【日本】明石康(国際文化会館理事長、元国連事務次長)
小倉和夫(国際交流基金顧問、元駐韓国大使)
川口順子(明治大学国際総合研究所特任教授、元外務大臣)
近藤誠一(近藤文化・外交研究所代表、前文化庁長官)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
工藤泰志(言論NPO代表)、
【中国】趙啓正(中国人民大学新聞学院院長、元国務院新聞弁公室主任)
【韓国】李淑鐘(東アジア研究院院長)
【米国】スコット・スナイダー(外交問題評議会(CFR)朝鮮半島担当シニア・フェロー)
【英国(アジアオフィス)】アレクサンダー・ニール
(IISS-アジア シャングリラ・ダイアローグ担当シニア・フェロー)
【シンガポール】ムシャヒド・アリ(RSISシニア・フェロー)
パネルディスカッション1
「世界は北東アジアの対立をどうみているか」
基調対談の後、宮本氏の司会でパネルディスカッション1「世界は北東アジアの対立をどうみているか」がスタート、「言論外交」の実践が始まりました。
議論の冒頭でまず、このシンポジウムに先立ち行われた日中韓三カ国による有識者アンケート調査の結果が紹介されました。それにより、各国の有識者は東アジアで軍事的な衝突の勃発を懸念していること、政府間外交ではその衝突を止めることができないと考えていること、そもそも政府間外交が実効的に機能しているとは考えていないこと、そして、民間外交への期待が高まっていることなどが明らかになりました。(アンケート結果の詳細についてはこちらをご覧ください)
最初に発言したニール氏も、「軍事的衝突の可能性は高まってきている」との認識を示しました。その要因として、日本と中国の安全保障戦略がまだ定まっていないことや、アメリカのアジアへのリバランスなど東アジアを取り巻く戦略環境が大きく変化していることを指摘しました。
事態打開のための課題として「日中間のコミュニケーションの不足」をあげ、さらに「中国共産党は内部に複雑なヒエラルキーを持っているため、民間レベルの新しいコミュニケーションチャネルを構築していく必要がある」と主張しました。
スナイダー氏は、「世界は北東アジア地域の緊張状態を懸念しており、この地域を『リスク』であると認識している」と述べるとともに、「それにもかかわらず対話の枠組みや危機管理のためのチャネルもないし、ルールもできていない」と現状の問題点を指摘しました。そして、政府間の対話が機能していないため、「市民間の議論など新しく、幅広い階層のコミュニケーションによって関係を再構築していくべきだ」と主張しました。その際のポイントとして、「民間外交は政府間外交のやり方を踏襲するべきではない。むしろ、民間外交が『輿論』によって政府間外交を正しい方向に導いていくべき」と民間外交のあるべき姿を提示しました。
また、アリ氏は、東南アジアの視点から「世界の第2、第3の経済大国が衝突することは、東南アジアにも甚大な影響を及ぶす」と指摘。「日中両国が協力できる分野は多いはず。これ以上事態をエスカレートさせるべきではない」と呼びかけました。
この状況の中で民間外交の役割として、「インフォームドされた『輿論』によって課題解決のための礎を築くことである」との認識を示しました。
趙氏は、「中日両国の歴史を振り返ってみれば、友好的な時代の方が圧倒的に長いことがよく分かる。優れた伝統文化を持つ両大国が、あのような小さな島に起因する緊張状態から抜け出せないはずがない。中日友好を最も重要な価値としながら、色々な知恵を出し合っていくべきだ」と呼びかけました。その上で、民間外交について、「多様なチャネルがあるため、色々な知恵を出していくための大きな源となる」とその意義を強調するとともに、「もしも民間外交が挫折するようなことがあれば、そのときこそ本当に衝突が起こることになる」と警鐘を鳴らしました。
