聞いてください。私は、政治の方はあまりわからないので。でも、これまで分かったのは何でも受け身さが目立つことではないでしょうか。アジアゲートウエーも結局、受け身的な感じになっていて、また民間も実はだらしがなくて、物流会議とかやって、せっかく官邸主導でやろうと言っているのに、どんどん要求を出して直訴するべきなのです。でもやらない。つまらない規制がいろいろあるわけで、それを省庁を超えてやってくれると言っているのだから、それを言えばいいと思うんですよ。しかし、大変ありがたい会議でとか、それを1人ずつおじいさんたちが言っていく本当に空疎な会議では、やってもむだですよね。だから、本人の性格もあるのかもしれないのですけれども、何でも微温に、あまり現状変革することなく、受け身的に対応していけばいいという感じの方に流れてしまっているのではないでしょうかね。

結局、FTAというのは抜け駆けですから、WTO違反にならない限りは、ある意味でどんどんやった方が勝ちなわけですよ。それをまた後手後手でやっていくということですよね。米韓ができて、EU・韓国ができて、産業界から突き上げられて、またおたおたしながらついていくのでしょう。でも、農民をだれが説得するか。それは総理本人が説得しない限り、FTAなんかできないですね。選挙前なので、危ないことに一切さわりたくないというモードに入っているから余計そういうふうに見えるのかもしれませんけれども。小泉さんの政権があまりにも強烈だったので、国民もあれとどこかで差別化してほしいと思っているんだけれども、その差別化の方向が見出せていなくて、無難に過ごそうとしているからそういうサイクルに回ってしまうのかもしれません。しかし、今のままでいくと、それが不幸なことにじり貧なのですけれども、野党があんなにだらしがない限りは多分大負けはしないですよね。そういう低位膠着状態になっているので、ますます本人の持っている微温さがそのまま維持されていく感じになっているのではないですかね。

安斎 日本人の性格そのものなのです。バブル崩壊後、会社だって先送りして、決断して変えるということをしないのですよ。ところが、だれかが外から来ると、がらっと変わる。明治維新以降ほとんどそうです。ここから脱却できていないのですよ。

深川 この国の人というのは、しぶとくそうやっているうちに、3周遅れでうまくいくことがあるというのがビルトインされている。決定的に悲惨なことに遭ったことがないから、そうやっていれば日はまた上る、と思っているんですよ。でも根拠はないでしょう。上らなかったらどうするのか?ってだれにもわからない。

工藤 アジアゲートウエーというのは、結局、何をするのですか。目標は何なのですか。

深川 アジアゲートウエーというのは、恐らく、残念なことに、だんだん「美しい国」に収れんする気がします(笑)。もちろん私たちは、経済財政諮問会議の下にグローバルワーキングができて、FTAはそこでも結構やっているから、割と具体的な球を投げて、せめてFTAで遅れないようにしてもらいたいと思ってやっているのですけれども、本人の価値観が本当は曖昧な「美しい国」に流れてしまっているので、どうしてもアニメでみんなが日本にあこがれているとか、そういう次元の話に引きずられがちな面があるのです。

工藤 この前ちょっと聞いていたら、民主党みたいな補助金ばらばらではなくて、自民党の農業政策の方がかなり競争力をつくるような形で、豪州と何かありましたよね。

深川 日豪FTA。

工藤 どういうふうに動いて、何をしたいのかだけれども、やられてしまったのか。

深川 多分、FTAはなし崩しでいこうとしていて、日豪は一応決まってしまったので、日豪である以上、肉と穀物は避けられないわけですね。なので、少なくとも今までのFTAとは違う相当思い切ったことをやらなければいけないのです。それをジャンプボードにしようというのは農林族もわかっていて、アジアゲートウエーの1つは、これまでドメドメだった農業、医療、教育、通信、金融、これに国際競争力をつけさせましょうという話で、農業もその一環で、輸出支援とか、そういうことを一応やろうとしている。それは正しい方向なのですけれども、その端から寿司ポリスとかつくって国際社会から非難を浴びているようではやっぱりだめなのですね。

だから、仮面だけ自由貿易の仮面に一応して、それをかぶり続けようとしていて、その方がまだ仮面を脱ぐかもしれない民主党よりはましな面はあると思います。 仮面もかぶり続けていれば、いつかは筋肉がへばりついて自分の顔になるかもしれないので(笑)、その方式を今やろうとしていると思うんですけれども、それがうまくいくかどうか、また世界のスピードについて行けるかは別ですよね

工藤 首脳会談の前に豪州と安全保障をやりましたよね。今、プラスのことを考えたいのだけど。何か動いているのではないですか。

安斎 褒めてあげたいの?

