座談会「日中両国には紛争などしている余裕はない」

2013年4月02日

日中両国には紛争などしている余裕はない 大国としての自信を取り戻しつつある中国と、その姿に経済的・軍事的な脅威を抱く日本。その背景には中国の急速な経済成長があるが、これまでの一般的な中国経済に対する評価は過大なのではないか。中国経済に詳しい津上俊哉氏と丸川知雄氏が話し合った。中国経済の今後の成長可能性については見解が分かれたものの、両国経済共にさまざまな問題が内在しており、日中両国は尖閣情勢で時間を浪費してにらみ合っている余裕などないという点では認識が一致した。


津上俊哉氏津上俊哉(現代中国研究家、津上工作室代表)
1980年東京大学卒業後、通商産業省入省。在中国日本大使館経済部参事官、経済産業研究所上席研究員を歴任後、2004年東亜キャピタル(株)取締役社長。12年より現職。


丸川知雄哉氏丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授)
1987年東京大学卒業後、アジア経済研究所入所。2001年まで同研究員。この間、91-93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。
01年に東京大学社会科学研究所准教授となり、07年より現職。


司会: 工藤泰志(言論NPO代表、Discuss Japan編集委員長)



工藤:日中関係は尖閣以降、非常に厳しい緊迫した状況が続いていますが、この背景には、中国の経済的、軍事的大国化と、それに伴う脅威論が日本をはじめ周辺国にあります。今回は現代中国研究家の津上俊哉さんと東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授に中国経済を中心に議論していただきますが、津上さんがこの1月に出版された『中国台頭の終焉』(日本経済新聞出版社)では、本の帯に「中国が米国を追い抜く日は来ない」とあります。これまでも中国経済の成長にはいろいろ問題があることは指摘されていましたが、ここまで明確に問題を指摘した本は初めてです。なぜ今回、中国経済に対する見方を見直されたのでしょうか。


中国経済は短期だけではなく、中期、長期的にも問題がある

津上:4点くらいお話ししたいと思うのですが、私は、今後の中国経済を短期(2015年くらいまで)、中期(2020年まで)、長期(2020年以降)と時間で区切って、それぞれの時期にどういう問題があるのかを分析するという形で本を書きました。

 短期について言うと、2009年以降の4兆元投資と言われる経済刺激、これが非常に大きな効果を上げて、一時「世界経済を中国が救う」と、みんな中国頼みになったような素晴らしい効果だったのですが、ここにきて、後遺症が非常に大きいということがはっきりしてきました。簡単に言えば、非常に大きな景気刺激を永遠に続けるわけにはいかないですから、どこかでフェードアウトさせていくことになるわけです。そうすると経済というのは、それまで行ってきた大きな経済刺激の規模が小さくなっていくことによって、逆に、本来の成長よりも下振れ、反動の圧力を受けるということです。

 私は、中国の経済成長は、もう5~6%くらいのところまで落ちてきているだろうと思うのですが、もともとの体力が5~6%あっても、今後はそこから2~3%くらい、下振れで低くなっていくというようなことがあり得ておかしくないと思っています。それが短期の問題です。

 それから、中期というのはもう少し根深い問題なのですが、この数年間、中国経済は国家資本主義という、何でも官が前面に立って、その分、私営企業のセクターはどんどん脇役の方へ追いやられるという傾向があったと思います。これが続くと、中期的にも中国経済の成長は難しくなると思います。

 それはなぜかというと、最近の中国経済のはっきりした特徴として、人件費がものすごい勢いで上がっているのですね。年間15%とか、そんなスピードで上がっている。これはもう、途上国型の農村に未活用の労働力がたくさんあって、それをどんどん持ってきて、という形で進んでいたような成長モデルを完全に変えないといけない時期に来ていることを意味しています。分かりやすく言えば、人件費とか物価の上昇率以上に、企業あるいは経済が生産性を高める、付加価値を上昇させるということをしないと実質の成長はない、という時代にもう入っているのだろうと思うのです。「親方五星紅旗」みたいな経済運営で生産性が上がるのか、付加価値が本当に向上できるのか、私は無理だと思うのですね。ですから、もう一度、国家資本主義で「国進民退」、国有がどんどん前に出て、民は退くという今の傾向を、10年前の「国退民進」、国がフェードアウトして、その分、民間がもっと強くなる方に舵を切り直すような政策転換をしないと、中期の成長は非常に難しくなると思います。

