日中の相互不信とメディアの役割

2006年10月14日

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第1回: 「メディアは相互誤解を増長しているのか」

木村伊量(日本側司会) きょうは、おおまかに3つのテーマについて皆さんと中身の濃い議論ができれば、と考えております。

第1に、日中の2回目の世論調査の結果が発表されましたが、この中からお互い日中間で何が違って、何が共通し合っているのかということを読み解く作業からスタートしたいと思います。

第2に、メディアはそれぞれ自分の国のこと、相手の国のことをどのように伝えているのだろうか、そこに歪みや、あるいは誇張といったものがないだろうか、お互いのメディアを少し検証したいと思います。その中には、メディアといってもテレビや新聞という伝統的なメディアに加えましてインターネット、ブログなど、新しいコミュニケーション回路が日中の普通の人たちの間に入ってきています。これがメディア理解にどのような影響を与えているのかということに話を進めていければと思います。

第3に、お互いの違いを乗り越えて、メディアとして、どのような協力関係が今後模索できるか、感情的な対立を超えて本当に冷静に日中相互が理解を深め合うには、お互いメディアとして何をやらなくてはいけないか、何をやってはならないか、お互いが建設的な提言を出し合って、これがまた来年の北京での第3回のフォーラムに結びつくことになればと思います。
 
劉北憲(中国側司会) 第2回の東京-北京フォーラムに参加して、2つの感想をもちました。

1つは、このフォーラムは非常に重みがあるということです。2つは、うれしく思っているということです。皆様口をそろえて、昼夜を問わず、メディアの責任が非常に大きいということを言っております。というのは、80%から90%、国民はメディアを通じてお互いの国を理解しているからです(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。形にならないながらもメディアは非常に大きな責任を負っていると思います。それが今回の会議で非常に重みを感じたという意味です。

そして、うれしく思っているというのは、今回、このようなフォーラムのプラットホームを通じて、少しずつ距離を縮めていける。これは民間の交流を通じて日中の距離を縮めていけるということです。
 
添谷芳秀世論調査の結果から問題提起をさせていただきます。

まず第1点目ですが、情報源としてメディアが飛び抜けて重要な役割を果たしているということですから、現在の日中関係におけるメディアの役割の重要性というものは幾ら強調しても強調し過ぎることはないということだと思います。

日本側から中国を見た場合には、共産主義、国家主義、社会主義、軍国主義、大国主義というようなところが上位を占め、それから、中国から見た日本側の政治主張としては、軍国主義、民族主義、経済中心主義、国家主義というところが上位を占めている(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。ですから、お互いを似たようなパラダイムで認識しているということが認識構造の根底にあるわけです。ところが、恐らく日本側も、中国側も、このように相手が自分を思っているという現実に直面して、そうではないということを言いたいことになるのだろうと思うんです。

一日本人として日本側のことを申し上げれば、下位にある民主主義、平和主義、国際協調主義、自由主義、こちらの方が日本だということを我々日本人はほぼ100 %思っているわけです。中国側の方からしても恐らく同じような感想をお持ちになるだろうと思います。

これはお互いの理解の前提が間違っているということであり、ここでメディアの役割というのが恐らく重要になってきて、メディアが情報源として最も重視されている中で、このような非常に深い次元での理解の誤りが定着しているということは、メディアは相互理解を増進しているというよりは、むしろ相互の誤解を増幅しているということだろうと思います。それがもし一定のマクロな構図であるとすると、そこからどう抜け出せるのか。メディアが国家主義パラダイムのイメージを結果的にせよ補強してしまうという役割を果たしてしまっているとすれば、それを解いていくためには、より市民社会の次元での日中間の複合的な関係を伝えるという視点が重要になるだろうと思います。お互いの社会が実は国家主義パラダイムがイメージさせるほど固定的、単一的ではない、そういう多元的な社会同士、市民社会同士の日中間の関係の構築というところをサポートするようなメディアの役割というのが、私は十二分に考えられるだろうと思います。

メディアの一番大きな問題の1つは、ステレオタイプで情報の解釈、処理をしてしまうことだと思います。そして、ステレオタイプに押し込めた報道が国家主義パラダイムの衝突を増長してしまうという結果をもたらしているのではないでしょうか。

たとえば、市民社会の交流を太くしていくというのは、必ずしも特定の問題を解決するというようなことではなく、日本も中国も、お互いにお互いを見る目が多元的になっていくということです。多元的な物の見方の中で意味のある論争がそれぞれの国内、及び国境を越えて自由に行われるという状態が日中間に到来すれば、本質的な解決ではありませんが、悪循環の転換につながっていくと思います。

