日中両国の国民意識の3つの傾向
日中共同の世論調査は2005年に始まり、以後、毎年行われ今回で10回目となる。今回の結果を昨年と比較すると、相手国に対する意識や日中関係の現状に関する認識は日本が悪化したのに対して中国はやや改善し、方向は異なっているが、この10年間の調査を通して見るとそれぞれ悪化を深めている、ことが分かる。
例えば今年の日本人の対中印象は昨年より悪化し、「良くない」が93.0%と9割を超えたが、過去10回の調査結果では、2006年以降の一時期を除けば中国を「良くない」と思う人が右肩上がりで増え続けており、今年がその最も悪い結果となっている。
中国人の日本に対する印象も、今年は「良くない」が86.8%となり、過去最悪の92.8%だった昨年からは改善したが、それでも依然として8割を超えている。
また、日中関係の現状を「悪い」と判断する人も、日本人では83.4%(昨年79.7%)とこれまでの調査で最悪となった。中国人は昨年の90.3%からは大きく改善したが、それでも67.2%が現在の日中関係は「悪い」と判断しており、この10年で見ると昨年に続く厳しい評価となっている。
こうした認識を反映して今後の日中関係についても、日本人で36.8%(昨年28.3%)、中国人で49.8%(昨年45.3%)が「さらに悪くなる」と見ており、こうした悲観的な見方はこの10年の間で最も厳しいものとなっている。
こうした意識の推移は、両国の国民意識の傾向をいくつか明らかにしている。
1つは、尖閣諸島(釣魚島)対立の影響は今年、それぞれやや沈静化している。それでも相手国に対する国民意識はこの10年で見るとかなり厳しい状況が続いている。特に、日本人の対中意識に悪化傾向が拡大していることは留意が必要である。
2つ目は、国民間の意識は現実の政府間関係の状況に大きく影響することである。特に中国にその傾向が目立つが、日本の場合は政府間関係の影響は限定的で、悪化が継続的に続いている。
そして3つ目に両国民の意識は2010年が1つの転機となり、両国民共に悪化の傾向が一段と高まっていることにある。
注)政府関係の動きをここで簡単におさらいすれば、2006年以降に両国間で戦略的互恵関係が合意され、2010年までに6人の首脳がお互いの国を相互訪問している。こうした政府関係に合わせて日中関係に対する両国民の認識も大きく改善するが、相手国に対する意識は一時的にしか改善はしていない。
この2010年とは一体、どんな年だったのか。この年はそれまでの両国の関係改善の動きが続き、上海万博や温家宝首相の訪日もあるが、9月に尖閣諸島周辺で中国漁船と日本の海上保安庁の船舶の追突事故があり、一転、中国で反日が再び高まる時期に重なっている。またこれは後で分かることだが、中国のGDPが日本を上回ったのも、この年である。
そして12年には尖閣諸島を日本政府が所有したことで、両国の対立は激しくなり、政府間の交流は再び途絶えるのである。
悪化する国民感情自体を心配する声が存在している
今年も昨年同様、領土問題と歴史認識に対する両国の対立が相手国に対する意識や、両国関係の障害の最も大きな要因となっている。ただ、領土問題を選ぶ人は両国で昨年よりも大きく減少している。
中国人が、日本にマイナスの印象を持つ理由は今年も「日本の魚釣島の国有化」(64.0%、昨年は77.6%)と「日本が侵略の歴史をきちんと謝罪し反省していないこと」(59.6%、昨年は63.8%)でこれは昨年と比べる大きく減少はしているが、昨年同様、もっとも多い理由である。
日本人も「尖閣諸島で中国と対立していること」(50.4%、昨年53.2%)や、「中国が歴史認識で日本を批判すること」(52.2%、昨年48.9%)が多く、両国民共にこの二つの対立が、お互いのマイナス意識の大きな理由となる構図は変わっていない。
ただ、これらと並んで日本では「中国が国際的なルールと異なる行動をする」(55.1%)や「資源などで自己中心的な行動をする」(52.8%)を指摘する人も半数を超えており、今の中国の大国的な行動への不安が、こうしたマイナス印象に繋がっている。つまり、中国人は過去に対する問題意識から現在の日本を見ており、日本では今の中国の行動に負の印象を募らせているのである。
日中関係の発展の障害として両国民が感じているのも、この「領土問題」と「歴史認識」である。日本では「領土問題」を挙げる人は58.6%(昨年72.1%)で「中国の反日教育」が42.9%(昨年は40.2%)で続いている。中国人も「領土問題」が64.8%(昨年77.5%)と最も多く、「日本の歴史認識や歴史教育」が31.9%(昨年は36.6%)で続いている。
