今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、9月末に行われる「第10回東京・北京フォーラム」を前に、道半ばの「言論外交」について、現状はどうなっているのか?民間・市民は何ができるのか?世論を変えるにはどうすればいいのか?工藤氏の視点から議論しました。
(JFN系列「サードプレイス TUESDAY 工藤泰志 言論のNPO」で2014年9月2日に放送されます)
工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。
さて、8月も終わりましたが、皆さん、夏休みはどのように過ごされたでしょうか。私は、一度だけ故郷の青森に帰りましたが、ほとんど休みなしである仕事の準備をしていました。それは、9月末に日本と中国の有識者、有力者を呼んで「東京-北京フォーラム」という本当の議論を行うための舞台の準備です。
皆さんご存知のように、今、日本と中国の関係はよくない状態が続いています。そういう時に、中国から約30人を超える有識者が日本を訪問し、本気の議論を東京で行います。その準備が佳境を迎えています。私たちがこうした対話を企画しているのは、この番組で何度かお話しさせていただきましたが、私たちなりの民間外交の在り方、これを私たちは「言論外交」と呼んでいますが、その実践だと思っています。この実践を、私たちはどのように進めていけばいいのか、毎日悩みながら準備を進めているところです。そこで、私たちが昨年末に提案した「言論外交」がどのように進んでいるのか、中間報告をさせていただければと思っております。
ということで、今日のサードプレイス「言論のNPO」は、「言論外交の中間報告」と題して、お話ししたいと思っております。
「言論外交」の実践から見えてきた、日中、日韓関係を改善するための手法
まず、この「言論外交」とは何なのか、と疑問に思う人がいると思います。私たちは「世論」というものが外交上、非常に重要だと思っています。本来は、国民に開かれた形で外交が行われるということが理想なのですが、歴史的にも世界的にも政府の外交というものは秘密的になってしまいます。この番組でもお話ししましたが、第一次世界大戦後のパリ講和会議の時に、アメリカのウッドロー・ウィルソン大統領がオープンディプロマシーを行いたいと模索したのですが断念し、秘密外交になってしまいました。その理由は、「世論」の存在でした。「世論」は非常に感情的で、ナショナリスティックになりやすいために、政府間外交が秘密裏に行われるのです。今の北東アジアの状況は、国民感情が対立する中で、政府間外交がなかなか動けない、という第一次世界大戦当時の現象に非常に近い状態が続いていて、世界の人たちも気にしている状況です。
「外交」は政府が行うものですから、私たちは、こういった状況を変えるために、「世論」を変えたいと思ったわけです。つまり、「世論」が相手を攻撃するような感情的な対立感情ではなく、直面している問題を皆で解決しようという形になれば「世論」は非常に強いものになり、政府間外交を動かすものになるのではないかと考えているわけです。私たちはそういった民間外交の在り方を「言論外交」と名付けました。そして、1回目の「言論外交」の舞台が、昨年の10月に北京で行った「不戦の誓い」でした。この「不戦」というのは、国民がどうしても考えなければいけない核心的なテーマであり、しかも非常にわかりやすい言葉だと思っています。両国民が「戦争をしない」ということで合意をし、世界もそれを理解した時に、北東アジアの世論の環境が劇的に変わるのではないか、と私たちは考え実現したわけです。
この「不戦の誓い」を合意した時の方法論が、今後の1つのやり方としてあり得るのではないかと考えています。つまり、国民や市民が解決しなければいけない、取り組まなければいけない新しいアジェンダを提起し、それについて合意するという流れがないと、新しい動きが始まらないのです。今、北東アジアの国同士の関係はあまりうまくいっていないのですが、「それでもいいではないか」とか、「あの国は嫌いだ」と思うだけでは何も変わりません。しかし、この状況はやはり問題ではないか、この問題をこういう形で解決した方がいいのではないか、と課題を抽出し、抽出された課題をみんなで乗り越えたい、という形で1つのアジェンダとして設定できた時に、物事を解決しようという大きな変化が始まるのだと思います。
私は、前回の番組で韓国との対話を取り上げましたが、この対話も同じ思いから行っています。韓国の場合は、中国とは違って、ある1つの問題意識の共有が重要だと思いました。それは、お互いの国民感情の悪化は問題ではないか、と日韓両国民がどれだけ感じているのかということです。国民感情の悪化は当然だというのであれば、両国の世論を変えることは非常に難しいと思います。しかし、世論が今の状況はおかしい、ということになれば、日韓両国関係を変える1つの手がかりになるだろうと考えました。そこで私は、対話の前に何度も韓国を訪問して、今の日韓関係の状況をどのように考えているのか、お互いにナショナリズムを利用するだけのメディア報道でいいのだろうか、と韓国メディアとかなり議論しました。