 長期というのは、中国の人口動態の問題です。これまで非常に楽観的に考えられてきたのですが、思っていたよりもはるかに早く、少子高齢化あるいは総人口の減少という時期がやって来る、ということが最近、明らかになりつつあります。日本経済も今まさにそのマイナスの影響を受けて成長がなかなか難しい。最初から経済がマイナスになってしまうような人口動態がある中で、そのマイナスをまず埋めてから、まだ残りの余力があればプラス成長になる、という状況を日本は味わっているわけです。中国もそういう時代が、そう遠くないうちに来る、というのが長期で心配している問題です。

 これは労働力の投入が減少するだけではなくて、これまでの中国経済を大きく支えてきた投資の源になる貯蓄、今まではGDP比で見てもどんどん貯蓄が増えてきましたが、この伸びが今では頭打ちになっています。これからはむしろ、働き手は減る、高齢者はどんどん増える、ということですから、今までのように貯蓄を無駄遣いすることができなくなる。そうだとして、2020年以降を展望すれば、この問題が成長に大きな影響を与えると思います。

 これが私の基本的なシナリオなのですが、最後に一点だけ、最近、気がついた、本には書かなかった明るい側面に触れさせていただくと、過去5年くらいの胡錦濤さん、温家宝さんの政権の後期に、中国の農村への財政投入、あるいは中央政府から地方政府に対する財政の移転、これがものすごく伸びたようなのですね。それ以外に、中西部の経済ブームのようなこともあって、中国の中西部あるいは農村部でも、収入レベルが急激に上がっている。社会保障も普及し始めている。その結果、農村地域でも、10軒に2~3軒はマイカーを持つような時代になってきている。このような話を最近、知ることができました。春節の時に田舎に帰った都市生活者たちが、SNSなんかでそういう情報を大量にアップして、それを読んでいくと、農村で我々が気付かなかったような大きな変化が起きている。これはいいことだと思います。

 ただ、そのような形で財政を使うのであれば、今、非常に弊害の大きな無駄なインフラ投資、製鉄所を造りすぎるだとか、そういうことに振り向けた財政の古い使い道をやめて、こっちに切り替えるということをしないと、財政が持たなくなってしまうということにもつながると思います。そういう意味で、中期的な経済政策運営の方向を変えないといけない、というニーズはさらに強まっている印象もあるニュースでした。

工藤:2017年とか20年に中国経済はアメリカに追いつくだろうという議論がありましたが、それは無理だ、と。

津上:GDPというのが、それほど厳密な統計ではない中で、数字の上でアメリカを抜いた、抜かないということにどれだけ意味があるのかという問題はあります。ただ、いずれにしても、世界がこれまで思い描いていた、中国がこれからも高成長を10年以上続けて、ほどなくアメリカを抜く、世界の経済大国になる、というシナリオは見直す必要があるということです。

工藤:丸川さんどうでしょう、丸川さんも津上さんの本を読まれたということですが、今の話で反論があれば。


まだ生産性や投資の向上の余力はある

丸川:私は逆に長期の話からいきたいと思います。私は一応、成長率の予測をしているのですが、2020年まで10年間は7.7%で、2020年から30年までの10年は7.1%と弾いています。この数字はいわゆる潜在成長率、つまり中国が持てる資源を有効に活用した場合の潜在力ということになります。津上さんのポイントは、人口が思ったより早く減少していくということなのですが、それは私も織り込んでいます。津上さんの本の中で非常に印象的な、これからの人口について独自の推計をされているのですが、私はそこまで厳密にはやらなかったのですけれど、いずれにせよ就業者は減少すると踏んでおります。

 もう一つ、労働力になりうる人口のうち実際に働く人の割合も、傾向として下がっているのですね。でも他方、貯蓄は相変わらず多い、下がっているとはいっても非常に多い、国内では使い切れない。それから何よりも生産性の上昇、これはすごく期待できると思います。というのは、中国はまだあらゆる面でいろいろ遅れているところがあるから、単純に先進国の技術をそのままコピーするだけでずいぶん良くなる、と長期についてはそう思っております。