ところが、今回の調査では新しい傾向も見え始めている。その1つが、「政府間や国民間に信頼関係がないこと」が日中関係の障害と見る人が、両国民に増え始めていることである。
今回の調査ではこの「領土問題」と「歴史認識」に迫るように、日本では、「政府間に信頼関係がないこと」を日中関係の障害と見る人が35.0%と4割近くになり、「国民間に信頼関係がないこと」の25.5%を合わせると6割にまで至っている。中国でも「政府間に信頼関係がないこと」の25.4%に「国民間に信頼関係がないこと」の15.5%を合わせると、4割を超える人が両国関係の障害として信頼関係の欠如を指摘している。
さらにもう一つ、今年の調査では、悪化する国民感情自体を心配する声が両国民間に大きいことも明らかになっている。
日本では79.4%と8割近く、中国でも70.4%と7割が悪化する両国の国民感情の現状を「望ましくなく心配している」、「問題であり、改善する必要がある」と認識している。これは静かだが、確かな国民の声であり、こうした声が世論の背景に存在することは重要視する必要がある。
両国民とも日中関係を重要だとする声が7割を占める
こうしたマイナスの国民感情にも関わらず、両国民は7割程度が日中関係を自国にとって重要だと考えている。
今回の調査でも日中関係を日本人の70.6%が重要と答え、中国人は65.0%が「重要」と考えている。日中関係を「重要」とみる人は依然それぞれ6割以上の高い水準にある。ただ、この10年間で見ると日本人が日中関係を「重要」だと判断しているのは一貫して7割程度なのに対して、中国では両国関係の改善が続く2010年頃までには9割もの中国人がその重要性を感じており、それと比較すると今年は30ポイント近く減少していることになる。
では、なぜ日中関係は重要なのかだが、両国民ともその理由については、一般的な理解にとどまり、日中関係がアジアや世界でどのような意味を持つかを十分に実感できているわけではない。両国民が、重要だと判断する理由は「隣人だから」や「世界第2位、第3位の経済大国であり、その行動が強い影響力を持つから」程度の理由が多い。日本人で最も多い「アジアの平和発展で両国の協力が必要だから」(55.8%)を選ぶ中国人は29.4%である。
こうした両国の重要性に関する国民の認識は、アジアや自国の将来、その中で両国関係はどうあるべきなのか、という認識にも深く関わってくる。この点で両国民の半数以上(日本は54.6%、中国は50.3%)が、日本と中国がアジアの中で将来、「平和的な共存、共栄することを期待するが、実現するか分からない」と答えているのは興味深い。「平和的な共存・共栄関係が実現できる」と楽観視しているのは日本人で7.8%、中国人で16.5%に過ぎない。
さらに、この世論調査では日中関係の重要性と、対米と対韓の重要性をそれぞれ比較している。基本的にこのような質問では「どちらも同程度に重要」という回答が最も多く見られるものだが、それ以外の回答に両国民の感じ方の違いが見られる。
まず対米関係と日中・中日の重要性比較では「どちらも重要」が日本で50.1%、中国では40.3%だが、日本ではそれに続くのが「日米関係がより重要」(36.4%)なのに対して、中国では「中米関係がより重要」(22.5%)と「中日関係がより重要」(22.0%)がほぼ並び、中日関係の方が重要、が昨年(10.2%)よりも増えている。
対韓関係との比較では「同程度に重要」は日本人(47.0%※)、中国人(43.5%)とともに4割を超えているが、中国人の33.3%は「韓国の方がより重要」と答えている。「日本の方が重要」と答える中国人はわずか6.5%に過ぎない。
さらに日中にこの米国や韓国を加えた3カ国間でどの国により親近感を感じるかを比較すると、日本人、中国人ともに相手国に親近感を持つ人はごく少ない。中国人は米、日を比較すると、「日本により親近感を感じる」はわずか4.4%であり、44.4%は「どちらにも親近感を感じない」、30.7%は「米国により親近感」を感じている。これに対して日本人は55.7%が「米国により親近感」を感じ、「中国により親近感」を感じるのは5.6%に過ぎない。
中国人に日本と韓国を比較してもらうと、「日本により親近感」を感じる中国人は3.5%に過ぎず、「韓国により親近感を感じる」が52.7%と半数を超えている。
