今年のフォーラムで何を実現するのか

2014年6月09日

明石康
(国際文化会館理事長、
「第10回東京‐北京フォーラム」実行委員長)
宮本雄二
(元駐中国大使、
「第10回東京‐北京フォーラム」副実行委員長)
工藤泰志(言論NPO代表)


~「第10回 東京-北京フォーラム」事前協議を振り返って~

工藤:明石さん、宮本さん事前協議記者会見、お疲れさまでした。先ほど、北京での今年の「東京-北京フォーラム」に向けた事前協議が無事終わりました。そこで、9月27日から29日に東京で第10回目のフォーラムを開催することが決まり、我々も東京に戻ったらすぐに準備に入ることになりました。後3カ月しかありませんが、何としても日中関係の関係改善なり、今のこの非常に不透明な状況を何とかしようという作業に取り組みます。
 今回の事前協議を踏まえて、まずどのようなことを感じられたのか、お話を伺いたいのですが、明石さんいかがでしょうか。


9月末のフォーラムに向けて揃った日中双方の歩調

明石:まず、9月27日から29日にかけて、「第10回 東京-北京フォーラム」を東京で行われることが日中両国で合意されたことは大きな収穫だったと思います。内容的にも日中関係がこんなに悪い状況だからこそ、是非ともこのフォーラムをやるべきだ、何らかの成果を具体的な形で出さなくては、といった決意が、日中双方から感じられました。こんなに悪い状況でフォーラムを開催しても大丈夫か、という懸念の声も我々は耳にしましたが、こんなに悪い時だからこそやる意義があるのだ、政府間の外交を補足する民間の声が、これまで以上に必要なのだ、という気持ちの方が、北京においても東京においても強かったということが言えると思います。そういう意味では、今回のフォーラムでは、相当の成果、それも具体的なものでないと駄目だということが、政治面、経済面、メディア関係でも言えると思います。特に、安全保障ではそういう気持ちが強いと思います。その結果、今回は単なる議論ではなく、かみ合った議論、具体的な何かを残す議論でなくてはならない、ということで、集まっていただくメンバー一人ひとりの能力や決意のほどが問われるわけですから、今後の人選も非常に重要だと思います。

 加えて、成果が出るようなテーマを設定することも大変だし、できれば、昨年の「不戦の誓い」である「北京コンセンサス」に匹敵する東京コンセンサスみたいな文章を採択できればと思いますが、この作業もなかなか容易ではないと思います。そういう意味では、今回の事前協議を終えて重荷を背負わされたという気持ちと、日中関係の改善に向けたチャンスが来るぞ、何とかしなければという昂った気持ちが相半ばしている、という状況です。

宮本:「東京-北京フォーラム」そのものがそういう場になっていて、私も本当に心強い限りです。今回の準備会合でも、中国の出席者には数人、新しい方もいらっしゃいましたが、その人たちからも「このフォーラムを進めなければならない」という気持ちを強く感じました。日本側の我々も同じような気持ちを持っていますが、同じような気持ちを持っている人が中国側にいるということを再び確認できた、ということは良かったと思います。

 このフォーラムの目的はいくつかありますが、とりわけ最近重要な役割というのは、理性的に、冷静に物事を考える人たちの議論が存在していて、その人たちが議論した結果を両国の社会に伝えると同時に、角を突き合わせて喧嘩ばかりしているのではない、ということを全世界に伝えていくことです。この2つを去年のフォーラムは立派に実現したと思いますが、今回もこの2つに関しては、少なくとも実現しよう、という中国側との打ち合わせになったと感じています。加えて、今年はさらに、どういう内容にするのか、ということについて工藤さんから中国側に提起できたことは、今回の事前協議の成功の最大の要因だと思います。中国側も基本的にはその提案を飲みながら、前向きで、広い視野に立った日中関係をどう実現していくのか、というこれまでの原則、大事な点を確認して、それから一歩前に進みましょうというのが、去年のフォーラムでしたが、今年はそれをさらに越えて、少し高みに立って、本当に良い日中関係とは何か、ということをもう一回考えてみる。そういう高みからもう一度、現状を考えてみると、どこをどうすれば良いのか、ということが見えてくる。そういった方向性が、準備会合で出てきたのは良かったと思います。いずれにしても全体的に、決めることは決めて、方向性は出たということで、準備会合としての目的はしっかりと果たしたのではないでしょうか。