 次に中期について。私も国家資本主義だ、とかいう議論にはすごく違和感を持っていて、もちろん民間企業主体でいくのが正しいだろう、中国にとっていいことだろうと思います。また、津上さんと同意するのは、中国は政府として、国家資本主義でいいのではないかという開き直りをし始めているのですけど、実際はどうかというと、国有企業のプレゼンスは年々下がっている。これは一度も逆転していないですね。だから、ちょっと皮肉な言い方ですが、中国は政府あるいは共産党の意思にもかかわらず、どんどん民営化していく。それから人件費上昇についてですが、私はこれはいいことではないかと思っています。今後の成長において一番の懸念は何かというと、供給面ではなく、需要がどうなるかです。外需にはこれ以上頼れないから、国内の需要が着実に拡大していくことが大事です。そういう意味で、人件費上昇は内需拡大をもたらすため非常にいい要素であると思います。つい最近、中国の所得分配に関する数字が発表されましたが、2008年から、わずかですがだんだん平等化に向かっているのですね。という意味で、需要について少し明るい展望が見えてきたかなと思います。

 短期については、津上さんのおっしゃるように、過去数年間にインフラ投資をやりすぎた、下振れが来るという点では同意しますけれど、中国はインフラ投資をまだまだしないといけない部分はたくさんあるから、それをちょっと先取りしてしまった。財政が持続可能であるかということだけが重要ですが、まだインフラ投資は限界だという段階に来ているとは思いません。しかし、政府の公共投資に頼りすぎるわけにはいかない。やはり消費を着実に拡大していかないといけない。そこが一番、問われているところだと思います。

工藤:津上さん、今の丸川さんのお話は、中国にはまだまだ必要とされるインフラ投資もある、生産性の上昇や消費もまだ期待できるし、ある程度の高成長は可能なのではないかという話ですが、どうでしょうか。


無理な投資は財政破綻を招く

津上:例えば投資、インフラの需要というのは、まだまだ田舎の方ではたくさんある、ということは私もその通りだと思うのですが、需要だけでは経済は回らないわけで、インフラの投資というのであれば、投資するための財力というものがちゃんと伴うかどうか。伴って初めて投資ができるわけですね。そういう観点から見ると、中長期的には財政の制約が強くなると思いますし、今は日本のような税金という生金ではなくて、利息のつく借金で大量にやっているのですよね。そのようなやり方では非常に無理があると思います。需要があることは事実なのですが、投資が本当にできるかというと難しくて、無理に投資をすると、ますます財政破綻を招くということになってしまうのではと思います。それから、サラリ―が伸びるのはいいことなのですが、付加価値とか生産性の上昇を伴わないサラリ―の上昇は、中所得国のワナにはまっていくときの典型的なパターンですから、問題は、どうやって生産性とか付加価値の向上を果たすのかということになりますね。丸川先生はまだまだ余地があるのではないかということですが、私は、どちらかというと過去10年間の生産性の向上があまりにも劇的だったので、それと対比すると、むしろ改善のカーブはこれから傾きがだんだん寝ていくのではないか、ある種のピークアウトに近いようなことになるのではないかと。もちろん改善はするかもしれませんが、今までのような劇的な形ではないというイメージを持っています。

工藤:丸川さんは、財政の持続性とか中国経済にいろいろ問題があることは認めているわけですよね。しかし、中国経済がどんどん拡大する、というシナリオなのでしょうか。7%というのは、先生から見ると高いのですか、それとも、いろいろな問題を抱えながら、このくらいのところまでは行くという感じの見通しなのでしょうか。


中国経済の前途で重要なのは「中所得国のワナ」

丸川:中国は高度成長を続ける可能性は十分にあります。ただ、アメリカを抜くかどうかというよりも、中国にとって一番、重要なのは、先ほど津上さんも言われた「中所得国のワナ」の方だと思います。これから中国の前にはいろいろなワナが待ち構えているのではないかと。それは諸説紛々ですが、いずれにせよ、中所得国の時代をいかにスムーズに駆け抜けて高所得国になるか。それが習近平政権が直面するチャレンジであり、多分、習政権の間には高所得国になるという目標は達成できないけれど、その先の2020年代半ばくらいに、今の私のシナリオでは達成できると考えています。しかし、そこにはやはりいろいろなワナがあります。財政破綻ということもあるかもしれないし、所得格差とか、あるいは環境問題がどう影響するかとか、いろいろなワナがありますが。高齢化の問題にしても、人口の14%が高齢者である高齢社会に到達するのは2020年ぐらいですから、まだ多少の時間的余裕があると思います。