李氏は、政府間外交について「悲観的にならざるを得ない」と述べ、その理由として、「北東アジアでは政府間の3カ国の議論のプラットフォームがないため、互いに互いの政策が意図するところを理解できていない」ということをあげ、「まずは政府間外交のプラットフォームづくりが必要である」と述べました。
李氏は「もし、政府間の外交に希望が持たれなければ、民間外交の役割を増やしていくべきだ」と語りましたが、同時に「各国の民間社会は、まだナショナリスティックで極端な意見がメディアにより浸透している」と指摘し、その現状では建設的な民間外交は難しいとの認識を示しました。
その上で、「メディアが増幅する極端な世論を『輿論』によって中和していくことが、民間外交を機能させることにつながり、ひいてはそれが政府間外交も確かなものにしていく」と語りました。
工藤は、「戦争をするべきではない、危機を回避するために危機管理をすべきだ、ということは誰もが思うことなのに、政府間外交で使われる言葉はその方向に向かっていない」と指摘した上で、2013年10月末、北京で開催された「第9回東京-北京フォーラム」で「不戦の誓い」を中国側と合意した際、「公共領域の中の課題解決において、民間がイニシアティブを取ることができる、という実感を持った」と強い手応えを口にしました。
さらに、「メディアには勇ましい論調があふれているが、課題解決を志向する声は各国の社会に確実に存在しているので、それを表出させ、課題解決を志向する輿論を、国境を越えて結びつけていくことが『言論外交』の役割である」と語りました。
議論を受けて、最後に司会の宮本氏は、「コンセンサスを柔軟にできることが民間外交の強みである。東アジア情勢の緊張が高まりつつあるので、民間外交を一刻も早くより良い形にし、さらに成熟させていくために、今後も議論を深めていきたい」と述べて、最初のパネルディスカッションを締めくくりました。
パネルディスカッション2
「パブリック・ディプロマシーと『言論外交』」
パネルディスカッション2のテーマは「パブリック・ディプロマシーと『言論外交』」で、小倉和夫氏(国際交流基金顧問、元駐韓国大使)が司会を務めました。議論の冒頭に小倉氏は、ディスカッション1を受け、①民間外交は誰が担うのか、②北東アジアでは緊張感が高まっているからこそ民間外交は重要、③中国では大同小異というが、目に見える"小異"でなく、"大同"を見出すのが民間の役割、④ウクライナ問題は、米ロ間のコミュニケーションがうまくいかなかったから起こったのではない。対話があれば、問題は生じないのか、民間外交に幻想を持つべきではない、などと問題提起しました。
李氏はまず、「パブリック・ディプロマシー(以下、PD)という言葉がある。これは政府外交を補完し、外国の人々に対して自国の情報を流し、他国への影響力を及ぼすもので、多くの政府がPDを使っている。しかし、外国とのコミュニケーションは一方的な押し付けでなく相互的でなければならない。政府の国内でのプロパガンダはパブリック・リレーション(以下、PR)であり、言葉が違う。しかし、中国ではPRもパブリック・ディプロマシーに入っていると思う」と述べました。
李氏はPDの定義は複雑と断った上で、「民間の人たちがやるものという定義もある。それは政府主導のPDと同等の効果を出せる、people to people diplomacy であり文化的なものは民間が行った方が有効的だ」と語りました。また、「一般の市民はナショナリスティックな観点に立つメディアからしか外国の情報を得られない。インターネットではよりラディカルな意見が飛び交い、お互いのためにならない。そうした中で、二国間の市民の関係を強化することが重要だ。日韓は今、外交の歴史でも最悪の状態であり、民間の対話を続けることによって、お互いの信頼を深めていかなければならない」と指摘しましたた。そのためにも、「民間外交は、自分たちの政府から独立した形で行い、固定観念を持つことなく、お互いの話をよく聞かなければいけない。国益という狭い視野を越えて話し、共通項を出来るだけ多く見出す。民間の間で国、地域全体のメリットになる形で対話すべき」と強調しました。