熊澄宇 まず、調査結果に関する見解を述べますと、これまでは意思決定をするときに、どちらかというと定性的な視点から物事を考えていましたが、現在は、どちらかというと、より多くの場合、定量的な根拠、データがきちんとあって意思決定をする。これは意思決定者、そして社会の発展の一大進歩だと見ております。

もう一つ、このデータに関して、完全に我々が発言する根拠にしてしまうということもできないと思います。このようなデータの最終的な集計結果は、ある程度メディアによってつくられた結果です。これは実態とは若干の開きがあるかと思います。

もちろん、この世論調査そのものはすばらしいと思っています。ただし、同時に不足、欠陥もあると思います。例えば、我々が設問するときに、その設問はある程度、被調査者に一種の意図的な誘導が入っていると思います。一部の設問は、被調査者は非常に高い理解力を持って初めてこれによく答えられるものかと思います。例えば国家主義、民族主義、軍国主義といった選択肢がありましたが、このような言葉に対して、大学教育を受けた人にしても短い期間中にその定義を明らかにする、これは難しいと思います。そして、判断を下す、これはなおさらのことです。一般の国民にとってはこれが至難の業だと思います。このような抽象的なコンセプト、そして、この抽象的なコンセプトに対する理解は、ある程度、最終の結果、ないし回答にも影響しているのと思います。

そして、データに関して、もう一つ、一般市民に対する世論調査以外に、日本側は有識者を対象にしたアンケート調査、中国は大学生を対象にしたアンケート調査を行いました。この2つの対象によって得られる結果も大きく違うと思います。例えば、日本の有識者からの回答を見ていますと、中国を訪れたことのある人は5割を超えています。中国の若い学生で日本を訪れた経験のあるのは非常に小さな数字、2%ぐらいです(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。そして、キャリア、経験、思考能力、判断能力も格差があります。

ですから、この結果に対しては客観的にとらえなければなりません。重要ではあり、参考にする価値があります。ただし、意思決定の根拠にしてはならないと思います。

そして、2つ目にメディアの役割についてです。メディアの役割はこれだけ大きいため、メディアに対しては恐らく客観的に見る必要があります。私は、現代社会の3つのコア要素として考えられるのは、民主政治、市場経済、そしてマスメディアであると思います。マスメディアは、現代社会が結束力を持ち、そしてそれを推進、または発展させていく上で大きな役割を果たすものです。

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「第1回/メディアは相互誤解を増長しているのか」の発言者

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木村伊量(朝日新聞ヨーロッパ総局長)
きむら・ただかず


1953年生まれ。76年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年朝日新聞社入社。82年東京本社政治部。93年米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、94年ワシントン特派員。政治部次長、社長秘書役、論説委員(政治、外交、安全保障担当)を歴任し、2002年政治部長。編集局長補佐を経て2005年6月東京本社編集局長。2006年2月より現職。共著に「湾岸戦争と日本」、「竹下派支配」、「ヨーロッパの社会主義」等。

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劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン


1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社長兼任副編集長。2002年より『中国新聞周刊』社長、一度編集長を兼任。

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添谷芳秀(慶応義塾大学法学部教授)
そえや・よしひで


1955年生まれ。79年上智大学外国語学部卒業。81年同大学大学院国際関係論専攻・修士課程修了。同大学国際関係研究所助手を経て87年米ミシガン大学大学院国際政治学博士(Ph.D)、同年平和安全保障研究所研究員、88年慶応大学法学部専任講師、91年同准教授の後、95年より現職。専門は東アジア国際政治、日本外交。主著書に『日本外交と中国 1945―1972』(慶應義塾大学出版会、1995年)、Japan's Economic Diplomacy with China (Oxford University Press, 1998)、『日本の「ミドルパワー」外交―戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)などがある。

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熊澄宇(清華大学教授)
ション・チョンユィ


1954年生まれ。米国ブリンガムヤング大学にて博士号取得、清華大学教授、文化産業研究センター主任、ニューメディア研究センター主任。国家情報化専門家諮問委員会委員、教育部報道学教学指導委員会委員、国家新聞出版総署(国家版権局)新聞業顧問。多くの高等教育機関で客員教授を務める。これまでに中国共産党中央政治局の招聘に応じ、集団学習の講義を持ち、国家の重大プロジェクトの指揮及び起草業務に数多く参与する。学術著作8冊を出版。

 日本と中国の間に相互認識のギャップが広がっていることが、言論NPOなどが行った日中共同世論調査で明らかになっています。その背景にメディアの報道のあり方の問題が指摘されています。
先の東京―北京フォーラムで話し合ったメディア対話の内容を公開します。

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