 津上さんの本で印象的なのは、出生率がすごく下がっていると。でも、2010年に下がっても労働力として影響が出てくるのはまだ20年くらい先なのですよね。

工藤:津上さんは、こういうマクロ的経済の運営においての危機感は中国の政策当事者もかなり意識していて、本音では、きちんとした改革を進めないと、安定的な成長を維持できないということを意識されている、と以前言われていましたが。


習新政権は経済の前途に危機感を抱いているはず

津上:例えば人口問題については、危機感を持っている人たちは10年前からずっと言い続けている。指導者を含めて社会が耳を貸さなかった時期がずっと続いたのですね。ところが、2010年の国勢調査の結果、出生率は全国で1.18という数字が出たわけです。実態は1.18というほどは低くなくて、1.3くらいあるかなという気はしていますが、その数字が出てから、「これは大変だ」ということに、トップも含めてだいぶ認識は変わりつつある。今、潮目が変わりつつある最中なのだろうと思います。共産党の文献などを見ても、人口政策に関する書き方は、この半年くらいの間に、かなりはっきり変わりつつあります。ようやく、危機感が上まで共有されたということかな、という気がします。

 他の問題についても、やはり若干のラグがあるのかなと思います。国家資本主義、あるいは4兆元の後遺症の話についても、本当に危機感が多くの人に共有されるようになったのは。この半年ないし1年くらいだと思いますね。それ以前は全く強気だった時代がありますが、中国の認識も徐々に変わりつつあると。ただ、一つ言えることは、習近平政権というのは、発足にあたって、自分たちは相当、まずいところからスタートすることになりそうだという自覚を持っている感じはします。

工藤:それはどこで分かるのでしょうか。

津上:例えば習近平さんが、総書記としての最初の視察地に改革開放発祥の地、深?を選んだというニュースがありました。これが、今、低迷を続けている株式市場にとっては非常にグッドニュースとして受け取られて、株価はずいぶん反発しました。なぜそんなことになるかというと、マーケットは「もう一度、改革開放を加速するぞ」というサインだと受け取った。外国人からすると、直ぐには実感できませんが、実はこの深?視察のニュースは、10年前に胡錦濤さんが最初の視察先に選んだのは革命聖地だったというエピソードと対になっているのですね。いま振り返ると、胡錦濤さんはかなり左側、公有制重視みたいな考え方の人だったと思います。だからこそ、自分は前任の江沢民さんや朱鎔基さんとはちょっと違いますよ、ということを宣言するために、革命聖地をわざわざ選んだ。習近平さんがそういう10年前の故事があることは承知の上で、深?という改革開放の発祥の地を選ぶというのは、ある意味では胡錦濤さんに対して当てつけているような匂いさえあります。そういう経緯があるものだから、中国人は「ああ、これは改革開放を加速したいという意思の表れだな」と受け取ったのです。この一事だけをもって、全てを推し量ることはできません。ただ、いろいろなところに表れる、就任したばかりの時点のシグナルの送り方を見ていると、中国は今決して、大船に乗った気持ちで左うちわをやっていられるような状況ではないという認識はかなり強いように感じます。


「国退民進」はすでに後退しているのではないか

丸川:ちょうど安倍さんと習近平さんが同じくらいの時期にトップになって、鮮明に感じるのは、安倍さんはメリハリがあって「自分の仕事はデフレ脱却だ」と非常にはっきりしている。習近平さんは、新しい政権がらみの文章を読んでも、総花的で何をやりたいか全然分からない。基本的に何も変わっていない。特に津上さんも指摘された国有企業の問題では、私は1999年の中国共産党の方針、そこから一歩も前進していない、と思います。今の5ヶ年計画に書いてあることは99年と全く同じなのですよ。そこに、新しい政権が「もっと国有企業の役割を限定する」とはっきり打ち出せれば、相当意義が大きい。