次に、趙氏は、「1949年の新中国設立の時から、冷戦下の二大陣営の戦いがあり、中国の国際関係は困難な状況だった。その時、周恩来は『政府外交が機能しないなら人民外交、または政府と人民の混合した外交を展開しよう』と語った。日本とは国交樹立の前に、経済・文化面での交流はこの人民外交によってかなり緊密に行われていた。その後、『民間外交』も中国で生まれ、茶道、絵画、囲碁、姉妹都市などの交流が盛んになった」と、日中関係を民間レベルからひも解きました。そして、「『言論外交』は一つの発展形態であり、ある種の世論を直接的に動かし、それによって政府に働きかけ、その政策をより正しくしていくものだ」と評価。「国と国の関係は、人と人の関係の上に成り立っている。日中韓3カ国間に良いネットワーク、人脈を作ってほしい」と会場に呼びかけました。
これらを受けて、前文化庁長官の近藤誠一氏は、日本でのPDについて、「メディアを通して、その時々の政策の正統性を訴える政策広報が一つの役割である。また、何かあった時に、日本の政策を理解してもらう素地をつくるイメージ向上。後者が難しいのは、即効力がない上に、その効果を測ることが難しい。短期成果主義の風潮では予算も人もつかない」と、その現状を語りました。また、民間外交のあり方については、「政府と政府では出来ない欠点を、置き換えるものではなく、補うものとしてこれからは必要。しかし、過剰な期待をすべきではなく、国には国の役割がある。国民はいろんな利害をもっていて、必ず賛成と反対に別れる。中長期的に何が全体の利害かを判断し、不利益を被る人を支援するのは民間には出来ない。TPPでいえば、どの関税を下げるか、政府が全体を判断して決める。政府の外交を軽視してはいけない。ハイレベルな対話が出来ない時に、民間同士、民から政府への働きかけをすることで、政府同士がほぐれていく環境を作るのが民間外交の役割だ」とクギを刺し、「民間、国民が公共性を身につけて、初めて民間外交の潜在力を発揮出来る。成熟した民間外交を運営出来る市民社会を育てていくことが必要だ」とエールを送りました。
続いて、小倉氏から民間外交の新しいコンセプトである「言論外交」について、その意味するところを問われた工藤は、「最初、PDという言葉が私はよくわからなかった PDが私たちの民間外交だと思っていた。外交青書では、日本政府が考えているPDは、政府の広報宣伝であり、政府の宣伝は政府のプロパガンダになってしまう。その国の良さを伝えていく役割がある一方で、政策的な問題で、政府がやることが課題解決に結びつくのか。日中・日韓の動きでも『日本は広報宣伝で負けている』という議論はある。政府が政府のやることを伝えていくのは大事だが、その宣伝の結果、東アジアの紛争は鎮まるのか、課題解決の意思を持った人同士が、双方向で対話をする動きが出てくることが次の展開のヒントになる。重要なのは課題を解決する意思。そして、それが『輿論』になっていくサイクル。そうなった時に、政府が課題解決するための環境がつくられていく。私たちが提起しているのは、自発的な意思を持つ『輿論』づくり。これは民主主義のプロセスそのものであり、有権者が当事者として、社会の課題に向き合っていく強い気持ちを持たない限り、外交の舞台でもお互いが課題解決する本当の意味での強さは出来ない」と強く語りました。
その後、パネリスト間で様々な意見交換がなされ、パネルディスカッション2は終了しました。
パネルディスカッション3
「『不戦の誓い』と東アジアの秩序作り」
シンポジウム最後のパネルディスカッション3のテーマは「『不戦の誓い』と東アジアの新しい秩序づくり」です。
司会を務める川口氏は、「『輿論』を『世論』につなぎ、さらに『輿論』を政府につなげていくためにはどうすればいいのか。『不戦の誓い』の具体化のため、民間外交が起こすべきアクションについて考えていきたい」と述べ、議論がスタートしました。