工藤:私もつい最近、アメリカに行ったのですが、ワシントン、ニューヨークの多くの人たちがこの「東京-北京フォーラム」に注目していました。北東アジアでこういった市民なり、民間の動きが始まっているということに、皆さん非常に関心を持ってくれました。私たちの取り組みが注目されているがゆえに、責任も非常に大きくなってきている、という状況だと思います。今回のフォーラムでは日本側がホストなので、今年の「東京-北京フォーラム」の運営に責任を負っているのですが、少なくとも中国と同じ波長で、同じ方向を向いていないと、日本だけが頑張っても駄目だと思っています。そういう点では、今回の事前協議を経て、歩調は揃ったと思います。今年、必ず動き出す、成果を求めるということに関して、同じ方向を向いていることが確認できた、ということは非常に良かったと思います。

 さて、「東京-北京フォーラム」は今年で10回目ですが、私たちはこのフォーラムをとにかく10回やろう、と言って2005年に開始し、今回は集大成のフォーラムになります。現在、日中両国では首脳会談も実現できていない状況が続いています。政府も含めて色々な人たちが首脳会談実現に向けて努力をしている。そういう状況の中で、私たちに対する注目が集まっていると思うのですが、今回の「東京-北京フォーラム」で我々は何を目指し、実現すべきだと思われますか。


政府間外交が動き出すための環境づくり

明石:昨年、北京で9回目のフォーラムが行われたとき、我々の最大の心配事、関心事は、日中が尖閣諸島をめぐって、お互いにまったく欲しないいざこざ、武力衝突が起こるかもしれない、という懸念でした。危機管理が一番大事だ、そのためのメカニズムをつくらなければならない、という悲壮ともいえるくらいの気持ちが双方にありました。何となく、そういった直接的な衝突の危機は少し遠のいたという感じがありますが、まだメカニズムはできていない、という問題は残っています。しかし、日中両国ともに、割と冷静にこの危機に対処しよう、という機運ができつつある。そのような中では、確かに日中の現状を語ることも大事ですが、中長期的な観点から両国の共通の利害を振り返り、確かめてみようという気持ちも重要だと思います。特に、今度のフォーラムには企業経営者も参加するべきだとか、軍人も参加するべきだとの意見が出されました。政府間の合意を可能にするような環境をまず民間で語り合う。当座の問題もさることながら、5年後、10年後、両国はどうなるだろうか。両国がアジアや世界で果たしうる役割、担っていく負担や覚悟について、改めて確かめ合おうではないか、という声が中国側からもあったし、日本側からも出されたことは、日中両国がやや落ち着きを取り戻しつつある証左だと思います。

 当面の領土問題などは残っていますが、それを取り囲む環境を整備しようという気持ちの余裕ができつつあると感じました。特に、経済面では経済人の交流が始まっています。そういう意味では、半歩ぐらいはいい方向に踏み出したのではないかと思います。ただ、最初の一歩にはまだまだ達していないと思います。

宮本:言論NPOは、「東京-北京フォーラム」や日頃の活動によって、日本のより多くの方々に日中関係や中国への見方、あるいは国際社会から日本や日中関係に対する見方などについて、様々な方法で発信しています。私は、そうした言論NPOの活動によって日本を取り巻く状況を、より客観的で公正な形で理解していく上で、大変いい仕事をされていると思います。特に、「東京-北京フォーラム」は、冒頭申し上げたように、どういう日中関係をつくるのか、あるいはつくれるのか、という観点からもう一度、「今」を振り返ってみようという試みは非常にいいな、と思っています。

 日中関係が単に角を突き合わせて出口のないような状況ではなくて、少し視点を変えて、長期的に広い視野で眺めてみると、日中両国はまだまだ協力することはあるし、喧嘩ばかりしている必要はないのだということを、より多くの人たちに理解していただく必要があると思います。工藤さんが日頃から言っている「世論(せろん)」ではなく「輿論(よろん)」。この「輿論」が広がっていくことは、実は、政府が次の動きをしていくための環境整備なのです。ですから、政府が次の動きに入ったときに、より多くの国民の支持がその動きに集まっていく、という環境整備を「東京-北京フォーラム」が担っていると考えたらいいと思います。今回、中国側と事前協議で話をしていて、「東京-北京フォーラム」の重要な役割を改めて感じたのですが、安全保障や政治、経済やメディアなど違う分野の対話を同時並行的に、なおかつ公開する形で行っていく。これまでなら、安全保障の専門家同士、経済の専門家同士が話し合う場はありましたが、どういうことが話し合われたかは、他の分野の人にはわからない。しかし、この「東京-北京フォーラム」は、全ての対話が同時並行的に行われていて、関心がある人はその対話を見ることができる。日本と中国の関係を単に部門ごとの狭い範囲で切り取るのではなく、様々な分野を複合的にトータルで見ることができる場を、「東京-北京フォーラム」は提供しているわけです。それを中国側の人たちも強く自覚していることが確認できて、私も勉強になりました。こういうフォーラムはこれまでになかったし、今年は10回目の節目とういことで、改めて、このフォーラムのユニークさや、互いに両国関係を理解する非常にいい場を提供していると思います。