工藤:99年には何と言ったのですか。

丸川:国有企業がやるべきこととして、国家の安全にかかわる産業、自然独占の産業、重要な公共財や公共サービスを提供する産業、及び支柱産業とハイテク産業の基幹企業と言っているのですね。変わっていないです。でも国有企業はものすごい政治的パワーを持っていますから、トップリーダーが新しい方針を出さないと絶対に変わらないと思いますね。

工藤:明確に改革を示すという点で、習近平氏のメッセージは不十分ではないと丸川さんはおっしゃっていますが。

津上:例えば3月5日に、政府の全人代に対する業務報告がありましたが、それは温家宝総理がやっているわけです。今はまだ政権の移譲期で、習近平さんは総書記でしかありません。国家主席だって胡錦濤さんだし、まさに3月15日にならないと、本当の意味での新政権にならない。そういう意味では端境期なので、見たいと思ってもなかなか見えない時期だという特殊性は考慮しないといけないと思います。ただ、私自身は、今の丸川先生のお話を聞いて、99年の第15期中央委員会四中全会というところでそのような文書の採択がされたのですが、採択された当時は、まさに「国退民進」、国有企業はフェードアウトして、これからは民営が前に出るのだという宣言を高らかに謳った。これを着実にやっていけば、1970年代くらいまでの西側の混合経済とほとんど変わらないところまで行く、ということですごく評価されました。当時、我々はそう読みましたし解説も聞きましたが、今、ネット上で99年の四中全会を検索すると、そのような「民営化を目指すんだ」みたいな要素は全部、消されているのです。ポイントになっている「国有企業は必要なところはやるけれども、それ以外は後退するんだ」とか、そういう要素のところは全部、きれいに消えてしまっている。ところが、四中全会からそこを取ったら、出し殻みたいなところしか残らなくて、本当につまらない文章しかネットの上では掲載されていないのです。丸川先生は一歩も進んでいないとおっしゃいましたが、私は明らかに後退だと思います。多分、それは胡錦濤さんの意思でもあったのだと思います。日中関係をずいぶん重視してくれた人ですから、その点に対して評価するところはあるのですが、こと経済政策に関しては、「江沢民さん、朱鎔基さんが進めていた民営化路線は、私は違うと思う」という考えをお持ちだったのかなと思います。だから、まさに四中全会の文章は、ネット上で検索しても殻みたいなものしか出てこない、というところに象徴的な部分が表れていると思います。

工藤:今まで中国はどんどん大国化して、いずれアメリカを抜い抜くという話があって、日本や周辺国はそういう大国に対して経済だけではなく、安全保障の面でも脅威を抱くようになった。そうした空気に対して津上さんの本は「そこまで話は単純じゃないよ」とメッセージを送っています。「大きくなるから脅威だ、どこまで強大になるのか」という話ではなくて、経済的にもお互い紛争している場合ではなくて、真剣に向かい合っていかないといけない局面に来ているのではないか、という主張です。丸川さんはどう思われますか。

丸川:私は、中国は既に大国だと思います。ここで論じているのはドル換算のGDPの話ですが、本当の実力は購買力平価で測ると考えると、もっと実力があるという見方もできるし、中国の統計は過大評価だと言われるけれど、例えば第三次産業や民間企業についてはむしろ過小評価ではないかと思いますね。もちろんいろいろな克服しないとワナにはまってしまうかもしれない課題がありますが、これからも成長が続くことは否定しようがないでしょう。確かに2010年にGDPで日本を抜いた時から、尖閣沖での漁船衝突事件があったのがまさにその年であったわけで、やはり中国の態度が変わってきたのは明らかですよね。でも、それは大国であるかどうかということと切り離して議論してもいいのではないか、と私は思っています。大国にならないから安心だという話ではないし、大国になるから脅威になるということでもないし。


なぜ「中国台頭」から「台頭の終焉」に変わったのか

工藤:津上さんは昔『中国経済の台頭』という本で日本では非常に権威のあるサントリー学芸賞を獲って、今度は全く逆の本を出された。あれから何が起きたのですか。

津上:経済に関して言うと、『中国台頭』という本を書いたのは2003年なのですが、あの時に見ていた中国経済は、先ほど丸川先生も紹介された四中全会の決議が指し示す民営化路線、その先にある中国はすごいことになるんじゃないかという夢がありました。そういう気持ちで『中国台頭』という本を書いたのですが、その後10年にどんどん逆行が起きて、「こんなはずじゃなかった」という思いですね。『中国台頭の終焉』を書いたというのは、この10年間の逆行に対する抗議の気持ちも込めている、と言ってもいいのかもしれません。