※2014年5~6月に実施した「第2回日韓共同世論調査」データでの数字である
政府間外交と首脳会談に関する両国民の意識
ここでは政府間外交と首脳会談に関する両国民の意識を説明する。
まず、日中の政府間外交の現状について、日本人は48.9%と約半数が「有効に機能していない」と考え、「有効に機能している」は4.5%しかない。これに対して中国人は51.0%と半数が「有効に機能している」と考え、「有効に機能していない」は、29.6%と3割である。
両国民のこうした見方の差は、日本では政府間交渉が進まないことを政府間外交が機能しないと判断しているのに対し、中国では交渉がないことも政府外交の判断だと捉えることが多いためだと考えられる。ただ、それでも中国人の3割が、政府外交が「有効に機能していない」と判断しており、両国間に交渉がないことを問題視している。
政府間外交が有効に機能しない、と回答した人にその理由を尋ねると両国ともに「領土や歴史認識に関する対立」が多く、「相手国の政治リーダーの姿勢」を指摘する声がそれに続いているが、それ以外にも冷静な見方が存在している。日本人は39.5%と4割が、「日本のリーダーの政治姿勢」をその原因とし、「中国の政治リーダーの政治姿勢」や、「両国の国内政治事情」を理由に挙げる中国人もそれぞれ15.4%と26.4%存在している。
では、こうした状況を改善するために、日中間で首脳会談は必要なのか。現在、北京での11月のAPEC首脳会議を前に、両国の首脳会談の実現に向けた動きが始まっている。この7月の調査時点では、日本人の64.6%が、首脳会談が「必要」だと考えており、中国人も52.7%が「必要」だと判断している。しかし、「必要ではない」とする中国人も37.1%存在する。
ただ首脳会談で何を議論するのか、に関しては両国民の期待に若干の差がある。中国人がこの会談で最も議論してほしい課題は「領土問題」が49.2%と半数に迫り、「歴史認識問題」が38.1%で続いている。
ただし、日本人はこの2つの課題で議論を期待しているのは「領土問題」は32.2%と2番目には多いが、「歴史認識問題」は13.9%しかない。中国側がこの2つの課題でこだわればこだわるほど具体的な成果を上げることは難しくなるだろう。これに対して、日本人は「両国の関係改善に向けた広範な話し合い」を期待する声が45.8%で最も多くなっており、それには中国の35.7%の人も賛同している。
東シナ海等での危機管理問題での協議を期待数するのは、日本人が17.8%、中国人で14.2%と一割台である。
両国の歩み寄りを期待するものの、軍事衝突の不安は続いている
両国関係では両国の歩み寄りを期待する見方が国民間に広がっているが、領土問題の解決や軍事的な問題では両国民間の意識の差は大きく、むしろ軍事衝突に関する不安が続いている。
日中間に領土問題が存在し、対立があることは日本人の64.3%、中国人の76.2%が認めている。日本人が最も期待するのは、「政府交渉による平和的解決」(48.4%)と「国際司法裁判所への提訴」(41.2%)という国際法に基づく解決だが、中国人でそうした解決策に同調する見方は、それぞれ32.6%と13.7%とそう多くない。中国で最も多いのは、「領土の実質的なコントロールの強化」(63.7%)と「日本に領土問題の存在を認めさせること」(47.1%)であり、日本に対抗力をつけることに関心が集まっている。ただ、「解決を急がずに偶発的な軍事衝突を回避する」を支持する見方は日本で27.1%、中国で26.1%と一定数存在しており、昨年より増加している。
軍事的な脅威を感じる国でそれぞれ中国と日本を挙げる人も両国民に増加している。日本人が最も軍事的な脅威がある国として挙げる国は、「北朝鮮」が68.6%、「中国」が64.3%であり、ほぼ並んでいる。これに対して中国人が最も軍事的な脅威を感じる国は「米国」が57.8%、「日本」が55.2%であり、米国が昨年(71.6%)よりも大幅に減少したこともあり、「米国」と「日本」が並ぶ形になった。
日本人が中国に軍事的な脅威を感じる理由は、「中国が日本の(主張する)領海を侵犯すること」(71.9%)や「尖閣諸島などでの対立」(65.2%)という領土に関する対立や「中国の軍事力の増強」(53.8%)などが大きい。