工藤 いや、そうではなくて、全く戦略がないと見てしまえば僕たちは楽なのだけど、一方で豪州と安全保障の枠組みをつくっていくとか、首脳会談を前にして、ちょこちょこ動いていますよね。

倉田 日豪の共同宣言というのはかなり大きい話で、日本のメディアがいかにセンスがないか。あれは一面トップというか、プレスを集めて報道すべきですよ。アメリカを中心にして、よくハブ・アンド・スコープという言い方をしますが。オーストラリアと日本というスコープの端っこ側同士が安保協力をするという形で、線だったものが一種の面という地域的な広がりを持っていくということだし、ここで日豪という底辺が結ばれることによって、米軍のモビリティーというのはものすごく大きくなるのですね。よく中国を意識しているだとかということを言われるけれども、もっと目先の問題というのは米軍のモビリティーだと思いますよ。

工藤 あとイギリスだけですよね。アメリカに忠実というのは日本、豪州とイギリスで......。

安斎 体制を同じくすると言って、インドを入れたりする。

工藤 それをやっていますよね。

安斎 価値観を共有する。

工藤 安全保障上では......。

倉田 インドは違いますよ。

安斎 だけど、安倍さんの主張です。

添谷 合意事項自体は別に驚くことではないわけですよね。日本はとっくにやっているべきことであって、だけど、これまで基本的には日本側がしり込みしていたわけでしょう。憲法があって、国内対策上なかなか踏み切れないという官僚主導のプロセスが前面に出る政治力学の中で、できないという時代が続いていたわけですね。それができたこと自体は、僕は普通のこととして受けとめればいいのだと思います。そういう外交ができれば一番いい。そういう意味では基本的にポジティブなことだと思うんですね。

ただ、今までできなかったことが何でできたかというと、政治的なプルが安倍さん的な雰囲気から来ているわけです。そこは表向きは価値の同盟であり、心は対中戦略ですよ。本来であればもっと地に足をつけた戦略論からああいうものが整合的に出てくるべきところが、今の政治的ムードが政治的なプルになって実現したというところが、一見わかりにくいわけです。外から見ても、日本が地政学的考慮から価値を振りかざす反中戦略に動き出したという理解が一般的に語られがちです。

これは雰囲気の理解としては半分正しいわけです。だけど、日豪協力のサブスタンスにそういう要素があるかと言えば、豪州にもないし、むしろそれは豪州は否定してかかってきている。要するに、日豪をやりながら、同時に中国は大事だみたいなことをハワードが言ったりするわけですよ。でも、日本の対応にはそれがない。だけど、サブスタンスとしては豪州との協力を日本が普通にやっていくということが重要なのだと僕は思います。戦略的なフォーカスが定まっていないまま実現しているというところで、若干宙ぶらりんということがあるのではないかなとは思いますが。

倉田 日豪の今回の共同声明というのは、防衛省の人間がかなり実務的に検討した結果としてできたものだと思います。だから、安倍さんでなくたって、恐らくこういうことになったと思います。ただ、それが安倍さんの口から出ると、価値だとかというふうなことに置きかえられてしまうのですね。麻生さんは繁栄の弧だとかって、本当かよという話になってしまうわけですよ。価値をいうのはいいのだけど、それは足元もぬかるみをまず乗り越えてからでしょう。

語弊があるかもわからないけれども、日本が価値だとか人権だとか民主主義だとかと言えば言うほど、何かややこしい話になっていくのではないかなと思う。だから、人権と言った途端に慰安婦問題とかで、拉致問題は人権問題とかと言っていて、ダブル・スタンダードを言われる。私は、確かに拉致問題は人権問題だと思います。だけれども、強盗だとか殺人の行為が人権を侵していたとしても、問題はそれ以前の話でしょう。拉致された人が北朝鮮につれていかれて、自分たちの住みたい国に住めないというのは確かに人権問題だけど、問題にすべきはそれ以前の話です。拉致問題というのは国家主権の重大な侵害であって、人さらいだと何で言わないのか。それをアメリカが言っている価値観と同じような感じで、人権だとかというのを言っているから、こうやって足元をすくわれるのですよ。国際的支持をえようとして、あるいは国連人権委員会で取り上げてくれるということで拉致問題は人権問題だといっているのかもしれませんが、人さらいだと言えばいいんです。

深川 言っていることの底が浅い気がします。バランスを欠いている。だから揚げ足をとられてしまうのですよね。日豪だって、結局、FTA決断まですることになったのは、やっぱり政治の論理があるわけですね。経済も安保と平仄を合わせていくということで、それはそれでいいのですけれども、でも、他方でオーストラリアは中国ともFTA交渉をやっているわけだし、米韓がこういうふうに出てきたら、日中の戦略的経済アジェンダは一応何とか言ってもらいましたけれども、中国は今必死ですから、いろいろもたなくなってきているので、日本の協力が必要なので、ここは中国と適度にくっついて、米韓とうまくバランスをとるぐらいの感覚がないとだめなのですね。でも、周辺もあり、そういう右傾化の意見は国民にもあり、とにかく反中のホンネが存在しているので、全然だめなのですよ。またまた「美しいこと」への陶酔。何であの価値観に支配されているのか、よくわからないのですけれども、本当に......。

倉田 そうかな。心理的にはそれはあると思うのだけど、彼が政権をとって最初にやったことは中韓との関係改善ですね。あれだけこぶしを上げていた安倍さんが、中国と韓国に原則を曲げてまで日和っていったというのは語弊があるけれども、融和的になっていったわけじゃないですか。私はそこまで中国、韓国に対して融和的になった場合、拉致問題にしがみつかざるをえないのだと思います。

工藤 今、僕たちはマニフェストの評価をやっているのですけれども、一方で、アジア戦略会議で日本の将来選択をきちんと議論したいと思っているので、こういう感じでどんどんやって、それを参議院選前に政党にぶつけようかと思っているんですね。あなたはどっちですかと。そういうことで、よろしくお願いします。

松田 それでは、もう時間も過ぎました。ありがとうございました。

<了 >