 それから、今おっしゃった中国を脅威として見る議論は、2000年代の初めにも日本の中には、政治家も産業界もマスコミ、学者までも、中国経済脅威論をワーッと言う雰囲気があったのですよ。

 私は、これは本当にバカバカしい話だと思って、それに反論する意味で「中国台頭」の本を書いて、「台頭はもう止められないんだから、それをどうやって活かしていくかを考えた方がいいんじゃないか」という気持ちも込めたつもりだったのです。中国もその当時はピースフル・ライズ(平和的な発展)という路線できていたわけですが、外交路線についても、2009年、10年あたりを境に、かなり大きな転換が結果的にはあったと思います。それは要するに、2009年のリーマンショックの後の欧米の没落、中国の劇的な回復、という好対照を見て、中国人の心の中に、ある種の不可逆的な変化が起きたところがあるように思います。

 この話をする時には、それまでの150年間、中国人は外国から苛められ、侵略され、バカにされ、という非常につらい時代を送ってきているということを、まず前提にしないといけないのですが、とうとうその時代を乗り越えて、世界のナンバーワン、ツーの大国として復活するところまで来た。そこには、いい効果もあると思うのですが、別の面では「過去に失われた国益をこれから取り戻すんだ」みたいな危ない議論にもつながっているし、頭から「欧米には未来がない、あいつらは没落だ」という思い込みにつながっている部分がある。そして、そのあたりから、領土・領海のような問題、これだって相手のある、一番、深刻な「外交」問題のはずなのだけれど、それらに関しては「一歩たりとも譲歩しない」と言う、それと違うことを言うと中国国内で「売国奴」とののしられる雰囲気が強まっているというのは、経済的にアメリカも射程に入れるようなところまで来た、抜くのも時間の問題、みたいな心理と切っても切り離せない関係にあるように思います。

 中国が成長してくれること自体はいいことなのですが、それに、「これからは失われた国益を取り返す番だぞ」というようなものが付け加わると、2003年に「中国経済脅威論なんてバカなことを言うのはやめましょう」と言ったのとは少し違うことを言わざるをえなくなる部分もあるわけです。

 むしろ今は、丸川先生も認めてくださるように中国経済の前途にはワナがいっぱいあります。ワナにはまったら、本当の意味での復権にならないというリスクがいろいろとある中で、このような危険な兆候という形で自分たちも危ない方向へ行く、周りもそういう中国を見て、「もうこれは侵略されるんじゃないか」という警戒感を高める、というのは、本当に馬鹿げていて、無意味です。自分で自分を害するような話だから、もっとみんなの幸せ、あるいは世界との和諧、和やかな世界との対外関係という本道に、もう少し戻ってほしいという気がします。

工藤:確かに、経済の発展が、逆に、ある意味での大国意識になってしまう。そういう意識が広がるのはある意味で問題ですね。

津上:経済成長とか豊かになったという果実が、13億の国民に比較的平等に分配されているのであれば、みんな過去を客観的に振り返るという大人の気分になれるのだろうと思うのですが、今の中国の分配は決してそうではない。めちゃくちゃ儲けた人もいれば、ちっとも世の中は良くなっていないどころか、むしろ悪くなっている、と不満を溜めている人たちもいっぱいいる。そのような亀裂が起きている中では、いくら総体としての中国が大きくなっても、もっと広い心で過去の心の傷を癒そうじゃないか、という大人の姿勢はなかなか国全体が取るということにならないと思いますね。

工藤:中国の台頭が厳しくなるということになったとき、日本と中国との関係はどのようにしていくべきだという話になるのでしょうか。


中国側には将来の厳しい課題を直視してほしい

津上:私は、中国にある「今や世界一の経済大国になるのは時間の問題だ、欧米は没落するしかない連中だ」という心理は、ある種のバブった幻想だと思っています。その幻想から早く目覚めて、中国の前途に待ち受けている厳しい課題をちゃんと直視してほしい。そうすれば、主権・領土・領海については一歩も譲らない、戦争も辞さない、などとバカなことを言っている余裕はないんだと、分かってくれるはずだと思います。中国に対してはそこを言いたいです。もう高齢化目前なのに年金の積み立てもほとんどできていないじゃないですか。