そして、世論調査でも、今の国民感情の対立をどう思っているのか、と尋ねました。そうしたところ、日本人の6割、韓国人の7割が、「望ましくない状況で心配している」、「問題であり、改善する必要がある」と回答しました。そこで私は、日韓両国間でも新しいアジェンダを設定し、「言論外交」の手法を活かして議論ができると思いました。つまり、国民の中に両国関係の現状を問題視する認識があるのなら、韓国との間でも大きな流れをつくれるのではないかと考えました。
世界の情報戦に取り残された日本の現状
しかし、前回の番組では触れられなかったのですが、今回の調査結果を受けてメディアは、お互いにダメだという報道ばかりになりました。いくら世論調査の結果から、日韓両国の現状を問題視する結果が出ていても、メディアが意識を変えてくれないと、なかなか世論は変わりません。しかし、その中でたった1社だけ、お互いの国民が今の状況を問題視していることがわかった、と記事にしてくれたメディアがありました。実は、あの時、日韓関係の流れを変える大きなきっかけをつくったのはその報道だったと思っています。
7月に世論調査結果を発表した夜、ホテルでインターネットを見ていると、私たちが発表した調査結果を使って、中国を始めとして、いろいろな国が日本と韓国の不仲が証明された、という記事ばかりが出て、それに対してアメリカのシンクタンクが答えるような発言をする。また、当時、安倍首相はオーストラリアを訪問していましたが、そのオーストラリアのシンクタンクもマイナスの発言をする等、世界中から発言が寄せられましたが、この世論調査が結果の本当の意味は、日韓関係が対立を深めているというのではなく、国民の中で日韓関係の現状を乗り越えたいという声がかなり出てきているということなのです。しかし、そのような報道をするメディアは世界中探しても皆無でした。私は、そういう状況を見ていて、国際社会は怖いなと思いました。
そこで、先程述べた1社のメディアが英語でも発信してくれたところ、日韓関係の現状を国民が解決しようという意思を持っているのだ、という声が国際社会に伝わることによって、国際的なオピニオンの戦争が冷静になっていきました。そういった光景を見ていて、私たちが行っている「言論外交」の役割というのは、極めて大事だと思いました。
北東アジアの課題解決に向け、流れをつくれる可能性のある「言論外交」
今、日本の宣伝が国際社会で足りない、という議論があります。私は、その主張は正しいと思うし、世界に行っても中国、韓国、日本の各国が宣伝合戦をしていることを感じます。日本の主張を世界に伝えるということは非常に大事な作業なのですが、国際社会の人たちはそういった宣伝合戦をうんざりしているのです。3カ国の人たちがお互いに、それぞれの立場を言い合っているだけで、その結果、対立が深まっているわけです。
一方、世界の国々も、各国がどのような主張をしているかは知りたいと思っていますが、それ以上に関心あるのは、北東アジアが平和的に安定的な環境を取り戻すことなのです。それだけを考えているから、私がワシントンやホワイトハウスの人たちと会って話をすると、「北東アジアの関係悪化の状況を誰が解決するのか」という話ばかりになります。やはり、単なる宣伝ではダメで、現状を解決したいという意思を持つ人たちが動かない限り、この流れは変わらないのではないか。その時に、言論NPOは日本の小さな1つの非営利組織だけど、「言論外交」という形で「世論」を変えて課題解決をしよう、平和的な環境をつくろう、ということで動いていることを話すと、皆さん「そういう動きがあるのか」、と関心を示してくれます。
多くのメディアでは、やはり悪いことがニュースになりがちです。だから、悪いことがどんどん報道され、国民がそれを見て感情的な対立を高めていく。多様な意見があるので、厳しい意見もあれば楽観的な意見もあると思います。しかし、その中でも一方的な意見だけではなくて、多様な意見があり、課題を改善しようと動いている人たちがいることを世界に伝える必要があると思います。そして、そうした人たちがいることをお互いに知ることで、1つの流れをつくれるのではないかと思っています。
日中両国関係の改善と、北東アジアに平和的な関係を築くための基礎工事に
ということで、「言論外交」の舞台は、昨年の「不戦の誓い」、韓国との対話の2つが終わりました。そして、今、「言論外交」の舞台は第3幕に入ろうとしています。それこそ、私たちが9月末に日本と中国との間で計画している、本気の議論の舞台である「東京-北京フォーラム」です。フォーラム開催まで1カ月を切っていますが、今回の対話は非常に大事だと思っています。