まず、昨年10月末、北京コンセンサスに盛り込まれた「不戦の誓い」の合意に至るまでの舞台裏について、当事者の工藤、宮本氏、趙各氏より説明があり、東アジアの関係当事国以外で、この「不戦の誓い」はどのように受け止められたか、議論されました。
ニール氏は、「不戦の誓い」を称賛する一方で、「東アジアで憎しみの言葉が蔓延する中で、この誓いをどこまで広げられるか、その実現性が課題である」と述べ、そのための方策として「ソーシャルメディアの活用」を提案しました。東アジア各国における国民感情悪化の背景には、互いに直接的なコミュニケーションを取っていないことがあるため、「オンライン上でのコミュニケーションから両国社会の信頼関係構築をしていくことで、『不戦の誓い』の価値を共有するための下地ができる」としました。
李氏は、「戦争の危険性がない日韓間では『不戦の誓い』は必要ないが、日中間ではその理念を共有することは大きな意義があるし、それによって互いの信頼関係を回復させることにつながっていくと思う」と話し、外交が国内世論を無視できなくなった現代においては、特に、「『言論外交』(韓国語では公論外交)は、草の根の民間をターゲットにして、理念やビジョンの共有を進めていくべきだ」と主張しました。
スナイダー氏も、「日中の政府間関係の現状を考えると、民間レベルでこのようなポジティブな合意ができたことは大きな驚き」と高く評価。「この理念を東アジアにおける国際的な規範として昇華していくために、アメリカが協力できる余地は多いのではないか」と語りました。
アリ氏は、「他地域からの侵略にさらされてきた歴史を持つ東南アジアは、この『不戦の誓い』の理念に大いに賛同する」と述べ、「異なる主張をする国家間でも、対話をするプラットフォームを構築し、平和的に対話をすることこそが、唯一戦争を防ぎ、『不戦の誓い』を実現するための手段である」と主張しました。
これらの議論を受けて、趙氏は、民間外交を機能させるためのポイントとして、「まずは、自国の国民に対してもその意義・重要性を説いていかなければならない」と述べました。その上で、「相手国に対して、自分たちは平和を希求している、ということをしっかりと伝えて、信頼醸成に努める。それが民間外交の使命である」と訴えました。
宮本氏は、「現時点ではこの『不戦の誓い』の価値を、社会のあらゆる階層の人々に認識してもらうことは困難である。まずは、有識者レベルで、東アジアでどのような秩序をつくっていくのか、そのために何が必要なのか、しっかりと議論を固める。その成果が徐々に一般世論に広がっていくように、各国の言論空間を構築していくことが課題である」と呼びかけました。
工藤は、「『不戦』というのは単なる例示ではなく、東アジアでは危機が現前にある。このシンポジウムで皆さんに考えてほしかったことは、政府間外交が動かず、危機が放置されている中で誰がこの状況を解決するのか、ということである。当事者としてこの問題に向き合わないと、不戦の誓いは動かない」と述べ、今年、東京で開催される『第10回東京-北京フォーラム』において、不戦の誓いのさらなる具体化を進めていくことへの意気込みを語りました。
川口氏は、「『民間外交の水平線』は、はるか彼方まで広がっている。これから長い取り組みが必要になるが、今回のシンポジウムはその確かな第一歩になった」と総括し、最後のセッションを締めくくりました。
最後に閉会の挨拶に登壇した藤崎一郎氏(上智大学特別招聘教授、前駐米大使)は、これまで日中関係では「政冷経熱」という言葉に代表されるように「政治」と「経済」ばかりが注目されてきたものの、「三本目の柱として『民』が出てきた」と述べました。しかし、この「民」は容易に「冷」に転じやすいため、「互いに誤ったメッセージを送らないように『輿論』を喚起していくべきだ」と語りました。その上で、言論NPOの役割として、「東アジアの平和で安定的な秩序づくりに貢献し、『New Peace Organizer』のNPOと呼ばれるようになってほしい」と今後の「言論外交」の取り組みに期待を寄せ、言論NPOにとって初めての国際的なマルチ民間対話は終了しました。