 他方、日本は、本来的には隣国が経済的にどんどん成長するのは大変にありがたい話のはずです。2000年代を通じて、中国の台頭がなかったら日本経済はもっと悲惨なことになっていたはずですから、そこは大いに被益したと思うのです。しかし今、日本人は中国経済の成長を喜べなくなっている。今後の日本経済が考えるべきことは、今までのように中国でモノを作るとか中国マーケットでモノを売るだけではなくて、例えば、中国の観光客にもっと日本の地方の良さを知ってもらい、観光に来てお金を落としてもらうということだってある。あるいは中国の企業に日本の不動産などいろんなものに投資してもらうとか、これまでになかった形での受益・被益ということもつかめるだけつかんでいく、そういうことが必要な時代になっていると思います。ところが、今の日中関係のように、「中国はやがては沖縄まで取りに来るのではないか」と恐れる気持ちで身構えていると、そのような受益があっても、自分から捨ててしまいますよね。今、中国企業が投資に来る、買収する、ということになると、みんな「中国企業」という抽象的な名詞の後ろに「中国共産党」を見るわけですよ。で、ブルっちゃう。これはまた自分で自分の利益を害するようなことになっているわけです。

工藤:丸川さんどうですか、日中は、どのような関係になっていくべきでしょう。


大国化の負の側面には憂慮せざるを得ない

丸川:中国の改革開放、特にWTO加盟以降は、成長の果実をすごく気前よく外国企業に分けてくれた。つまり非常に開放的で、多くの外国企業が入ってきたし、貿易もどんどん拡大して、日本として非常に大きな恩恵を受けてきたと思います。他方、日本はどうだったかというと、日本も輸入の制度面では、欧州や米国に比べたら非常に開放的なのだけれど、対日投資は非常に寂しいですね。日本から中国に向かう投資に比べて、中国から日本への投資は確か80対1くらいの差があります。これは中国経済の規模がもう日本のそれを上回っていることを考えると、非常に不正常ですね。なぜ少ないかというのは、中国のみに関わる問題ではなくて日本の外国資本導入全体の問題かもしれませんが、この面でものすごく改善の余地がある。何を改善したらいいかよく分からないですが。そういう意味で、日中関係を深めるいろいろな潜在的可能性がまだあって、とりわけ対中投資でいえば、今まで製造業中心でしたが、中国の所得水準が中所得国から高所得国に近づいてくると、前だったら中国人には高価すぎて受け入れられなかったものがスッと受け入れられる時代になってきます。ですので、客観的な条件からいえば、日中関係のチャンスはますます拡大していくはずなのです。

 他方、中国の開放の姿勢がちょっと怪しくなってきたと思います。尖閣情勢をめぐって日本企業を攻撃した。今まで政経分離できたのについにそこまできたか、それから外資系企業一般に対する議論もすごく変わってきていますね。まだ具体的なアクションとしてそんなに表れていないですが、趨勢としてはもう「外資出て行け」という議論も大手を振って出てきたし、それはやはり大国化の負の側面ですね。意識の面で中国自身も害するし、もちろん日本を含む周りの国も困るし、本当に憂慮しています。

工藤:尖閣情勢の悪化以降、日中経済にかなり影響が出ています。この状況が継続したり、万が一紛争が表面化した場合、お互いの経済への影響について、どうお考えですか。

丸川:日本製品ボイコットみたいな運動の影響はほぼ消えつつあるし、それもかなり自動車に限られた現象でした。そもそも日本製品は部品などで入っているから目立つものが割と少なく、そういう意味では、影響は危惧したほどではなくなりつつあるのではないかと思います。ただ、観光にはもちろん打撃はあって、知り合いの旅行会社は日本観光不振のあおりでつぶれてしまいました。

