「アジアの将来と日中問題」/小林陽太郎氏の発言

2006年9月23日


第2話:「日中に問われる"新しい"関係とは何か」

 安倍官房長官が先ほどのご挨拶で、小泉総理が中国は脅威ではなくてチャンスだと言われたと述べられました。その通りであります。また、インドも脅威ではなくてチャンスであります。また、それにASEANを加えたアジア全体も脅威ではなくてチャンスであります。ただ、ここで、中国、日本、インド、あるいは世界の超大国であるアメリカなどのいわゆる「大国」は、そうした大国が持つひとつの必然ということについて、思いをいたす必要があろうかと思います。

 大国は経済力が大きいとか、あるいは中国のように人口とともに国土が極めて大きいとか、軍事力が非常に大きいとか、そういう認識が世界にはある。日本の場合は、国は小さいかもしれないけれども、非常に凝縮された経済力があるという認識の一方で、誤解や、あるいは一部には確信的にそう思いたい人もいるかもしれませんけれども、日本の過去の行動から考えて、その再軍国化がどうも心配だ、というイメージを依然として持っている人もいる。

 私が申し上げたいことは、大国に対しては、いろんな意味でそれをチャンスとし、また、そのチャンスを物にしていこうという向きは当然あるわけでありまして、これはこれで大切にしていかなければいけませんが、また一方で、いろんな理由で、何となく不安感を感じたり、ある種の心配を感じたり、それが高じれば脅威感になったりということはあり得るのだということは、我々は頭に入れておかなければいけないと思います。

 アジアという観点からいたしますと、ASEAN諸国の中国に対する感じ方、あるいは日本に対する感じ方は、もちろん日本はASEANの国々にとって輸出や投資の大変なチャンスでもありますし、中国は伸び率からいって、さらにそれを上回るチャンスであります。しかし、あの大きな国が一挙に出てきたらどうなのだろうか、あるいはナショナリスティックな考えから何か変なことはしないだろうか、そういう意味の大国に対する不安感、それは根拠がないものかもしれない、あるいは誤解かもしれない、しかし、そういうものはそう完全にはなくならないのだということを大国の国民、特にリーダーシップのポジションにある人たちは、それが政治であれ経済であれ、あるいは行政であれ教育界であれ、謙虚に心に持ち続けなければいけない。それは非常に重要なことだと私は思います。

 私個人は、仕事を除きますとアジアとのおつき合いはそんなに長いわけではありませんが、仕事の上では40年ぐらいになります。しかし、中国とのおつき合いは、更に短いものです。新日中友好21世紀委員会のような非常に大切なお仕事を引き受けたわけですが、私の前任の石川前慶應義塾大学塾長や、岡部教授といった方々ほど、中国について、あるいは中国を含むアジアについてのエキスパートではありませんし、お二人に比肩し得る歴史観なり、あるいは文明観なりを持っているわけではありません。なおかつ大切な言語はどうかということになりますと、これはまさに忸怩たるところがありまが、私は中国語を話せません。では、なぜ私がその座長を務めるのか。これは一言で言えば、まさに新日中、あるいは新中日というように、この二国間の関係を、中国における日本エキスパート、日本における中国エキスパート、そういったエキスパートによる単位から少し視野を広げて、欧米について少し知見のある人、あるいは直接中国の地を踏んだことはないけれども、宇宙から何遍も中国を訪問したという向井千秋さんのような人を交えて、一言で言いますと、かなり複眼的に日中の関係を考えようではないかという発想が根底にあります。それが結果的に大局的に戦略的に日中間の関係を考えることにつながるのだというのが、日本側のメンバー選択の根拠です。この委員会はもともと胡錦濤さんと小泉総理のお二人の話し合いの結果生まれたものでありますから、そういう配慮が働いていたのだと思いますし、従来流の選択基準からしますと私はとても資格はありませんけれども、そういった視点から考えれば何とかお役に立ちたいと思ってお引き受けをいたしました。

 そのことを申し上げるのは、あえてここで言う「新しい日中関係」の「新しい」というのはどういうことかというところに絡んで申し上げているつもりであります。私が申し上げたいのは、日中あるいは中日、この二国間関係だけということではなくて、まさにアジアの視点から、あるいは世界の視点から、私どもの視点というものをもう少し複眼的に持って考えること。そして、その中で日本が、中国が、あるいは日本と中国が一緒になって、あるいはさらに最近のまさに際立った台頭ぶりを示しているインド等と私どもはどういう関係をつくることが結果的にアジアや世界にとって役に立つことになるのかを考えることが大切だと思うのです。

 私は専門家ではないので、中国の専門家のお話を伺っていますと、中国の基本的な外交姿勢の1つは、中国はまだ大国ではないということが基本だと。あるいはそれをベースにして余り表に立ってリーダーシップはとらないということも1つのスタンスだと伺っています。現在もそうかどうか、これはまた王大使を含めて中国側の先生方に伺いたいと思いますが、一般的な見方からすると、中国のGNPを13億分の1という人口で割ると、まだまだ途上国だという見方が出てきます。しかし、これは実態としては余り意味がないということは我々はよく知っております。感覚的には、私は、中国はもう堂々たる大国だと思います。

 もちろん日本も将来に向かって人口問題その他、大きな問題を抱えておりますけれども、先ほど何人かの方が触れていただいたように、戦後60年間、平和というものを基軸に据えながら、経済を中心に、あるいはいろんな技術面でもここまで持ってきた、そのことについては日本人として大いに誇りにしておりますし、また、さっき申し上げたようなアジアの未来に向かって、日本が特に中国と協力をして、ほかの国と協力をしてどれだけの貢献ができるのかということは、現在、日本が直面をしている1つの大きな課題だと思っています。


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発言者

kobayashi_060803.jpg小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)
こばやし・ようたろう

1933年ロンドン生まれ。56年慶應義塾大学経済学部卒業、58年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了、同年富士写真フィルムに入社。63年富士ゼロックスに転じ78年代表取締役社長、92年代表取締役会長、2006年4月相談役最高顧問に就任。社団法人経済同友会前代表幹事。三極委員会アジア太平洋委員会委員長、新日中友好21 世紀委員会日本側座長なども兼任。

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