これに対して、中国が日本に軍事的な脅威を感じる理由は、「日本が米国と連携して軍事的に中国を包囲していること」が58.2%で最も多く、その他は「侵略戦争に対する反省が薄らいでいること」(52.4%)や、「領土問題の存在を認めていないこと」(51.9%)等の日本に対する批判が半数となっている。日本自体の最近の動きとされる「右傾化の傾向が突出している」は21.8%、「集団的自衛権の行使容認」は14.5%とそう大きな批判とはなっておらず、「再び軍事大国を目指す動きが現実性を増している」は7.4%に過ぎない。
こうした状況の中で、中国では「数年以内」や「将来」日中で軍事紛争が起きると思う人が今年も53.4%(昨年は52.7%)半数を超えており、日本でも29.0%と3割近くになっている。
国民間、民間での直接的で多様な交流の役割が不可欠
最後に見ておきたいのは、両国民の相互理解の現状とその背景である。これまでの調査で明らかになったのは、両国民間の直接交流は極めて乏しく、相手国に対する認識のほとんどを自国のニュースメディア、とりわけテレビに依存していることである。この傾向は今回も基本的にこれまでと変わっていない。
日本で中国に渡航経験がある人は14.3%(昨年14.7%)で、多少話をする知人・友人を持っているのは21.1%(昨年20.3%)と昨年とほとんど変わっていない。
これに対して中国人の日本との直接交流はさらに乏しく、日本に渡航経験がある人は、最近の日本への旅行客の増加を反映して昨年の2.7%から増加したとはいえ6.4%に過ぎず、多少話をする日本の知人や友人がいるのはわずか3.1%(昨年は3.3%)である。これは10年間で大きな変化がない。
そのため、両国民共に相手国の認識は間接情報に頼らざるを得なくなる。例えば日本人は7割(73.9%)、そして中国人は8割(80.1%)とその大半が相手国の理解は、「自国のメディアを通じて知る程度」と答えており、情報源も日本人の96.5%、中国人の91.4%とほとんどが「自国のニュースメディア」であり、その大半の人が「テレビ」と答えている。
ただ、中国人は、日本を知る手がかりとして「中国のテレビドラマ・情報番組、映画」を61.4%、「中国の書籍(教科書を含む)」も37.4%が挙げており、情報源はやや多様化している。
さらに重要なのは、自国のメディア報道に対しての評価が日中で大きく異なっていることである。中国人の73.9%と7割が、中国メディアの日中関係についての報道を「客観的で公平」と感じているが、日本人は日本メディアの報道を「客観的で公平」と思う人は26.8%と3割に過ぎない。またインターネットの議論が「民意を適切に反映している」と判断する日本人は9.6%しかいないが、中国人は38.6%であり、中国の世論が自国のメディア報道に大きく影響されやすいことを意味している。
つまり、両国民の相手国に対する認識や理解は政府関係の状態や、その時々の事件や出来事を伝えるメディア報道に引きずられやすく、マイナスの局面ではそれを加速させかねない、脆弱な構造下にあるということである。
もう1つ私たちが考えなくてはならないことは、こうした脆弱な構造が長く続くことで、両国民間の基礎的な理解も未熟なまま、相手国に対する不安だけを強める状況が継続していることである。
例えば、今年の調査では日本人の7割(69.0%)は中国を「社会主義・共産主義」の国と理解しているが、この10年で見ると、「全体主義(一党独裁)」(今年は40.1%、昨年37.4%)や「覇権主義」(今年は22.6%、昨年は23.0%)という見方が増加している。
これに対して、中国人は日本を「資本主義」(39.7%)という見方が最多だが、「覇権主義」(36.7%)「国家主義」(37.5%)と「軍国主義」(36.5%)の国とも見ており、それぞれ4割近くで並んでいる。
日本が戦後、世界に標榜していた「平和主義」(10.5%)や、「民主主義」(14.4%)「国際協調主義」(6.7%)を理解する中国人はそれぞれ1割程度しかなく、この傾向はこの10年間、ほとんど変わらないどころか後退している。
こうした相互理解や基礎的な理解は、世論調査の動向で見る限りこの10年間、大きく改善はしておらず、むしろ2010年以降の政府間関係の再悪化がこうした相互理解の改善を妨げている。
その意味で首脳会談の再開など政府間外交の改善は、こうした状況を立て直す上で大きなきっかけになるものである。だが、それだけでは不十分であり、冷静なメディア報道や、何よりも国民間や民間の直接的で多様な交流の役割が不可欠となっている。