 紛争になって銃弾を撃ち交わすようなことが仮にでもあれば、日本企業は非常に敏感ですから、それはマインド的にもものすごいダメージだと思います。


とにかく偶発的事態は避けるべき

津上:中国は思ったほど成長していない、前途はかなり厳しいと言いましたが、一方で、仮に成長が向こう数年間5%いくか、いかないかだとしても、これだけのサイズの経済で5%前後の成長をする国って、世界中どこを探しても他にありません。「中国は危ないから行かない」と言っても、では進出した企業が日本に戻ってきて先があるのか。先がないと思ったから中国に行ったのであって、やはり中国でのビジネスチャンスをそう簡単に捨ててはいけないのだ、と思うのです。ただ、おっしゃるようにまた尖閣で何かが偶発的に起きるかもしれない。いったんそういうことが起きると、また去年9月の二の舞のようなことが起きて、ようやく元に戻りつつあったビジネスが、またそこで打撃を受けてしまう。それでは、「今までより低いとは言え、なお5%で成長する中国市場を目指して」というストーリーも日系企業にとっては成り立たなくなってしまいます。今一番つらいのは、いつどうした衝突が再発するかわからないという保証のなさなのだと思うのですよ。

 私は個人的には、尖閣を元のように戻すことはほとんど絶望的だと思っています。今あるような状況を前提とした上で、これからの日中関係を考えていかざるをえないと思っていますが、とにかく偶発的な突発事態みたいなことだけはぜひとも避けてもらいたい。それは、企業で対応できる範疇のリスクを超えています。そういうことを起こさせないというのは、やはり政治の責任だと思いますので、日中両国政府には「双方とも別にそんな意図はなかったけど、とんでもないことが起きてしまった」みたいなことが起きない仕組みをぜひ作ってほしい、と思いますね。偶発的なことから始まって本当に砲火を交えるみたいなことまでいくと、金融マーケットのようなところには、ほとんど時差なしでかなり激しいショックが襲うかもしれません。

丸川:武力衝突になる事態を除けば、軍備拡張が経済にどういう影響を与えるかというのは正反両方あるので、一概には論じられないですね。もちろん軍備拡張にお金を使って双方何のメリットもないわけです。この12月から2月にかけて北京で大気汚染が広まり、大きなニュースになりました。これで高度成長のゆがみのようなものを肌で感じたでしょうし、経済規模あるいは経済の拡大一本槍で来ることに対する反省もあるかもしれません。これを機に、生活の質とか成長のゆがみといったところにも配慮するとなると、そこへかなりのコストを使う必要がありますから、中国にとっても軍備拡張している場合ではないだろうと思いますね。


お互い経済を傷つける余裕などないはず

津上:日本も中国も領土・領海のような即時に解決のできないことで、二国間関係をお互いに傷め合っている時間的、経済的な余裕はないはずだ、ということを、私は一番、言いたいですね。

 中国について言えば、先ほど農民の生活は向上していると言いましたが、それ以外にも、年金もしないといけない、公害対策もしないといけない、手つかずで残っている課題がいろいろあるわけです。そのようなことを考えれば、前途は決して楽ではない。そういうときに、失われた国益回復のために一歩も譲らずに自国の論理のみを主張するなんてことは、明らかにバカげた議論だと思うのです。同じような状況は日本にもあって、最近日本の「右傾化、右傾化」みたいなことが言われますが、やはり基本的には中国に対する不安感、恐怖感からきているのだろうと思うので、私の見方としては、「中国はそんなに際限なく大きくなっていく国ではないですよ、彼らも山ほど問題を抱えているんだ、そこは落ち着いてくれ」と。やはり国民の幸せとしては、平和な環境が維持される中で、国際関係も大過なくやっていけるということが基本であるはずですから、そういう観点から「何が、今の日本にとってプライオリティの高いことか」というのを考えてほしいと思いますね。一言で言えば、「両国ともくだらない争いに時間を費やしている暇はない。だから平和を重要視して、経済を傷つけるようなことはお互いにしない方がいい」ということだと思います。

工藤:今の話で締めにさせていただきます。どうもありがとうございました。

 大国としての自信を取り戻しつつある中国と、その姿に経済的・軍事的な脅威を抱く日本。その背景には中国の急速な経済成長があるが、これまでの一般的な中国経済に対する評価は過大なのではないか。中国経済に詳しい津上俊哉氏と丸川知雄氏が話し合った。中国経済の今後の成長可能性については見解が分かれたものの、両国経済共にさまざまな問題が内在しており、日中両国は尖閣情勢で時間を浪費してにらみ合っている余裕などないという点では認識が一致した。