1つは、APECが11月に北京で行われますが、日本政府も含めて、何とか今の日中関係を打開したいという動きが水面下で動いていますが、今日現在、うまく進んでいないということが、周辺から聞こえてきます。民間レベルでの交流はありますが、政府同士のコミュニケーションはできておらず、東シナ海を含めたホットラインもなく、様々な問題に対して全く交流がない。こういった状況を変えなければいけないと、皆さんが思っている以上、私たちも何かの役に立ちたいと考えているわけです。ですから、9月27日、28日、29日の3日間、東京で行われる「東京-北京フォーラム」という対話の舞台を使って、日中両国関係が安定的な関係に改善され、北東アジアに平和的な関係をつくるための1つの基礎工事ができないかと、本気で考えているところです。
今、中国側と何度もやり取りをしていますが、「今回は要人を送れない」と言われるなど、政府間外交の状況を受けて、かなり準備が大変になっているのも事実です。それでも、困難があるからこそ、それを議論できる人たちを東京に集めてほしい、ということを何度も提案し、交渉しています。まだ、パネリストや発言者などの最終確定はしていませんが、中国側もある程度の人を出そうという状況になってきました。最終的には、中国から35人ぐらいの有識者が訪日するだろうとの感触を得ていて、それに合わせる形で、日本側もハイレベルな人たちを集めて、フォーラムの概要が固まり始めている状況です。
今回の対話では、安全保障対話、政治家同士の対話、ジャーナリスト同士、経済人同士の対話など、その全てがオープンで行われ、インターネットでも中継を行う予定です。やはり、日中関係が非常に厳しく、困難な状況の中で対話が行われているということを、ぜひ多くの人たちに見てほしいと思っています。これから更に準備が続いていくので、最終的にどのような対話になるか、ということは現時点でははっきり言えない状況です。ただ、9月9日には、日中両国の世論調査結果を、記者会見を行い発表することは決まっています。その結果は、メディアなどでも取り上げられると思いますし、言論NPOのホームページでも公表しますので、ぜひ私たちの取り組みをご覧いただければと思います。
10年間の集大成と、今後の10年に向けた新たな一歩となるフォーラムに
今回の対話が「言論外交」上、非常に重要な舞台になると考えているのは、この対話が、私たちが取り組んでいる民間対話のきっかけだったということです。私は、この番組でも何度も発言していますが、「外交」は、やはり政府が行うものなのですが、民間や市民に何ができるのか、ずっと自問自答しながら、この間やってきました。10年前、私は中国の専門家でもなく、何もわからない人間が、今の日中関係を何とかして変えたいということで北京に1人で乗り込み、この対話をつくり上げました。この対話の実現にあたり、いろいろな困難なぶつかり、毎日悩んだりもしました。それでも、何とか10回続けてきて、日中間の対話としては、影響力のある唯一の対話に育ったと思っています。この対話を、10年間多くの人がサポートしてくださり、支援してくださりました。体制も違う、考え方も違う両国ですが、北東アジアの未来を考える上で、どうしても無視できない両国関係だと思います。こうした対話が、ようやく10回目を迎えます。
正直にいうと、10回目の対話で止めようと思っていましたが、この間、対話が非常に大きな影響力を持つに至り、次の10年も続けようという協議が水面下で行われています。私は、「東京-北京フォーラム」を通じて、1人ひとりの市民が「外交」ということを政府任せにせず、自分たちの問題として考えていく、という1つの大きな流れをつくり上げることができたと思っています。そうした流れの集大成として、今年のフォーラムを更にいいものに仕上げていかなければいけない、と決意を新たにしたところです。
後1カ月しかありませんが、私は、何とか時代を動かそうと考えています。ぜひ皆さんも、私たち言論NPOのホームページなどを通して、この運動がどのように展開していくのか、ということをぜひ見ていただきたいと思っています。同時に、市民がいろいろなことができるのだ、ということを改めて考えていただければと思っております。
ということでお時間です。今日は、「言論外交の中間報告」と題して、今、私が9月28日、29日に行われる「第10回 東京-北京フォーラム」で何を考えているのか、ということについて皆さんにご報告させていただきました。この対話の内容は、言論NPOのホームページで逐次公開していきます。また、当日も議論の様子をインターネットで中継する予定ですので、ぜひ日中間の本気の議論をご覧頂ければと思っております。ありがとうございました。