 今年のフォーラムをいい中身にするためには、明石さんもおっしゃったように、いいスピーカー、いい参加者を集めて、質の高い議論ができるようにすれば、これまで培ってきた素晴らしい日中両国の輪が、もっと有効に活用できると感じました。

工藤:最後にお伺いしたいのですが、私たちは昨年、「不戦の誓い」を行いました。政府間外交が主権を大事にすることは、ある意味当然だと思いますし、その中で対立が生じるのは、ある程度やむを得ないと思います。しかし、一般の国民や市民のレベルから見れば、紛争や戦争を起こすのはどうしても避けたいわけです。そこで、私たちは政府間外交のアジェンダを別の形で設定、提起できないかという気持ちから、昨年の「不戦の誓い」の合意に至ったわけです。
先程、宮本さんがおっしゃったように、我々が中国側に提案したことは、お互いにこの状況のままでいいのか、ということでした。中国側が何を目指しているのかわからず、非常に不透明なことが多くあります。それに対して、日本側が不安を持つのは当たり前だし、逆に中国もひょっとしたら日本に対する不安を抱いているかもしれない。しかし、お互いがそういった感情を持ったまま、関係を続けていっていいのかと。もう一度、原点に戻って、お互いに何を目指しているのか、協力の可能性はないのか、といった基本的なことを含めて議論することが必要ではないか、と感じました。ただ、一般の人から見ると、なぜそこまで日中の対話に真剣なのか、と冷めて見ている人もいると思います。なぜ、私たちがこういう対話を行い、今年のフォーラムに向けて、なぜここまで真剣に取り組もうとしているのか、ということについて一言いただければと思います。


なぜ、今、中国との対話が必要なのか

明石:私は、一般の人もそこまで冷めた目で見ていないと思います。中国人は違うだろうと思っていましたが、何となく中国人もこのままではやっていけないと思っています。お互いに、振り上げた拳のやりどころに困っているのだと思います。この不自然な事態を打開しなければ、自国のためにもならないし、アジアや世界のためにもならない、といった気持ちが芽生え始めているのではないでしょうか。こういう気持ちを持つことは、日本側だけではダメだし、中国側だけでもダメなのです。両国の国民の気持ちの中にそういう気持ちが必要なのですが、現状、そういう気持ちが両国の中に芽生え始めているのではないかと思います。そういう気持ちをきっかけにできれば、より安定した平和というものが両国の間で生まれるのではないか、またそういうものが生まれてほしいという思いを、経済人や文化人、研究者も一般の人たちも考え始めたのではないか、とふと思わせるものを感じました。だからこそ、9月末の我々のフォーラムに、適切な人たちが集まってくれればいい対話になると思います。これまでの対話を振り返っても、各分野からかなりの人たちが、両国ともに集まってきています。工藤さんはじめ、人選を進めていく上では非常に大変だと思いますが、宮本さんがおっしゃったように、いい人が集められるかどうか、ということが成功の要になってくると思います。

宮本:明石さんもおっしゃっていましたが、日本と中国は引っ越しできない隣国であり、中国は世界第二位の経済大国で、どんどんアメリカに追いつこうとしている。軍事に関しても、その予算規模は日本の倍以上になっています。しかし、その隣国と非常に緊張した関係が続いている。すぐにでも引っ越しできればいいですが、図体がでかくて、腕力も強くなり、どこに向かおうとしているのかよくわからない、そして政府間同士の関係もうまくいっていない。このフォーラムができた2005年も日中関係は悪かったので、ある意味で原点に立ち戻った状況ですが、こういう状況だからこそ民間が動かなければいけない、という思いで言論NPOは動いているわけです。

 今日も中国側と話をしていて、中国が怖いと思っている日本人は急増しているし、いずれ中国は攻めてくると思う日本人も益々多くなってきていると伝えると、中国の人は驚いてしまうわけです。中国の人たちは日本人にそういう思いを抱かせている、ということをわかっていない。一方で、日本人が抱いている中国への印象を聞いて、中国人が驚くということを日本の人たちは知らない。つまり、日本と中国の相互理解の現状はその程度のものなのです。そういう意味での対話の場は多い方がいいと思いますし、その中でもこの「東京-北京フォーラム」は、非常に重要な質の高い、相互的ないい場だと思います。

工藤:私たちは東京に戻って、9月末のフォーラムに向けて、準備を始めたいと思います。ということで、明石さん、宮本さん、今回は本当にご苦労さまでした。次に向かって動いていきますので、またご協力いただければと思います。ありがとうございました。